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第十九話 結ばれない運命*
彼は椅子の位置を変えてリュシアンの隣に来ると、手を握ってくれた。
「リュシアン。君ともっと距離を縮めたい。これからは君をリュシーと愛称で呼んでもいいだろうか?」
「あ、愛称⁉」
いきなりの提案にびっくりしすぎて、涙が引っ込んだ。
「リュシーと呼んでもいいかな?」
重ねての囁きに、頬が熱くなるのを感じる。もちろん、嫌なわけがない。
「う、うん。いいよ」
今までどうやって彼の顔を見ていたか、わからなくなってしまった。ただただこくりと頷く。
「嬉しいよ、リュシー」
低い声で愛称を囁かれた。
リュシー。新しい呼称の響きは、言葉では言い表せないほど甘ったるかった。
「俺も……エドゥアールのこと、エドって呼んでもいいか?」
ちらりと隣の彼を見つめ、小声で尋ねてみた。
「エド! 私をそんな風に呼んでくれる人は、君が初めてだ!」
彼はぱっと顔を輝かせた。
父や母に愛されず、唯一愛してくれた乳母も、乳母の立場では王太子を愛称で呼ぶことなどできなかっただろう。だから彼を愛称で呼ぶ人は、自分が初めてなのだ。
愛称で呼んでくれる人がいなかったのは、自分も同じだ。両親には疎まれて、使用人にも無視され、修道院では愛されていたが他人を愛称で呼ぶという習慣がなかった。
「エ、エド」
おずおずと彼を愛称で呼んだ。
「リュシー、愛称で呼んでくれて嬉しいよ」
彼が手を伸ばしてきて、リュシアンはどきりと心臓を跳ねさせた。まさか口づけをするのでは、と目を閉じる。だが彼の指は、まだリュシアンの頬に残っていた涙の粒を拭っただけだった。
なんだ、とがっかりしたようなほっとしたような心地で目を開けた――その瞬間には彼の顔が間近まで迫っていて、唇と唇が触れていた。
何度も交わってきたのに、口づけをするのはこれが最初だと気がついた。リュシアンにとって、生まれて初めての口づけだった。
厚い唇が、優しくリュシアンの唇を食む。何度か食まれているうちに、彼の舌先が触れる。話にだけ聞いたことのある、舌と舌を交わらせる口づけをする気なのだろう。嬉しさと期待と、ちょっぴりの不安を覚えながら、わずかに口を開けた。
リュシアンの口が開いたのを感じ取ると、舌先がそっと中に入ってきた。口内に入ってきた舌は、穏やかにリュシアンの舌を撫でた。それだけで、じんと頭の中が痺れるようだった。
リュシアンもまた、自分から舌を動かして懸命に絡めようとした。拙かった交わりは、互いに舌を動かし合っているうちに、絡み合うようになっていく。
「っ」
口蓋を愛撫された瞬間に走った快感に、吐息が零れた。リュシアンは舌での交わりがもたらす快感に、恍惚とした。
深く口づけを交わすほど、彼の気持ちに直接触れているような気分になる。愛しい、好きだ。口に出してはいけない思いを込めて、舌を交わらせる。
下腹の奥に、熱が溜まっていくのを感じる。ここ数日ずっと気持ちが向かなかったのに、今は彼と交わりたくて仕方がない。
「……っはあ、はあ」
やっと舌が引き抜かれて口が離れていったときには、息も絶え絶えだった。
「すまない、もしかして呼吸ができなかったのではないか? 顔が真っ赤だ」
彼が顔を覗き込んでくるが、顔が赤いのも肩で息しているのも、呼吸ができなかったせいではない。
リュシアンは彼に縋りついて、銀青色の瞳を見上げた。
「……に」
「リュシー? すまない、今なんと?」
「エド。寝台に、連れてって」
ねだる言葉を口にした途端、彼の顔が真っ赤に染まるのが見えた。交わりたいという意味だと、彼は正しく受け取った。
「まだ、明るい時間帯だが」
「時間なんて関係ない」
忙しいだろうに、とんだ我儘だと自覚はしている。けれども、これ以上は我慢ができなかった。
リュシアンの視線を受け、エドゥアールの喉仏が上下する。
「わかった」
ひょいと身体が横抱きにされる。受け入れてもらえた安堵と嬉しさが、胸の内に満ちる。
浮遊感と共に、リュシアンの身体は離宮内の寝室へと運ばれた。
寝室に着くと、リュシアンは寝台に優しく横たえられた。
「正直言うと」
エドゥアールもまた、寝台に上がってくる。
「私も身体を重ねたいと思っていた」
低い囁きだけで、ぞくぞくと身体が熱くなった。
彼は丁寧だけれども手早い動きで、リュシアンのシャツのボタンを外していった。シャツと肌着を脱がされ、ブリーチズと下着も素早く足から引き抜かれていった。自身の衣服に至っては、投げるように脱ぎ捨てた。
互いに裸身になると、むしゃぶりつくように再び口づけをした。舌と舌を交わらせる甘い快感に浸りながら、互いの肌に触れ合った。
「あっ、んっ」
口づけを続けている内に、段々と彼の指が後ろに伸びていき……後ろへの愛撫が始まった。
どれほどの時が過ぎただろうか。
濃厚な口づけをしながらほんの入り口を弄る程度だった後ろへの愛撫は、数本の指を出し入れしての本格的なものに変わっていた。
「あっ、あ、ぁ、ああっ、あ……っ!」
可愛い声を聞きたいからと、もう口づけは続いてはいない。
「リュシー、可愛いな。もっと聞かせてくれ」
指を互い違いに動かされ、快感が幾度も全身を駆け抜ける。
「あぁ、あ、だめ、エド……っ! んっ、く……ッ!」
頭が真っ白になったかと思うと、背がぐっと反れた。さっきから、こうして何度も達してしまっている。
胸を激しく上下させながら、リュシアンは口を開いた。
「エドの、ほしい……」
指だけでなく、彼自身がほしい。潤んだ瞳で、必死に訴えた。
「そうだな、私も限界だ」
指が引き抜かれ、寂しさを感じる暇もなく代わりのモノを充てがわれた。後ろに触れるそれが、熱く脈打っている。
「入るぞ」
低い囁きと共に、剛直が入口を押し割った。
「……ッ!」
内側を埋める圧迫感に、生理的な涙が眦からこめかみを伝って黒髪を濡らす。けれども痛みはない。心が満たされるような充足感すら覚えた。
リュシアンを見下ろす彼の表情にも、似たような充足感を感じる。繋がるだけで満たされるものがあると、彼も感じてくれていると嬉しい。
「リュシー、動いても?」
彼の問いに、こくりと頷いた。
彼自身が引き抜かれて遠ざかっていったかと思うと、また奥まで入ってくる。
「あっ」
肉の棒に内側の性感帯を刺激され、軽く声が出た。感じてしまっても、もう自己嫌悪は感じない。彼が受け入れてくれたから。
抽送は穏やかながらも、滑らかな動きで内側を刺激する。規則的な動きで、彼自身が奥をノックする。
「あっ、あっ、ぁ、ン、エドっ、あ……っ!」
「リュシー。美しくて、可愛いよ。もっと見せて」
額に汗を浮かばせながらも、彼は甘く囁いてくれる。こんなにも自分を受け入れて幸せな心地にしてくれる人は、彼だけだろう。
「あぁっ、あッ、エド、エド、エド……ッ!」
つい、大きな声で何度も彼の名を呼んでしまう。エド、愛しい人。好きな人。
「リュシー、リュシー……!」
彼が自分の名を呼ばわる声音は興奮を帯びたものに変わり、律動は少しずつ激しさを増していく。
「あぁッ、ンぁ、エド、エド、エドぉ……ッ!」
肉が肉を打つ乾いた音が、寝室に響く。
最奥まで肉を穿たれる度、ぐちゃぐちゃに掻き交ぜられて、自分と彼との境目がなくなっていくかのように感じられる。
このまま完全に境目がなくなって、彼と一つの生き物になってしまいたい。けれども見えない壁がそれを邪魔していると、本能的に感じた。邪魔しているものを壊したい。
うなじを噛まれたい。
「エド、エドっ、うなじ、を……ッ!」
自分が何を言っているのか理解もせず、本能のままに叫んだ。ただただ彼と一つになることしか考えられなかった。
「リュシー⁉」
「うなじ、噛んで……っ!」
涙と快感で見えているものもあいまいになる中、彼の喉仏が上下したのだけが、妙にくっきりと見えた。
彼は繋がったままの状態で、ぐっと上体を倒して屈みこんだ。
うなじに口を寄せると、口を開いて歯を剥き出す。そして――――
「駄目だ、リュシー……!」
うなじに牙が突き立てられることはなかった。
代わりに、剛直が最奥まで穿たれた。
「エド…………ッ!」
失望の中でも身体は反応して、破れんばかりに手がシーツを掻いて深い皺を刻む。何度目かの絶頂に、意識が薄れていった。
気がつけば、エドゥアールの手が優しく黒髪を撫でていた。
リュシアンの身体は清潔になっていて、彼は衣服を身に纏っていた。目を覚ますまで、待っていてくれたのだろう。
「すまない、頼みごとを叶えてあげられなくて」
彼は密やかな声で謝った。うなじを噛まなかったことを謝っているのだ。
「君は修道院に帰るのだろう? 番になってあげることはできない」
わかっていた、一生傍にいてくれと彼が言ってくれないことは。痛みが胸を劈くが、彼を糾弾することはできない。
「よすぎて変なこと口走っただけだから。そんな深刻に謝らなくてもいいし」
彼がいない方向に寝返りを打って、シーツでさりげなく涙を拭いた。
彼と結ばれないことはわかっていたはずなのに、うなじを噛んでくれと要求してしまうなんて。オメガの本能は、やはり浅ましいものなのかもしれない。
「気にしてないよ、わかってたことだから」
「……そうか」
背中から彼の気配が離れていくのを感じる。
「私はもう行くよ。さようなら、リュシー」
「さよなら」
顔も向けずに、返事をするだけで精いっぱいだった。
こうして、エドゥアールは外交使節として遠い異国に旅立ってしまった。
「リュシアン。君ともっと距離を縮めたい。これからは君をリュシーと愛称で呼んでもいいだろうか?」
「あ、愛称⁉」
いきなりの提案にびっくりしすぎて、涙が引っ込んだ。
「リュシーと呼んでもいいかな?」
重ねての囁きに、頬が熱くなるのを感じる。もちろん、嫌なわけがない。
「う、うん。いいよ」
今までどうやって彼の顔を見ていたか、わからなくなってしまった。ただただこくりと頷く。
「嬉しいよ、リュシー」
低い声で愛称を囁かれた。
リュシー。新しい呼称の響きは、言葉では言い表せないほど甘ったるかった。
「俺も……エドゥアールのこと、エドって呼んでもいいか?」
ちらりと隣の彼を見つめ、小声で尋ねてみた。
「エド! 私をそんな風に呼んでくれる人は、君が初めてだ!」
彼はぱっと顔を輝かせた。
父や母に愛されず、唯一愛してくれた乳母も、乳母の立場では王太子を愛称で呼ぶことなどできなかっただろう。だから彼を愛称で呼ぶ人は、自分が初めてなのだ。
愛称で呼んでくれる人がいなかったのは、自分も同じだ。両親には疎まれて、使用人にも無視され、修道院では愛されていたが他人を愛称で呼ぶという習慣がなかった。
「エ、エド」
おずおずと彼を愛称で呼んだ。
「リュシー、愛称で呼んでくれて嬉しいよ」
彼が手を伸ばしてきて、リュシアンはどきりと心臓を跳ねさせた。まさか口づけをするのでは、と目を閉じる。だが彼の指は、まだリュシアンの頬に残っていた涙の粒を拭っただけだった。
なんだ、とがっかりしたようなほっとしたような心地で目を開けた――その瞬間には彼の顔が間近まで迫っていて、唇と唇が触れていた。
何度も交わってきたのに、口づけをするのはこれが最初だと気がついた。リュシアンにとって、生まれて初めての口づけだった。
厚い唇が、優しくリュシアンの唇を食む。何度か食まれているうちに、彼の舌先が触れる。話にだけ聞いたことのある、舌と舌を交わらせる口づけをする気なのだろう。嬉しさと期待と、ちょっぴりの不安を覚えながら、わずかに口を開けた。
リュシアンの口が開いたのを感じ取ると、舌先がそっと中に入ってきた。口内に入ってきた舌は、穏やかにリュシアンの舌を撫でた。それだけで、じんと頭の中が痺れるようだった。
リュシアンもまた、自分から舌を動かして懸命に絡めようとした。拙かった交わりは、互いに舌を動かし合っているうちに、絡み合うようになっていく。
「っ」
口蓋を愛撫された瞬間に走った快感に、吐息が零れた。リュシアンは舌での交わりがもたらす快感に、恍惚とした。
深く口づけを交わすほど、彼の気持ちに直接触れているような気分になる。愛しい、好きだ。口に出してはいけない思いを込めて、舌を交わらせる。
下腹の奥に、熱が溜まっていくのを感じる。ここ数日ずっと気持ちが向かなかったのに、今は彼と交わりたくて仕方がない。
「……っはあ、はあ」
やっと舌が引き抜かれて口が離れていったときには、息も絶え絶えだった。
「すまない、もしかして呼吸ができなかったのではないか? 顔が真っ赤だ」
彼が顔を覗き込んでくるが、顔が赤いのも肩で息しているのも、呼吸ができなかったせいではない。
リュシアンは彼に縋りついて、銀青色の瞳を見上げた。
「……に」
「リュシー? すまない、今なんと?」
「エド。寝台に、連れてって」
ねだる言葉を口にした途端、彼の顔が真っ赤に染まるのが見えた。交わりたいという意味だと、彼は正しく受け取った。
「まだ、明るい時間帯だが」
「時間なんて関係ない」
忙しいだろうに、とんだ我儘だと自覚はしている。けれども、これ以上は我慢ができなかった。
リュシアンの視線を受け、エドゥアールの喉仏が上下する。
「わかった」
ひょいと身体が横抱きにされる。受け入れてもらえた安堵と嬉しさが、胸の内に満ちる。
浮遊感と共に、リュシアンの身体は離宮内の寝室へと運ばれた。
寝室に着くと、リュシアンは寝台に優しく横たえられた。
「正直言うと」
エドゥアールもまた、寝台に上がってくる。
「私も身体を重ねたいと思っていた」
低い囁きだけで、ぞくぞくと身体が熱くなった。
彼は丁寧だけれども手早い動きで、リュシアンのシャツのボタンを外していった。シャツと肌着を脱がされ、ブリーチズと下着も素早く足から引き抜かれていった。自身の衣服に至っては、投げるように脱ぎ捨てた。
互いに裸身になると、むしゃぶりつくように再び口づけをした。舌と舌を交わらせる甘い快感に浸りながら、互いの肌に触れ合った。
「あっ、んっ」
口づけを続けている内に、段々と彼の指が後ろに伸びていき……後ろへの愛撫が始まった。
どれほどの時が過ぎただろうか。
濃厚な口づけをしながらほんの入り口を弄る程度だった後ろへの愛撫は、数本の指を出し入れしての本格的なものに変わっていた。
「あっ、あ、ぁ、ああっ、あ……っ!」
可愛い声を聞きたいからと、もう口づけは続いてはいない。
「リュシー、可愛いな。もっと聞かせてくれ」
指を互い違いに動かされ、快感が幾度も全身を駆け抜ける。
「あぁ、あ、だめ、エド……っ! んっ、く……ッ!」
頭が真っ白になったかと思うと、背がぐっと反れた。さっきから、こうして何度も達してしまっている。
胸を激しく上下させながら、リュシアンは口を開いた。
「エドの、ほしい……」
指だけでなく、彼自身がほしい。潤んだ瞳で、必死に訴えた。
「そうだな、私も限界だ」
指が引き抜かれ、寂しさを感じる暇もなく代わりのモノを充てがわれた。後ろに触れるそれが、熱く脈打っている。
「入るぞ」
低い囁きと共に、剛直が入口を押し割った。
「……ッ!」
内側を埋める圧迫感に、生理的な涙が眦からこめかみを伝って黒髪を濡らす。けれども痛みはない。心が満たされるような充足感すら覚えた。
リュシアンを見下ろす彼の表情にも、似たような充足感を感じる。繋がるだけで満たされるものがあると、彼も感じてくれていると嬉しい。
「リュシー、動いても?」
彼の問いに、こくりと頷いた。
彼自身が引き抜かれて遠ざかっていったかと思うと、また奥まで入ってくる。
「あっ」
肉の棒に内側の性感帯を刺激され、軽く声が出た。感じてしまっても、もう自己嫌悪は感じない。彼が受け入れてくれたから。
抽送は穏やかながらも、滑らかな動きで内側を刺激する。規則的な動きで、彼自身が奥をノックする。
「あっ、あっ、ぁ、ン、エドっ、あ……っ!」
「リュシー。美しくて、可愛いよ。もっと見せて」
額に汗を浮かばせながらも、彼は甘く囁いてくれる。こんなにも自分を受け入れて幸せな心地にしてくれる人は、彼だけだろう。
「あぁっ、あッ、エド、エド、エド……ッ!」
つい、大きな声で何度も彼の名を呼んでしまう。エド、愛しい人。好きな人。
「リュシー、リュシー……!」
彼が自分の名を呼ばわる声音は興奮を帯びたものに変わり、律動は少しずつ激しさを増していく。
「あぁッ、ンぁ、エド、エド、エドぉ……ッ!」
肉が肉を打つ乾いた音が、寝室に響く。
最奥まで肉を穿たれる度、ぐちゃぐちゃに掻き交ぜられて、自分と彼との境目がなくなっていくかのように感じられる。
このまま完全に境目がなくなって、彼と一つの生き物になってしまいたい。けれども見えない壁がそれを邪魔していると、本能的に感じた。邪魔しているものを壊したい。
うなじを噛まれたい。
「エド、エドっ、うなじ、を……ッ!」
自分が何を言っているのか理解もせず、本能のままに叫んだ。ただただ彼と一つになることしか考えられなかった。
「リュシー⁉」
「うなじ、噛んで……っ!」
涙と快感で見えているものもあいまいになる中、彼の喉仏が上下したのだけが、妙にくっきりと見えた。
彼は繋がったままの状態で、ぐっと上体を倒して屈みこんだ。
うなじに口を寄せると、口を開いて歯を剥き出す。そして――――
「駄目だ、リュシー……!」
うなじに牙が突き立てられることはなかった。
代わりに、剛直が最奥まで穿たれた。
「エド…………ッ!」
失望の中でも身体は反応して、破れんばかりに手がシーツを掻いて深い皺を刻む。何度目かの絶頂に、意識が薄れていった。
気がつけば、エドゥアールの手が優しく黒髪を撫でていた。
リュシアンの身体は清潔になっていて、彼は衣服を身に纏っていた。目を覚ますまで、待っていてくれたのだろう。
「すまない、頼みごとを叶えてあげられなくて」
彼は密やかな声で謝った。うなじを噛まなかったことを謝っているのだ。
「君は修道院に帰るのだろう? 番になってあげることはできない」
わかっていた、一生傍にいてくれと彼が言ってくれないことは。痛みが胸を劈くが、彼を糾弾することはできない。
「よすぎて変なこと口走っただけだから。そんな深刻に謝らなくてもいいし」
彼がいない方向に寝返りを打って、シーツでさりげなく涙を拭いた。
彼と結ばれないことはわかっていたはずなのに、うなじを噛んでくれと要求してしまうなんて。オメガの本能は、やはり浅ましいものなのかもしれない。
「気にしてないよ、わかってたことだから」
「……そうか」
背中から彼の気配が離れていくのを感じる。
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