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第二十一話 リュシアンの覚悟
リュシアンは中庭であったことを、すぐに侍女たちに知らせた。
再びの侵入者を許さぬよう、中庭の改築が行われることとなった。改築が済むまでは、中庭に出られなくなってしまった。
中庭に出ることすら出来なくなってしまい、リュシアンの生活の寂しさはますます加速した。
「リュシアン様、最近は溜息が多くていらっしゃいますね」
リュシアンは、シャルロットに指摘されてしまった。
「殿下がいらっしゃらないのが、お辛いのですね」
「そんなことは……いや、その通りです」
強がろうとしたが、そんな意味はないことに気がついた。
「でも、今日はそんなリュシアン様を元気づけられるものが届きましたよ! はい!」
シャルロットは後ろ手に持っていた物を、差し出した。
それは手紙だった。それも、ドゥ・ファルギエール家の家紋の封蝋が捺された。父からの手紙だ。
リュシアンと家族の微妙な関係を知らないから、シャルロットは元気づけられるものだと思ったのだろう。
「あ……ありがとう。部屋で読んでこようかな」
「はい、ごゆっくりしてくださいませ!」
手紙を胸に抱え、リュシアンは自室に閉じこもった。
さて今度は何を書いて送ってきたのだろう。前の手紙には優しい言葉が綴られていたものだから、今度は軽い気持ちですぐに封を開けた。
手紙には、流麗な文字で時候の挨拶が綴られている。その下の文面に目を通して、リュシアンは固まった。
『時にリュシアンよ、ベルンハルト殿との婚姻を真面目に考えてはどうであろうか』
ベルンハルト殿との婚姻、とはっきりと書かれていた。一体、どういう意味だろう。なぜ父がベルンハルトとの婚姻を勧めてくるのか。
リュシアンは、素早く続きに目を走らせた。
ベルンハルトがどのような素性の人間で、リュシアンにどれほど情熱的な想いを抱いていて、どんな頼み事をしてきたかが綴られていた。
ベルンハルトはリュシアンと結婚したいと、父に頼んだらしい。おそらくは、中庭に侵入してきた後の話だろう。
父はベルンハルトの情熱にいたく感動し、リュシアンさえよければ結婚を許可することにしたのだそうだ。
『エドゥアール殿下との婚約は解消してしまいなさい。普通は番になっていなければ、アルファとオメガは結ばれたと見做されないものだ。契約婚など、解消してしまえばよろしい』
手紙の中で、父はさらに契約婚の解消を勧めていた。
勝手に父が契約を結んだようなものなのに、なんて勝手なのだろう。
父の理屈から言えば、エドゥアールとの契約婚は解除しようと思えばできるのだろうが……。
『ベルンハルト殿との交流を通して帝国について深く知り、わしはいたく感動した。ベルンハルト殿とならば、お前も正式な婚姻が結べるのだ。契約婚などではない、普通の結婚だ』
普通の結婚。手紙に書かれている言葉に、心が揺れる。契約婚のようないつか切れる結婚ではなく、一生のもの。
エドゥアールとはいつか別れなければならないが、普通の結婚だと一生別れなくて済む。ベルンハルトのことを好きになれれば、もしかすれば心の安定した日々を送れるのかもしれない。
『わしはリュシアン、お前の幸せを願っているのだ。お前は帝国に行った方が、幸せに過ごせるだろう。なんなら家族で帝国に移り住もうか』
幸せを願っているとの言葉に、勝手に修道院に入れて、勝手に契約婚させて、一体何を言っているのだと怒りが湧いてくる。
でも……もしかすれば、父は悔い改めたのかもしれない。もしかすれば、最初からリュシアンのことを思って修道院に入れたのかもしれない。
絶対にそんなわけないのに、手紙に書かれた優しい言葉を見ていると、迷いが生じてしまう。
返信のための羊皮紙を取り出し、顰め面で紙面を睨む。ペンを何度も握り直し、溜息を吐く。
それから、覚悟を決めて一気に書き出した。
『父上。残念ながら、ベルンハルト殿と結婚することはできません。なぜなら、エドゥアール殿下のことを本気でお慕いしているからです。殿下と正式に結ばれることは叶いませんが、この想いが消えることはありません。他の方への想いを抱いたまま、ベルンハルト殿と結婚するなんて失礼なことはできません。ベルンハルト殿の想いに応えることもできず、お互いに不幸せな結婚生活となることでしょう。
エドゥアール殿下が契約の期限を変更してくれて、アルファの赤子を一人産んだら修道院に戻れることになりました。王家との繋がりを作るという父上の望みを果たせず、申し訳ありません。
けれども、わたしはわたしの好きに生きると決めたのです』
一気に書き終えたあと、リュシアンは何度も文面を見直した。
もう二度と、父に人生を翻弄されてなるものか。その想いを文章にしたら、手が勝手に「わたしはわたしの好きに生きる」と書いていた。自分がこんな大それた望みを抱いていたなんて。手紙の文面を見て、初めて自覚した。
修道院を出るとき、離宮でも幸せに生きると決めた。けれど今は、ただ幸せになるだけではなく、自分で自分の人生の行先を決めたいとまで思っているのだ。
果たして、オメガにそんなことが可能なのだろうか。想像しただけで、心臓が早鐘のように打った。
手紙の最後の一文は、自分自身へのメッセージだと感じた。自分がこういう望みを持っていると、教えてくれたのだ。ならば、自分の望みを裏切らぬように生きねばならない。
したためた返信を送ってくれるよう、その日のうちに侍女に託した。
その晩は眠れなかった。返事を父が読んだ瞬間のことを思うと、どうにも不安が膨らんでいった。父は失望するだろう。もう二度と、あの気まぐれのような優しい態度は取ってもらえないに違いない。
自分で決めたこととはいえ、胸の内が騒めいて仕方がなかった。
イヤリングから、エドゥアールの声が聞こえてくることはない。いっそ自分から連絡しようか。
――父への手紙の返事を出したことが不安でたまらないなどという用件で、魔力を無駄遣いするのか?
寝台の上で、煩悶しながら寝返りを幾度も繰り返し……
「いや、俺は俺の好きにする」
彼の声が聞きたいと思ったなら、それが連絡するべき時だ。リュシアンはイヤリングを使うことに決めた。
寝台から起き上がると、イヤリングを手にして長椅子に腰かけた。
エドゥアールの満月のような銀青色の瞳を思い浮かべながら、イヤリングの中央の蒼い宝玉に触れた。
『エドゥアール……エド、聞こえているか?』
小さく、けれど夜闇に掻き消されない確かな声で語りかけた。
『リュシー⁉』
エドゥアールの驚いた声が、すぐに返ってきた。
『すごく吃驚した。でも、連絡をくれて嬉しいよ。何かあったのかな?』
彼の朗らかな声に、心の内に安堵が広がるのを感じる。声を聞いただけで、思い悩んでいた自分が馬鹿らしく感じられるほどだ。
『今、話をしても大丈夫かな?』
『もちろんだとも。部屋で寝るところだったんだ。誰もいないから、大丈夫だ』
外国でも、きっと彼は忙しいのだろう。睡眠時間を奪ってしまって申し訳ないと思いつつも、リュシアンは相談することにした。
『実を言うと、こんなことがあったんだ……』
ベルンハルトという男が突然離宮に侵入してきたこと、その後父が手紙でベルンハルトと結婚するよう勧めてきたこと。ベルンハルトとの結婚を拒否する返事を、父に出したこと。
一度話し出すと堰を切ったように止まらず、あったことを事細かに話した。
『あの古狐め……』
事の次第を聞いたエドゥアールは、怨嗟のような呟きを口にした。彼らしくない口の悪さだったので、リュシアンは面食らってしまった。
『私のいない隙に、リュシーがちょっかいをかけられていたなんて……! 許しがたい蛮行だ』
続く怒りが籠った呟きに、彼が自分のために怒ってくれているのだと嬉しさを覚えた。
『神が相手ならばいざ知らず、他の男に君を渡すつもりはさらさらない。もちろん、君自身が望むならば私は諦めよう。けれども、そうではないのだろう?』
言葉には怒りだけでなく、嫉妬心まで含まれているように聞こえた。彼が嫉妬心を覚えることを、リュシアンは初めて知った。
『もちろんだ。俺はエドのことが好き……あ!』
エドゥアールへの好意は隠していようと思っていたはずなのに、事情を説明している最中に口にしてしまっていたことに気がついた。
秘すべき想いを、こんなに間抜けな形で晒してしまうなんて恥ずかしい。リュシアンは、穴があったら入りたかった。
『リュシーが私のことを想ってくれているなんて、知らなかったな。知ることができて、これ以上嬉しいことはない』
言葉通り嬉しそうな声音を聞いて、さらに恥ずかしさが増した。
『い、いや、それはあの、えっと、なんというか……』
どうにか取り繕えないかと頭を回転させてみるものの、空回りするだけだった。
『もっと早く君の想いを知っていれば……』
『え?』
彼が何か呟いたが、「知っていれば」の先が聞き取れなかった。
『なんでもない。ともかくこのままでは、古狐……大公が何をするかわからない。今すぐ君の元に帰れたらいいのに』
彼が嘆息するのが聞こえた。肺の奥の空気をすべて吐き出すかのような、深い深い溜息だった。
傍にいたいと思ってくれるだけ、救われる思いがした。
『仕方ないさ。エドは今、外交使節をやっているのだから。王様になるために必要なことなんだろう? 放り出したりしたら、エドの信用がなくなってしまう。俺なんかのために、エドに迷惑はかけられないよ』
『なんか、ではない。君は私の大切な人だ』
『た、大切な人⁉』
イヤリングを通すと、彼の声が耳元で囁かれているかのように聞こえてくる。大切な人だなんて囁き声で言われて、否が応でも顔が赤くなった。
『リュシー、重々気をつけてくれたまえ。そのベルンハルトとかいう男や、大公には警戒するんだ』
『わかったよ。また何かあったら、連絡するから』
『ああ。……おやすみ、リュシー』
『おやすみなさい、エド』
胸の内に暖かい想いを抱えながら、イヤリングの宝玉から手を離した。
「あ!」
宝玉が視界に入った途端、リュシアンは小さく悲鳴を上げた。
宝玉の色が、ほとんど透明になってしまっていた。蒼い色が底の方に、ほんの少し溜まっているだけだ。魔力がもうほとんど残っていない。あとほんの一言ぐらいしか、言葉を交わせないのではないだろうか
事情の説明に時間を割きすぎたのかもしれない。イヤリングの魔力には、限りがあるとわかっていたはずなのに。
彼は半年以上帰ってこないのに、半月もしないうちに魔力のほとんどを使ってしまうなんて。もっと大切に使えばよかったと、リュシアンは後悔した。
「でも、声を聞けてよかった」
エドゥアールが、大切な人だと言ってくれた。それだけで百人力を得られたような気分だった。
再びの侵入者を許さぬよう、中庭の改築が行われることとなった。改築が済むまでは、中庭に出られなくなってしまった。
中庭に出ることすら出来なくなってしまい、リュシアンの生活の寂しさはますます加速した。
「リュシアン様、最近は溜息が多くていらっしゃいますね」
リュシアンは、シャルロットに指摘されてしまった。
「殿下がいらっしゃらないのが、お辛いのですね」
「そんなことは……いや、その通りです」
強がろうとしたが、そんな意味はないことに気がついた。
「でも、今日はそんなリュシアン様を元気づけられるものが届きましたよ! はい!」
シャルロットは後ろ手に持っていた物を、差し出した。
それは手紙だった。それも、ドゥ・ファルギエール家の家紋の封蝋が捺された。父からの手紙だ。
リュシアンと家族の微妙な関係を知らないから、シャルロットは元気づけられるものだと思ったのだろう。
「あ……ありがとう。部屋で読んでこようかな」
「はい、ごゆっくりしてくださいませ!」
手紙を胸に抱え、リュシアンは自室に閉じこもった。
さて今度は何を書いて送ってきたのだろう。前の手紙には優しい言葉が綴られていたものだから、今度は軽い気持ちですぐに封を開けた。
手紙には、流麗な文字で時候の挨拶が綴られている。その下の文面に目を通して、リュシアンは固まった。
『時にリュシアンよ、ベルンハルト殿との婚姻を真面目に考えてはどうであろうか』
ベルンハルト殿との婚姻、とはっきりと書かれていた。一体、どういう意味だろう。なぜ父がベルンハルトとの婚姻を勧めてくるのか。
リュシアンは、素早く続きに目を走らせた。
ベルンハルトがどのような素性の人間で、リュシアンにどれほど情熱的な想いを抱いていて、どんな頼み事をしてきたかが綴られていた。
ベルンハルトはリュシアンと結婚したいと、父に頼んだらしい。おそらくは、中庭に侵入してきた後の話だろう。
父はベルンハルトの情熱にいたく感動し、リュシアンさえよければ結婚を許可することにしたのだそうだ。
『エドゥアール殿下との婚約は解消してしまいなさい。普通は番になっていなければ、アルファとオメガは結ばれたと見做されないものだ。契約婚など、解消してしまえばよろしい』
手紙の中で、父はさらに契約婚の解消を勧めていた。
勝手に父が契約を結んだようなものなのに、なんて勝手なのだろう。
父の理屈から言えば、エドゥアールとの契約婚は解除しようと思えばできるのだろうが……。
『ベルンハルト殿との交流を通して帝国について深く知り、わしはいたく感動した。ベルンハルト殿とならば、お前も正式な婚姻が結べるのだ。契約婚などではない、普通の結婚だ』
普通の結婚。手紙に書かれている言葉に、心が揺れる。契約婚のようないつか切れる結婚ではなく、一生のもの。
エドゥアールとはいつか別れなければならないが、普通の結婚だと一生別れなくて済む。ベルンハルトのことを好きになれれば、もしかすれば心の安定した日々を送れるのかもしれない。
『わしはリュシアン、お前の幸せを願っているのだ。お前は帝国に行った方が、幸せに過ごせるだろう。なんなら家族で帝国に移り住もうか』
幸せを願っているとの言葉に、勝手に修道院に入れて、勝手に契約婚させて、一体何を言っているのだと怒りが湧いてくる。
でも……もしかすれば、父は悔い改めたのかもしれない。もしかすれば、最初からリュシアンのことを思って修道院に入れたのかもしれない。
絶対にそんなわけないのに、手紙に書かれた優しい言葉を見ていると、迷いが生じてしまう。
返信のための羊皮紙を取り出し、顰め面で紙面を睨む。ペンを何度も握り直し、溜息を吐く。
それから、覚悟を決めて一気に書き出した。
『父上。残念ながら、ベルンハルト殿と結婚することはできません。なぜなら、エドゥアール殿下のことを本気でお慕いしているからです。殿下と正式に結ばれることは叶いませんが、この想いが消えることはありません。他の方への想いを抱いたまま、ベルンハルト殿と結婚するなんて失礼なことはできません。ベルンハルト殿の想いに応えることもできず、お互いに不幸せな結婚生活となることでしょう。
エドゥアール殿下が契約の期限を変更してくれて、アルファの赤子を一人産んだら修道院に戻れることになりました。王家との繋がりを作るという父上の望みを果たせず、申し訳ありません。
けれども、わたしはわたしの好きに生きると決めたのです』
一気に書き終えたあと、リュシアンは何度も文面を見直した。
もう二度と、父に人生を翻弄されてなるものか。その想いを文章にしたら、手が勝手に「わたしはわたしの好きに生きる」と書いていた。自分がこんな大それた望みを抱いていたなんて。手紙の文面を見て、初めて自覚した。
修道院を出るとき、離宮でも幸せに生きると決めた。けれど今は、ただ幸せになるだけではなく、自分で自分の人生の行先を決めたいとまで思っているのだ。
果たして、オメガにそんなことが可能なのだろうか。想像しただけで、心臓が早鐘のように打った。
手紙の最後の一文は、自分自身へのメッセージだと感じた。自分がこういう望みを持っていると、教えてくれたのだ。ならば、自分の望みを裏切らぬように生きねばならない。
したためた返信を送ってくれるよう、その日のうちに侍女に託した。
その晩は眠れなかった。返事を父が読んだ瞬間のことを思うと、どうにも不安が膨らんでいった。父は失望するだろう。もう二度と、あの気まぐれのような優しい態度は取ってもらえないに違いない。
自分で決めたこととはいえ、胸の内が騒めいて仕方がなかった。
イヤリングから、エドゥアールの声が聞こえてくることはない。いっそ自分から連絡しようか。
――父への手紙の返事を出したことが不安でたまらないなどという用件で、魔力を無駄遣いするのか?
寝台の上で、煩悶しながら寝返りを幾度も繰り返し……
「いや、俺は俺の好きにする」
彼の声が聞きたいと思ったなら、それが連絡するべき時だ。リュシアンはイヤリングを使うことに決めた。
寝台から起き上がると、イヤリングを手にして長椅子に腰かけた。
エドゥアールの満月のような銀青色の瞳を思い浮かべながら、イヤリングの中央の蒼い宝玉に触れた。
『エドゥアール……エド、聞こえているか?』
小さく、けれど夜闇に掻き消されない確かな声で語りかけた。
『リュシー⁉』
エドゥアールの驚いた声が、すぐに返ってきた。
『すごく吃驚した。でも、連絡をくれて嬉しいよ。何かあったのかな?』
彼の朗らかな声に、心の内に安堵が広がるのを感じる。声を聞いただけで、思い悩んでいた自分が馬鹿らしく感じられるほどだ。
『今、話をしても大丈夫かな?』
『もちろんだとも。部屋で寝るところだったんだ。誰もいないから、大丈夫だ』
外国でも、きっと彼は忙しいのだろう。睡眠時間を奪ってしまって申し訳ないと思いつつも、リュシアンは相談することにした。
『実を言うと、こんなことがあったんだ……』
ベルンハルトという男が突然離宮に侵入してきたこと、その後父が手紙でベルンハルトと結婚するよう勧めてきたこと。ベルンハルトとの結婚を拒否する返事を、父に出したこと。
一度話し出すと堰を切ったように止まらず、あったことを事細かに話した。
『あの古狐め……』
事の次第を聞いたエドゥアールは、怨嗟のような呟きを口にした。彼らしくない口の悪さだったので、リュシアンは面食らってしまった。
『私のいない隙に、リュシーがちょっかいをかけられていたなんて……! 許しがたい蛮行だ』
続く怒りが籠った呟きに、彼が自分のために怒ってくれているのだと嬉しさを覚えた。
『神が相手ならばいざ知らず、他の男に君を渡すつもりはさらさらない。もちろん、君自身が望むならば私は諦めよう。けれども、そうではないのだろう?』
言葉には怒りだけでなく、嫉妬心まで含まれているように聞こえた。彼が嫉妬心を覚えることを、リュシアンは初めて知った。
『もちろんだ。俺はエドのことが好き……あ!』
エドゥアールへの好意は隠していようと思っていたはずなのに、事情を説明している最中に口にしてしまっていたことに気がついた。
秘すべき想いを、こんなに間抜けな形で晒してしまうなんて恥ずかしい。リュシアンは、穴があったら入りたかった。
『リュシーが私のことを想ってくれているなんて、知らなかったな。知ることができて、これ以上嬉しいことはない』
言葉通り嬉しそうな声音を聞いて、さらに恥ずかしさが増した。
『い、いや、それはあの、えっと、なんというか……』
どうにか取り繕えないかと頭を回転させてみるものの、空回りするだけだった。
『もっと早く君の想いを知っていれば……』
『え?』
彼が何か呟いたが、「知っていれば」の先が聞き取れなかった。
『なんでもない。ともかくこのままでは、古狐……大公が何をするかわからない。今すぐ君の元に帰れたらいいのに』
彼が嘆息するのが聞こえた。肺の奥の空気をすべて吐き出すかのような、深い深い溜息だった。
傍にいたいと思ってくれるだけ、救われる思いがした。
『仕方ないさ。エドは今、外交使節をやっているのだから。王様になるために必要なことなんだろう? 放り出したりしたら、エドの信用がなくなってしまう。俺なんかのために、エドに迷惑はかけられないよ』
『なんか、ではない。君は私の大切な人だ』
『た、大切な人⁉』
イヤリングを通すと、彼の声が耳元で囁かれているかのように聞こえてくる。大切な人だなんて囁き声で言われて、否が応でも顔が赤くなった。
『リュシー、重々気をつけてくれたまえ。そのベルンハルトとかいう男や、大公には警戒するんだ』
『わかったよ。また何かあったら、連絡するから』
『ああ。……おやすみ、リュシー』
『おやすみなさい、エド』
胸の内に暖かい想いを抱えながら、イヤリングの宝玉から手を離した。
「あ!」
宝玉が視界に入った途端、リュシアンは小さく悲鳴を上げた。
宝玉の色が、ほとんど透明になってしまっていた。蒼い色が底の方に、ほんの少し溜まっているだけだ。魔力がもうほとんど残っていない。あとほんの一言ぐらいしか、言葉を交わせないのではないだろうか
事情の説明に時間を割きすぎたのかもしれない。イヤリングの魔力には、限りがあるとわかっていたはずなのに。
彼は半年以上帰ってこないのに、半月もしないうちに魔力のほとんどを使ってしまうなんて。もっと大切に使えばよかったと、リュシアンは後悔した。
「でも、声を聞けてよかった」
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⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
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※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中