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小話 イザイア視点 神は己の中にいる
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「この国の教義について、ですか?」
「ええ、僕、隣国から来たので。この国の宗教についてあまり詳しくないんです」
おずおずと頼んできたのは、いつだったかのフロアボス討伐の折に箒に乗せてくれたメイジの少年だった。
「もちろん、良いですよ」
ボクはにこやかに頷いて了承した。
この少年にとっては異教であろうに、わざわざ知ろうとしてくれるその心は尊ぶべきものだ。
少年は蝋版を取り出して木製のペンを構える。
蝋版とは二枚の木板が本のように開くように組まれ、中に薄く蝋が引いてある物のことだ。その蝋に先を尖らせた木のペンで文字を書くことでメモをする。
蝋を溶かせば何度も再使用することができるので、羊皮紙を買う金のない者でも気軽にメモが取れるのだ。
「まずこの国の宗教の正式名称はレイユン教、一神教です」
「え、一神教? でも太陽神と月女神の二柱がいるはずでは……?」
異国の者であればまずそこを疑問に思うであろう。
ボクは鷹揚に頷く。
「説明しましょう。まず最初、この世界には太陽神しかおりませんでした。昼は太陽神が暖かく照らしていますが、夜になると真っ暗になってしまいます。神の目が届かないことに怯えた人間が夜に明かりを求めた。そこで神は己の身体を二つに分け、己の半身であり妹である女神に夜を照らすように頼んだ。その女神が月として毎晩人々を照らしてくれている……そういう教義になっているのです」
ボクの説明を少年はガリガリとメモする。
「つまり。月女神は太陽神の半身であり妹であり伴侶であり同一神であるのです。一神教であるという教義と矛盾しません」
「な、なんだか凄いんですね……!」
少年は素直に頷いている。
純粋であるのは美徳だが、レイユン教が一神教であるというのは欺瞞である。
その昔レイユン教は太陽と月の夫婦神を信仰する異端を取り込み、自分のものとした。その際に神は唯一であり絶対のものであるという教えと、太陽神と月女神の両方が存在することとが矛盾した。
だから、月女神は太陽神の分身であるということにしたのだ。
そのせいで神が自分の分身と結婚しているという妙な神話が出来上がってしまった。
だが敬虔な信徒はそのことを何も疑問に思っていないらしい。
疑問に思っていないどころか、血が濃くなりがちな貴族にとっては好都合ですらあった。神ですら兄妹で結婚しているのだから、自分たちも兄弟同士や従弟同士で結婚しても構わないだろうという論法だ。
自分の信仰に疑問を持ったあの日を境に、ボクは異端の宗教について徹底的に調べるようになった。
そして発見した。レイユン教の教義には数々の欺瞞が含まれていると。
今ではボクはレイユン教の教義を少しも信じていない。
神など、いないのだ。
「あの、何とか皇帝って言う人、神の子を名乗っているんですよね……?」
「はい、神聖皇帝様は法王様により確かに認められた太陽神と月女神のとの間に生まれた神の子でございます」
「太陽神と月女神は同一人物……いや、同一神なんですよね。その子供ってことは……」
「はい、神の子もまた神自身と同一の存在ということです」
表向きはボクも敬虔な神父として振る舞っている。
だからボクは少年の問いを肯定した。
「それは……すごい教義ですね」
メモをし終えた少年は目をパチクリとさせたのだった。
「異国の方には違和感があるかもしれませんね。もう一つ、特徴的な教義があります」
「それは何ですか?」
「神は異教の神のように直接的な奇跡は起こさないということです。常に天から我々を見守って下さいますが、直接何かを起こすということはございません。その代わり月が太陽の光を受けて輝くように、我々にその御力の一部を授けて下さるのです。神に変わって我々が神の手足となって奇跡を起こすのです」
正直ボクはこの教義も欺瞞だと思っている。
神が御力を授ける?
回復魔術も光魔術も理論通りに実践すれば発動する魔術の一種に過ぎない。この国では光魔術は太陽神が司り、回復魔術は月女神が司るので聖職者の領分ということになっている。
確かに回復魔術に素養がある者はたいてい光魔術にも素養がある。だからこの二つの魔術がセットになること自体は自然ではあるのだが。
教会が己の権力のためにその二つの魔術を己の領分としようとしているようにしか見えない。
「へえ……でもそれって、何だか素敵な考え方ですね」
「はい?」
少年が今の教義のどこを素敵と捉えたのか分からず、思わず目をパチクリとさせてしまう。
「だって、自分たちの活躍によって『奇跡』と呼べるほどに人々を幸せにすることができたなら、それは本当に神さまが存在するってことになるじゃないですか」
胸の中に光を当てられた気分だった。
自分は今ではまったく神の存在を信じていないのに、どうして神父を続けているのか。自分でも分かっていなかったのに、少年はその理由をぴったり言い当ててしまったのだった。
「……って、神さまが存在するなんてこと、その宗教を信じている人には当たり前のことですよね。ごめんなさい、失礼なこと言っちゃいまし……?」
ボクは感激のあまり少年の手をガシリと掴む。
「いいえ、失礼どころか。あなたの考えにボクは救われました……!」
「は、はい、それなら良かったです……??」
神は己の中にいる。
聖典に書かれたこの一節を今日この日、本当の意味で理解できた気がした。
「ええ、僕、隣国から来たので。この国の宗教についてあまり詳しくないんです」
おずおずと頼んできたのは、いつだったかのフロアボス討伐の折に箒に乗せてくれたメイジの少年だった。
「もちろん、良いですよ」
ボクはにこやかに頷いて了承した。
この少年にとっては異教であろうに、わざわざ知ろうとしてくれるその心は尊ぶべきものだ。
少年は蝋版を取り出して木製のペンを構える。
蝋版とは二枚の木板が本のように開くように組まれ、中に薄く蝋が引いてある物のことだ。その蝋に先を尖らせた木のペンで文字を書くことでメモをする。
蝋を溶かせば何度も再使用することができるので、羊皮紙を買う金のない者でも気軽にメモが取れるのだ。
「まずこの国の宗教の正式名称はレイユン教、一神教です」
「え、一神教? でも太陽神と月女神の二柱がいるはずでは……?」
異国の者であればまずそこを疑問に思うであろう。
ボクは鷹揚に頷く。
「説明しましょう。まず最初、この世界には太陽神しかおりませんでした。昼は太陽神が暖かく照らしていますが、夜になると真っ暗になってしまいます。神の目が届かないことに怯えた人間が夜に明かりを求めた。そこで神は己の身体を二つに分け、己の半身であり妹である女神に夜を照らすように頼んだ。その女神が月として毎晩人々を照らしてくれている……そういう教義になっているのです」
ボクの説明を少年はガリガリとメモする。
「つまり。月女神は太陽神の半身であり妹であり伴侶であり同一神であるのです。一神教であるという教義と矛盾しません」
「な、なんだか凄いんですね……!」
少年は素直に頷いている。
純粋であるのは美徳だが、レイユン教が一神教であるというのは欺瞞である。
その昔レイユン教は太陽と月の夫婦神を信仰する異端を取り込み、自分のものとした。その際に神は唯一であり絶対のものであるという教えと、太陽神と月女神の両方が存在することとが矛盾した。
だから、月女神は太陽神の分身であるということにしたのだ。
そのせいで神が自分の分身と結婚しているという妙な神話が出来上がってしまった。
だが敬虔な信徒はそのことを何も疑問に思っていないらしい。
疑問に思っていないどころか、血が濃くなりがちな貴族にとっては好都合ですらあった。神ですら兄妹で結婚しているのだから、自分たちも兄弟同士や従弟同士で結婚しても構わないだろうという論法だ。
自分の信仰に疑問を持ったあの日を境に、ボクは異端の宗教について徹底的に調べるようになった。
そして発見した。レイユン教の教義には数々の欺瞞が含まれていると。
今ではボクはレイユン教の教義を少しも信じていない。
神など、いないのだ。
「あの、何とか皇帝って言う人、神の子を名乗っているんですよね……?」
「はい、神聖皇帝様は法王様により確かに認められた太陽神と月女神のとの間に生まれた神の子でございます」
「太陽神と月女神は同一人物……いや、同一神なんですよね。その子供ってことは……」
「はい、神の子もまた神自身と同一の存在ということです」
表向きはボクも敬虔な神父として振る舞っている。
だからボクは少年の問いを肯定した。
「それは……すごい教義ですね」
メモをし終えた少年は目をパチクリとさせたのだった。
「異国の方には違和感があるかもしれませんね。もう一つ、特徴的な教義があります」
「それは何ですか?」
「神は異教の神のように直接的な奇跡は起こさないということです。常に天から我々を見守って下さいますが、直接何かを起こすということはございません。その代わり月が太陽の光を受けて輝くように、我々にその御力の一部を授けて下さるのです。神に変わって我々が神の手足となって奇跡を起こすのです」
正直ボクはこの教義も欺瞞だと思っている。
神が御力を授ける?
回復魔術も光魔術も理論通りに実践すれば発動する魔術の一種に過ぎない。この国では光魔術は太陽神が司り、回復魔術は月女神が司るので聖職者の領分ということになっている。
確かに回復魔術に素養がある者はたいてい光魔術にも素養がある。だからこの二つの魔術がセットになること自体は自然ではあるのだが。
教会が己の権力のためにその二つの魔術を己の領分としようとしているようにしか見えない。
「へえ……でもそれって、何だか素敵な考え方ですね」
「はい?」
少年が今の教義のどこを素敵と捉えたのか分からず、思わず目をパチクリとさせてしまう。
「だって、自分たちの活躍によって『奇跡』と呼べるほどに人々を幸せにすることができたなら、それは本当に神さまが存在するってことになるじゃないですか」
胸の中に光を当てられた気分だった。
自分は今ではまったく神の存在を信じていないのに、どうして神父を続けているのか。自分でも分かっていなかったのに、少年はその理由をぴったり言い当ててしまったのだった。
「……って、神さまが存在するなんてこと、その宗教を信じている人には当たり前のことですよね。ごめんなさい、失礼なこと言っちゃいまし……?」
ボクは感激のあまり少年の手をガシリと掴む。
「いいえ、失礼どころか。あなたの考えにボクは救われました……!」
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聖典に書かれたこの一節を今日この日、本当の意味で理解できた気がした。
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