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第十七話 外交使節の予定
それから数日、リュシアンは夜の務めを果たすことができなかった。どうしてもそういう気持ちにはなれなかった。
けれども、エドゥアールは急かしたりなどしなかった。いつまでも待つと言ってくれた。優しい彼に愛しい気持ちがさらに募っていくのが、辛かった。
ある晩のことだ。
「外交使節?」
晩に訪ねてきたエドゥアールが、外交使節になることになった、と不安げな表情で漏らした。
「いくつかの国を回ることになった。長い間、君の側を離れることになる」
彼の告げた内容に、リュシアンもまた不安を覚えてぎゅっと拳を握った。
「長い間って、どのくらい?」
「どんなに早くとも、半年以上はかかるだろう」
「半年以上……」
ただでさえエドゥアールと共にいれる時間は限られているのに、半年以上も削られてしまうなんて。
「次の国王として、各国に顔見せをしておく必要があるのだ。王になった後では、なかなか複数の国を訪れる時間は作れないからな。次の国王になるならば、必ずしなければならないと父上も言っている」
「……必要なことなら、仕方がないな」
王太子にとって必要な責務を放棄させることなど、どう考えたってできやしない。自分は彼の伴侶でも番でもない。なんでもない人間なのだから。
特にエドゥアールは、父親の言いつけに従うことを大事に思っているようだ。自分が行かないでくれと言っても、彼は行ってしまうことだろう。
「数週間後には、出発することになっている」
「急な話だな」
「その日取りでないと、都合が悪い国があるのだ。出発までの間は、なるべく君と一緒にいる時間を作りたいとは思っている」
「ありがとう、その気持ちが嬉しいよ。でも、無理はしないでくれ。きっと引継ぎとかで忙しくなるだろう?」
「無理などしないとも。しばらく二人でお茶を飲めていないからな。必ず私の出発前に、二人でお茶を飲もう」
「うん、わかった」
ここ数日、夜の務めを果たせていないからか、二人の間に流れる空気はなんとなくぎくしゃくとしている。
けれども、久方ぶりのお茶会は楽しみだと思えた。
「楽しみだ」
リュシアンは久しぶりに笑顔を見せた。
離宮がすっかり綺麗になったとはいっても、定期的に掃除をしなければ美しい離宮は維持できない。
日常のルーチンとなった掃除をしているときのことだった。
「あっ!」
リュシアンは足を滑らせ、手に持っていたバケツの中身をぶちまけてしまった。場所が廊下だったのが幸いだ。図書の間だったら、大惨事になっているところだった。
「大丈夫ですか、リュシアン様⁉」
すぐに侍女たちが駆け付けてきて、リュシアンを助け起こしてくれたり、こぼした水を拭き取ってくれたりした。
「みなさん、ごめんなさい」
「謝らないでくださいませ。それより、今日のリュシアン様は上の空なのではないですか?」
顔にかかった水を拭き取ってくれながら、シャルロットが案じてくれた。
「もしかして、なにか気にかかることでもあるのですか?」
またシャルロットを心配させてしまっている。
リュシアンは、エドゥアールが外交使節をやることになったことを話した。このままでは、半年以上彼に会えなくなってしまう。
「半年以上も……!」
シャルロットは悲鳴に近い声を上げた。
「とにかく、お風呂に入って服を着替えましょう。すっかりびしょ濡れになられてしまいましたから」
「手間を増やしてしまって、ごめんなさい」
「ですから、謝らないでくださいませ! ほら、さっさと行きますよ!」
濡れた服を脱ぎ、お湯を張ってもらった浴槽でリュシアンはしっかりと身体を温めることができた。
お風呂から上がったリュシアンは、鏡台の前に座る。お風呂から上がったら、侍女に髪を拭いてもらって髪油を塗ってもらうことになっている。
自分でやると言ったら、「リュシアン様のお手入れをする機会を、奪わないでくださいませ」と逆に叱られてしまった。侍女としての沽券に関わるようだ。
リュシアンの髪を布で拭きながら、シャルロットが口を開く。
「半年以上も離れ離れになってしまうなんて、リュシアン様の悲しみは想像を絶するほどだと存じます」
「そうですね。きっと寂しくなると思う」
エドゥアールもいないのにただ離宮に閉じ込められる日々は、無為に感じられることだろう。
「でもエドゥアールが外国に行ってしまう前に、お茶会をしてくれると約束してくれたんですよ。楽しみです」
「お茶会! それはよろしゅうございましたね。そうだリュシアン様、せっかくならそのお茶会で以前いただいた茶葉のお返しをするのはいかがでしょうか?」
「茶葉のお返し?」
「ええ!」
シャルロットは興奮した様子で提案した。また何か想像を働かせているようだ。
ただ、彼女の提案にはリュシアンにとってもいい提案に思えた。
「たしかに、もらいっぱなしは悪いですからね。でも、何を喜んでくれるでしょうか……」
エドゥアールが喜んでくれそうなものを思い浮かべようとするが、彼が何を好きなのかよく知らないことに気がついた。
お茶が好きなのは確かだろうが、茶葉の知識がほとんどない自分が選んでも、喜んでくれる気がしない。
リュシアンは顔を曇らせた。
「そんなの! これから殿下は何ヶ月も外国に行ってしまわれるのですよ。外国に行く殿下に持っていてもらいたいものを、考えてみてはいかがでしょうか」
外国に行く彼に持っていてもらいたいもの。それならば、思いつく気がした。
「なるほど。ありがとう、考えてみます」
「ええ! 購入したいものは、外の者に連絡してお取り寄せができますからね」
お茶会の日が訪れるまで、エドゥアールへの贈り物を考えることにした。彼への贈り物を考えている間は、孤独を感じなかった。
けれども、エドゥアールは急かしたりなどしなかった。いつまでも待つと言ってくれた。優しい彼に愛しい気持ちがさらに募っていくのが、辛かった。
ある晩のことだ。
「外交使節?」
晩に訪ねてきたエドゥアールが、外交使節になることになった、と不安げな表情で漏らした。
「いくつかの国を回ることになった。長い間、君の側を離れることになる」
彼の告げた内容に、リュシアンもまた不安を覚えてぎゅっと拳を握った。
「長い間って、どのくらい?」
「どんなに早くとも、半年以上はかかるだろう」
「半年以上……」
ただでさえエドゥアールと共にいれる時間は限られているのに、半年以上も削られてしまうなんて。
「次の国王として、各国に顔見せをしておく必要があるのだ。王になった後では、なかなか複数の国を訪れる時間は作れないからな。次の国王になるならば、必ずしなければならないと父上も言っている」
「……必要なことなら、仕方がないな」
王太子にとって必要な責務を放棄させることなど、どう考えたってできやしない。自分は彼の伴侶でも番でもない。なんでもない人間なのだから。
特にエドゥアールは、父親の言いつけに従うことを大事に思っているようだ。自分が行かないでくれと言っても、彼は行ってしまうことだろう。
「数週間後には、出発することになっている」
「急な話だな」
「その日取りでないと、都合が悪い国があるのだ。出発までの間は、なるべく君と一緒にいる時間を作りたいとは思っている」
「ありがとう、その気持ちが嬉しいよ。でも、無理はしないでくれ。きっと引継ぎとかで忙しくなるだろう?」
「無理などしないとも。しばらく二人でお茶を飲めていないからな。必ず私の出発前に、二人でお茶を飲もう」
「うん、わかった」
ここ数日、夜の務めを果たせていないからか、二人の間に流れる空気はなんとなくぎくしゃくとしている。
けれども、久方ぶりのお茶会は楽しみだと思えた。
「楽しみだ」
リュシアンは久しぶりに笑顔を見せた。
離宮がすっかり綺麗になったとはいっても、定期的に掃除をしなければ美しい離宮は維持できない。
日常のルーチンとなった掃除をしているときのことだった。
「あっ!」
リュシアンは足を滑らせ、手に持っていたバケツの中身をぶちまけてしまった。場所が廊下だったのが幸いだ。図書の間だったら、大惨事になっているところだった。
「大丈夫ですか、リュシアン様⁉」
すぐに侍女たちが駆け付けてきて、リュシアンを助け起こしてくれたり、こぼした水を拭き取ってくれたりした。
「みなさん、ごめんなさい」
「謝らないでくださいませ。それより、今日のリュシアン様は上の空なのではないですか?」
顔にかかった水を拭き取ってくれながら、シャルロットが案じてくれた。
「もしかして、なにか気にかかることでもあるのですか?」
またシャルロットを心配させてしまっている。
リュシアンは、エドゥアールが外交使節をやることになったことを話した。このままでは、半年以上彼に会えなくなってしまう。
「半年以上も……!」
シャルロットは悲鳴に近い声を上げた。
「とにかく、お風呂に入って服を着替えましょう。すっかりびしょ濡れになられてしまいましたから」
「手間を増やしてしまって、ごめんなさい」
「ですから、謝らないでくださいませ! ほら、さっさと行きますよ!」
濡れた服を脱ぎ、お湯を張ってもらった浴槽でリュシアンはしっかりと身体を温めることができた。
お風呂から上がったリュシアンは、鏡台の前に座る。お風呂から上がったら、侍女に髪を拭いてもらって髪油を塗ってもらうことになっている。
自分でやると言ったら、「リュシアン様のお手入れをする機会を、奪わないでくださいませ」と逆に叱られてしまった。侍女としての沽券に関わるようだ。
リュシアンの髪を布で拭きながら、シャルロットが口を開く。
「半年以上も離れ離れになってしまうなんて、リュシアン様の悲しみは想像を絶するほどだと存じます」
「そうですね。きっと寂しくなると思う」
エドゥアールもいないのにただ離宮に閉じ込められる日々は、無為に感じられることだろう。
「でもエドゥアールが外国に行ってしまう前に、お茶会をしてくれると約束してくれたんですよ。楽しみです」
「お茶会! それはよろしゅうございましたね。そうだリュシアン様、せっかくならそのお茶会で以前いただいた茶葉のお返しをするのはいかがでしょうか?」
「茶葉のお返し?」
「ええ!」
シャルロットは興奮した様子で提案した。また何か想像を働かせているようだ。
ただ、彼女の提案にはリュシアンにとってもいい提案に思えた。
「たしかに、もらいっぱなしは悪いですからね。でも、何を喜んでくれるでしょうか……」
エドゥアールが喜んでくれそうなものを思い浮かべようとするが、彼が何を好きなのかよく知らないことに気がついた。
お茶が好きなのは確かだろうが、茶葉の知識がほとんどない自分が選んでも、喜んでくれる気がしない。
リュシアンは顔を曇らせた。
「そんなの! これから殿下は何ヶ月も外国に行ってしまわれるのですよ。外国に行く殿下に持っていてもらいたいものを、考えてみてはいかがでしょうか」
外国に行く彼に持っていてもらいたいもの。それならば、思いつく気がした。
「なるほど。ありがとう、考えてみます」
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