疎まれ第二王子、辺境伯と契約婚したら可愛い継子ができました

野良猫のらん

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番外編 転生したら悪役王太子コンスタンだった件

第十一話 ワンペア

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 晩餐は、美味しかった。
 美味しかったと思う。

 正直言うと、晩餐のあとのことで頭がいっぱいで、味をよく覚えていない。

「それではコンスタンさま、このあと私の寝室に来てくださいませんか」

 寝室。
 晩餐のあとでエヴラールにかけられた言葉に、心臓が跳ねた。

「カードでもやりながら、飲みましょう」
「あ、ああ、カード。カードね!」

 四つの柄と数字が描かれたカードを使った遊戯は、貴族の間では定番の暇つぶしだ。

 カード遊びを挟めば、心の準備も整ってくれるはず。
 僕は安心して、彼の寝室へと向かったのだった。

「ようこそ、コンスタンさま。葡萄酒とおつまみを用意してありますよ」

 テーブル上に、赤の葡萄酒のボトルと燻製肉とチーズと、カードの束が置かれている。
 先ほどの晩餐では白の葡萄酒が饗されたが、やはり赤でなくては。僕は生唾を飲んだ。

 僕が長椅子に腰かけると、エヴラールがグラスに葡萄酒を注いでくれて、燻製肉とチーズの皿を勧めてくれる。
 僕はいい気分になりながら、グラスを傾けた。

「私がカードを配りますね」
「ああ、頼む」

 長い指が器用にカードを切るのを、じっと眺める。あるいは、うっとりとした視線になっていたかもしれない。

 互いの手札が配られ、遊戯が始まった。

 表情を隠すのが上手いエヴラールは、カードが強いのではないかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。僕たちはいい勝負になった。もしかしたら、彼が手加減してくれていただけかもしれないが。

「ふふふふ、楽しいですね」

 彼は本当に楽しそうに、くしゃりと笑った。
 それから、おもむろに話し出した。

「以前……何が欲しいのか、とお尋ねになられましたね」

「ああ」

 森でピクニックしたときのことだろう。
 あのとき、エヴラールはただ「出世欲に理由が必要ですか」と答えただけだった。

「実を言うとあのとき、私自身にも答えがわからなかったのです。コンスタンさまに問われて、初めて自分の望みがわからないことを自覚したのです」

 エヴラールは手札を二枚捨て、二枚新たに引いた。

「それからずっと、私は自分の欲しいものについて考えていました。地位と権力を求めた末に何をしたいのだろう、と」

 コンスタンもまた、何枚か手札を交換した。

「私が欲しかったのは、きっとこういう日々だったのです。何にも脅かされず、幸せな日々を過ごしたい……ただそれだけだった」

 ショーダウン。
 エヴラールは手札を見せた。彼の手札は、同じ数字のペアが一つだった。

「幼少期の経験から力こそ全てだと学んだ私は、ひたすらに剣技の腕を磨き続けました。そのおかげで、今はこうして騎士団長にまでなれました。しかし、それだけでは足りない。部下には肉食獣人も数多くいます。草食獣人の私が、いつまで騎士団長のままでいられるでしょうか。私は、絶対に奪われない地位が欲しかった……」

 彼は二度と、幼少期のころの地獄に戻りたくなかったのだろう。
 奪えば、奪われないで済む気がした。僕にもよくわかる感覚だった。だから僕は、愚かにもアンリを虐めていたのだから。

「そうか、僕と同じだな」

 コンスタンもまた手札を表にして、テーブル上に置いた。彼と同じく、ワンペアだ。
 それを見た彼が、にこりと口角を上げた。

「でも今は、飢餓感のような盲目的な不安はありません」
 
「計画が成功すれば、王配になれるから?」

「地位の高さが、問題なのではありません。支え合える人がいれば、人は安堵を得られると気づいたのです」

「それって……」

 彼が誰のことを言っているか悟り、頬が火照るのを感じる。

「もちろん、貴方のことです。なにかがあった際に私を助け、支えてくれるのは貴方だけだと感じました。貴方の隣ならば、私はなにかを奪わずとも生きられると感じています」

 大袈裟だとかなんとか、反射的に照れ隠しをしそうになり、僕は一旦グラスを傾けて葡萄酒を飲んだ。
 ゆっくりと時間をかけて葡萄酒を味わってから、エヴラールをまっすぐに見つめた。

「僕はその、僕自身を大層な人間じゃないと思っている。王太子という地位に縋りつかなきゃ、何者でもいられないくらいには。でもエヴラールがそんな僕の支えを必要だっていうのなら、僕も……自分を少しは認められるような気がする」

 僕はおずおずと、はにかんでみせたのだった。

「コンスタンさま、愛しています」
「ひゅっ」

 突然、熱い言葉とともに手を握られ、僕は息を呑んだ。喉から、笛の音のような音が出てしまった。

「好きです。今夜は、コンスタンさまのことをもっと深く知りたいと思っています……よろしいですか?」

 愛する人にこんなにもまっすぐな言葉を伝えられて、首を横に振れるだろうか。
 少なくとも、僕にはできなかった。

「は、はい」

 真っ赤になって、がちがちに緊張しながら頷いた。

 テーブル上のカードを片付けると、僕は軽々と横抱きで抱え上げられ、寝台まで運ばれた。
 獣人の腕力は人間よりも優れていると聞いていたが、それを実感した瞬間だった。

「コンスタンさまの身体の隅々まで、知りたいのです。お召しになっているものを、脱がせても?」

「うん」

 やっぱりそういうことをするんだよなと思いながら、こくこくと頷く。
 エヴラールは衣服を傷めないように、丁寧な手つきで僕を脱がせていった。

 全ての衣類が取り払われ、僕の身体を覆い隠すものがなくなった。
 僕は思わず、片足を上げて中心を隠した。

「大丈夫ですよコンスタンさま、ご安心なさってください」

 緊張を感じ取ったかのように、彼は僕の頭に手を伸ばした。優しい手つきで、髪を梳くように撫でられていく。
 彼の手つきが気持ちいい。何度も撫でられているうちに眠気すら感じて、瞼が重くなってくる。

「んぅ……」

 まるで猫のように顎を撫でられ、心地よさに唸った。
 
 もふもふとした手に素肌を撫でられるのが、こんなにも心地いいとは。全裸でエヴラールに抱き着いたら気持ちいいんだろうな、と思わず想像してしまう。

「気持ちいいですか?」
「ああ」

 こくんと頷く。

 僕の頬や首筋をさすりながら、彼は僕のうなじに顔を寄せた。すん、と呼吸音が聞こえた。

「薔薇の匂いがいたしますね」
「石鹸の香りかな」
「香り付きの石鹸を、使用されているのですね」

 彼の呟きが聞こえたかと思うと、べろりと分厚い物体がうなじを舐め上げた。

「ひゃあ!?」

 驚きに悲鳴が出た。

「驚かせてしまって、申し訳ございません。甘い芳香でしたので、味も甘いのではないかと思ってしまったのです」

 耳元でくすりと笑うのが聞こえた。

「汗ばんでいらしたからか、わずかに塩気があって……コンスタンさまのお身体は美味おいしゅうございました」

 囁きの内容に、ぞくぞくと蟻走感が背筋を駆け抜ける。

「は、ぁ……」

 思わず請うような視線で、彼を見つめてしまった。

 ――身体が熱い。
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