白銀殿下と疎まれオメガの契約婚

野良猫のらん

文字の大きさ
18 / 26

第十八話 贈り物

 ライラックの花が全て散れば、夏になるのだろう。
 中庭の景色は、少しずつ変わりつつある。日は高くなっていき、日差しは暖かいというより暑くなっていく。
 
 ライラックの香りを感じながらエドゥアールとお茶を飲めるのは、今年は今日が最後……あるいは一生を通じての最後になるのかもしれなかった。
 
 エドゥアールが時間を作って用意してくれた、お茶会の日が来た。リュシアンは、贈り物を包装して用意しておいた。彼が喜んでくれればいいのだが、と願っている。
 
 以前のように、侍女に髪を編んでもらった。エドゥアールが似合うと言ってくれた髪型になり、何度も鏡で角度を変えて確認し、侍女に意見を求めた。
 
「リュシアン様はとてもお綺麗でいらっしゃいますよ」
「わたくしがしっかり編んでさしあげたのですから、自信を持って下さいませ!」
 
 意見を求める度、侍女たちに励まされた。こんなに緊張するなんて、まるで恋人と初の逢瀬でもするみたいだ。
 
「殿下がいらっしゃいます!」
 
 その場にいなかった侍女の連絡によって、一同は玄関へと向かった。
 
 銀の髪を春風に靡かせ、エドゥアールは姿を現した。
 初めて会ったときは意識していなかったが、エドゥアールは美しい人だ。光を反射して煌めく銀髪の美しさはもちろん、鼻筋の通った顔立ちも、姿勢のいい長身も、そして何より、誇り高くも弱者への慈悲を忘れない彼の性質が、多くの人を引き付けてやまないだろう。
 
 自分などよりもよっぽど彼に相応しい人は、きっといくらでもいるだろう。
 彼はオメガ差別の横行している現状を嘆き、国を変えると言ってくれたが、それを傍で見守ることはできない。自分は世俗から離れた修道院で、彼が国を帰ることに成功できたのかどうか知ることもなく、一生を終えるに違いない。
 彼が国を変える様を側で見守るのは、自分ではない誰か別の人だ。
 
 もう心の整理はついた。だから笑顔を浮かべられる。
 
「やあ……エドゥアール」
 
 リュシアンは、おずおずと笑いかけた。
 
「リュシアン、今日も美しいな」
 
 当たり前のように彼が口にした言葉に、顔がぱっと熱くなる。たったの一言だけで、やっぱり好きだと再認識させられた。
 
「そ、そうかな」
「ああ、もちろんだとも」
 
 彼は力強く頷いた。
 それから、彼は片腕を突き出して言った。
 
「リュシアン、中庭までエスコートさせてくれないか」
「エスコート?」
 
 リュシアンは目を丸くさせた、エスコートだなんて、まるで夢みたいだ。
 
 リュシアンはおずおずと、彼の腕に手を添えた。中庭に辿り着くまで、離宮の長い廊下をリュシアンはエスコートされた。
 隣を歩く間、リュシアンはちらりとエドゥアールの横顔を見上げた。彼はまっすぐに前を見つめている。
 
 彼にエスコートされた思い出も、大切に胸の内にしまっておこう。場合によっては彼がいない間にアルファの子を出産して、そのまま会えない可能性もあるのだから。
 
 前回のようにライラックの木の下に設置された席まで案内され、エスコートは終了した。
 
「ライラックの香りは、相変わらず落ち着くな」
「そうだな」
 
 彼の言葉に同意したタイミングで、お茶が運ばれてきた。もちろん、ベリーの香りを漂わせるお茶だ。
 
 お茶を飲み、焼き菓子を摘まみながら、二人は会話に花を咲かせた。
 
 エドゥアールは、彼が訪れる予定の国について語ってくれた。
 この世界には、様々な国が存在する。武道を重んじる国や、魔法という不思議な術を使う国。飲めばたちどころに傷が治る薬を名産品としている国。隣の帝国にも行くそうだ。
 彼の話を聞きながら、リュシアンは思いを馳せた。彼と一緒に様々な国に赴く自分を、夢想したのだ。妄想の中の自分は、彼と一緒に馬車に揺られ、異国の街を見て回り、初めて見る文化に目を丸くし、彼と笑い合っていた。
 
 気がつけばお茶がなくなっていて、シャルロットがおかわりを注ぎに来た。
 
「リュシアン様、贈り物を渡すなら今ですよ」
 
 シャルロットがこっそりと、包装された贈り物をリュシアンに手渡してくれた。
 そうだ、エドゥアールに渡さなければ。たった今シャルロットが持ってきてくれた贈り物を、テーブルの上に乗せた。
 
「エドゥアール。実はこの間の茶葉のお返しがあるんだ」
「お返しなんて、そんなのいいのに。でもありがとう、中を見ても?」
「ああ」
 
 彼が包装を解くと、中から小瓶が現れた。首から提げられるように、鎖が通してある。リュシアンが持っている抑制剤入れと、そっくりな代物だ。彼が似たような物を身につけてくれたらな、とつい思ってしまったのだ。
 彼に送った小瓶の中には、抑制剤の代わりに緑色の液体が揺れている。
 
「これは……」
「輸入品だ。飲めば立ちどころに傷が治る薬を、名産品にしている国があると言っていただろ?」
 
 ポーションと呼ばれる異国の秘薬が、小瓶の中に入っている。
 
「エドゥアールに無事に帰ってきてほしいと思って、選んだんだ」
 
 リュシアンの言葉に、彼が瞠目する。見開かれた銀青色の瞳が、じわじわと潤んでいく。
 
「……ありがとう。いつも肌身離さず身につけよう」
 
 ぽたりと、雫が銀青色の瞳から落ちた。そんなに喜んでくれるとは、思っていなかった。
 
「うん。俺の代わりだと思って、連れて行ってくれると嬉しい」
 
 少しは自分を想ってくれているのだろうか。
 自分は彼にとってどうでもいい人間なのではなくて、オメガだから離れ離れになってしまう運命なのだ。せめて、そう勘違いして生きていきたいとリュシアンは考えていた。
 
「実を言うと、私も君にあげたいものがあるんだ」
「え⁉」
 
 彼の言葉に、驚いた声を上げた。まさか彼も贈り物を用意してくれているとは、思いもしなかった。
 大切に思ってくれているのだ。本当に勘違いではないのかもしれない。
 
 先ほど彼が涙を流したのか理解できた。「あげたいものがある」の一言を聞いただけで、こんなにも瞼の裏が熱いのだから。
 
「これだ」
 
 彼は小箱を取り出し、そっと蓋を開けた。
 中には一対のイヤリングが納められていた。中心に小指の先ほどの大粒の蒼い宝石が嵌められた金の細工があり、金の細工からは細い鎖が何本か伸びている。細い鎖の先には、小粒の宝石がついていた。耳につければ、風に揺れて美しいことだろう。
 細工の先端は、鋭く尖っている。取扱いに気をつけなければ、先端で怪我をしてしまうかもしれないと感じた。
 
「このイヤリングも、他国のものなんだ。中心の宝玉に、魔法が籠められているらしい」
「魔法が……?」
 
 魔法が籠められているものなんて、初めて目にした。しげしげとイヤリングを見つめる。深い蒼の宝玉は、まるで海を封じ込めたようだ。
 
「イヤリングにかけられた魔法は、片方ずつ別々の人間がイヤリングをつけて、初めて効力を発揮するんだ。イヤリングの片割れをつけた相手を想いながら宝玉に触れると、相手に声を届けることができるのだという」
「声を?」
 
 このイヤリングさえあれば、彼が異国にいる間も声が聞こえるのか。リュシアンは、イヤリングの片方を手に取った。
 
「試してみようか」
 
 エドゥアールもまたイヤリングの片割れを手に取り、左耳に装着した。それを見て、リュシアンは右耳に装着した。
 
 エドゥアールは宝玉に触れると、そっと囁いた。
 
『リュシアン、聞こえるか?』
 
 耳元から聞こえる囁き声と、目の前の彼から聞こえるこえとで、声が二重になって聞こえた。
 リュシアンも胸が鼓動するのを感じながら、イヤリングの宝玉に触れてみた。
 
『う、うん、聞こえる』
 
 彼も声が聞こえたのだろうか、ぱっと笑顔になった。
 
「すごい、このイヤリングがあればエドゥアールが遠くに行ってしまっても、寂しくないな!」
 
 リュシアンも笑顔になってはしゃいだ。
 
「いや、そんなに万能な代物でもない。宝玉には魔力が籠められていてな。魔力が切れてしまうと、使えなくなってしまうんだ」
「ええ⁉」
 
 リュシアンは慌てて宝玉から手を離した。
 
「魔力がなくなると、宝玉は透明な硝子玉のようになってしまうらしい。そうなってしまうと、魔法を操る民の国まで行って、魔力を再び補充してもらわねばならない」
「大変じゃないか!」
 
 リュシアンはイヤリングを外し、宝玉の色を確認した。宝玉は海のような深い蒼色を湛えたままだ。ほっと胸を撫で下ろした。魔力を使い果たしてしまっていたら、遠くに行く彼と話ができないところだった。
 
「私が君の傍にいない間、もし何かあった際には、いつでも連絡してほしい」
「でも、貴重な魔力が……」
「そんなこと気にしないでくれ。君の声を聞くために、贈るのだから」
 
 優しい微笑みに、じわりと視界が滲む。堪える余裕もなく、ぼろぼろと涙の粒が次々と零れ落ちた。
 エドゥアールは、遠い異国に行っても自分と繋がっていたいと思ってくれていた。決して一方通行の想いなどではなかった。それがわかったのだから、たとえ人生の道が分かたれた後でも、彼を想いながら幸福に生涯を終えられるだろう。
 
「エ、エドゥアール、俺、俺、嬉しい……っ!」
 
 しゃくり上げながら、なんとか礼の言葉を口にした。涙が止まらない。
 
「君は涙までうつくしいな」
 
 彼がハンカチを取り出して、涙を拭き取ってくれた。彼の前では、泣いてばかりだ。
感想 3

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
【完結/番外編準備中】 目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです! ---------- 追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!! 完結しましたが回収しきれていないエピソードが私の中でいくつかあるので笑、後日番外編をアップしたいなと現在準備中です。 詳しい更新日まだ未定ですが、もしよろしかったらゼヒまた覗いてやってくださいねー!

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。 ​死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。