白銀殿下と疎まれオメガの契約婚

野良猫のらん

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第十五話 自分宛ての手紙

 その晩も、エドゥアールと身体を重ねた。
 行為の後。二人並んで寝台に寝そべって休んでいると、エドゥアールが話し出した。
 
「これから少し、忙しくなりそうなんだ。しばらくはお茶会を楽しむ時間が持てない。すまないな」
「そっか。残念だけど、忙しいなら仕方ないな」
 
 忙しいときくらいあるだろう。むしろ今まで毎日のようにお茶会に参加してくれて、無理に時間を作ってもらっていたのかもしれない。
 
「夜はなるべく毎日通うと約束するよ」
「わかった」
 
 夜は会える。そう思えば、寂しくなどなかった。
 
 それから彼の言った通り、彼が明るい時間に訪ねてくることはなくなった。夜には会えるので、寂しくはない。
 中庭に自由に出入りできるので、侍女たちと中庭でお茶したりなどして日々を過ごした。
 
 そんなある日のことだ。
 
「リュシアン様、お手紙が届きました」
 
 エマが初めての報せを寄越した。
 
「手紙? 俺にですか?」
 
 秘密裏に離宮に囚われているオメガに、手紙を送ってくる者などいない。その証に、今日の今日まで手紙を受け取ることなどなかったのだから。
 
「ええ、間違いなくリュシアン様宛のお手紙でございます」
 
 エマが差し出した手紙には、見慣れた家紋が捺されていた。ドゥ・ファルギエール家の家紋。それを見ただけで、父からの手紙だと直感できた。
 封筒をひっくり返すと、やはり差出人は父だった。
 
 穏やかな日々を過ごしていたのに、今さら何の用だというのだろう。
 手が震えた。
 
「リュシアン様? 顔色が優れないようですが……」
「だ、大丈夫です。ちょっと手紙を自室で読みたいのですが」
「もちろん、ご自由になさってくださいませ。リュシアン様は本来、わたくしどもと一緒に労働なさる必要はないのですから」
 
 リュシアンは侍女たちに断りを入れると、手紙を手に自室に籠った。
 
 リュシアンは書机の上に、封筒を置いた。封蝋に刻まれた家紋が嫌でも目に付く。
 息を吸って、吐いて。脂汗が額を伝うのを感じる。リュシアンは震える手で封蝋を剥がそうとし……できなかった。
 
 恐怖が身体を竦ませ、手が動かせなくなってしまう。
 いきなり還俗して修道院を出なければならなくなったときのように、手紙を開くことで生活を一変させられてしまうのではないかという恐れがある。
 
 こんな時、エドゥアールが傍にいてくれたら。考えかけて、ふるふると首を振る。
 彼は忙しいのだ。実家の手紙を怖くて開けられないなんて下らない用件で、呼び出してはいけない。
 
「よし!」
 
 リュシアンは立ち上がると、自室の扉を開けた。
 
「あの、誰かいませんか?」
「はい、リュシアン様! いかがなされましたか?」
 
 部屋の外に呼びかけると、すぐにシャルロットが反応してくれた。
 
「非常に申し訳ないのですが、殿下が贈ってくれた茶葉でお茶を淹れてもらえませんか?」
「ふふふ、申し訳なく思う必要はないのですよ。殿下をお傍に感じたいのでしょう?」
 
 今回ばかりは、シャルロットの想像は正しい。エドゥアールがプレゼントしてくれたベリーの香りのお茶があれば、勇気が出ると思ったのだ。
 
「お願いします」
「はい!」
 
 張り切ったシャルロットは、すぐにお茶を淹れてきてくれた。
 再び自室で一人になったリュシアンは、まずは一口紅茶を味わった。甘い香りが鼻腔に満ちる。
 
 心が静まっていき、緊張が解れていくのを感じる。
 大丈夫。父が手紙で何を伝えてきても、きっとエドゥアールは味方してくれる。
 
 手紙を開こう。
 リュシアンは落ち着いて封蝋を剥がし、封筒の中から手紙を取り出して広げた。
 
「え……?」
 
 手紙の内容に、リュシアンは瞠目した。
 
 手紙は季節の挨拶から始まり、離宮に入ってから一月が経ったがどう過ごしているか、体調は大丈夫かなどとリュシアンを案ずる言葉が書かれ、最後には一度顔を見せに帰ってきてほしいとの言葉で締めくくられていた。
 
 リュシアンは困惑した。
 まるで物語の中に出てくるような、優しい親から送られる言葉のようだった。離宮に入る前の父の言動とは、大違いだ。
 一体、どうしたというのだろう。拍子抜けして、肩から力が抜けていくのを感じた。
 
 最後に書かれている、一度帰ってきてほしいとの言葉に迷う。
 契約内容では、基本的にリュシアンは離宮から出られないことになっている。だが例外が存在する。家族が会いたいと希望したなら、リュシアンは実家になら帰れることになっている。
 家族が会いたいと言ってくることはないと思っていたから、例外のことなんてすっかり忘れていた。
 
 ――どうしよう、なんて返事しよう。
 父は突然心を入れ替えたのだろうか。それとも、今のリュシアンは王家との繋がりを作るという目的を果たしているから、優しい言葉を書いてくれたのだろうか。
 
 いま会えば、家族として扱ってもらえるだろうか。この手紙のような、優しい言葉をかけてもらえたら……。つい、夢想してしまう。
 
 リュシアンは抽斗ひきだしから、返信用の羊皮紙を取り出した。
 会いに行くと書いてしまおうか。
 
 インク瓶の蓋を開け、ペン先を浸す。宛先を書き、時候の挨拶を書き……リュシアンの手が止まった。
 決められないのだ、なんと返事すべきか。

 コンコン、ノック音が響いた。
 
「リュシアン様、お茶のおかわりをお淹れしましょうかー?」
 
 シャルロットの元気な声が響いた。
 ちょうどお茶を飲み終えたところだった。再びお茶を飲めば、迷いが払拭されるかもしれない。
 
「頼みます」
「はーい」
 
 シャルロットがポットを片手に入ってきた。空になったカップに、紅茶を注いでくれる。ベリーの香りが、再び濃く香った。
 
「お手紙、どなたからだったのですか?」
 
 気になったのか、彼女が尋ねてくる。
 
「父からです。返事をどうしようか、迷っていて……」
「迷うって、一体どうしてです?」
「顔を見たいから、一度帰ってこいと言われているんです」
 
 リュシアンの言葉に、彼女は屈託のない笑みを見せた。
 
「あははは、わたくしもです! リュシアン様に仕え始めてからまだ一月程度なのに、両親ったら心配の手紙を送ってきて、顔を見たいって書いてくるのですよ。一月程度で休暇を取っていたら、お仕事にならないのに。なぜ親というのは、こんなにも過保護なのでしょうね?」
「過保護……」
 
 当たり前のように笑う彼女に、愕然とした。
 
 彼女にとっては、愛情溢れる家庭はごく普通のことなのだ。
 羨ましい、と思うのを止められない。
 
「それでどうなさりたいのです、リュシアン様は?」
「……そうですね。一度帰ってみようかな」
 
 当たり前に暖かい家庭を、自分も手に入れたいと思ってしまった。
 
 リュシアンは帰るという旨の返事を、さっと認めた。
 インクが乾き次第、さっさと手紙を出してもらってしまおう。迷う気持ちが湧いて出てくる前に。
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