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第七話 ドゥ・ファルギエール家の息子*
薬を大事に革袋の中に入れ、抽斗の中にしまってきた。
夫婦の間に戻れば、エドゥアールはまだそこにいた。コートやジレを脱ぎ、シャツとブリーチズだけの楽な格好になって寝台の端にちょこねんと腰かけていた。
「待ってろ、今裸になるから」
リュシアンもまたジレを脱ぎ、シャツのボタンに手をかけようとした。
「それには及ばない」
エドゥアールは立ち上がると、ボタンを外そうとするリュシアンの手を止めた。銀青色の瞳が、間近からまっすぐに見つめている。睫毛と睫毛が、触れ合ってしまいそうだ。
「なんだ、また話を蒸し返すつもりか。今日は閨を共にすると……」
「そうではなくて、私が脱がせるから。……オメガが自ら肌を晒すなど、屈辱だろう」
彼の言葉に、リュシアンは片眉を上げた。
これまでそんな配慮など一切してこなかったのに、どういうつもりだろう。初夜はそもそも着衣のまましたし、それ以降は自分で脱いできた。
「わ、わかった」
そんな思考を巡らせる自分は照れているのだと、遅れて気がついた。どういうつもりだなんて、彼は自らの言動を悔いているのだから、せめてもの埋め合わせのつもりに決まっている。
頬がほのかに熱を持っていた。
「寝台まで運ぼう」
「おわっ」
いきなり身体を抱え上げられ、思わず声を上げた。
寝台までほんの一、二歩の距離であるというのに、丁寧に横抱きにされて運ばれてしまった。しかも下ろす時には、恭しく横たえられた。
「君はじっとしていればいい」
低い囁きに、心臓が跳ねる。
彼の細長い指が伸びてきてボタンを外し始めると、さらに心臓の鼓動は増すようだった。服を脱がされるだけのことが、こんなにも照れることだとは知らなかった。
だってずっと修道士だったのだから、他人との性行為はしたことないのだ。彼が初めての相手だ。
すべてのボタンが外され、さらに肌着まで脱がされてしまうと、桃色の乳首が外気に晒された。先日、彼が胸から視線を逸らしたことを思い出す。もしかして、自分の胸は卑猥なのだろうか。彼の視線を受けることが、急に恥ずかしく思われてくる。
だが、彼の出し抜けの言葉に、羞恥心を覚えている余裕がなくなった。
「……君は、自分のことを『俺』と言うのだな」
ぽつり、彼が呟きを漏らした。
リュシアンはやっと、自分の一人称が乱れてしまっていたことに気がついた。
不味い。淑やかにしていなければならないのに。
「悪いか?」
口から咄嗟に出たのは、淑やかさの欠片もない返答だった。
「悪くはない。むしろ、好ましいくらいだ。その口調の方が、本当の君が見える気がする」
エドゥアールの言葉に、心臓がとくりと跳ねる。
リュシアンも、自分を俺と呼ぶ時は本当の自分でいられる気がしていた。そんな自分を見抜かれたかのような言葉に、心臓が鼓動する。
もしかすれば、この男の前では何も取り繕わなくてもいいのではないだろうか。少し前まで嫌なやつだったはずの男が、そんな風に思えた。そんなわけない、と自分に必死に言い聞かせる。
彼の手がブリーチズにも手をかけ、その下の下着をもずらして脱がせた。リュシアンは、一糸まとわぬ姿になった。裸体に、熱い視線がじっと注がれる。
「あんまり見るな」
足を立てて、少しでも視線を遮ろうとする。
「す、すまない。私もすぐに脱ぐ」
視線は無意識だったのか、すぐに逸らされた。彼もまた、シャツとブリーチズを脱いで裸を晒した。裸体を見れば、引き絞られた筋肉質な裸体をしていることがわかった。下着の中から彼自身が姿を現し、リュシアンは直視しないように視線を逸らした。
下腹の奥に、じわりと熱さを感じる。こんなこと、初めてだ。
「触れても?」
今まで、無断で触れていたのに。彼の問いに、リュシアンはこくりと頷いた。
彼の手はリュシアンの腰から太腿にかけてをそっと撫でると、膝裏を掴んで脚を開かせた。恥部が丸見えになる格好に以前ならば屈辱しか感じなかったのに、今は恥じらいを覚えて頬が熱くなる。
「挿入れるからな」
声をかけられるのと同時に、後ろに熱いものが充てがわれる。そして、貫かれた。
「……っ!」
内側を埋める圧迫感に、歯を食い縛った。生理的な涙が滲み出てくる。
「大丈夫か?」
彼自身が、中ほどで止まる。
気遣われると、調子が狂う。気遣いはいらないだとか、さっさと終わらせろだとか言おうと思ったのに、口からは言葉は出て来ず、先ほどと同じくこくりと頷くことしかできなかった。
「動くぞ」
低い囁きと共に、抽送が始まった。
モノが引き出され、奥へと貫く。いつもと同じただの作業。そのはずなのに、今日は妙に内側を貫くモノの熱さを感じる。
「ん……っ」
出し入れの瞬間に、艶っぽい吐息が零れてしまった。
感じたわけではない。と思いたい。
よくわからない。多少相手への印象が変わっただけで、多少気遣われただけで感じてしまうような、そんな……オメガらしい身体をしていたのか自分は。
自分の身体への嫌悪感に、リュシアンはなるべく声を押し殺した。
オメガは汚い、いやらしい生き物だ。そう陰口が囁かれるのを聞きながら育ってきた。
決して自分はそうではない。そうであってはならないのだ。
リュシアンは固く目を閉じた。
「ぐ……っ!」
抽送の速さが増していき、終わりが近いのを悟る。
やがて、内側に精が吐かれた。
ぬるりと生暖かい液体が内側に広がる瞬間は、嫌いではなかった。行為が終わる合図だから。
すぐにモノは引き抜かれ、接合が解かれた。
リュシアンは安堵から、大きく息を吐いた。
「侍女を呼ぶから、じっと寝ていろ」
懐妊のためには、精をすぐに掻き出してはならず、少しの間安静にしていなければならないと言われている。この間風呂の湯運びを手伝おうとしてエマに叱られたのは、それが原因だ。
エドゥアールはいそいそと服を羽織る。さっさと帰るつもりのようだ。
いつもと違って優しい行為は、やはり罪滅ぼしの気持ちによるものだったのだ。日頃と同じようにすぐに離宮を去ろうとする姿に、一抹の寂しさを覚えた。
そんなこと、口には出せないけれど。
ふと、彼が羽織ったシャツの袖口に目が行く。ボタンを留める糸がほつれている。
「ボタンが取れかかっているぞ」
思わず指摘してしまった。
「ん? ああ、本当だ。後で誰ぞに直させよう」
「俺が直すよ」
気づいたらそう言っていた。
なぜ自分がこんなことを言い出したのか、自分にもわからなかった。これではまるで、彼を引き留めたいみたいではないか。
「君が?」
意表を突かれたようで、彼は目を見開く。
「ボタンを直すのなんて、すぐに終わる。袖のボタンが取れかかっている姿を、王太子が晒すわけにもいかないだろう?」
「けれど君は、安静にしていなければならないだろう」
「寝台の上で少し手を動かすだけのことだ、何の負担にもならない」
「……わかった。君に頼もう」
侍女に裁縫道具を持ってきてもらって、素っ裸で裁縫を開始した。
まずはほつれた糸を切って、完全にボタンを分離する。それから余計な糸を取り払ってしまう。針に新しい糸を通すと、布地の裏側から表へと突き刺した。
ボタンを付ける様子を、エドゥアールが隣で眺めている。シャツは自分がボタンを縫い付けているところなので、彼もまた肌着だけまとったほぼ裸だ。
「君は変わっているな」
ぽつりと彼が呟いた。
「わざわざ自分でボタンを付けるなんて」
どきりとした。裁縫の技術は、修道院で身につけたものだからだ。修道院では、自分で身につける衣服も、自分で縫うのだ。
「別に自分ではやらないだけで、刺繍が趣味の人間くらいいくらでもいるだろう」
平静を装いながら答える。
「裁縫だけではない、ケーキ作りも掃除もやるそうではないか。それも侍女と共に。とても大公位の家のご令嬢とは思えない」
彼の言葉に、危うく針を指先に刺しそうになった。少し気を抜いて、素を出しすぎただろうか。修道院の出だとばれてしまうかもしれない。
「オメガだからといって、令嬢呼ばわりは不適切だ。俺は男だ」
「それはすまない、気をつけよう。だが私が言いたいのは、城では君のような人は見たことがないということだ」
リュシアンが高位貴族家に相応しくない人間だと、言いたいのだろう。
「それに、ドゥ・ファルギエール家にオメガの者がいるなどという話は、聞いたことがない」
それはそうだろう、とリュシアンは思った。自分が修道院に入れられたのは、何年も前のことだ。自分の存在は、噂にもならなかったに違いない。
やはり彼は自分が修道院に入れられていたことに、気がついてしまったのだ。
リュシアンは覚悟を決める。
なんと言われるだろうか。オメガだというだけで嫌われていたのだから、修道院出だなんて土臭いとでも軽蔑されるだろうか。実際、父には土臭いと言われた。
「正直に答えてほしい。もしかして君は……ドゥ・ファルギエール大公の息子ということにされて送り込まれた、赤の他人なのではないか?」
「へ?」
的外れな推理に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「大公は王家との繋がりを強めたがったが、オメガがいない。だから、どこかから調達してきたオメガを息子だということにしたのだろう?」
ぱちぱちと瞬きをした。
「もしそうなら、私は……」
もしそうなら、なんだというのか。
リュシアンは首を横に振った。
「赤の他人にしては、俺は父と顔が似すぎているだろう。髪色も金の瞳も、顔立ちもそっくりだ。俺はたしかにドゥ・ファルギエール家に生まれた人間だよ」
生まれ育った、とまでは言えなかった。あそこは生まれた場所でしかない。
「髪色や瞳はともかく、顔立ちは……いや、たしかに金の瞳は珍しいな。君はたしかにあの大公と親子なのだろう」
彼はがくりと肩を落とした。明らかに残念そうだった。
ここまであからさまにされれば、自分がドゥ・ファルギエール家の人間であることが嫌なのだろうと流石に理解できる。
「ほら、ボタンがついたぞ。さっさと帰れ」
自分がどこの人間であろうと、自分であることには変わらないのに。苛立ちを覚えて、シャツを乱暴に押し付けた。
「ありがとう、恩に着る」
「ふん」
リュシアンはそっぽを向いた。
――ちょっといい奴かもしれないと思ったのに。
エドゥアールが夫婦の間を去るのを、見向きもしなかった。
夫婦の間に戻れば、エドゥアールはまだそこにいた。コートやジレを脱ぎ、シャツとブリーチズだけの楽な格好になって寝台の端にちょこねんと腰かけていた。
「待ってろ、今裸になるから」
リュシアンもまたジレを脱ぎ、シャツのボタンに手をかけようとした。
「それには及ばない」
エドゥアールは立ち上がると、ボタンを外そうとするリュシアンの手を止めた。銀青色の瞳が、間近からまっすぐに見つめている。睫毛と睫毛が、触れ合ってしまいそうだ。
「なんだ、また話を蒸し返すつもりか。今日は閨を共にすると……」
「そうではなくて、私が脱がせるから。……オメガが自ら肌を晒すなど、屈辱だろう」
彼の言葉に、リュシアンは片眉を上げた。
これまでそんな配慮など一切してこなかったのに、どういうつもりだろう。初夜はそもそも着衣のまましたし、それ以降は自分で脱いできた。
「わ、わかった」
そんな思考を巡らせる自分は照れているのだと、遅れて気がついた。どういうつもりだなんて、彼は自らの言動を悔いているのだから、せめてもの埋め合わせのつもりに決まっている。
頬がほのかに熱を持っていた。
「寝台まで運ぼう」
「おわっ」
いきなり身体を抱え上げられ、思わず声を上げた。
寝台までほんの一、二歩の距離であるというのに、丁寧に横抱きにされて運ばれてしまった。しかも下ろす時には、恭しく横たえられた。
「君はじっとしていればいい」
低い囁きに、心臓が跳ねる。
彼の細長い指が伸びてきてボタンを外し始めると、さらに心臓の鼓動は増すようだった。服を脱がされるだけのことが、こんなにも照れることだとは知らなかった。
だってずっと修道士だったのだから、他人との性行為はしたことないのだ。彼が初めての相手だ。
すべてのボタンが外され、さらに肌着まで脱がされてしまうと、桃色の乳首が外気に晒された。先日、彼が胸から視線を逸らしたことを思い出す。もしかして、自分の胸は卑猥なのだろうか。彼の視線を受けることが、急に恥ずかしく思われてくる。
だが、彼の出し抜けの言葉に、羞恥心を覚えている余裕がなくなった。
「……君は、自分のことを『俺』と言うのだな」
ぽつり、彼が呟きを漏らした。
リュシアンはやっと、自分の一人称が乱れてしまっていたことに気がついた。
不味い。淑やかにしていなければならないのに。
「悪いか?」
口から咄嗟に出たのは、淑やかさの欠片もない返答だった。
「悪くはない。むしろ、好ましいくらいだ。その口調の方が、本当の君が見える気がする」
エドゥアールの言葉に、心臓がとくりと跳ねる。
リュシアンも、自分を俺と呼ぶ時は本当の自分でいられる気がしていた。そんな自分を見抜かれたかのような言葉に、心臓が鼓動する。
もしかすれば、この男の前では何も取り繕わなくてもいいのではないだろうか。少し前まで嫌なやつだったはずの男が、そんな風に思えた。そんなわけない、と自分に必死に言い聞かせる。
彼の手がブリーチズにも手をかけ、その下の下着をもずらして脱がせた。リュシアンは、一糸まとわぬ姿になった。裸体に、熱い視線がじっと注がれる。
「あんまり見るな」
足を立てて、少しでも視線を遮ろうとする。
「す、すまない。私もすぐに脱ぐ」
視線は無意識だったのか、すぐに逸らされた。彼もまた、シャツとブリーチズを脱いで裸を晒した。裸体を見れば、引き絞られた筋肉質な裸体をしていることがわかった。下着の中から彼自身が姿を現し、リュシアンは直視しないように視線を逸らした。
下腹の奥に、じわりと熱さを感じる。こんなこと、初めてだ。
「触れても?」
今まで、無断で触れていたのに。彼の問いに、リュシアンはこくりと頷いた。
彼の手はリュシアンの腰から太腿にかけてをそっと撫でると、膝裏を掴んで脚を開かせた。恥部が丸見えになる格好に以前ならば屈辱しか感じなかったのに、今は恥じらいを覚えて頬が熱くなる。
「挿入れるからな」
声をかけられるのと同時に、後ろに熱いものが充てがわれる。そして、貫かれた。
「……っ!」
内側を埋める圧迫感に、歯を食い縛った。生理的な涙が滲み出てくる。
「大丈夫か?」
彼自身が、中ほどで止まる。
気遣われると、調子が狂う。気遣いはいらないだとか、さっさと終わらせろだとか言おうと思ったのに、口からは言葉は出て来ず、先ほどと同じくこくりと頷くことしかできなかった。
「動くぞ」
低い囁きと共に、抽送が始まった。
モノが引き出され、奥へと貫く。いつもと同じただの作業。そのはずなのに、今日は妙に内側を貫くモノの熱さを感じる。
「ん……っ」
出し入れの瞬間に、艶っぽい吐息が零れてしまった。
感じたわけではない。と思いたい。
よくわからない。多少相手への印象が変わっただけで、多少気遣われただけで感じてしまうような、そんな……オメガらしい身体をしていたのか自分は。
自分の身体への嫌悪感に、リュシアンはなるべく声を押し殺した。
オメガは汚い、いやらしい生き物だ。そう陰口が囁かれるのを聞きながら育ってきた。
決して自分はそうではない。そうであってはならないのだ。
リュシアンは固く目を閉じた。
「ぐ……っ!」
抽送の速さが増していき、終わりが近いのを悟る。
やがて、内側に精が吐かれた。
ぬるりと生暖かい液体が内側に広がる瞬間は、嫌いではなかった。行為が終わる合図だから。
すぐにモノは引き抜かれ、接合が解かれた。
リュシアンは安堵から、大きく息を吐いた。
「侍女を呼ぶから、じっと寝ていろ」
懐妊のためには、精をすぐに掻き出してはならず、少しの間安静にしていなければならないと言われている。この間風呂の湯運びを手伝おうとしてエマに叱られたのは、それが原因だ。
エドゥアールはいそいそと服を羽織る。さっさと帰るつもりのようだ。
いつもと違って優しい行為は、やはり罪滅ぼしの気持ちによるものだったのだ。日頃と同じようにすぐに離宮を去ろうとする姿に、一抹の寂しさを覚えた。
そんなこと、口には出せないけれど。
ふと、彼が羽織ったシャツの袖口に目が行く。ボタンを留める糸がほつれている。
「ボタンが取れかかっているぞ」
思わず指摘してしまった。
「ん? ああ、本当だ。後で誰ぞに直させよう」
「俺が直すよ」
気づいたらそう言っていた。
なぜ自分がこんなことを言い出したのか、自分にもわからなかった。これではまるで、彼を引き留めたいみたいではないか。
「君が?」
意表を突かれたようで、彼は目を見開く。
「ボタンを直すのなんて、すぐに終わる。袖のボタンが取れかかっている姿を、王太子が晒すわけにもいかないだろう?」
「けれど君は、安静にしていなければならないだろう」
「寝台の上で少し手を動かすだけのことだ、何の負担にもならない」
「……わかった。君に頼もう」
侍女に裁縫道具を持ってきてもらって、素っ裸で裁縫を開始した。
まずはほつれた糸を切って、完全にボタンを分離する。それから余計な糸を取り払ってしまう。針に新しい糸を通すと、布地の裏側から表へと突き刺した。
ボタンを付ける様子を、エドゥアールが隣で眺めている。シャツは自分がボタンを縫い付けているところなので、彼もまた肌着だけまとったほぼ裸だ。
「君は変わっているな」
ぽつりと彼が呟いた。
「わざわざ自分でボタンを付けるなんて」
どきりとした。裁縫の技術は、修道院で身につけたものだからだ。修道院では、自分で身につける衣服も、自分で縫うのだ。
「別に自分ではやらないだけで、刺繍が趣味の人間くらいいくらでもいるだろう」
平静を装いながら答える。
「裁縫だけではない、ケーキ作りも掃除もやるそうではないか。それも侍女と共に。とても大公位の家のご令嬢とは思えない」
彼の言葉に、危うく針を指先に刺しそうになった。少し気を抜いて、素を出しすぎただろうか。修道院の出だとばれてしまうかもしれない。
「オメガだからといって、令嬢呼ばわりは不適切だ。俺は男だ」
「それはすまない、気をつけよう。だが私が言いたいのは、城では君のような人は見たことがないということだ」
リュシアンが高位貴族家に相応しくない人間だと、言いたいのだろう。
「それに、ドゥ・ファルギエール家にオメガの者がいるなどという話は、聞いたことがない」
それはそうだろう、とリュシアンは思った。自分が修道院に入れられたのは、何年も前のことだ。自分の存在は、噂にもならなかったに違いない。
やはり彼は自分が修道院に入れられていたことに、気がついてしまったのだ。
リュシアンは覚悟を決める。
なんと言われるだろうか。オメガだというだけで嫌われていたのだから、修道院出だなんて土臭いとでも軽蔑されるだろうか。実際、父には土臭いと言われた。
「正直に答えてほしい。もしかして君は……ドゥ・ファルギエール大公の息子ということにされて送り込まれた、赤の他人なのではないか?」
「へ?」
的外れな推理に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「大公は王家との繋がりを強めたがったが、オメガがいない。だから、どこかから調達してきたオメガを息子だということにしたのだろう?」
ぱちぱちと瞬きをした。
「もしそうなら、私は……」
もしそうなら、なんだというのか。
リュシアンは首を横に振った。
「赤の他人にしては、俺は父と顔が似すぎているだろう。髪色も金の瞳も、顔立ちもそっくりだ。俺はたしかにドゥ・ファルギエール家に生まれた人間だよ」
生まれ育った、とまでは言えなかった。あそこは生まれた場所でしかない。
「髪色や瞳はともかく、顔立ちは……いや、たしかに金の瞳は珍しいな。君はたしかにあの大公と親子なのだろう」
彼はがくりと肩を落とした。明らかに残念そうだった。
ここまであからさまにされれば、自分がドゥ・ファルギエール家の人間であることが嫌なのだろうと流石に理解できる。
「ほら、ボタンがついたぞ。さっさと帰れ」
自分がどこの人間であろうと、自分であることには変わらないのに。苛立ちを覚えて、シャツを乱暴に押し付けた。
「ありがとう、恩に着る」
「ふん」
リュシアンはそっぽを向いた。
――ちょっといい奴かもしれないと思ったのに。
エドゥアールが夫婦の間を去るのを、見向きもしなかった。
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