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おうちにかえりたい編

破綻は静かに始まる 4

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 私は用意された衣装を見て顔を引きつらせた。

「ローガンってああ見えてものすごく怒ってたのね。激オコっていうんだっけ?」

 いらいらしている程度の嫌がらせじゃない。

「姫様の前なので格好付けていたんですが、バレバレですよね。始終無言で、何かやってますよ」

 以前、ここで紹介された女性が衣装あわせに付き合ってくれた。確か、ソフィアと言ったと思う。
 衣装は悪意のこもった黒だった。正確には青を重ねて作った黒に似た色。
 闇の神の正装はこの色を纏う。

 光の神は白となっているが、実は玉虫色だという。光の当たり具合できらきらする。

 着替えて鏡の前に立てば、ため息が出た。

「邪神の使徒と言われそうな雰囲気しか感じないんだけど」

「お似合いですよ」

 ……どういう意味かしらぁ? ソフィアからはそっと目を逸らされた。
 すとんとしたシルエットで、流行とは全く逆行している。上半身は体のラインがはっきり見えると言えばいいのか。一人で着たら破く自信がある。
 足下に向かってスカート部分が広がっていく。
 いつもは床ぎりぎりなのに後ろの部分が少し長い。
 そこに縫い付けられた光の加減できらきら光る花を悪趣味だなと見つめる。玉虫色で、作った花。

「積極的に喧嘩を売りに行くスタイル」

「いえ、売られた喧嘩は倍返しです」

 にこりと返された。
 王家(うち)より過激だった。王家(うち)は悪趣味な意趣返しの方が得意だ。

 さすが一国の王と殴り合い出来る人だ。言うコトが違うし、やりかねない。

「持ち帰るわ。別の服を着ていても怒らないでね」

「ええ、もうちょっと普通なものもありますので、こちらもお持ちください」

 ……これを着ると言ったら他の服は出さないつもりだったんだろう。油断も隙もない。
 何枚か着せ替えさせられ、大きなサイズ変更は必要はないことを確認した。

「馬車に乗せてお持ち帰りくださいね。王城に預けるとちょっと届いてない場合があるみたいなので」

「わかった。次になにかを持ってくるときはユリアを通すようにして。あ、ジンジャーね」

 装飾品の入った箱もあわせて用意する。靴だけは既製品の修正ではできないので、まだないそうだ。こればかりは持ってきたもので間に合わせるしかない。

 荷物を馬車に積むというので任せて、私は店内に戻る。

「お待たせしま、した?」

 妙に盛り上がっているけど。
 首をかしげると慌てたように何かを隠された。

「次は教会にいこうと思うのですけど。馬車を回してくれるそうで」

 素知らぬ顔をしてスルーする。そのうち何かわかるだろう。
 ……たぶん、なにか売りつけたんだろうなぁと思うけど。

「あ、ああ」

 なにかこそこそ話しているけど、きかなーい。
 先に外に出ようと出口に向かう。

「少し、待てよ」

「はい?」

 慌てたような声にちょっと悪いかと振り返った。

「まず、一人で行動しない。扉も護衛に開けさせるものだ。率先して危険に突っ込まれては意味がないだろうが」

 ……はて?
 今、とても、珍しいことを言われた気がする。
 ああ、遠い昔、同じようなことを護衛に言われたわ。誰も聞かなかったけど。

「それは失礼しました? でも一人で大丈夫なんだけど」

 自由度の低下の方が今は困る。しかも、敵対するかもしれない相手と一緒とか、手の内が見切られそうで嫌だ。

 困ったなぁという顔も無視することにする。

「ジニーは一体何を教えているんだか」

 おそらく、兄様たちは悪いことを教えてくれましたね。城の抜け出し方とか、人の出し抜き方とか、逃亡方法とか、逃亡がばれない工作とか。

「悪いことですよ」

 にこりと笑って言ってやった。


 さて、残念なお知らせもやってきた。
 普通の服を着たジャックが店の外で待っていた。地味な黒、茶、灰色な装いで、なぜそんなに目立つのかはわからない。
 店の外で、町娘に声をかけられている。

 ので、無視しようとしたら。

「待ち人がきたから」

 気がつかれた。
 よい笑顔だけど、ふざけんなよ、と言う気持ちが透けて見える。
 見知らぬ町娘に睨まれたんですがね。ついでに男二人連れなのという顔もされた気がするのは被害妄想ですかね。

「ごめんなさいね。城の用事なの。教会に色々お届けに行くから、護衛がいるから」

 にこりと笑って誤解を解いておく。赤毛の侍女っぽい服装の女なんて、私以外いないんだから変な悪評は不要だ。

 都合良く馬車がやってきたので、乗り込む。
 隣に誰が座るかでもめそうなので荷物を隣にした。

 さて、どうするかと思えばウィルの方が乗らないことにしたらしい。御者台の方に向かったようだ。

「これからどちらにお向かいですか?」

「教会に」

 がたごとと馬車は動き出した。

「苦情の申し立てですか?」

「教会が出来たと今朝聞いたので、姫様から神官にご挨拶するように命じられました」

「……は?」

「故郷のものはほとんど闇のお方を信じておりますので、こちらに教会がないと聞いて驚きましたわ」

「……神去りしエルナよりおいででしたよね」

 ええ闇の神が問題がありすぎて、制裁後、誰も手を触れようとしなかった土地に出来た国だ。
 祈りも願いも聞かないかわりに、謝罪代わりの加護が与えられた土地。
 神の誰もが手を出すことを躊躇した土地。

 神の手が唯一、届かない土地。

 手近な国にとってはただの狩り場だ。敵対してもどこかの神の機嫌を損ねることは無い。
 領地とすると問題があるから、時々喧嘩をふっかけては、あらゆるモノを奪い去って行く。

 まるで、良く管理された菜園。

「今は、闇の方が加護をくださっています」

 結局兄様が、闇の神に直談判という名の喧嘩を売りに行って、国を守護してもらうことなった。
 異例である。通常は主神として奉るなら加護を与える事もある、程度だ。

 今年の年末で10年目。
 財務卿が10年目の大祭をすると言って今から貯金していたけど、切り崩していないだろうか。

 四番目の弟(フィンレー)婿入り先で、地下牢監禁事件からまだ、二年もたっていない。あの時、貯金切り崩してたけど、大丈夫? 兄様ちょっと、損害考えないときあるから……。
 遠く、一妃兼財務卿の胃袋を心配する。心配かける側だけど、不可抗力だから。

 ところで対面が不気味なほど静かである。

「どうされましたか?」

「いえ、国の行く先を考えていました」

 闇の神の狭量さは有名だ。俺のモノに手を出すとか滅しちゃおうか、みたいなことを神話の時代から繰り返している。あと、気に入らないって言う理由で呪うとか。
 神々のちょっとした小競り合いも逸話に事欠かない。
 気に入らないって言って国に呪いをかけることも、わりとある。教会が無いというなら、全く遠慮しない。

「光の聖女様がお守りしてくださるでしょう?」

 幸いだったのが、光の神を主神としていることだろうか。
 他の神をびびらせまくっている闇の神であるが、光の神のことは比較的言うコトを聞くらしい。しかし、光の神自体が、こらっ! 程度で済ませているので、改善は見込めないようだ。
 全て伝聞なので、真実かどうかは定かではない。

「取りなしてくださるということではないと」

 にっこり笑ってあげた。
 無慈悲な笑み130点。兄様も絶句レベルの冷たさらしい。やべーよと兄様まで言い出すほど。

 青ざめるほどではないと思うのだけどね。

 考え無しに謝罪するような真似はしないのは評価してあげる。

 その後、教会に着くまで会話はなかった。


 教会と言って連れてこられた場所は住宅地だった。

「新築」

 思わず口から出てしまった。
 ぴかぴかの新築だ。しかも住宅地に馴染んだ一軒家。案内人兼御者はこちらの困惑に苦笑しながらも扉を叩いた。

「イーサン様、ローガン商会のものです」

 しばし、待つと扉が開いた。

「おや、誰かと思いましたら」

 小太りの青年が顔を出した。イーサン様が出てくるってことは他に使用人っていないのかしら?

「ようこそ。お付きの方は外でお待ちください」

 ……相変わらずだなぁ。彼は私だけつれて、他の人は閉め出す。
 普通はその前に護衛の二人がなんとか間に合いそうだけど、靴紐が切れて間に合わない。小石につまずく。そんなちょっとした不幸で、目の前でバタンと扉が閉まっただろう。

 教会は普通は共有部分と神域が混在している。ほとんど神域のない教会というのも珍しくない。
 神域は、基本的に信者と神の信仰を決めていない者だけが入れる場所だ。

 闇の神の教会というのは、ほぼ神域で構成されている。

 無理して入ると良くないことが起こる。
 小指をぶつける一週間。
 名前を間違われ続ける三日。
 用がある日に暴風雨。
 悪夢を一ヶ月。
 というのは実際聞いたことがある。

 案内人は知っているけど。あの二人はどうするかな。

 まあ、それより案内された目の前の扉だ。異様な圧力というか物理的に闇がこぼれているのは気のせいと思いたい。

「おいでですよ」

 ……ですよねー。

 扉を開けたら問題が待っていた。
 普通の応接室が異界化している。全てのものが曖昧で輪郭すらあやふや。
 扉をがちゃりと閉めたイーサンを振り返る余裕すらなかった。

「久しぶりだね。妹ちゃん(ちびちゃん)」

 ……人の世に降臨してお待ちの神様。以前より人型に近い形を維持しているようだ。顔っぽいところと手足と胴がついている。
 たぶん、穏やかな微笑みなのに表情が読めない。
 人の世に出るには不安定で曖昧で、認識阻害をかけてくるのでそもそも人に理解出来るようになっていない。
 理解したら壊れると兄様がげんなりとした顔で言っていた。

「ご無沙汰しております」

 両手を交差させ胸に当て、両膝をついて頭を垂れる。
 貴人に対する礼。

 あるいは上位者への服従の意。

「あまり時間がないから、手短に伝えるね」

「はい」

「質問はあとでイーサンに言っておいて。
 っと、座ってよ。あとでルークに文句つけられるの僕だし」

 顔を上げてよとあごを捕まれた。指で捕まれたと思うけど黒くてよくわからない。
 深淵がのぞき込んでいる。

「うん、毒されていない。安心した」

 大変嫉妬深い方なので、他の神への移り気は許されない。
 相変わらずおっかない方である。

 手首を捕まれて力任せに立ち上がらせて、座らせられる。痛いけど、壊したりしないあたり気を遣われているのがわかって微妙な気持ちになる。

 人と神はあまりにも違い過ぎて、付き合うのも大変だ。

 兄様はどうやって付き合っているのか。

 視線を別の場所にずらして気がついたが、ここ、ただの応接室だ。祭壇がひっそり飾られているが、隅っこ過ぎて気がつくんだろうか。

「気がついているかもしれないが、夏のヤツがへました。運命の呪いが発動している。
 あの女は北方の魔王に与えるべき者。ここをまだ人の世でいさせたいなら、渡してはいけないよ」

 やっぱり。
 呪いの方らしい。これは魔女にはちゃんと伝えないと。
 北の魔王を利用して、叶えたい願いってのは破滅以外なにがあるんだろうか。正直そんな雰囲気を感じたことがないんだけど。

「北方の魔王には呪いを破ることは難しい。会えば呪いは発動し、望みを叶えようとするだろう。
 あとは人の世でなんとかしたらいい。僕に出来ることは、殲滅だけだからね」

 やる気になったら広域を一瞬で狂気に陥れる方なので、頼る選択肢は元よりありません。やったら無差別にやるので巻き込まれる危険性の方が高すぎる。

「夏のヤツには制裁を加えておくので安心して良いよ」

 よい笑顔だった。
 これははっきりとわかる。清々したという顔だ。

 言いたいことだけ闇の神は言って消えた。

「……あのぅ。普通に降ろしただけではダメだったんですか」

 同席していたイーサンに問う。
 彼は平然とお茶の用意をしている。
 どっと疲れた私とは全く違う。

「あの方もあの方なりに気を遣っているのですよ。神威を浴びたのですから加護がついたでしょう?」

「そっち方面の素養なかったので、わかりません」

「悪いことは起きない、といいですね」

 神官にすらこう言われているよ。
 兄様がひっそり邪神とか言ってるから。それで許されているというのがすごいというかなんというか。

 何とも言えない顔で笑うしかない。
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