21 / 28
番外編
書籍化記念SS 結婚指輪
家にいながらも、言語に耽溺することはある。
たとえば閃きが舞い降りてきた時、あるいは逆にアレなんだっけと確かめたくなった時。そういう時、書斎に赴いて自分の作った覚え書きを眺めるか、伴侶に贈られた古文書を開くのだ。
今日もそうして書斎で、フランソワは書物の世界に埋もれていた。
「フランソワ」
柔らかく低い声が、耳朶を擽った。
「エルムート」
フランソワは微笑みながら、顔を上げた。声をかけた相手がわかっているから。
顔を上げると、そこにいたのは黒髪蒼眼でフランソワ好みの美形……己の伴侶エルムートだった。
「流石の集中力だな。しばらく隣にいたのに、全然気がつかなかっただろう」
「えっ、いたのか!」
書斎に人が入ってきたことに、まったく気がつかなかった。なぜ声をかけなかったのかと、むっとエルムートを睨みつける。
「フランソワが細い指で筆を走らせる様が美しくてな、つい見惚れてしまったんだ。それに、改めてこの金色の結婚指輪がフランソワによく似合っていると思った。フランソワの髪色と明るい肌の色に調和して、引き立たせている」
見惚れていたと言われれば、怒れるわけがない。
エルムートは手を伸ばし、フランソワの左手の薬指をそっと撫でた。指の背をなぞるような撫で方に、密やかな情熱を感じてさっと顔が赤くなる。閨でのことを想起させる触れ方だ。
この男わざとやっているんだろうかと思いたくなるが、天然なのだ。エルムートにそのような手管があるはずがない。天然なのが一番始末が悪いかもしれない。
「結婚指輪はフランソワがすべてデザインを決めたんだったな。流石フランソワだ、自分に似合うものを熟知している」
エルムートのまっすぐすぎる言葉に気恥ずかしくなり、頬を赤らめて薬指の指輪に視線を落とした。
イエローゴールドの指輪に、慎ましい大きさの宝石が埋め込まれている。ダイヤモンドのような白銀に輝く宝石だ。
「そういえばそうだったな、懐かしい。でもな、俺はあの後自分でデザインを決めたことを後悔したんだよ」
「後悔だって? こんなに似合っているのに、どうしたんだ?」
たちまち心配そうな顔になった彼に、くすりと笑う。
「深刻なことじゃないさ。ノンノワール同士の茶会で、こんなことを言われたんだ」
それは結婚式を終え、初めて出席した茶会でのこと。
正式に公爵次男の夫人となったフランソワに、ノンノワールたちの注目は集まっていた。
皆してフランソワの薬指に輝く金色の指輪を、こぞって誉めそやした。
そこでこのような会話が起こった。
『なんてお似合いなんでしょう! こんなに似合いの指輪を贈ってくださるなんて、フランソワ様の御夫君はフランソワ様のことをいつも考えていらっしゃるんでしょうね』
フランソワはこの言葉を否定し、自分がデザインを決めたのだと発言した。
すると相手はこのように返した。
『おや、いけませんよフランソワ様! 伴侶が贈ってくれた宝飾品がどれだけ自分に似合っているかを見れば、伴侶の愛がどれだけ大きいか知れるというものです。それだけ自分を観察し、想ってくれているということなのですから!』
お茶会の中の些細な会話の一つだ。
その時は軽く流した。だが、時間が経つにつれ「伴侶の愛がどれだけ大きいか知れる」との言葉が気になっていった。
新婚だが、伴侶のエルムートは愛の言葉を何一つ囁いてくれない。愛の大きさとやらを実感したい。
フランソワは、結婚指輪のデザインを自分で決めてしまったことを後悔した。エルムートに任せていれば、彼の愛を実感できたかもしれないのに。
だから赤いイヤリングを欲したのだ。「伴侶から贈られた宝飾品でないと自慢できないから」などと自分を誤魔化していたが、今思えばあの頃の自分は不安だったのだろう。
必死に目を逸らしていたが、エルムートに嫌われているのではないかと心の奥底で危惧していたのかもしれない。
たくさんの宝飾品を持っているにも関わらずイヤリングをねだり、結果として代わりに突きつけられたのは古文書だった。
といったことを、フランソワは苦笑と共にエルムートに語って聞かせた。
「そんな、そんな事情があっただなんて……まったく知らなかった。フランソワの気持ちを全然考えていなかった」
話を聞いたエルムートは、顔を青くさせている。
「もう終わったことだ、気にするな」
「だが『どれだけ似合っているかで愛の大きさを知れる』だなんて、知らなかった。オレは想いの丈に見合うだけの贈り物を贈れたのだろうか」
彼は可哀想なくらいに動揺している。
「安心しろよ、エルが贈ってくれたイヤリングは充分に俺に合っている。そうだろう?」
エルムートが贈ってくれた赤い涙型の宝玉がついたイヤリングは、今もフランソワの耳で揺れている。
「それにな、贈り物が似合うかどうかなんかで愛の大きさなんか決まったりしないから安心しろ」
「へ? そうなのか?」
いつものキリリとした精悍さはどこへやら、彼は間抜けな声を出して目を丸くさせた。
「目の前に相手がいて、聞きたいことがあるのに『贈り物が似合うかどうか』に委ねるなんて、怠慢で非効率だとは思わないか? かつての俺も言葉足らずだったんだよ」
かつての自分の態度を思い返すと、決して彼だけが言葉足らずだったわけではないのだと思う。自分たちは互いにコミュニケーション不足だった。
フランソワは椅子から立ち上がると、挑発的にエルムートを見上げた。
「せっかく『言語』という道具を俺たち人類は持っているんだ、それを使わずしてどうする。だから俺はただこう尋ねれば良かったんだ――エルムート、俺を愛しているか?」
フランソワの言葉を聞き、エルムートはハッとしてフランソワの身体に腕を回して抱き締めた。彼は優しく囁く。
「――ああ、もちろん。愛しているよフランソワ。世界の誰よりも」
何よりも嬉しい言葉が、耳に届いた。
たとえば閃きが舞い降りてきた時、あるいは逆にアレなんだっけと確かめたくなった時。そういう時、書斎に赴いて自分の作った覚え書きを眺めるか、伴侶に贈られた古文書を開くのだ。
今日もそうして書斎で、フランソワは書物の世界に埋もれていた。
「フランソワ」
柔らかく低い声が、耳朶を擽った。
「エルムート」
フランソワは微笑みながら、顔を上げた。声をかけた相手がわかっているから。
顔を上げると、そこにいたのは黒髪蒼眼でフランソワ好みの美形……己の伴侶エルムートだった。
「流石の集中力だな。しばらく隣にいたのに、全然気がつかなかっただろう」
「えっ、いたのか!」
書斎に人が入ってきたことに、まったく気がつかなかった。なぜ声をかけなかったのかと、むっとエルムートを睨みつける。
「フランソワが細い指で筆を走らせる様が美しくてな、つい見惚れてしまったんだ。それに、改めてこの金色の結婚指輪がフランソワによく似合っていると思った。フランソワの髪色と明るい肌の色に調和して、引き立たせている」
見惚れていたと言われれば、怒れるわけがない。
エルムートは手を伸ばし、フランソワの左手の薬指をそっと撫でた。指の背をなぞるような撫で方に、密やかな情熱を感じてさっと顔が赤くなる。閨でのことを想起させる触れ方だ。
この男わざとやっているんだろうかと思いたくなるが、天然なのだ。エルムートにそのような手管があるはずがない。天然なのが一番始末が悪いかもしれない。
「結婚指輪はフランソワがすべてデザインを決めたんだったな。流石フランソワだ、自分に似合うものを熟知している」
エルムートのまっすぐすぎる言葉に気恥ずかしくなり、頬を赤らめて薬指の指輪に視線を落とした。
イエローゴールドの指輪に、慎ましい大きさの宝石が埋め込まれている。ダイヤモンドのような白銀に輝く宝石だ。
「そういえばそうだったな、懐かしい。でもな、俺はあの後自分でデザインを決めたことを後悔したんだよ」
「後悔だって? こんなに似合っているのに、どうしたんだ?」
たちまち心配そうな顔になった彼に、くすりと笑う。
「深刻なことじゃないさ。ノンノワール同士の茶会で、こんなことを言われたんだ」
それは結婚式を終え、初めて出席した茶会でのこと。
正式に公爵次男の夫人となったフランソワに、ノンノワールたちの注目は集まっていた。
皆してフランソワの薬指に輝く金色の指輪を、こぞって誉めそやした。
そこでこのような会話が起こった。
『なんてお似合いなんでしょう! こんなに似合いの指輪を贈ってくださるなんて、フランソワ様の御夫君はフランソワ様のことをいつも考えていらっしゃるんでしょうね』
フランソワはこの言葉を否定し、自分がデザインを決めたのだと発言した。
すると相手はこのように返した。
『おや、いけませんよフランソワ様! 伴侶が贈ってくれた宝飾品がどれだけ自分に似合っているかを見れば、伴侶の愛がどれだけ大きいか知れるというものです。それだけ自分を観察し、想ってくれているということなのですから!』
お茶会の中の些細な会話の一つだ。
その時は軽く流した。だが、時間が経つにつれ「伴侶の愛がどれだけ大きいか知れる」との言葉が気になっていった。
新婚だが、伴侶のエルムートは愛の言葉を何一つ囁いてくれない。愛の大きさとやらを実感したい。
フランソワは、結婚指輪のデザインを自分で決めてしまったことを後悔した。エルムートに任せていれば、彼の愛を実感できたかもしれないのに。
だから赤いイヤリングを欲したのだ。「伴侶から贈られた宝飾品でないと自慢できないから」などと自分を誤魔化していたが、今思えばあの頃の自分は不安だったのだろう。
必死に目を逸らしていたが、エルムートに嫌われているのではないかと心の奥底で危惧していたのかもしれない。
たくさんの宝飾品を持っているにも関わらずイヤリングをねだり、結果として代わりに突きつけられたのは古文書だった。
といったことを、フランソワは苦笑と共にエルムートに語って聞かせた。
「そんな、そんな事情があっただなんて……まったく知らなかった。フランソワの気持ちを全然考えていなかった」
話を聞いたエルムートは、顔を青くさせている。
「もう終わったことだ、気にするな」
「だが『どれだけ似合っているかで愛の大きさを知れる』だなんて、知らなかった。オレは想いの丈に見合うだけの贈り物を贈れたのだろうか」
彼は可哀想なくらいに動揺している。
「安心しろよ、エルが贈ってくれたイヤリングは充分に俺に合っている。そうだろう?」
エルムートが贈ってくれた赤い涙型の宝玉がついたイヤリングは、今もフランソワの耳で揺れている。
「それにな、贈り物が似合うかどうかなんかで愛の大きさなんか決まったりしないから安心しろ」
「へ? そうなのか?」
いつものキリリとした精悍さはどこへやら、彼は間抜けな声を出して目を丸くさせた。
「目の前に相手がいて、聞きたいことがあるのに『贈り物が似合うかどうか』に委ねるなんて、怠慢で非効率だとは思わないか? かつての俺も言葉足らずだったんだよ」
かつての自分の態度を思い返すと、決して彼だけが言葉足らずだったわけではないのだと思う。自分たちは互いにコミュニケーション不足だった。
フランソワは椅子から立ち上がると、挑発的にエルムートを見上げた。
「せっかく『言語』という道具を俺たち人類は持っているんだ、それを使わずしてどうする。だから俺はただこう尋ねれば良かったんだ――エルムート、俺を愛しているか?」
フランソワの言葉を聞き、エルムートはハッとしてフランソワの身体に腕を回して抱き締めた。彼は優しく囁く。
「――ああ、もちろん。愛しているよフランソワ。世界の誰よりも」
何よりも嬉しい言葉が、耳に届いた。
あなたにおすすめの小説
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)