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第二十二話
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ハオハトは食堂の椅子に腰かけていた。
何のためにここに座っていたのだったか、思い出せない。
どうしてこんなところに存在していたのだったか。
たしかヤルトが来て……では、これからウエルと食事を共にしようとしているのだったか。思い出せない。
ハオハトは顰め面をした。顰め面だなんて、随分と人の子らしい表情だ。
ハオハトは待った。待った。ひたすらに待った。
それでも、ウエルは来なかった。
妙な胸騒ぎがした。このまま待っているだけでは、二度とウエルに会えなくなってしまうのではないか。嫌な予感がした。
人の子などよりもよほど高度な知能を持つハオハトが感じる予感は、ただの予感ではない。様々な情報を統合して導き出された計算結果だ。
いても立ってもいられず、ハオハトは椅子から立ち上がった。
ハオハトはまずウエルの部屋へと向かった。いない。
書斎へ向かった。いない。
浴場へと向かった。いない。
音楽室へと向かった。いない。
自室へと戻ってみた。それでもウエルはいない。
「ウエル、ウエル、ウエル……!」
彼の不在を知り、ハオハトは半狂乱になった。
いないとわかっていながら、もう一度食堂に戻ってみた。
「おやご主人さま、いかがなされましたか?」
何食わぬ顔で、ヤルトが食堂に入ってきた。
「ヤルト、ウエルがいないんだ! なにか知らないか!」
ハオハトは、彼にしがみついた。
「ご主人さま、落ち着いてくださいませ」
ヤルトは掴んできた指を、ゆっくりと外させた。
「ウエルさまならば、数百年前にもう亡くなられたでしょう」
「え……」
ヤルトの言葉に、世界がひっくり返ったかと思った。
「ふふ、またウエルさまが生きておられた頃の夢を見ておられたのですね」
「夢……? そんな、まさか」
たしかに、演算と現の境目を混乱することはある。だが、そんなわけはない。とっくにウエルが死んだなんていうことは。
だって、そんなことになったりしないように時を止めたのだから。いや、本当に止めたのだろうか。あれもすべて「あの時こうしていればよかった」という後悔をこめた演算の結果だったのだろうか。
ハオハトは急に息苦しさを覚えた。呼吸など神には必要ないはずなのに。
「ええ、夢でございますよ」
ヤルトは肯定して、細く細く目で嗤った。
「ウエルさまが生きておられた頃から、ご主人さまはそうして夢に耽っておられましたね。ウエルさまがいなくなってしまうことを恐れるあまり、ご主人さまはウエルさまと一緒にいる時間を自ら減らしてしまわれました」
ヤルトの語る言葉に、ハオハトは愕然とした。
「いや、違う! そんなことはない!」
必死に否定したのは、あり得ると思ってしまったから。いつか失う悲しみに耽溺して、すぐ隣のウエルを忘れてしまう。決して低い可能性ではないと、ハオハトの知能は告げている。
「ご主人さまが夢うつつのうちに、老いたウエルさまは息を引き取られたのでございますよ。自分が老いてしわくちゃになったからご主人さまの興味が失せてしまったのではないか、とウエルさまは涙を流して死にました」
「違う、違う、私はそんな残酷なことは……」
孤独の内に老衰したウエルの姿を想像して、胸が引き裂かれる。彼も孤独が嫌いなのに、そんな惨い最期を迎えさせてしまったなんて。
ハオハトは打ちひしがれて、床の上に崩れ落ちた。
ヤルトの言葉が真実であるはずがない。だが、嘘であるならばなぜウエルはどこにもいないのだろう。
ウエル。会いたい。
ハオハトは後悔の涙を流した。ぽたり、と雫が床に染みを作る――――
『ハオハト……!』
ウエルの声が聞こえた気がした。
ハオハトの名を呼ぶのは、この世にウエルひとりしかいない。
『ハオハト、ハオハト……!』
「ウエル……?」
幻聴ではないことに、ハオハトは気がついた。
目に光を取り戻し、顔を上げる。
『ハオハト、助けてくれ……!』
彼は助けを求めている。今まさに窮地に立たされているのだ。
「おやおや、ご主人さまにはウエルさまの存在を探知できないよう術をかけておいたはずなのですが。どうして漏れてしまったのでしょうかね?」
ヤルトが抜け抜けと言い放った。愉快そうに口角を上げた顔で。
「お前……!」
ハオハトはヤルトを睨みつけると、手をかざして神の権能を行使した。
ヤルトの身体は壁に叩きつけられ、壁から生えた不可視の触手に縛りつけられた。ヤルトが神としての力を行使することを封じた。
「ウエル、いま助けにいく!」
ハオハトは外へと飛び出した。
ヤルトの妨害が消え失せたいま、ウエルがどこにいるのか感じ取れる。
吹雪の暴威をものともせず、ハオハトは一瞬で悲しみの湖のほとりに辿り着いた。
ハオハトは、蒼い湖面を見下ろした。
水面は鏡面のように静まり返っているが、確実にこの奥底にウエルがいる。潜っていたら到底間に合わないだろう。
ウエルがすぐそこにいるのだから、もう悲しみはいらない。
涙の海よ、干上がれ――――
ハオハトが念じると、みるみるうちに湖面が下がっていく。
蒼い湖が黒褐色の地肌を晒す。
悲しみの湖を満たしていた水は、あっという間に一滴もなくなった。
巨大な窪みと化した湖の底に、小さな人の子が倒れていた。ウエルだ。
「ウエル!」
地を蹴り、ぬかるんだ湖の底へと飛び込んだ。彼の横に、ふわりと着地する。
彼の顔色は死体のように青白くなっていた。息をしていない。
ハオハトはすぐさま唇を合わせ、息を吹き込んだ。
ウエル、ウエル。お願いだから息をしてくれ。目を開けてくれ。生きてくれ。
懸命な祈りと共に何度も粋を吹きこんだ。神が祈るだなんて、滑稽だ。
「ッぷはぁ!」
「ウエル!」
突然彼が水を吹き出し、呼吸を始めた。
生きている。生きているのだ。ハオハトはぎゅっと彼を抱き締めた。
「ハオ、ハト……?」
ハシバミ色の瞳の焦点が合う。
「ウエル、ウエル。もう二度と君を悲しみに溺れさせたりしないからね」
自分が悲しみに耽溺していたせいで、危うく彼を失うところだった。
ハオハトは深く反省した。
「えへ、やっぱり助けにきてくれた……」
ハオハトの顔を視界に捉えると、ウエルはにへらと笑った。
やっぱり助けにきてくれた、だなんて。ウエルは自分を信じてくれていたのだ。
こんなに小さな生命なのに、自分よりもよほど強い存在に思えた。
「ウエル……」
愛している。この宇宙で一番。
何のためにここに座っていたのだったか、思い出せない。
どうしてこんなところに存在していたのだったか。
たしかヤルトが来て……では、これからウエルと食事を共にしようとしているのだったか。思い出せない。
ハオハトは顰め面をした。顰め面だなんて、随分と人の子らしい表情だ。
ハオハトは待った。待った。ひたすらに待った。
それでも、ウエルは来なかった。
妙な胸騒ぎがした。このまま待っているだけでは、二度とウエルに会えなくなってしまうのではないか。嫌な予感がした。
人の子などよりもよほど高度な知能を持つハオハトが感じる予感は、ただの予感ではない。様々な情報を統合して導き出された計算結果だ。
いても立ってもいられず、ハオハトは椅子から立ち上がった。
ハオハトはまずウエルの部屋へと向かった。いない。
書斎へ向かった。いない。
浴場へと向かった。いない。
音楽室へと向かった。いない。
自室へと戻ってみた。それでもウエルはいない。
「ウエル、ウエル、ウエル……!」
彼の不在を知り、ハオハトは半狂乱になった。
いないとわかっていながら、もう一度食堂に戻ってみた。
「おやご主人さま、いかがなされましたか?」
何食わぬ顔で、ヤルトが食堂に入ってきた。
「ヤルト、ウエルがいないんだ! なにか知らないか!」
ハオハトは、彼にしがみついた。
「ご主人さま、落ち着いてくださいませ」
ヤルトは掴んできた指を、ゆっくりと外させた。
「ウエルさまならば、数百年前にもう亡くなられたでしょう」
「え……」
ヤルトの言葉に、世界がひっくり返ったかと思った。
「ふふ、またウエルさまが生きておられた頃の夢を見ておられたのですね」
「夢……? そんな、まさか」
たしかに、演算と現の境目を混乱することはある。だが、そんなわけはない。とっくにウエルが死んだなんていうことは。
だって、そんなことになったりしないように時を止めたのだから。いや、本当に止めたのだろうか。あれもすべて「あの時こうしていればよかった」という後悔をこめた演算の結果だったのだろうか。
ハオハトは急に息苦しさを覚えた。呼吸など神には必要ないはずなのに。
「ええ、夢でございますよ」
ヤルトは肯定して、細く細く目で嗤った。
「ウエルさまが生きておられた頃から、ご主人さまはそうして夢に耽っておられましたね。ウエルさまがいなくなってしまうことを恐れるあまり、ご主人さまはウエルさまと一緒にいる時間を自ら減らしてしまわれました」
ヤルトの語る言葉に、ハオハトは愕然とした。
「いや、違う! そんなことはない!」
必死に否定したのは、あり得ると思ってしまったから。いつか失う悲しみに耽溺して、すぐ隣のウエルを忘れてしまう。決して低い可能性ではないと、ハオハトの知能は告げている。
「ご主人さまが夢うつつのうちに、老いたウエルさまは息を引き取られたのでございますよ。自分が老いてしわくちゃになったからご主人さまの興味が失せてしまったのではないか、とウエルさまは涙を流して死にました」
「違う、違う、私はそんな残酷なことは……」
孤独の内に老衰したウエルの姿を想像して、胸が引き裂かれる。彼も孤独が嫌いなのに、そんな惨い最期を迎えさせてしまったなんて。
ハオハトは打ちひしがれて、床の上に崩れ落ちた。
ヤルトの言葉が真実であるはずがない。だが、嘘であるならばなぜウエルはどこにもいないのだろう。
ウエル。会いたい。
ハオハトは後悔の涙を流した。ぽたり、と雫が床に染みを作る――――
『ハオハト……!』
ウエルの声が聞こえた気がした。
ハオハトの名を呼ぶのは、この世にウエルひとりしかいない。
『ハオハト、ハオハト……!』
「ウエル……?」
幻聴ではないことに、ハオハトは気がついた。
目に光を取り戻し、顔を上げる。
『ハオハト、助けてくれ……!』
彼は助けを求めている。今まさに窮地に立たされているのだ。
「おやおや、ご主人さまにはウエルさまの存在を探知できないよう術をかけておいたはずなのですが。どうして漏れてしまったのでしょうかね?」
ヤルトが抜け抜けと言い放った。愉快そうに口角を上げた顔で。
「お前……!」
ハオハトはヤルトを睨みつけると、手をかざして神の権能を行使した。
ヤルトの身体は壁に叩きつけられ、壁から生えた不可視の触手に縛りつけられた。ヤルトが神としての力を行使することを封じた。
「ウエル、いま助けにいく!」
ハオハトは外へと飛び出した。
ヤルトの妨害が消え失せたいま、ウエルがどこにいるのか感じ取れる。
吹雪の暴威をものともせず、ハオハトは一瞬で悲しみの湖のほとりに辿り着いた。
ハオハトは、蒼い湖面を見下ろした。
水面は鏡面のように静まり返っているが、確実にこの奥底にウエルがいる。潜っていたら到底間に合わないだろう。
ウエルがすぐそこにいるのだから、もう悲しみはいらない。
涙の海よ、干上がれ――――
ハオハトが念じると、みるみるうちに湖面が下がっていく。
蒼い湖が黒褐色の地肌を晒す。
悲しみの湖を満たしていた水は、あっという間に一滴もなくなった。
巨大な窪みと化した湖の底に、小さな人の子が倒れていた。ウエルだ。
「ウエル!」
地を蹴り、ぬかるんだ湖の底へと飛び込んだ。彼の横に、ふわりと着地する。
彼の顔色は死体のように青白くなっていた。息をしていない。
ハオハトはすぐさま唇を合わせ、息を吹き込んだ。
ウエル、ウエル。お願いだから息をしてくれ。目を開けてくれ。生きてくれ。
懸命な祈りと共に何度も粋を吹きこんだ。神が祈るだなんて、滑稽だ。
「ッぷはぁ!」
「ウエル!」
突然彼が水を吹き出し、呼吸を始めた。
生きている。生きているのだ。ハオハトはぎゅっと彼を抱き締めた。
「ハオ、ハト……?」
ハシバミ色の瞳の焦点が合う。
「ウエル、ウエル。もう二度と君を悲しみに溺れさせたりしないからね」
自分が悲しみに耽溺していたせいで、危うく彼を失うところだった。
ハオハトは深く反省した。
「えへ、やっぱり助けにきてくれた……」
ハオハトの顔を視界に捉えると、ウエルはにへらと笑った。
やっぱり助けにきてくれた、だなんて。ウエルは自分を信じてくれていたのだ。
こんなに小さな生命なのに、自分よりもよほど強い存在に思えた。
「ウエル……」
愛している。この宇宙で一番。
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・もふもふ獣人化
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