白銀殿下と疎まれオメガの契約婚

野良猫のらん

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第五話 ちょっとした持病

「おはようございます!」
「おはようございます、リュシアン様」
 
 翌朝、リュシアンは快活に目を覚ました。
 
 エドゥアールと過ごす夜はともかくとして、侍女たちの協力のおかげで、やりがいのある日常を過ごせそうなのだ。のんびりと寝ている暇はない。
 修道院ではもっとずっと早い時間に寝起きしていたので、侍女たちより早く目が覚めたくらいだった。侍女たちを起こしてはいけないので、しばらく寝台の中で寝ている振りをしていたのだ。
 
「さあ、今日も離宮の掃除をしましょう」
「リュシアン様は掃除が大好きでいらっしゃるのですね。もし、離宮中を掃除し終えてしまったらどうしましょう?」
「その時は、えーと裁縫でもしましょうか?」
「まあ、リュシアン様はお裁縫もお好きなのですね」
 
 ほほほ、と笑いが満ちた。
 今日もやはり食前の祈りを飛ばした居心地の悪い朝食を終えると、リュシアンは早速侍女たちと共に掃除を開始した。
 
「橋の上で 踊ろう踊ろう」
 
 バケツに雑巾を突っ込み、力いっぱいに搾ったら壁や床を拭く。それだけの労働が楽しくてたまらなくて、上機嫌なリュシアンの口からは、歌がまろび出ていた。
 
「橋の上で 輪になって踊ろ 紳士が躍る こんな風に踊るよ 淑女が躍る こんな風に踊るよ」
 
 孤児院の子供たちから習った歌だ。平民はみんな知っている歌だと子供たちは言っていた。
 子供たち、元気にしているかな……。
 今すぐ彼らの元に帰れればいいのにな、と胸が痛むのを感じた。
 
「まあ、聞いたことのないお歌ですね」
 
 侍女の一人が感想を口にした。
 下働きの者とは違い、侍女はしっかりとした教育を受けた貴族の子女だ。平民の歌は知らないのだろう。
 ――まずい。修道院出だということは知られてはいけないのに、ついボロを出してしまった。
 
「あっはは、歌いながらの方が楽しいので」
 
 リュシアンは、曖昧な笑みで誤魔化した。
 
「それもそうですわね。リュシアン様のお歌、わたくしどもにも教えていただけませんこと?」
 
 しかしながら、教えてほしいと請われるとどうしても嬉しくなってしまう。リュシアンは歌を大きく口ずさむ。
 
「王子様が踊る こんな風に踊るよ お姫様が踊る こんな風に踊るよ 橋の上で 踊ろう踊ろう 橋の上で 輪になって踊ろ」
 
 軽快ながらもシンプルな歌を侍女たちもすぐに覚え、皆で歌いながら掃除をしていったのだった。時間はあっという間に過ぎ去っていった。
 
 昼餉の後。
 
 リュシアンは密かに一人で自室に戻ってきていた。抑制剤を飲むためだ。
 子を孕むために契約婚をしているのに、ヒートを避けるための抑制剤を飲んでいるなんて知られてはいけない。あのエドゥアールの前で発情して男性器を求める姿を晒してしまうくらいならば、死んだ方がマシだ。
 これだからオメガは浅ましい生き物なのだ、汚らわしい。そんな言葉を投げかけられるに決まっている。
 
 もしかすれば侍女たちを信頼して、抑制剤について協力を仰いだ方がいいのかもしれない。
 迷った末に、リュシアンは内緒にすることに決めていた。知る人間は少ない方がいい。
 
 いや、しかし。
 水差しからコップに水を注ぎながら、リュシアンは思考を巡らせる。
 エドゥアールの前でヒートになったら、罵倒される。それは本当だろうか。王太子の在り方について語る彼は、清廉潔白で心から民のことを考えている人間に見えた。民にはオメガも含まれるのではないだろうか。彼は本当に、オメガに対して偏見を持っているのだろうか。
 
 リュシアンは首を横に振った。自分の耳で聞いたではないか、偏見による嫌味の数々を。絶対に王太子妃にも側室にも番にもしないと念押しされたのだ。オメガとの契約婚に、嫌悪感を覚えているからに決まっている。彼に疎まれているのだ。
 
「リュシアン様、入ってもよろしいでしょうか?」
 
 突如として、ノック音が響いた。
 侍女の誰かがやってきたのだろう。リュシアンは丸薬の入った小瓶を隠そうと、慌てて手を伸ばす。だが伸ばした指先が小瓶に当たり、小瓶は倒れ派手に丸薬がぶちまけられてしまった。
 
「ああ!」
「リュシアン様、いかがなされましたか⁉」
 
 リュシアンの上げた大声に、侍女はドアを開けて室内に踏み込んできた。
 部屋に踏み入ってきたのは、シャルロットという侍女だった。リュシアンが離宮の清掃に加わることに、一番最初に賛成してくれた侍女だった。
 ばっちりと見られてしまった、床の上に散乱した丸薬を。
 
「リュシアン様、これは一体……?」
 
 素直に抑制剤だと話すべきだろうか。束の間迷った末、やはり真実を話す勇気が出なかった。修道院長からもらったものだから、話したらどこかでボロが出て修道院の出だとバレてしまう気がしたのだ。
 
「ええと、持病の薬です」
 
 我ながら下手な言い訳を口にした。
 
「まあ、持病ですって? 病のことは殿下はご存知でいらっしゃるのですか⁉ もしお病気であらせられるのに、無理をさせられているのでしたら……!」
 
 シャルロットはむしろ、血相を変えてしまった。
 
「いえ、なんということはない病なんです。ちょっとした持病ですから、気にしないでください」
 
 はははと笑いながら丸薬を拾い集め始めると、シャルロットもはっとして拾うのを手伝ってくれる。
 
「ちょっとした病……? 本当でございますか?」
 
 拾った丸薬を差し出してくれた彼女は、訝しげに眉をひそめていた。いや、この表情は案じてくれているのだ。
 
「本当ですから、気にしないでください。心配させるといけないので、他の方には秘密にしてくれると助かります」
「本当に深刻な病ではないのですね? 本当の本当ですね?」
「本当に本当です」
 
 深刻な病ではないのは、本当のことだ。リュシアンは丸薬を受け取りながら、しっかりと頷いた。
 
「……わかりました」
 
 シャルロットの顔は納得していなかったが、それ以上は何も聞いてこなかった。
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