誰からも愛されないオレが『神の許嫁』だった話

野良猫のらん

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第十六話

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 脱衣所で、ふたりで共に衣服を脱ぐ。
 服を着るのはまだひとりではできないが、脱ぐだけならばひとりでできるようになっていた。ウエルは帯を適当に解くと、籠にぐしゃぐしゃに衣服を放り込んだ。
 
 ウエルはちらりと山神に視線を向けた。
 彼の裸を目にするのは、あの晩以来だ。あの晩は暗かったし、彼の裸に目をやるどころではなかった。
 
 裸体は抜けるように白かった。六ハート半二メートルある立派な体躯を、薄い筋肉が覆っている。しっかりとした男性の身体つきだ。なのに妙に色気を漂わせているように思えた。
 
「うん?」
「な、なんでもない!」
 
 視線を気取られ、ウエルはさっと顔を逸らした。
 
 彼はもう二度とああいうことをしないと言ってくれたし、信じているが裸を晒すことに抵抗はある。
 いつも身体を拭いていた布で前を隠しながら、浴場へと向かった。
 
 浴場は相変わらず信じられないほど大きい湯舟を信じられない量の湯が満たして、もうもうと湯気が立ちこめている。
 
「ウエル、まずはつま先から湯に慣らそうか」
 
 広い浴場の隅に積まれた木桶の一つを、彼が手に取った。
 とめどなく湯の溢れる湯舟から木桶で湯を汲み、手招きする。ウエルはおそるおそる近寄っていった。
 
「そっとかけるからね。怖くないよ」
 
 砂浜に打ち寄せる波より穏やかに、彼はウエルの足元に湯を流した。温かい湯が足裏を擽って流れていった。
 
「今度は足の甲にかけるからね」
 
 再び木桶に汲んだ湯を、今度はそっと足の甲の上に流しかけられた。
 
「ひゃっ!」
 
 熱さにびっくりして、足を引っこめた。
 
「大丈夫かい、ウエル? 熱かった?」
「ううん、平気だ。ちょっと、びっくりしただけだ」
 
 ウエルは唇を尖らせた。彼にひ弱だと思われるのは癪だった。
 
「そうかい? じゃあ、湯をかけていくよ」
 
 足元から脛、腿……と、少しずつ上へ上へと湯をかけてもらう。
 熱く感じられたが、声をあげるのは情けなくて耐えた。
 しばらく耐えていると、全身に湯をかけ流してもらうことに成功した。
 
「えらいねウエル、がんばったね」
 
 濡れた髪を、彼の大きな手に撫でられた。
 自分が我慢していたことを分かっていたのだろうか。胸の内がふわりとしてしまう。
 
「お前も湯を浴びろよ」
 
 神には入浴は必要ないなんて言われて、自分ひとりで入る羽目になるなんて堪らない。
 彼を睨みつけ、命じた。
 
「心配しなくても、私も一緒に入るよ。一緒がいいんだろう?」
 
 危惧はあっさりと彼に見抜かれてしまった。
 
「ち、違う! 一緒がいいとかじゃない!」
「ウエルは照れ屋さんだね。そこが可愛いよ」
「うるさい!」
 
 口論している間に彼は木桶で湯を掬い、肩の辺りから全身にかけた。
 熱がっている様子はまるで見られない。悔しい。
 
「さあウエル、まずは足先だけ湯に浸かってみようか? こういう風に」
 
 彼は湯舟の縁に腰かけ、足だけ湯舟に浸からせた。
 湯の中に入ったりして、足が茹でられてしまったりしないだろうか。彼は平然としいても、自分は無事では済まないかもしれない。
 ウエルは怯えながら、足先を湯に少しだけ入れてみた。
 
「あれ?」
 
 最初にこの屋敷に連れてこられた日にも足先を湯に浸してみることを試してみたが、そのときよりもずっと熱さが和らいで感じられた。以前よりも湯の温度が低いのだろうか。
 それとも、事前に湯を身体に浴びたからだろうか。そんなことで湯が熱くなく感じられるようになるものだろうか。
 
 ウエルは疑い半分で、湯舟に腰かけて両足を浸した。
 熱いといえば熱いが、茹でられるかもしれない危機感はない。湯の熱さがじわじわと足の中心まで浸透していくかのようだ。
 
「ウエル、どうかな?」
「気持ちいい……かも」
 
 ぽつり、答えた。
 
「それはつまり、ウエルの好きなことが一つ増えそうだということだね。嬉しいよ」
 
 彼が、にこりと目尻を下げて破顔した。
 笑顔に胸を打たれる。心から自分のために喜んでくれている笑みだったから。
 いつの間にか、裸同士で彼の隣にいることに抵抗感がなくなっていた。
 
「少しずつ慣れていこうね」
 
 足だけ湯に浸した状態で、身体にも湯をかけられていく。
 身体が温められていく。
 じんわりと奥まで温められていくこの感覚が、全身を満たしたらどうなるのかな。
 
「山神。オレ、湯舟に入ってみようと思う」
 
 彼が見守ってくれているから安心だ、とすら感じるようになってきていた。
 
「いいね」
 
 ウエルはゆっくりと立ち上がり、湯舟の中へと進んでいった。
 湯を掻き分け、数歩進み。おずおずと腰を下ろし、身体を湯の中に沈めていった。
 
「あったかい……」
 
 熱い。けれど不快な熱さではない。
 身体の中に何かが満ちていくような温かさだ。
 
「気持ちいいかい?」
「ああ……癖になりそうだ」
 
 目を閉じ、心地よさを存分に味わった。
 湯を掻き分ける音がする。彼が近くにきたのだろう。波の感触から、すぐに隣に座ったらしい。
 
「ウエルがお風呂を好きになってくれてよかった」
「ああ、うん……」
 
 ウエルの好きなものが増えると、なぜだか彼も嬉しいようだ。
 増えた好きなものは風呂だけじゃないって、いつになったら気づくかな。
 
「オレさ……」
「なんだい、ウエル?」
「……ううん、なんでもない」
 
 気が緩んだせいだろうか。つい彼に教えそうになって、やめた。もっと意地悪してやらなきゃ。
 
「気分が悪くなったらすぐに言うんだよ。今日はすぐに上がろうか。初めてだから、のぼせやすいかもしれない」
「うん……」
 
 心地よさに身を任せていたら、そのうち身体が湯を掻き分けて浮上するのを感じた。彼に抱きかかえられたのだ。のぼせるとかいう状態にならない内に、助けてくれたのだろう。
 
「ウエル、このまま寝ちゃう?」
「起きてるに決まってるだろ。つい、うとうとしただけだ」
 
 脱衣所でウエルは下ろされ、彼によって渇いた布で身体を拭かれた。いやらしい手つきはまったくなかった。 
 続いてウエルは鼠色の衣服を与えられた。これが作業着だろう。色は地味だが、生地がしっかりとしている。作業着ですら、山跳び時代に纏っていたボロとは雲泥の差だ。
 
 髪も乾かしてさっぱりとすると、ふたりで自室に戻って筆を使う練習を再開した。しばらくは墨が跳ねない筆遣いを覚えるだけでも苦労しそうだ。
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