異世界転生した僕、実は悪役お兄様に溺愛されてたようです

野良猫のらん

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第五話 行商人を狩ります

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 悪路の中馬を走らせること約一時間弱。
 そうして辿り着いた隣村も大して発展している場所ではない。

 ただボニーが通いたがっていた寺子屋のような学校はあるし、よそから行商人が訪れるので宿屋もある。
 僕の唯一の領地であるグリーンヴィレッジのような、税を取り立てるだけ取り立てておいて管理を放置されていたような僻地とは違う。あの村、水車すらないのだ。
 そうだ今回はロベールと結婚して資金に余裕があるのだから水車小屋ももう建ててしまおう、と馬を歩ませながら考える。

 グリーンヴィレッジが森そのものだとすれば、この隣村は森に浮いた小さな染みだろうか。かろうじて開けた空間が村としての体裁を保っていた。

 ちなみに一番まともな「町」と呼べるような場所まで行くには馬を使っても数時間はかかる。一日以内に町に着けるだけまだマシと思うべきか。

「それで、何をどうするんだ?」

 ロベールが尋ねる。

「毎月第二週の赤の曜日前後だけこの村で行商に立ち寄る商人がいる。今日を逃せば彼に会えるのは一月後になる、急げ!」

 一月も遅れるとなれば重大なロスだ。
 ダンジョンが湧いた地が独立していられる十年後までに村をいかに栄えさせることが出来ているかが主題のゲームにおいて一月などほんの短いものであるが、RTAにおいては一分一秒でもタイムを縮めたいものだ。
 ここでタイミングを逃したが故にまた一月後、などごめんだ。
 馬の歩みを急かして村の広場へと向かった。

 果たして目的の人物はそこにいた。
 くすんだ金髪をした三十代半ばほどの男が、荷馬車を即席の露店にして雑多な生活必需品を人々に売っている。
 彼のような行商人はこの村にとって生活を支える重要なインフラであるのだろう、村人らに歓迎されているように見えた。

 いてくれて良かった。
 姿を確認すると僕は呼吸を落ち着け、いかにも彼の姿を偶然見かけたかのように話しかけた。

「おい、そこの者。行商人だな? ちょうどいい、頼みたいことがある」

 居丈高に馬上から彼に話しかける。
 すると行商人の男はたちまちの内に愛想のいい笑顔になって笑いかけてくる。
 見事だ。僕の白髪や目の色を見て息を呑むくらいはするんじゃないかと思ったが。

「はい、いかにも私はここらで行商をしておりますフランツと申します。見たところ高貴な身分の方とお見受けしますが、一体どのようなご用件で……?」

 見事に完璧な笑みを張り付けているように見えるが、実際にはちんけな農村でいきなり貴族と会話をすることになって緊張しているのだろう。フランツの喉仏が唾液を嚥下したかのように上下した。

「近くの町まで立ち寄ることがあれば、この内容をそこの商業ギルドに掲示してもらえるよう頼んでくれないか。出来れば鍛冶ギルドにも」

 懐から木札を取り出すと、僕はフランツに上から差し出した。フランツは手を伸ばして受け取る。

「こ、これは……」

 木札に書かれた内容に目を落とした彼が驚きに目を開くのが見て取れた。

 木札に記載しておいたのは以下の内容である。

・湧き出したダンジョンに対抗する為、グリーンヴィレッジへの移住者を募集する。
・村に移住して宿屋、武器屋、防具屋、道具屋、鍛冶屋、食事処、診療所、パン屋のうちどれかを営む者には先着で五人までに無料で市民権を与える。
・道の整備、店舗の建築は自費で行うこと。

「ダンジョン村……無料の市民権……!?」

 フランツの声が掠れる。

 市民権とはその街に住んでもいいよという権利のこと。
 そしてダンジョンが湧くとはこの世界にとっては金鉱を掘り当てたと同じくらいの繁栄を約束された僥倖である。
 本来であれば市壁も築かれていない農村に住むのに市民権などいらないが、ダンジョンが湧いたとなれば話は別になる。
 そんな地に無料で住めるとなれば安住の地を求める行商人にとってはどれほどの僥倖であろうか。
 ……まあ、ダンジョン村の場合金鉱とは違ってごく稀に魔物に村を滅ぼされることもあるが。

 そしてもちろん僕はこのフランツという行商人が結構なやり手で着実に金を貯めており、最近では永住する地を何処にするか考え始めているということを知ってて彼に遣いを頼んだのだ。

 それにしてもグリーンヴィレッジにダンジョンが湧いたという話はほとんど広まっていないらしい。大方よそ者嫌いの村民がよそ者を呼び寄せないように示し合わせて口を噤んでいるのだろう。

「あの……っ、これ、ここに記載されている店を営めば私でも市民権がもらえるのですか……っ!?」

 興奮に汗を滲ませながら、フランツがばっと顔を上げた。
 撒いた餌に魚が食らい付いた。
 もちろんこちらとしては願ったり叶ったりだが、あえて僕は訝しむように眉を顰めてみせる。

「金はあるのか? そこにある通り店は自分の金で建ててもらうし、ある程度村が整うまで冒険者が訪れない可能性もあるから暫く無収入になるやもしれない」

 横でロベールも「こんな通りすがりの行商人を信用していいのか?」と言わんばかりの怪訝な顔つきをしてフランツを睨んでいる。いい味を出してくれている。

「あります……っ! 結構金は貯めてあるんですっ!」

 フランツは余裕をなくし必死に自己アピールをする。
 そんなに必死ならなくても、荷馬車とそれを引く馬を所有しているという時点で彼がそれなりの資産を保有していることは見て取れる。
 彼が冷静でありさえすればその事に気が付いただろう。

「口だけではな……。かといって今目の前に持っている金貨を積んで見せられれば信用できるという訳でもない」
「では、どうすれば……!」
「ロベール、どう思う?」

 非効率だとは分かっているが、彼ならばどう言うだろうかと気になり話を振ってみる。
 ロベールはしばし考えてから口を開く。

「……結局、金は必要最低限の条件でしかない。我々が求めているのはその次だ。即ち、この人間が我が村に移住してきて店を開いたところで上手くやっていけるのか?」

 僕が考えていることとそれほど大きく離れてはいない答えが返ってきた。
 最初は金だけが目的だったが、ロベールを領土経営の相棒として扱っても問題はなさそうだという気がして来た。

 フランツはロベールの口にした「我が村」という単語に反応して「やっぱり、領主様……」などと小さく呟いた。

「そうだなロベール、お前の言う通りだ。よし、一つ試験をしよう」
「試験とは……?」

 冷静さを失っているフランツににやりと笑いかける。

「ここに記載した内容に当てはまる人間をもう一人連れてくるといい。移住しダンジョン村に必要な店を開く気のある人間をだ。あるいは共同経営者でもいい。支え合う人間がいれば村で上手くやっていける可能性も上がるだろう」

「もしもう一人連れてきても先着の五人に間に合わなかった場合は……?」

「まあ無料で市民権を与えるという訳にはいかんな。移住に本気であればいくらか割り引くことは考えよう」
 
「分かりました、やります……!」

 フランツは即答した。
 こうして僕は苦もなく目的の人材を手に入れたばかりか、グリーンヴィレッジの宣伝もしてもらえることになったのだった。

「よし。まずは掲示料と駄賃をやろう」

 僕は革袋から銀貨を数枚出し、彼に手渡す。

「ありがとうございます……!」

 フランツはその銀貨が未来を掴む為の大事な契約書であるかのように、そっと受け取ったのだった。
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