ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

ある兄弟。

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 部屋に戻ればどこに行っていたのかソフィアに怒られた。あまり時間はかかっていないはずなのだけど。

「怒られるのは私なんですよ。庇ってくださいね」

「はいはい」

 化粧直しと髪を直したことは感謝してますって。色々出てきたので、驚いていたら淑女のたしなみですと返された。
 ……ユリア、私たち、淑女にはなれそうにないわね。思わず遠い目をした。

「服は汚れてませんね」

 疑うようなまなざしに一体どこまで許したと思われているんだろうか。そこまでの冒険はしたいとは思わないな。
 想像しただけで嫌気がさす。

 そこまで誰かに触られるのはお断りだ。

「これどーしたんですか」

「……あれ」

 手鏡を渡されて気がつく。
 噛まれたな。確かに。
 服で隠れるけど赤い痕がついている。意地悪そうな、満足げな顔をしていたけど、これか。

「まあ、いいですけどね」

 完全に勘違いしたな。相手の名誉を守るべきだろうかとちょっと悩んだが、放置することにした。言い募るほうが嘘くさい。

 それにあれ以上、何かする気はあったみたいだったし。
 抗議したら、だって、俺はいなくなるし。と笑うから。

 とりあえず、ひっぱたいてきた。

 もう、知らない。
 しらないったら知らない。

「もう、完全に監禁されますよ。これ」

「明日には誰か来るでしょ」

 ソフィアに呆れたような顔をされてしまった。

 幸いにして王の不調は続いていたようで顔を合わせることもなかった。ただ、代わりに王弟のほうから夕食の誘いがあったが、丁重にお断りした。




 翌日の早朝、使者がやってくると先触れがあった。

 昼を過ぎたあたりに闇色の旗を掲げて、十騎ほどでやってきたようだ。物語から抜け出したように、美しかったと侍女たちが噂していた。

 ……アイザック兄様は顔を隠さずにおいでになったようだ。フィンレーも嘘みたいな美少年だから、正装していれば見栄えする。多少ぽちゃぽちゃしても可愛いからずるい。
 もっとも可愛いというと拗ねるお年頃だけど。

 早めの昼食をつまんでから正装に着替える。今回は隅から隅まで磨かれ、美しく作られた王妃になる。
 めんどくさいなと思いながらもなすがままだ。
 その数時間後、謁見の間で先に座って待つ。王妃の椅子は形は古そうなのにあまり使われた形跡がない。
 しばし待つと扉の前で使者が到着したと中に告げられる。
 扉が開けば、どよめいた。

 フードの男、五人。ってのはちょっとどーかなー。兄様。
 一人だけ小柄なのがフィンレーなのがわかる。長身なアイザック兄様の隣じゃ余計に小さく見える。

「不敬ではないのか」

 と言い出したのは、なにかの大臣にあたる人だと思う。紹介された気がするけど、覚えてない。

 兄様少し首をかしげた。
 そして、すぐに肯く。

「フィンレー」

「はい」

 ばさりとフードを外す。
 私を少年にしたと表現されそうなくらいそっくりだ。ふっくらとした頬には私にない愛嬌などが存在するが。

 どう見ても私の血縁だ。兄弟としか見えない。聞いて話と違うと青ざめてもおかしくない。

 だって、どうみてもフィンレーより隣の謎の男のほうが、上だからだ。年も身分も。アイザック兄様はその筋には有名だ。

「私も外しますか?」

「失礼した。そのままで結構だ」

 まあ、そんな話にはなる。公式にはただの使者としてきたとしておきたい。双方とも。

「兄より、親書を預かっている。ヴァージニアは少し痩せたか」

 顔は隠すけど、態度が全く隠す気なくなったのね。
 フィンレーは少し不安そうに兄様の服を掴んでいる。わかる。いつ暴発するかわからない。

「あとで妹と話をさせていただいても?」

「よかろう」

 気圧されたように王が許可を与える。私の方を見て優しげに笑うがね、裏側ではなにを考えているだろうか。見たままではないと思う、きっと、たぶん。

 ……どーだろーなー。

 いきなり嫁自慢などはじめそうな悪寒がした。ないことしか話されない。それを嘘だと言い張ることはこの場では無理だ。そして、この場で無理だと言うことは公式にそれを認めたことになってしまう。

 不作法だが、いきなり立ち上がっていくつかの階段を下りる。

「兄様っ!」

 今まで見せたことのないような嬉しそうな顔をしたらフィンレーが無表情になった。
 おそらくフードの下で同じようになっている兄様がいるんだろうな。
 ぱたぱたと降りて抱きついたのも多分予想外で、支え損なって一歩下がったもの。

「姉様、どうしたの?」

「あとでね」

「先に行ってろ」

 アイザック兄様は私をいなして頭をぽんぽんと叩く。撫でるのではない、叩く。わりと痛い。
 フィンレーはわたしの手を引いて嬉しそうに笑う。
 あわせて微笑んでみたら、緊張したようにぎゅうと握られたんだけど。え、怖かったの?

 そのままフィンレーを連れて謁見の間を出る。

「姉様、大丈夫?」

 後ろを振り返りながら、少し心配そうだった。いや、兄様が心配なのは私もそうだけど、残ってもいいことないよ。

「……ねぇ? 誰を連れて来たの?」

 一人はオスカーだった。こちらにわかるように合図してきたから。

「え、あはははは。あ、ローガンが、後で来るってよ」

 フィンレーはわざとらしく、はぐらかした。
 フードの男は五人。一人は兄様、一人はフィンレー。あとはオスカー。
 残り二人は、誰だ。と言う話だ。

「ふぅん」

 役者が揃いつつあるな。

 足りないのはあとひとり。

 最後の良いところでやってきては、嗤うんだろう。たちが悪いけど、今、一番手を組むべきは最後の一人なんだろう。


 客間ではなく王妃の部屋に連れいていくことにした。何かあったときのために部屋を覚えてもらった方がいいからだ。

「うわっ、豪勢な部屋。そして、なにこれ」

 テーブルの上にはお茶の用意が調っていた。プリン好きを主張しておいたので、料理長が頑張ったのか何種類もある。
 なぜだろう。弟に犬のしっぽを幻視した。

「……落ち着こうか」

「ええっ! 探検してきて良い?」

 うきうきわくわくが止まらない。私がこのくらいの年のころはもうちょっと落ち着いていたような気もする。
 下の弟妹の相手でそれどころではなかった。

「近況を聞いてからね」

「え、ルゥと兄様たちとの攻防聞く?」

「聞かない。時間の無駄。噂したらどこかからやってきそうだから」

「……そうだね。じゃあ、食べて良い?」

「どうぞ」

 フィンレーが行儀よかったのはいただきますと手を合わせたところまでだった。
 誰も取らないと思うけど、食べたい気持ちの分、多く盛ってしまう。残せなくて、食べ過ぎることまで自覚している。

 そう簡単に治らないよね。微笑ましいみたいな顔で見られているけどさ。
 フィンレーは無言で食べて、すくっと立ち上がった。

「姉様、今すぐ、厨房に行く。絶対、止めても無駄だから」

「……うん。じゃあ、姉様も一緒に行こうかな」

 ……無理だったか。侍女や護衛に止められたもののフィンレーの立て板に水の訴えに巻き込まれてぞろぞろ移動することに。

 可哀想なのは料理長だろう。

「な、なんだっ!?」

「ありがとうございますっ!」

 フィンレーは兄様に鍛えられているから、まあ、タックル食らうみたいなものだよね。
 本人的には抱きつきに行ったつもりだ。
 どうにか倒れ込まなかった料理長、頑張った。後ろで他の料理人が押さえてたけどさ。

 弟はプリンにだけはおかしくなる。

「この短期間にすっごい研究されたと思います! 僕、感動しました」

「……このボウズ、誰だ」

「申しわけないわ。私の弟なの」

「ひめ……妃殿下」

「いつかレシピを渡したでしょう? 書いたのこの子なの」

「……へ?」

 そうよね。普通、料理なんてしないわよね。

「今度、時間を作ってくれるかしら。そうでもしないと、今ここで長々と拘束されるでしょう」

 今日は使者を迎えての晩餐会である。暇なんてないはずだ。

「た、確かに。明日でいかがでしょうか」

「じゃ、じゃあ、そこの端っこにいて良いですか。デザートつくるところだけでもっ」

「フィンレー、わがまま言わないの。ごめんなさいね」

 強引にフィンレーの背を押す。可愛いアピールをはじめたら危険信号だ。自分のウリを弟は知っている。

「……ちっ」

 誰も見てないところで、悪そうな顔で舌打ちしている。やっぱり。

「毒殺しようとしないの」

「いいじゃない? 姉さんにあんな顔させるようなの生かしていく価値ある?」

 ……こう、なんていうか、突発的に殺意全開になるからフィンレーはなー。地味に悪化してないかな。それともそんなひどい顔をしていたんだろうか。
 フィンレーでこれ、ということは兄様はどうなってんだろうか。

 血の海に沈んでないことを祈ろう。
 あの場にはおあつらえ向きに王冠を乗せる人がいるから困るよな。

「厨房が、誰もいなくなるわよ。あなたのプリン誰が作ってくれるのかしら」

「あ、じゃあ、別の機会にする」

 あっさりと撤回はしたけど、狙いはするのね。

「ぷ、ぷ、ぷりんー、素敵な魅惑、汝が名はぷりーんっ!」

 ……フィンレーは変な歌を口ずさみながらスキップして部屋に戻っている。部屋に残したプリンたちを思い出したようだ。顔は可愛らしい範囲に入っているが、そこそこ大きいから奇異の目で見られそうなんだが。
 微笑ましいように見られるのが人徳なのか。
 呆れて見ていれば、ぱちりとウィンクしてきた。

 その方向で演出していきたいわけね。わがままで、憎めないみたいな。ついでにあんまり頭が良さそうには見えない。

 一人で歩いていても警戒されないくらい、取るに足らないものと。
 兄様は注目されるだろうから動けないだろうし。

 フィンレー自体はいいんだけど、周りが心配だわ。ついていけるのかしら。残り五人って誰が来たのかしらね。あとで確認しておこう。

「さあて、話を聞かせてもらおうか。ヴァージニア」

 部屋には既に兄様がいた。既にフードは外している。

「……似合わない」

「そーですね、ねーさま」

 フィンレーはまだぎりぎりいても違和感がなかったが、兄様はダメだ。部屋が可愛らしすぎる。

「他の部屋でも俺は良いんだが」

「庭にでも移動しましょう」

 庭園をそぞろ歩きしながら、ぽかんと口を開けている人々を量産する仕事になった。
 まあ、揃ったらそうなるか。
 美しくはあるんだ。今日なんて正装しているのだから、よりキラキラしい。
 フィンレーが調子に乗って笑顔を振りまいている。

「こら、やりすぎ」

「えー、可愛い子多いね。ちやほやされたい」

 ……兄様の言動の悪いところをそのまま引き継いだ気しかしない。フィンレーに白い目を向ければ、きりっとしか顔になる。

「ヴァージニアがいなくなってから、兄様にべったりだったな」

「そう」

 落ち着いたようで未だに不安定なのか。未だに不安そうにぎゅっと握られた手。
 フィンレーが周囲の気を逸らしている間に兄様に話をする。

「わかった。内乱のまま放置して帰ろう」

「意外」

 てっきり、血祭りにあげるとか言い出すかと思った。

「そうだね。意外」

 聞いていないようで聞いていたフィンレーも追従して言ってきた。真顔だ。
 この戦闘狂が言うような言動ではない。

「おまえら、俺をなんだと思ってるんだ」

 二人で顔を見合わせる。

「戦闘狂」

 ……げんこつをもらった。暴力反対。涙目で頭を押さえる。隣でフィンレーも同じ涙目だ。

「手に入れていいことなんてないだろう。滅んでもらえばいい。ともかく、帰る」

 兄様はこういう事態を円滑に回す能力は不足している。最後は力ずくみたいなところが悪いんだろう。
 フィンレーに視線を向ければ逸らされた。
 こちらは意図的。

 今は言えないが、裏の事情がある。私が至急帰るべきという事案が。

 となると、該当者は一人しかいない。
 幼なじみはあきらめが悪かったらしい。

 あれに諦めさせるなら、神に仕えるくらいだろうか。闇の神ならばきちんと守ってはくれそうだが、自由はないだろう。

 それに今の私でも良いとしてくれる自信はない。

 あの方はとっても嫉妬深い。

「もう少し、逗留されていってはいかがですか。お疲れでしょう?」

 長くはかかるまい。
 後一押しで崩れるほどに、脆くなっている。
 そして、それは、数日もたたない間に起こるはずだ。
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