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おうちにかえりたい編
不在
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翌日の昼に教会へ行き、加護についてイーサンに相談したものの渋い顔をされただけだった。
相談はしてみますけどねとの解答で満足するしかない。
人の身には過剰なものは困るのだけど。
夕方には城へ戻った。
なんとなく、浮ついた雰囲気なのは昨日のことがあるからだろうか?
それも違うようなきがするなと挨拶を交わしながら、部屋へ戻る。
今日も扉の外の護衛がいなかった。
不思議に思いながらも扉を開ければ、ユリアにひしっと抱きつかれた。
……今、どこにいたの?
「ジニーっ!」
ユリアが涙目だ。
「……事情説明して?」
オスカーが困り顔だ。他の侍女たちはいないが、いつもはいる時間ではないだろうか。
「いや、昼くらいかな。ジャックが来て、絡んでいるから牽制したらなぜか決闘騒ぎに」
「それで?」
「ジンジャーをかけてみたいない雰囲気になって、後日日程が決まるみたいな」
「……なにしてんの?」
「ううっ。ジニー」
首からぶら下がるのやめて欲しい。さすがに首が折れそう。
ソファに座らせて隣に座ったら、膝の上に乗られた。なぜだ。
「思ったより本気だったという事実に困惑しかない」
オスカーが本気で困っている。叩きのめすなら可能ではあるけど、騎士らしさからはほど遠い。
「頑張って勝て」
「え、無しにはしてくれない」
「難しいな。ところでスリスリするのはおかしいと思うのだけど?」
「えへへへ」
……ユリアがダメになっている。かんっっぜんにダメになっている。
思わず遠い目になった。
「薬はどうなってんの?」
「あ、睡眠薬と楽しいお薬は用意しました。少量ですけど」
そこだけはしゃっきりと答えて、残りはぎゅっと抱きついてくる。よっぽど嫌なんだな。
「様子を見て、さらいに行きたいんだけど。日程にぶつけようかな」
「え」
声がハモった。
「そっちは自力でどうにかしなさい」
見ていなかったときに起こったことまで責任は取れない。起こる前なら何とか出来たかも知れないけど。
「オスカー」
ユリアの声が低い。妙な迫力がある。
「負けたら後悔させますよ」
「いや、なにもされなくても後悔するから変な脅しかけてくるなよ」
ユリアと思わず顔を見合わせた。
それって。
「ジニー」
なぜ、そこで私をぎゅっとするのか。ほら、呆れられている。
姫様にでも戻らないとまともに話してくれそうな気がしない。
「戻るからそっちも用意して」
「はい」
納得がいかないという顔はわかるよ。私も納得がいかない。何で今、問題が発生したのか。
ベッドの上の偽姫さまを部屋の隅に置いておく。今は布をかけておけばいいけど、そのうち片付けないと。
気が重い。
上着を脱ぎ、シャツのボタンを外したあたりで、ユリアが衣装を渡してくれた。見慣れない服のような気がする。でも、全部把握しているわけでもないからそんなこともあるかな。
「……ああ、そうか」
全く、意識してなかったけど、ジャックも聖女様の加護の影響を受けていたのか。隙間を埋めるように、ジンジャーを求めた。
ならば、王は。
あるいは、王弟は。
さすがに、まずいかな。
どうやって遠ざけよう。
「どうしました?」
「なんでもない。他にはなにか?」
「急に、聖女様への不満が大爆発、って感じですね。付き合わされたジニー様可哀想って」
「……へぇ。ジニーも残しておくのはまずいかな」
皆が探している間にお茶をしていたと知られれば、多少の評判も落ちるとは思った。ただ、その方向がちょっとまずい。
ジニーに注意を向けたくはない。今後の動向を見られないようにしたいわりに目立つからな。
「と思いますよ」
着替えが済んだせいかユリアは平常に戻ったようだ。どこか落ち着きのない様子だが。
「王に何か言われる前に下げた方がよいかと」
「そうね。後は時期を見るだけ。というわけで、客寄せよろしく」
「……一人でなさるおつもりで?」
「久しぶりにローガンに働いて貰うわよ。物理的に運ぶのはしんどい」
嫌とは言わないはずだ。レオンの件がちょっとは後ろめたいと思っているだろうから。
ジニーの振りをしたオスカーに伝言を頼む。嫌な顔はしたものの伝えないということはないだろう。
「そう言えば、陛下から明日の昼食を一緒にどうかと手紙が来ていました。見ます?」
「一応、見る」
……見なかったことにした。
「この美辞麗句は、代筆かしら?」
びりびりに引き裂く仕事をしながらユリアに尋ねる。
「ついでに花束も来ました。部屋に飾ってみましたが、お気づきではないですよね?」
「そう言えば、他の侍女たちはどうしたの?」
そう言えばとユリアも首をかしげている。……うん。オスカーを戻すのが早かった。彼女たちが意味なく職場放棄するわけがない。
なにかあったんだな。
「悪いけど、探しに行ってくれる?」
「え、姫さまお一人になりますが」
「仕方ないでしょう? それとも私が、探しに行く?」
「あー、行きます。行かせていただきます」
いろんな面倒な事が起こっても一人で対処するとなるときついわよね。
ユリアは慌てたように部屋を出て行った。
さて、お茶でもいれるか。
落ち着くお茶と書いてある茶缶をあける。既に底が見えていた。
自分が飲んだ気はあまりしないから、ユリアが私用につかったんだろうか。残りをポットに入れてすっかり空にする。
トレイの上に乗せて、外に出た。
裏庭に面した階段に腰掛けて、外を眺める。
遠くから闇に暗く沈んでいく。
聞こえた足音は、こちらの注意を引くため。
「やあ」
いつもと変わらない顔はできただろうか。
レオンの呆れたような顔を見る限りは、大丈夫だったようだ。
「なんで一人」
「なんでか一人よ。私にも意味がわからない」
ばさりとマントが降ってきた。
「風邪をひきますよ。顔も隠しといてください」
フードが付いているのか。しげしげと見ていれば、早く着てくださいと言われた。いつもは着ていなかったような気がする。
もそもそとフードまでかぶる。
「しばらく不在にします。ちょっと顔でも見られれば良いかと思ったんですよ」
「そう。貴方の主によろしく言っておいてちょうだい」
私がそう言っても特に驚いたようではなかった。
代わりに階段の一番下に座った。
決して触れるほど近くにはいない。今日は距離を詰める気もしなかった。
「伝えておきます。ごねているって言われて仕方なく行くんです。頑固で説得するの大変でしょうけどね。部下には行かないと物理的に拘束されて、連れて行かれるって脅されました。
本当は、離れたくない」
「ふぅん?」
後ろ姿しか見えない。変わらず同じ色のリボンで髪を結んでいる。
「これでも、心配しているんですよ。ちょっとやり過ぎです。陛下の猜疑心を甘く見ない方が良い」
「気を付ける」
「独占欲とか、嫉妬とか、渇望とか、そんなの無縁そうですよね。貴方は」
そう見えるらしい。
別にこれが初めて言われたことでもない。少し、胸が痛んだが、何でもない顔をしているのは慣れている。
「そうかもね」
「貴方は、なにを諦めてここに来たんです? 遠く離れていきたいほどのなにを?」
正面から問われたら答えなかっただろう。
ひどい顔をしてしまう自覚はあるのだ。
「初恋、かしら」
「まだお好きなんですか」
「いいえ。あれは、たぶん、執着とか、思い込みとか、刷り込みとかそんなものよ。それでも、近くにいたら、わからなくなると思う」
「あれ、じゃあ」
レオンが慌てたように振り返って、目があった。明るい青が暗い青に沈む。その瞬間に何かの痛みを感じたように顔をしかめて、目を覆った。
あの目、少し、おかしいんじゃないかしら。
「詮索は野暮じゃない?」
「そうだな。ああ、本気で行きたくない」
沈んだ低い声。取り繕った話し方が抜け落ちている。
口元くらいしか見えないが、表情らしきものは伺えなかった。そのまま視線を避けるように元の姿勢に戻ったが、少し頭を抱えているようにも見える。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、ほっといてくれ」
いつかユリアにも同じこと言われた。
首をかしげても答えはきっとない。もしや身悶えるとか言い出すんだろうか。ないなと即座に却下した。
なんだか、とても好かれているみたいじゃないか。
「そうそう。忘れたかった」
忘れていた、じゃなくて、忘れたかった。
奇妙な言い回しだ。
「ウィリアムからジンジャーへ」
前を見たまま、手だけこちらに寄越すって。そんなに見たくないのかしら。
ちょっと遠いから、立ち上がって受け取る。
「そう。ありがとう」
そう言えば、前にローガンの所に行ったときに何かしていたわね。
元の場所に戻らずそのまま座る。
包装済みの箱の中には髪飾りが入っていた。赤いリボンで作った花の中心は黒い月光石が付いている。
可愛い。
「なに?」
もの言いたげな視線に問い返せば、露骨に顔を背けられる。
なんなんだ。
「自分に失望するね」
独り言のように呟いて。
首もとを探るように何かを引きずり出した。飾り気のない鎖の首飾り。暗い中でもぼんやりと光る月光石。透明な石が中心に。囲むように黄色みを帯びた月光石が配置されている。太陽を模しているかたちはあまり見ないものだ。
「預かっておいてください」
「は?」
強引に手を掴んで手に押し込んで、さらに握らせる。
作った笑みだなと思って、気を取れていた。
手首を握られて引き寄せられて、体にぽすんとあたった。腕が回されて。
「ええと。なぜ?」
理解が追いつかない。
強く一瞬抱きしめただけで、すぐに解放してくれる。
「さあ、どうしてでしょうか。次に会うまでに俺のこと考えといて」
レオンはさらりとマントを外していく。手慣れている。
「なんなの一体」
額に残ったちょっとかさついた感触に、結構動揺する。
……とりあえず、見物人がいたことには今、さっき、気がついた。背後の扉はいつから隙間が空いていたのか。
「……貴方たちわかってるでしょうね」
侍女たちは揃って首を縦に振った。はぁとため息をつく。
「ひみつよ」
念押しをしたけれど、別の目撃者もいるかもしれない。頭が痛い。残されるのはこっちだ。
相談はしてみますけどねとの解答で満足するしかない。
人の身には過剰なものは困るのだけど。
夕方には城へ戻った。
なんとなく、浮ついた雰囲気なのは昨日のことがあるからだろうか?
それも違うようなきがするなと挨拶を交わしながら、部屋へ戻る。
今日も扉の外の護衛がいなかった。
不思議に思いながらも扉を開ければ、ユリアにひしっと抱きつかれた。
……今、どこにいたの?
「ジニーっ!」
ユリアが涙目だ。
「……事情説明して?」
オスカーが困り顔だ。他の侍女たちはいないが、いつもはいる時間ではないだろうか。
「いや、昼くらいかな。ジャックが来て、絡んでいるから牽制したらなぜか決闘騒ぎに」
「それで?」
「ジンジャーをかけてみたいない雰囲気になって、後日日程が決まるみたいな」
「……なにしてんの?」
「ううっ。ジニー」
首からぶら下がるのやめて欲しい。さすがに首が折れそう。
ソファに座らせて隣に座ったら、膝の上に乗られた。なぜだ。
「思ったより本気だったという事実に困惑しかない」
オスカーが本気で困っている。叩きのめすなら可能ではあるけど、騎士らしさからはほど遠い。
「頑張って勝て」
「え、無しにはしてくれない」
「難しいな。ところでスリスリするのはおかしいと思うのだけど?」
「えへへへ」
……ユリアがダメになっている。かんっっぜんにダメになっている。
思わず遠い目になった。
「薬はどうなってんの?」
「あ、睡眠薬と楽しいお薬は用意しました。少量ですけど」
そこだけはしゃっきりと答えて、残りはぎゅっと抱きついてくる。よっぽど嫌なんだな。
「様子を見て、さらいに行きたいんだけど。日程にぶつけようかな」
「え」
声がハモった。
「そっちは自力でどうにかしなさい」
見ていなかったときに起こったことまで責任は取れない。起こる前なら何とか出来たかも知れないけど。
「オスカー」
ユリアの声が低い。妙な迫力がある。
「負けたら後悔させますよ」
「いや、なにもされなくても後悔するから変な脅しかけてくるなよ」
ユリアと思わず顔を見合わせた。
それって。
「ジニー」
なぜ、そこで私をぎゅっとするのか。ほら、呆れられている。
姫様にでも戻らないとまともに話してくれそうな気がしない。
「戻るからそっちも用意して」
「はい」
納得がいかないという顔はわかるよ。私も納得がいかない。何で今、問題が発生したのか。
ベッドの上の偽姫さまを部屋の隅に置いておく。今は布をかけておけばいいけど、そのうち片付けないと。
気が重い。
上着を脱ぎ、シャツのボタンを外したあたりで、ユリアが衣装を渡してくれた。見慣れない服のような気がする。でも、全部把握しているわけでもないからそんなこともあるかな。
「……ああ、そうか」
全く、意識してなかったけど、ジャックも聖女様の加護の影響を受けていたのか。隙間を埋めるように、ジンジャーを求めた。
ならば、王は。
あるいは、王弟は。
さすがに、まずいかな。
どうやって遠ざけよう。
「どうしました?」
「なんでもない。他にはなにか?」
「急に、聖女様への不満が大爆発、って感じですね。付き合わされたジニー様可哀想って」
「……へぇ。ジニーも残しておくのはまずいかな」
皆が探している間にお茶をしていたと知られれば、多少の評判も落ちるとは思った。ただ、その方向がちょっとまずい。
ジニーに注意を向けたくはない。今後の動向を見られないようにしたいわりに目立つからな。
「と思いますよ」
着替えが済んだせいかユリアは平常に戻ったようだ。どこか落ち着きのない様子だが。
「王に何か言われる前に下げた方がよいかと」
「そうね。後は時期を見るだけ。というわけで、客寄せよろしく」
「……一人でなさるおつもりで?」
「久しぶりにローガンに働いて貰うわよ。物理的に運ぶのはしんどい」
嫌とは言わないはずだ。レオンの件がちょっとは後ろめたいと思っているだろうから。
ジニーの振りをしたオスカーに伝言を頼む。嫌な顔はしたものの伝えないということはないだろう。
「そう言えば、陛下から明日の昼食を一緒にどうかと手紙が来ていました。見ます?」
「一応、見る」
……見なかったことにした。
「この美辞麗句は、代筆かしら?」
びりびりに引き裂く仕事をしながらユリアに尋ねる。
「ついでに花束も来ました。部屋に飾ってみましたが、お気づきではないですよね?」
「そう言えば、他の侍女たちはどうしたの?」
そう言えばとユリアも首をかしげている。……うん。オスカーを戻すのが早かった。彼女たちが意味なく職場放棄するわけがない。
なにかあったんだな。
「悪いけど、探しに行ってくれる?」
「え、姫さまお一人になりますが」
「仕方ないでしょう? それとも私が、探しに行く?」
「あー、行きます。行かせていただきます」
いろんな面倒な事が起こっても一人で対処するとなるときついわよね。
ユリアは慌てたように部屋を出て行った。
さて、お茶でもいれるか。
落ち着くお茶と書いてある茶缶をあける。既に底が見えていた。
自分が飲んだ気はあまりしないから、ユリアが私用につかったんだろうか。残りをポットに入れてすっかり空にする。
トレイの上に乗せて、外に出た。
裏庭に面した階段に腰掛けて、外を眺める。
遠くから闇に暗く沈んでいく。
聞こえた足音は、こちらの注意を引くため。
「やあ」
いつもと変わらない顔はできただろうか。
レオンの呆れたような顔を見る限りは、大丈夫だったようだ。
「なんで一人」
「なんでか一人よ。私にも意味がわからない」
ばさりとマントが降ってきた。
「風邪をひきますよ。顔も隠しといてください」
フードが付いているのか。しげしげと見ていれば、早く着てくださいと言われた。いつもは着ていなかったような気がする。
もそもそとフードまでかぶる。
「しばらく不在にします。ちょっと顔でも見られれば良いかと思ったんですよ」
「そう。貴方の主によろしく言っておいてちょうだい」
私がそう言っても特に驚いたようではなかった。
代わりに階段の一番下に座った。
決して触れるほど近くにはいない。今日は距離を詰める気もしなかった。
「伝えておきます。ごねているって言われて仕方なく行くんです。頑固で説得するの大変でしょうけどね。部下には行かないと物理的に拘束されて、連れて行かれるって脅されました。
本当は、離れたくない」
「ふぅん?」
後ろ姿しか見えない。変わらず同じ色のリボンで髪を結んでいる。
「これでも、心配しているんですよ。ちょっとやり過ぎです。陛下の猜疑心を甘く見ない方が良い」
「気を付ける」
「独占欲とか、嫉妬とか、渇望とか、そんなの無縁そうですよね。貴方は」
そう見えるらしい。
別にこれが初めて言われたことでもない。少し、胸が痛んだが、何でもない顔をしているのは慣れている。
「そうかもね」
「貴方は、なにを諦めてここに来たんです? 遠く離れていきたいほどのなにを?」
正面から問われたら答えなかっただろう。
ひどい顔をしてしまう自覚はあるのだ。
「初恋、かしら」
「まだお好きなんですか」
「いいえ。あれは、たぶん、執着とか、思い込みとか、刷り込みとかそんなものよ。それでも、近くにいたら、わからなくなると思う」
「あれ、じゃあ」
レオンが慌てたように振り返って、目があった。明るい青が暗い青に沈む。その瞬間に何かの痛みを感じたように顔をしかめて、目を覆った。
あの目、少し、おかしいんじゃないかしら。
「詮索は野暮じゃない?」
「そうだな。ああ、本気で行きたくない」
沈んだ低い声。取り繕った話し方が抜け落ちている。
口元くらいしか見えないが、表情らしきものは伺えなかった。そのまま視線を避けるように元の姿勢に戻ったが、少し頭を抱えているようにも見える。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、ほっといてくれ」
いつかユリアにも同じこと言われた。
首をかしげても答えはきっとない。もしや身悶えるとか言い出すんだろうか。ないなと即座に却下した。
なんだか、とても好かれているみたいじゃないか。
「そうそう。忘れたかった」
忘れていた、じゃなくて、忘れたかった。
奇妙な言い回しだ。
「ウィリアムからジンジャーへ」
前を見たまま、手だけこちらに寄越すって。そんなに見たくないのかしら。
ちょっと遠いから、立ち上がって受け取る。
「そう。ありがとう」
そう言えば、前にローガンの所に行ったときに何かしていたわね。
元の場所に戻らずそのまま座る。
包装済みの箱の中には髪飾りが入っていた。赤いリボンで作った花の中心は黒い月光石が付いている。
可愛い。
「なに?」
もの言いたげな視線に問い返せば、露骨に顔を背けられる。
なんなんだ。
「自分に失望するね」
独り言のように呟いて。
首もとを探るように何かを引きずり出した。飾り気のない鎖の首飾り。暗い中でもぼんやりと光る月光石。透明な石が中心に。囲むように黄色みを帯びた月光石が配置されている。太陽を模しているかたちはあまり見ないものだ。
「預かっておいてください」
「は?」
強引に手を掴んで手に押し込んで、さらに握らせる。
作った笑みだなと思って、気を取れていた。
手首を握られて引き寄せられて、体にぽすんとあたった。腕が回されて。
「ええと。なぜ?」
理解が追いつかない。
強く一瞬抱きしめただけで、すぐに解放してくれる。
「さあ、どうしてでしょうか。次に会うまでに俺のこと考えといて」
レオンはさらりとマントを外していく。手慣れている。
「なんなの一体」
額に残ったちょっとかさついた感触に、結構動揺する。
……とりあえず、見物人がいたことには今、さっき、気がついた。背後の扉はいつから隙間が空いていたのか。
「……貴方たちわかってるでしょうね」
侍女たちは揃って首を縦に振った。はぁとため息をつく。
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