白銀殿下と疎まれオメガの契約婚

野良猫のらん

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最終話 ずっと幸せに

 馬車が、田園地帯を突っ切って進んでいく。
 
 窓から見える風景に、リュシアンは胸を焦がすほどの懐かしさを覚えていた。
 向かう先は王都から数日の距離に位置する、とある修道院。そう、リュシアンがいた聖ルルデ修道院だ。
 
「まさか王太子妃になってから戻れるなんて、思ってもみなかったな」
 
 馬車の窓を少し開けると、風を顔に感じた。空気の匂いまで懐かしい。
 
 あれからエドゥアールの、いや二人の努力の末に、リュシアンは王太子妃として認められた。それはそれは壮大な結婚式が開かれ、誓いの口づけを交わした。
 
 リュシアンの左手の薬指には、指輪が光っている。エドゥアールの正式な伴侶になった証だ。
 
 オメガが自由に出歩ける風潮ができるようにと、リュシアンはエドゥアールと共に公的な行事などに積極的に出席している。これで何かが変わってくれるといいのだが。
 
 王太子妃としての生活に慣れた頃、修道院長や孤児院の子供たちに会いに行きたいとリュシアンはお願いした。エドゥアールは快諾してくれた。それで、修道院に向かっているのだ。
 自分で自分の行先を決められる。そんな未来が実現しつつあるのを感じる。
 
「もしや、あの建物が聖ルルデ修道院か?」
 
 窓の外の景色を隣から覗き込んでいたエドゥアールが、指を指した。
 
 この旅には、エドゥアールがついてきてくれた。公的行事のときもそうだが、エドゥアールはなるべく側にいてくれる。外交使節の旅から帰ってきてからというものの、べったりだ。離れたら、また危ない目に遭うとでも思っているのかもしれない。
 
 エドゥアールが指さした方向には、建物があった。修道院に孤児院が併設されているのだから、この辺では一番大きな建物だ。
 
「ああ、そうだ」
「そうか、楽しみだ。君にとって心地よい環境を作り上げてくれたという修道院長には、ぜひ礼を言わねばならない」
 
 修道院長がどんなに親切な人で優しくしてもらったか、リュシアンは常日頃から彼に話していた。
 
「修道院長の名はなんという?」
「えっと……」
 
 彼に尋ねられ、初めて修道院長の名も知らないことに気がついた。いつも院長と呼んでそれで事が足りていたから、名前を気にしたこともなかった。
 そういえば、修道院長は修道士になる前は何をしていたのだろう。自分は彼のことを何も知らない。オメガへの偏見がまったくないから、修道院長もオメガなのだろうとは思っていたが……。
 
 やがて馬車が修道院に着いた。先に馬車を降りたエドゥアールの手を取って降車すると、途端に複数の子供たちの大きな声が耳に飛び込んできた。
 
「わー、リュシアンだ!」
「なんで⁉」
「戻ってきたの⁉」
 
 あっという間に子供たちが、二人を取り囲んだ。どれも見覚えのある顔ばかりだ。子供たちは覚えてくれていたのだ。リュシアンは嬉しさに顔を綻ばせる。
 中にはオメガだから捨てられたと零していたあの子もいて、少し遠くからおずおずと見つめていた。リュシアンはその子ににこりと微笑んだ。
 
 それから、子供たちに説明する。
 
「優しい伴侶に許可をもらって、一時的に『里帰り』できることになったんだ」
 
 リュシアンにとって、育った場所とはドゥ・ファルギエール家ではなく、この修道院だ。だからこれは里帰りと言って差し支えない。
 
「ほら、こいつがその伴侶さ」
 
 子供たちに、エドゥアールを指し示す。
 
「はんりょ?」
「俺の一番大事な人ってことだ」
「わーすごーい!」
 
 エドゥアールは、子供たちに一斉にキラキラとした視線を向けられる。
 
「ど、どうも」
 
 エドゥアールはたじたじだ。そういえば、彼は末っ子だ。まともに子供と触れ合った経験は少ないに違いない。
 
「だいじなひとってどーゆうこと?」
「きれーな髪してる!」
「おじさん、なんていう名前なの?」
「お、おじさん……⁉」
 
 一国の王太子も、子供たちにかかればおじさんらしい。くすくすと笑いながら、リュシアンは修道院の奥へと向かう。
 
「じゃあ俺は先に院長に事情を説明してくるから、子供たちの相手をしていてくれ」
「ええ⁉」
 
 戸惑うエドゥアールを、リュシアンは無慈悲に残していった。いくら自分の伴侶とはいえ、許可なく知らない人を修道院に入れたらみんなが吃驚してしまうからね。
 
 院長には先に手紙を送って連絡していたが、そのときはまだエドゥアールがついてくるとは決まっていなかった。だから院長はまだリュシアンの伴侶がついてきたことを、知らないのだ。
 
 リュシアンは懐かしさを覚えながら院内を進み、院長室のドアをノックした。
 
「お入りなさい」
 
 柔らかい声に、胸が熱くなる。リュシアンはそっとドアを開けて、中に入った。
 院長は椅子に腰かけていて、入ってきたリュシアンを目にして鷹揚に微笑んだ。
 
「よく戻りましたね。またあなたに会えて、嬉しいです」
 
 いつもの優しい修道院長だ。何も変わらない。
 
「どこに嫁いだのか知りませんでしたが、お優しい相手だったようで何よりです」
 
 なんと、院長はリュシアンが結婚した相手を知らなかったようだ。ドゥ・ファルギエール家の使いの者は、ほとんど何も知らせなかったようだ。それなら、手紙で報告しておけばよかった。
 
「俺が結婚したのは、なんと王太子のエドゥアール殿下です。吃驚でしょう?」
「エドゥアール、殿下……⁉」
 
 リュシアンの言葉に、院長は大きく目を見開いた。まさか王太子との結婚だったなんて、夢にも思わないだろう。
 
「まさか……因果なものですね……」
「因果? なんとその殿下がいま来ているんですよ。庭で待たせています」
「殿下がいらっしゃっているのですか⁉」
 
 院長は、思わずといった風に立ち上がった。それから院長は、つかつかと歩いて院長室を出て行ってしまった。まるで、リュシアンの存在を忘れてしまったかのように。
 
「院長⁉」
 
 リュシアンは、院長の後を追った。
 
「殿下……!」
 
 院長は玄関を出ると、そこで子供たちと戯れていたエドゥアールに真っ先に声をかけた。まるで、既知の仲であるかのように。
 振り返ったエドゥアールの銀青色の瞳が、大きく見開かれるのが見えた。
 
「ま、まさか……モルガン!」
 
 エドゥアールはリュシアンも知らなかった、院長の名を口にした。二人は知り合いなのだ。
 エドゥアールの知っている人で、オメガかもしれない人物は一人しかいないはずだ。
 
 もしかして、エドゥアールの乳母だった人とは――――
 
「殿下!」
「モルガン、会いたかった!」
 
 エドゥアールは院長に駆け寄って、彼を抱き締めた。院長は涙を流していた。
 
 それから院長室に戻り、院長とリュシアンのエドゥアールの三人でお茶をしながら詳しい話を聞かせてもらった。
 院長ことモルガンは、エドゥアールの乳母をしていたこと。実はオメガで、エドゥアールを産んだ実の母であること。多額の金と引き換えにエドゥアールを取り上げられ、その金で修道院の運営をすることにしたこと、エドゥアールのことを忘れたことは片時もなかったことを語ってくれた。
 
「リュシー、君のおかげでモルガンと……母と再会することができた。感謝してもし切れない」
「そんな、俺は何もしていないよ」
「わたしからも礼を言わせて下さい」
「院長……」
 
 引き離されていた親子が、この修道院で再会することができた。その運命にリュシアンは数奇なものを感じていた。
 
「母と再会して、改めて思った。このように、他者の都合で人生を捻じ曲げられるオメガが存在してはならないと。私はこの王国を、必ずやオメガにとって理想の国にしてみせる」
 
 エドゥアールは宣言した。
 どこまでもまっすぐな言葉は、これ以上なく頼もしかった。
 
「俺はそれを隣で助けたい。だから、修道院に戻れなんて言ってくれるなよ」
 
 そっと彼の手を握り、笑いかける。
 すると、彼の視線がまっすぐにこちらを見つめてくれる。
 
「王も民もまとめて幸福になればいいと言ってくれたのは、君だろう。私の幸福は、君の隣にある。いつも前向きで太陽のように明るい君の隣ならば、民ごと私も幸福になれる気がしているんだ。だからずっと傍にいて、私がこの国を良くする様を見守っていてくれ、リュシー」
 
 彼の手を握った手が、さらに上から彼のもう片方の手に包み込まれる。その温かさと力強さに、幸福を感じる。
 
「ああ、ずっと一緒だ。二人で幸せになろう」
 
 二人は見つめ合いながら、これからの契りを交わしたのだった。
感想 3

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みんなの感想(3件)

赤毛のサニー
2025.09.20 赤毛のサニー

このお話………‥好き・:*+.\(( °ω° ))/.:+
ハピエンでよかった〜

2025.09.20 野良猫のらん

赤毛のサニーさん、感想ありがとうございます!
最後まで読んでいただいて、とても嬉しいです!

解除
四葩(よひら)
2025.09.17 四葩(よひら)
ネタバレ含む
2025.09.17 野良猫のらん

四葩さん、感想ありがとうございます!
感想をいただいて申し訳ないんですが、手違いで最終話だけが公開されてしまっていたので非公開に直しました!
すみません、まだ完結していないです……!😭
まだまだ続きをお楽しみいただけますと幸いです!

解除
ちゅっぱーちゃっぷす
2025.09.13 ちゅっぱーちゃっぷす

更新が楽しみです。

2025.09.13 野良猫のらん

ちゅっぱーちゃっぷすさん、感想ありがとうございます!
これからどしどし更新していきます!

解除

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