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おうちにかえりたい編

閑話 彼について7

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 そう。たぶん、油断した。不意打ちされたようなものだ。
 誰があのお姫様からあんなことされるなんて思うのだろう。誰にも心までは明け渡さないのに思わせぶりで、悪女のようで妙に無防備で、今までの比ではないほど、たちが悪かった。
 それでも可愛かった。以外の感想が出てこない。自分の頭が煮えてるとしか思えないが、あんな事を言う方が悪い。つい、やりすぎても仕方ないじゃないか。
 少し残る罪悪感に自分で言い訳をする。

「もう、しらない、ねぇ?」

 去り際に見たのは泣き出しそうな顔だった。
 しかし、頬が痛い。遠慮なく、ひっぱたいていった。
 あの激怒からすればお優しい対応だったのかもしれないが。

 追いかける資格も必要もなかった。ひどい男として覚えていて、いつか、忘れて欲しい。

 もう二度と会わないだろう。
 あるいは、その姿を見ることはないだろう。
 そのことにほっとしている。これ以上は望んでしまうだろうから。

 本当に彼女は都合が良かった。

「……あれ、珍しいところでお会いしましたね」

 なにか、見られたかもなとその男に声をかけた。彼らのように一人でふらふらと歩くようなことはしない。
 この男を王弟殿下、と何度呼んだだろうな。いつものように笑おうとしてやめた。

 彼とは記号的に似ている。
 背が高く、同じような金髪で、軍をまとめている。年は近く、良い家の生まれ。眼鏡まで同じになってしまった。

 変に似ているから、意識していたのだろう。かつて、興味が無いと切り捨てていたが間違いだったと自覚した。
 今は、好きではない、とは言えない。あきらかに嫌いに傾いている。いつの間にと思うほどに、小さく降り積もった悪意があった。

「どうしたんです?」

 再び問う。

「姫君を見かけなかったか」

 落ち着いているように見えて、苛立ったような口調はいただけない。

「先ほどお見かけしましたよ。部屋に戻られたのでは?」

 あのまま戻られるとさすがに困るなとちらと考える。それはなにか今日のお付きの侍女が考えてくれると良いが。
 あの痕は何日残るだろうか。

「そうか。近づくなと忠告したつもりだったが」

「嫉妬されるほどのことはなにも。ご存じでしょうに」

 彼女は決して、選ばない。
 心のどこかが、拒否している。なにが原因かはわからないが、ただの好意だけで良しとすべきだ。

 彼女の好意ではなく悪意があったと気がついてもいないのが、憐れにも思えた。はっきりと意志を持って兄弟仲を分断している。当事者ともなれば気がつかないかも知れない。

 王位に、美しい娘に、幻惑された。

「私はこれで」

 小さく笑う。ほんの少しの嘲りを混ぜ込む。
 最後の仕事の手助けをしてもらおう。
 悪いけど、手を汚してもらおうか。

「そうそう。一つだけ、忠告しておきますね?
 俺に手出ししない方がいい」

 最初で最後の優しい警告なんだけどね。
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