守りの手袋

あかね

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守る約束

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 フィデルは宣言した通り、その場で服を選んできた。淡い青のワンピースと腰帯はそれより濃い青、髪に編み込みするという白いリボン。ネックレスは小さい赤い石がついたもの。
 どれもグレースなら選ばないような色合いだった。ほぼ死蔵品である。さらに白い手袋も添えてあった。

「似合わない」

 そういって抵抗するグレースだが、フィデルはどうしても着せたいらしく、お付きのメイドたちも仲間に引き入れ、泣き落としをはかった。
 あきらめて着替えたが、意外と似合った。
 細身でも華奢でもないからと曲線が出るような服は着ないようにしていたが、思ったよりすっきりと見える。
 もっと言えば痩せているように感じた。

「お嬢様、素敵です」

 年も近いから少し気安いメイドが嬉しそうだった。そう言えば彼女は、もう少し、明るい色を着ましょうと時々提案してくれていた。

「なかなか見る目のあるメイドのようですね」

 メイド長も少しばかり感心しているようだった。そう言われればグレースも少しは見栄えもよくなかったかと嬉しく思う。
 だが、フィデルがそうでしょう、そうでしょうと頷くのが鬱陶しい。

『お嬢様、きれい』

 さらにメモに書いてわざわざ見せてくるその気持ちがわからない。

「今までの服がお似合いにならなかったというわけではございませんが、今のほうがよりお嬢様向きです」

 メイドたちは服に関してちょっとした意見をくれることはあってもここまで踏み込んだことを言うことはなかった。

「そ、そうかしら」

「では、今後はミラに相談して決めます」

 確定していた。そ、それはちょっとと思ったが、メイドたちの熱量を感じた。
 グレースはなんだか気合い負けして頷くほかなかった。
 そうこうしているうちに気がつけば日が沈みそうになっており、メイドたちは慌てて自分たちの仕事に戻っていった。
 残されたグレースは疲れた気がしてどさっと椅子に座った。メイド長も安心しているのか、グレースとフィデルの二人で残された。
 安心するのが早すぎるのではないかとグレースは思ったが、安心できない相手が護衛というのも嫌だなと考え直した。

 フィデルは言われたわけでもないのにお茶の準備を始めた。優雅ではないが手慣れた仕草に見える。

「なんだか、お嬢様を着飾りたいけど、あまりお好きではなさそうだし、無難な感じと言われるから遠慮してたみたいですよ。
 婚約者もいるし浮ついた格好もしたくないって話でしたけど、今は、ちょっと目立ってもらいたいのですみません」

「……なんで目立つのがいいの」

「相手方はこっそり、嫌がらせしたいんですよ。深刻な国家間の問題にならない程度の。どの王子が後継者になるにせよ、お隣なので関わらねばなりませんし。そのあたりはグレース様の方がご存じだともいますけど。
 もう、嫌がらせされた時点で国際問題突入なんですが、その考えなさそうなので過激派が勝手にやらかしてるといったところなんだと思います。自陣営にそういうの抱えると頭痛いでしょうね。まあ、止められてもいないということは女性一人傷ついたところで、というところかなって。腹が立ちます」

「まあ、あちらは女性の侯爵なんてありえないというお国柄だから」

 つまりこの国よりも窮屈だということだ。グレースは嫁げと言われなくて幸いである。

「というわけで、目立ってそこにいるのがわかるとこっそり襲撃はあまりできなくなります。
 ところが別の問題がありまして」

「なにかしら」

「目立った襲撃の的にはなります。なりふり構わん、というやつですね。
 他国でそこまで暴れるバカじゃないといいんですけど、王太子が選ばれる最終局面ではありえます。嫌がらせってやつですね」

「他国の王を悪く言いたくないけど、統率取れなさすぎじゃない?」

 グレースは誰にも言ってなかった愚痴をつい口にしてしまった。

「病床といえど、何とかしてほしいものだわ」

 本来なら妃殿下が頑張るところなのだが、事故死された王太子は妃殿下のご子息だった。一人だけのお子でそう簡単に気持ちを切り替えられないだろう。
 王としても後を任せていいと考えていた息子が亡くなったのだから失意に沈んでもいい。
 が、王として仕事もしてほしいところだ。それを言うのは冷酷だが。

「まあ、都合よく、なにもしない、とも言えますけどね」

「それも、そう」

 つけ入る隙がある。次期国王に恩を売っておくのは悪くない。元々、後継者の争奪戦になるというのは、王太子以下はそれほど勢力に差があるわけでもなかったからだ。今はグレースの婚約者が一番有力候補になりつつあるが、それも後ろ盾があってのもの。婚約しているからという建前で他国の力を借りてようやく決着をつけられる。
 永続的な貸しをつけるのは無理でも、短期的な取り立てはできる。小娘一人と国家の利益、比べるべくもない。ただ、巻き込まれたくはなかった。グレースは心底そう思う。

 目のまえにお茶を差し出されて、グレースはそのまま飲んだ。ちょっと渋いがまずくはない。客には出せないかもしれないが、グレース本人が飲むなら文句を言うほどでもない。
 意外そうにフィデルに見られていたことにグレースは気がつかなかった。

「とりあえずは元気で平気そうなそぶりをして煽っておくわ。何事もない風にというのが、腹立つでしょうし。
 明日、外出するので通達しておくように」

「仰せのままに。
 あ、どっちの俺がいいですか?」

「騎士で来なさい」

「承知しました。
 馬車をご用意します。徒歩は現地で少しだけでお願いしますね。うちで目立たない男少ないんですよ。大きいか体格が良すぎて平民っぽく近くに紛れ込ませるの無理なんで。無難そうな数人しか配備できません」

「……心に留めておくわ」

 確かに、騎士団の護衛として見かけるのは大柄な者が多い。あれはそこに護衛がいると威圧するのが目的なので問題ないらしい。隠密行動と真逆である。

 フィデルは護衛に回っている騎士には出かける予定は伝えるが、他のものには言わないようにグレースに依頼した。
 当日、思い立ったように出かけたほうが安全であろうという考えからだ。

 言いたくはないが、騎士でも他国とつながっている可能性はなくもない。この外出で念入りな襲撃があったとしたら、騎士が怪しいと思って構わないと。さらに何もないからといって信用しすぎないようにとさえいう。

「なんだか、自分だけ信用しろといっているみたいね」

「この件は誰が味方で誰が敵かなんてのがよくわかってないみたいなんで、こういう注意になってしまいますね。一応、私は隣国とは血縁的付き合いもない立場ではありますし、ながーく続いている家の出身なんで信用されてここにいますけどね。
 私も決して裏切らないとは言えません。そんなつもりなかった、で、裏切っちゃうことも世にあります」

 達観したようにフィデルは告げる。

「ですが、誠実ではありたいと思います。
 グレース様をきちんとお守りしたい」

「……頼むわ」

「ええ、頼まれました」

 軽く請け負われたことの重さをグレースが知るのはもう少し先のことだった。

「では、今日は下がらせていただきます。
 一人部屋もらったんでちょっと偽装を」

「部屋?」

「通いのメイドなんていないでしょ?」

 その通りだった。
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