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メイドの一番楽しいお仕事
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相互の顔合わせを終えて、グレースはほかのメイドたちを一度下げる。メイド長は残ったが、彼女はミラがフィデルであるということを知らされていた。ほかに知るものは執事のみだ。
護衛といえど、メイドほどの近さに男がいるということを知られるのは外聞が悪い。グレースにはまだ婚約者がいる。
「それでなにから始めることにするの?」
「一応何もないと思いますけど、部屋をあらためさせてもらっていいですか。本来は女性がやるのがいいと思うんですけど、人を呼べないので」
「そうね」
グレースは許可した。今のところなにもないが、それは専門家でもないグレースの視点だ。護衛任務も行う騎士の目での確認もいるだろう。
脅迫状も襲撃された件も口止めされている。邸内でもほとんどの者が知らない。
婿に来るはずの王子からのとばっちりを受けている、というのは、公表してもいいことはない。今後も友好的に、かつ、相手に恩を売るかたちで付き合いたいとなれば、抗議はすれど公表はせずになる。
脅迫するものたちも、本気で他国を相手する気はない。ただの牽制。
グレースはため息をついた。
そのしわ寄せはグレースと侯爵家に。悪いと思うから、王家直轄の騎士団から人をよこしたというところもあるだろう。近衛ではない、というのは目立ちたくないという意図も透けているが。
片付いたあとは見返りを要求するつもりだ。とりあえず、今後、政略結婚はお断りと言っておくつもりである。あるいは、王妃と相談の上、国王の側妃として入るのも悪くない。王の女に手出しをしようとする馬鹿者は少ないはずだ。もちろん、王とは白い婚姻である。面倒な求婚者が来れば、ちゃんと断ってもらう。それくらいしてもらってもいいはずだ。
フィデルは手際よく家具の裏なども確認していた。ベッドの中もシーツをはがし異物が入っていないか見るという程の念入りさだ。
荒れたベッドをメイド長が直そうとしたが、本人が手際よく戻していた。
きちんと元通り、戻せるのかとグレースは感心した。メイド長もあら、と声をあげるほどの出来上がりのようだ。
「グレース様、ミラはちゃんと教育されているんですか?」
「そうみたいね」
意外というほかない。元は男性であるということを思えば、違和感なく振舞えるというのはそれだけですごい。
淡々と確認を済ませ、フィデルはグレースに向き直った。
「今のところ、異常はありません。
棚の中、開けたいんですが、ご一緒に確認していただけますか?
記憶とずれているところがないかといつも入れているものではないものが入っていないか、というのは私にはわからないので」
グレースは机の中に見られてはいけないものがあるか少し考えた。
「私用の机の中は自分で確認するわ。
他は一緒に開けましょう」
そうしていつもと変わらないことを確認した。
「衣裳部屋も見るの?」
「可能であるなら見ておきたいんですが、男が見るのは気持ち悪いというのもわかるので……」
「仕事なのだから構わないわ」
「寛大な対応感謝します」
フィデルのほっとしたような顔に少しいらっとした。グレースが断るか嫌味でも言うかと思っていたのだろうか。
「店に男がいるだけでやだーっていう人もいるんで。同じ年ごろのとなるとやっぱり嫌ですよねーというのはわかります。俺も下着とか買うの見られたくない」
「……そこ見るの?」
「見ません。わかりやすい例えのつもりでした。
ただ、素肌に着けるものは毒や針など気を付けてください。そこまで入り込まれてはいない、と判断されていますが自衛は大事です」
「心に留めておくわ」
生真面目に忠告してくる。この忠告にメイド長ははっとしたように、全て調べなおしますと請け負った。
そちらはメイド長に任せて、グレースとフィデルは普通の服のほうを調べておくことにした。
「お姫様のクローゼットは壮観ですね。
うちの衣裳部屋でもここまでは華やかじゃない。いくつか着替えてみません?」
フィデルはそういっていくつかの服を勝手に選んでいる。
「ちょっと」
「メイドの楽しいお仕事ですよ。主人の衣装選び。
ほら、これなんて、ど……」
急に途切れた声。見ればフィデルは一つの箱に視線を止めていた。
それは鏡台にぽつんと置かれていた。
例の手袋が入っている箱だ。外に出していないはずなのだが、誰かが仕舞い忘れたのだろう。
「あの、これ」
「ああ、あなたの家から贈られたものなのよね。大事に使っているわ」
グノー家から贈られたものなのだから、フィデルも知っているはずだろう。そう思っていったのだが、彼はひどく驚いていたようだった。
「……ああ、君だったんだ」
「どういう意味?」
「これに合わせるのいくつか考えないとな。貴婦人も手袋持ち歩く習慣があればいいんだけど」
グレースの問いに答えず、フィデルは衣装に手を伸ばしていた。
「俺、思うんですけど、グレース様、もっと似合う服着てください。なんかこう、微妙にあってないっていうか、オーダーメイドなはずなのに採寸ズレがあるっていうか、腹立つ裁断があるっていうか」
「……あの、フィデル殿?」
「ミラ、です。
ここにいる間、俺が衣装係です。燃えてきました」
い、意味が分からない。ドン引きしているグレースにフィデルは気がついていなさそうだった。
護衛といえど、メイドほどの近さに男がいるということを知られるのは外聞が悪い。グレースにはまだ婚約者がいる。
「それでなにから始めることにするの?」
「一応何もないと思いますけど、部屋をあらためさせてもらっていいですか。本来は女性がやるのがいいと思うんですけど、人を呼べないので」
「そうね」
グレースは許可した。今のところなにもないが、それは専門家でもないグレースの視点だ。護衛任務も行う騎士の目での確認もいるだろう。
脅迫状も襲撃された件も口止めされている。邸内でもほとんどの者が知らない。
婿に来るはずの王子からのとばっちりを受けている、というのは、公表してもいいことはない。今後も友好的に、かつ、相手に恩を売るかたちで付き合いたいとなれば、抗議はすれど公表はせずになる。
脅迫するものたちも、本気で他国を相手する気はない。ただの牽制。
グレースはため息をついた。
そのしわ寄せはグレースと侯爵家に。悪いと思うから、王家直轄の騎士団から人をよこしたというところもあるだろう。近衛ではない、というのは目立ちたくないという意図も透けているが。
片付いたあとは見返りを要求するつもりだ。とりあえず、今後、政略結婚はお断りと言っておくつもりである。あるいは、王妃と相談の上、国王の側妃として入るのも悪くない。王の女に手出しをしようとする馬鹿者は少ないはずだ。もちろん、王とは白い婚姻である。面倒な求婚者が来れば、ちゃんと断ってもらう。それくらいしてもらってもいいはずだ。
フィデルは手際よく家具の裏なども確認していた。ベッドの中もシーツをはがし異物が入っていないか見るという程の念入りさだ。
荒れたベッドをメイド長が直そうとしたが、本人が手際よく戻していた。
きちんと元通り、戻せるのかとグレースは感心した。メイド長もあら、と声をあげるほどの出来上がりのようだ。
「グレース様、ミラはちゃんと教育されているんですか?」
「そうみたいね」
意外というほかない。元は男性であるということを思えば、違和感なく振舞えるというのはそれだけですごい。
淡々と確認を済ませ、フィデルはグレースに向き直った。
「今のところ、異常はありません。
棚の中、開けたいんですが、ご一緒に確認していただけますか?
記憶とずれているところがないかといつも入れているものではないものが入っていないか、というのは私にはわからないので」
グレースは机の中に見られてはいけないものがあるか少し考えた。
「私用の机の中は自分で確認するわ。
他は一緒に開けましょう」
そうしていつもと変わらないことを確認した。
「衣裳部屋も見るの?」
「可能であるなら見ておきたいんですが、男が見るのは気持ち悪いというのもわかるので……」
「仕事なのだから構わないわ」
「寛大な対応感謝します」
フィデルのほっとしたような顔に少しいらっとした。グレースが断るか嫌味でも言うかと思っていたのだろうか。
「店に男がいるだけでやだーっていう人もいるんで。同じ年ごろのとなるとやっぱり嫌ですよねーというのはわかります。俺も下着とか買うの見られたくない」
「……そこ見るの?」
「見ません。わかりやすい例えのつもりでした。
ただ、素肌に着けるものは毒や針など気を付けてください。そこまで入り込まれてはいない、と判断されていますが自衛は大事です」
「心に留めておくわ」
生真面目に忠告してくる。この忠告にメイド長ははっとしたように、全て調べなおしますと請け負った。
そちらはメイド長に任せて、グレースとフィデルは普通の服のほうを調べておくことにした。
「お姫様のクローゼットは壮観ですね。
うちの衣裳部屋でもここまでは華やかじゃない。いくつか着替えてみません?」
フィデルはそういっていくつかの服を勝手に選んでいる。
「ちょっと」
「メイドの楽しいお仕事ですよ。主人の衣装選び。
ほら、これなんて、ど……」
急に途切れた声。見ればフィデルは一つの箱に視線を止めていた。
それは鏡台にぽつんと置かれていた。
例の手袋が入っている箱だ。外に出していないはずなのだが、誰かが仕舞い忘れたのだろう。
「あの、これ」
「ああ、あなたの家から贈られたものなのよね。大事に使っているわ」
グノー家から贈られたものなのだから、フィデルも知っているはずだろう。そう思っていったのだが、彼はひどく驚いていたようだった。
「……ああ、君だったんだ」
「どういう意味?」
「これに合わせるのいくつか考えないとな。貴婦人も手袋持ち歩く習慣があればいいんだけど」
グレースの問いに答えず、フィデルは衣装に手を伸ばしていた。
「俺、思うんですけど、グレース様、もっと似合う服着てください。なんかこう、微妙にあってないっていうか、オーダーメイドなはずなのに採寸ズレがあるっていうか、腹立つ裁断があるっていうか」
「……あの、フィデル殿?」
「ミラ、です。
ここにいる間、俺が衣装係です。燃えてきました」
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