白銀殿下と疎まれオメガの契約婚

野良猫のらん

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第二話 黒い初夜

 短くはない旅路の末に、リュシアンを乗せた馬車は王都のドゥ・ファルギエール邸に着いた。
 
 休む時間も与えられず、屋敷に着くなりリュシアンは父と面会することになった。
 父の執務室に入ると、白髪混じりの黒い顎髭を蓄えた細身の男が、窓から外を眺めていた。オメガだと判明するなりリュシアンを疎んで、修道院に押し込んだ張本人。父だ。
 
 父はゆっくりとリュシアンを振り返った。自分と同じ、金色の瞳と目が合う。
 
「痩せすぎだな」
 
 挨拶もなしにリュシアンの身体をじろじろと眺め回し、吐き捨てた。
 
「太っているよりはいいが、アルファを誘うには肉が足りんな。婚姻まで一月あるから、肉をつけるように」
 
 修道院で清貧を守ってきたおかげで、リュシアンの身体には一切贅肉はついていない。
 
 だが、この言いざまはなんだ。
 リュシアンの意思をまるで無視した物言いに、怒りがこみ上げてくる。自分はアルファを誘うために、生まれてきたわけではない。
 
「髪の長さは十分だが、貧相だ。すぐに切り揃えさせ、今夜からたっぷりと髪油を染み込ませさせんとな」
 
 父は無遠慮にリュシアンの黒髪に触れた。身震いが走る。
 人間ではなく、人形を相手にしているかのような物言いだ。
 ここで怒りを表明しなければ、一生このように扱われる。リュシアンは、勇気をもって口を開いた。
 
「父上、俺は……」
「『俺』だと?」
 
 リュシアンの言葉遣いに、父は目敏く片眉を上げた。
 
「片田舎の粗野な空気に染まったようだな。言っておくが、今後一切そのような言葉遣いは許さんぞ。言動だけでも、淑やかさを装え」
「……はい」
 
 怒りを露わにしようとした勇気は、たちまち萎んでいった。
 
「喜べ、そんなお前にわしが最上の結婚相手を見つけてきてやった」
 
 父は笑顔を浮かべた。
 だが、最上の結婚相手と言われても喜びは湧かなかった。父が見つけてきた相手など、ろくでもないに決まっている。
 
「お前の相手は、エドゥアール王太子殿下だ」
「え……?」
 
 驚きに目を見張った。
 ――王太子殿下が結婚相手だって?
 
「オメガの身で、王族と結婚できるはずがありません……!」
 
 王国のオメガ差別は深刻で、どんな高貴な身分の家から生まれたとしても、卑しい存在だと疎まれている。
 最底辺のオメガが王族と結婚できるはずがない。父は一体、どんな手品を使ったというのか。
 
「落ち着け、王家にも事情があるのだ。今、説明してやる」
 
 リュシアンの驚きの表情に満足したかのように、父は笑顔で髭を撫でる。
 
「お前も知っての通り、このルナルジャン王国の国王はアルファが務めるものと決まっている。だが国王陛下はなかなかアルファの御子に恵まれず、やっと最後に孕ませた赤子がアルファだった。だからエドゥアール殿下は末子でありながら、王太子だ」
 
 リュシアンはこくりと頷く。アルファしか国王になれないのは、リュシアンも知っていることだ。
 
「しかし、次もなかなか世継ぎに恵まれないようでは困る。そこで、王家は確実にアルファの赤子を確保したいと考えた」
 
 その流れは理解できる。しかし、どうやってアルファの赤子を確実に手に入れようというのか。
 父はもったいぶった間を取ってから、ゆっくりと口を開いた。
 
「王家は、アルファとオメガがまぐわえばアルファの赤子が生まれやすいという風説を信じているようだ」
「まさか……!」
「そう。アルファの赤子がほしいがために、王家はオメガの花嫁を所望しておられるのだ」
 
 赤子のための、子供を産むことだけを求められての結婚なのだ。最悪の結婚だ。
 たとえ男同士であっても、アルファとオメガの組合せならば、オメガは子をなすことができる。
 でも、だからといって産むためだけの結婚なんて。リュシアンは信じられない気持ちだった。
 
「そこで王家に次いでもっとも高貴な家である、我がドゥ・ファルギエール家に白羽の矢が立ったのだ。ここで王家に恩を売れば、我が家の隆盛は絶対なものとなる」
 
 やはり、父は己の出世欲のために自分を結婚させようとしているのだ。嘘でも、可愛い息子のためだと言ってくれればいいのに。
 
「けれども、それでも王族がオメガを正式な伴侶にするとは思えません」
「その通りだとも、オメガが正式な伴侶になれるわけがないだろう」
「え?」
 
 父の肯定に、目を瞬かせる。
 
「お前が交わすのは、正式な婚姻ではない。契約婚だ」
「契約……婚……?」
 
 耳慣れない言葉の内容を、父が説明する。
 
 曰く、リュシアンが正式な伴侶として公表されることはない。
 曰く、公表されることはないどころか、リュシアンの存在は固く秘される予定である。
 曰く、リュシアンがアルファの赤子を産んだら赤子は取り上げられ、正式な王太子妃の子だということにされる予定であると。
 
 内容を聞いて、結婚ですらないただの契約ではないかと、リュシアンは感じた。
 ――赤子を産んだら、ただ取り上げられるだけ? そのために、王太子とまぐわえというのか?
 
 自身のオメガという性を嫌っているリュシアンは、アルファと交わることを想像するだけでも、身震いするほどの嫌悪を感じる。それが、赤子を産むためだけに交わらなくてはならないなんて。
 リュシアンは、両手で己の身体を掻き抱いた。
 
「オメガであるお前にしかできない、誉ある役割だ。しくじるなよ」
「……」
 
 父の言葉に、力なく頷いた。
 リュシアンに拒否権などなかった。


 それから一月が経ち、黒いドレスで飾られたリュシアンは秘密の結婚式を挙げた。
 その晩のうちにリュシアンの身柄は王城へと移され……リュシアンは今、寝台に横たわっていた。
 
 ドレス姿のまま天蓋付きの寝台に横たわるリュシアンを見下ろすのは、白銀殿下。エドゥアール王太子殿下だ。
 彼はにこりともせず解いたクラヴァットを投げ捨て、胸元を緩めている。
 結婚式を終えたのだから、今宵は初夜だ。つまり……赤子をなすためにこの男と交わるのだ。
 
「なんだ、その目は」
 
 不意に、エドゥアールが口を開いた。
 初めて聞く彼の声だった。冷酷などころか、敵意すら籠った声音だった。オメガと契りを交わしたことが、そんなに疎ましいのか。
 
「そんな目で見られても、私は貴様に絆されたりはしない」
 
 まるでリュシアンが彼に対して、媚びた視線を送っていたかのような言いざまだ。
 屈辱に震えながら、リュシアンは鋭く睨みつけた。
 
「ふっ、それが本性か」
 
 エドゥアールは笑うと、己の革手袋の指先を食んで外した。
 
「言っておくが、貴様は決して王太子妃にはなれない。側室にも。無論、番にもだ。これから私が貴様を抱くからといって、勘違いしないことだ。私は貴様の存在を、絶対に王室に食い込ませたりはしない」
 
 彼はよほどオメガが嫌いなようだ。オメガが王家の一員として数えられるなど、我慢ならないに違いない。
 
「目論見通りに事が運ぶとは、思わないことだな」
 
 目論見だなんて、とんでもない。
 こっちだって結婚なんかしたくなかった、修道院にずっといたかった、と言い放ってやりたかった。だが、修道院にいたことは口外しないようにと、父に言い付けられている。
 
 愛のない契約婚。
 交差する二人の視線は、夫婦よりも仇敵同士のそれの方がよほど近かった。
 
「……さっさと終わらせよう」
 
 エドゥアールが、寝台に上がってくる。
 
 エドゥアールの姿が、間近に迫ってくる。アルファにしては細身のように見えたが、それはあくまでも長身だから、細く見えていたに過ぎないことに気がついた。間近で見ればしっかりと身体に厚みがあり、全身を筋肉が包んでいるであろうことが見て取れる。アルファらしい体格のよさに、本能が恐怖を覚える。
 
 彼はリュシアンのドレスの裾をまくり上げた。両脚が晒される。
 硝子玉のように無機質な銀青色の瞳に、自分の姿が映っている。長い睫毛も、人形のように整った顔立ちも、彼の無表情の酷薄さを浮かび上がらせるばかりであった。
 彼の瞳に映った自分の姿に耐えられず、リュシアンは固く目を閉じた。
 
 ろくな愛撫なしに下着が脱がされ、下肢が露わになったのを感じる。彼の手によって、両足を広げられる屈辱的な体勢にされた。アルファを受け入れる場所が、丸見えになっているのだろう。
 
 床に入る前の嗜みとして、穴は自分で拡げておいた。屈辱的な時間だった。だがいくらオメガといえど、ヒートでないときに事に及ぶならば、拡げておかないと流血沙汰になる。そう閨事の教育係である侍女に教わった。だから、死に物狂いで準備した。
 衣擦れの音がしたかと思うと、熱く硬いものを秘部に充てがわれた。リュシアンが恐怖に歯を食いしばるのと同時に、後ろにそれが入ってきた。
 
「……ッ!」
 
 痛みに涙が零れ落ちる。
 早くこの時間が終わってくれと祈りながら、義務的な行為に耐えた。中に赤子を孕むための種が放たれる瞬間まで、行為は続いた……。
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