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第十八話 彼の瞳

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 最近ロベールの金持ちのお坊ちゃま風小悪党フェイスが、男らしく見えるようになってきてしまって困る。

 それはともかくとして、三日後になった。
 エーミールが再訪してくる。

 エーミールは小さな木箱をこっそりとロベールの従者に手渡していた。きっとあれにイヤリングが入っているのだろう。従者は代金を手渡していたから間違いない。
 後でロベールが直接僕にイヤリングを贈ってくれるつもりに違いない。楽しみだ。

「二人で検討した結果を言い渡そう。考えた結果、グロスマン商会の支店その他諸々の建造物の設立を受け入れることにした」
「ありがとうございます」

 受け入れられると信じて疑わなかったと言わんばかりの確信に満ちた態度でエーミールは深く礼をした。
 まああえて拒否する理由は特にないしね。グロスマン商会を受け入れることによって村に元々あった何かが潰れるということも特にない。だって元々何もなかったのだから。

 そういう訳でグロスマン商会支店他あらゆる建物の建設がスタートすることになった。村のあっちこっちで大工さんが大活躍である。
 そうした大工さんからの需要を狙ってやってきた行商人が食べ物の露店を開いたりしている。酒場は暇な冒険者たちの溜まり場になっているからね。
 思いの外食事処がもっと必要なのかもしれない。
 最初みたいに市民権無料とまではいかないが、食事処を開いてくれる人間には割引など考えてもいいかもしれない。

 その日の夜のことだ。
 挙動不審なロベールが木箱を手に僕の寝室を訪ねてきた。まさか僕にプレゼントを渡すだけだというのに緊張しているのだろうか。可愛らしい。

「あーその、寝る前にちょっとだな。話がしたくて……」
「その手に持っている物は何?」

 手っ取り早く話を終わらせたい僕はいきなりイヤリングが入っているのであろう木箱のことを指摘した。

「あ、これは……っ、その、アンへのプレゼントだ」
「プレゼント? わーい、嬉しい!」

 嬉しいのは本当のことなので僕は素直に喜んでみせた。

「どんなプレゼント?」
「これだ」

 ロベールは恭しく木箱を開けた。
 予想通り、彼が買ってくれたのはイヤリングだった。
 木箱の中に敷かれたベロアの上に一組のイヤリングが鎮座している。
 金色の長いチェーンの先に蒼い石が付いているものと、紅い石が付いているものと一つずつだ。

「この青と赤の宝石は共鳴石というらしい。通信したい二人でこのイヤリングを一つずつ耳に付けるんだ」
「じゃあ片方はロベールが付けるんだね」
「う、うむ」

 ロベールが何故か嬉しそうに顔を綻ばせる。
 どうやら僕があっさりと片方をロベールが付けることを認めたのが嬉しかったらしい。乙女か。

「好きな方の色を選べ」

 ロベールが選択権を譲ってくれる。

「じゃあ、青色で。……ロベールの瞳の色だから」

 ロベールの目の色は深い藍色だ。
 見ようによっては青紫にも見える彼の瞳の色が僕は嫌いではなかった。
 僕は青色の石が付いたイヤリングを手に取った。

「な、なら私は赤だな。アンの目の色と同じだからな」

 ロベールは頬を赤らませながら赤のイヤリングを手に取った。
 奇しくも互いの瞳の色のイヤリングを手に取ることになった。
 あるいは偶然ではなくエーミールが気を利かせて僕らの瞳の色と同じ色の石を選んで用意してくれたのかもしれない。

「どれ、着けてやろう」

 彼が付けてくれるというのでイヤリングを手渡した。
 そして白い髪を掻き上げて右耳を晒す。
 彼の手が動いてイヤリングを着けてくれた。

「……似合っていると思うぞ」

 彼は顔を逸らしながら褒め言葉らしき言葉を口にする。
 しっかり顔を見ながら言ってくれれば僕もきゅんとしたかもしれないのに。ナンパ男な言動は決してできないのがロベールだ。

「じゃあロベールのは僕が着けるね。ここに座って」

 僕が寝台を示すと、彼は緊張したようなぎこちない動きで寝台に腰掛けた。どうしたのだろう。
 そして隣に座った彼の左耳に赤い石のイヤリングを着けてあげた。

「うん、似合ってるよ」
「あ、ありがとう」

 ロベールは照れている。

「これで通信ができるの?」
「ああ。ある程度離れると自動的に通信ができるらしい」
「じゃあやってみようよ」
「では私は自分の寝室に戻ろう」

 ロベールはほっとしたような様子で僕の寝室から出ていった。
 僕は彼の声が聞こえるまで待つためにベッドに横になった。

『あー、今寝室に戻った。アン、聞こえているか』

 やがて控えめな彼の声が聞こえてきた。
 まるで携帯電話を通して話しているかのような妙な響きを伴って聞こえる。

『うん、聞こえるよ。凄い。本当に通信ができるんだね』
『ああ、本当だな。一体どんな仕組みなのか』
『こんなものがあるんならもう遠くに伝書鳩を飛ばす必要もないね』

 僕は電話機をイメージして言った。

『いやそんなに便利なものでもないぞ。互いに対となっているイヤリングを着けていなければならないし、着けている間しか通信できない。何より村二つ分以上距離が離れると通信できないそうだ』

 確かにロベールの言う通り。並べ立てられると電話機と全く同じように考えるのは難しそうだ。

『なーんだ。じゃあこうして寝るまで二人でお喋りするのにしか使えないね』
『っ』

 イヤリング越しに彼の動揺が伝わってくる。
 ベッドの上で会話しているのを意識するだけで動揺するらしい童貞ロベールくんは。
 お風呂に入っている時に通信したりしたら卒倒するかもしれない。

『ねーロベール、これからは毎晩寝落ちるまでイヤリングで通話しようね』
『き、君みたいな育ちざかりの少年にはたっぷり睡眠が必要なんだから早く寝なさい! ええい、私はもうイヤリングを外すぞ!』

 何かが途切れるようなぷつっという音がしたかと思うと、ロベールの声が聞こえなくなってしまった。どうやら本当にイヤリングを外してしまったようだった。まったく照れ屋さんなんだから。
 ロベールを揶揄うことができて満足したので、僕は大人しくイヤリングを外して眠りに就いたのだった。
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