守りの手袋

あかね

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信頼の厚み

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 フィデルが姿を現したのは、夜会の前日だった。
 お届け物がありましてと大きな箱を持参していた。小さい箱は侯爵宛てらしくそちらは執事に頼んでいる。

 ミラとしては毎日顔を会わせてもフィデルと会うのは久しぶりである。グレースは少しそわそわした。お茶のご用意をしてまいりますねとメイド長がわざわざ部屋を出て扉を閉める。
 思わず二人で扉を見てしまった。
 未婚男女を二人きりに、さらに、片方はまだ婚約中だ。
 メイド長からフィデルへの信頼が厚すぎる。彼はさっさと扉を半端に開けに行った。

「ずいぶんとネコイチロウを気に入ったようですね」

 部屋に置いてあるぬいぐるみに目を留めてフィデルは言った。今日はそこにいるが、屋敷内でも持ち歩いているため、ミラの姿の時も目撃しているはずである。その時は何も言わなかったなとグレースは内心首をかしげる。

「いざとなれば盾にしていいんでしょう?」

「うにゃ!?」

 びくっとネコイチロウが反応した。
 フィデルが、え? という表情で、ネコイチロウを凝視している。

 もしや、動いて話すのをしらないのでは? とグレースは思い至った。

「……わぁ、ぬいぐるみがうごいた」

 グレースはぎこちなく驚いてみたが、何事もなかったかのようにフィデルはネコイチロウを掴み上げた。

「ネコイチロウ、いつから、話できんの?」

「うむ? おぬしが不在になって七日くらいたったとき。
 拙者の活躍をみせてやりたか……、……様が許可されたのだよ」

「あいつは……」

 そうつぶやいてフィデルは先ほど開けた扉を再び閉じた。なお、ネコイチロウは掴んだままである。ぷらーんとしている。

「こいつは自己紹介なんてしなかったでしょうから、改めてご紹介します。
 ネコイチロウ。母が作ったぬいぐるみに憑いた精霊です。本性は風。ひとところにとどまるなら、なにかに憑かねば遠く去っていきます。破損はいいですが全壊すると回収不可能です」

「回収って、拙者、戻ってくるぞ。努力するよ」

「といって数年というのが、精霊感覚なので覚えていてください。すぐ、ってのは、一月後、というのも珍しくありません。
 護衛期間が終了したら、回収します」

「拙者、御屋形様に仕えるのではないのか!?」

「貸出だよ。外に出せるわけないだろ」

「我が主だと思って誠心誠意お仕えしておるのに!?」

「支払いはするから、どうか、置いて行ってくれないかしら」

 グレースはネコイチロウが可哀そうになってそういう。きらんと光った眼を見て作戦かと思わなくもないが、別にいて欲しいのは間違いないのでそのままにした。
 フィデルはネコイチロウとグレースを交互に見てため息をついた。

「家族に確認を取ります。
 ネコイチロウ、大人しくしているんだよ?」

「御屋形様の前でしか動いておらぬよ」

「ほんとかよ」

「あ、御屋形様のお父上のところでも話をした」

「……あー」

 頭脳派と主張するリスサブロウのほうが良かったと言いながら、フィデルはネコイチロウをグレースに渡した。
 ぎゅっと抱き着くネコイチロウ。

「うちの子になれるよう説得してみせるわ」

「御屋形様っ!」

 感動したような声のネコイチロウ。

「扉開けますね」

 フィデルはちょっと呆れたような風だった。 


 フィデルが扉を少し開けてからしばらくして、メイド長は戻ってきた。
 お茶もそこそこに届け物の検分を始める。有事対応のドレスということで、王家経由でやってきたものらしい。

 青のドレス一枚。それより薄い色の乗馬用のズボンがあった。それから編み上げのブーツ。先端だけ見ればドレスに合わせる靴と同じように見える。ドレスの下に着けるパニエも小ぶりで邪魔になりそうにない。
 腰のあたりに花を模した大きな飾りがあり、その下から布がふわりと広がっている。
 布地は光が当たると反射して煌めく。

「ちょっと型が古かったんですが、手直しでどうにかいけました。
 軽いので走れます。試着していただいて、直すところがあるか確認してください。直しはミラが請け負いますので」

 あくまでフィデルはお使いで、直しはしないという立場らしい。
 試着を待たず任務完了ということで立ち去ろうとしたフィデルをグレースは止めた。

「欲しいものはある?」

 怪訝そうに見返されてグレースは言葉が足りなかったことに気がつく。気が急いてしまったのだ。

「手袋のお礼よ。あなたの分だったのでしょう?」

 フィデルは口を開きかけて、一度閉じた。それからにこりと微笑むがグレースは何か寒気がした。

「……そうですね。
 一緒に夜会に参加してくれますか?」

「え、ええ」

 護衛が一緒に来ないとはグレースは思っていなかった。だから、その言葉をそのまま受け取った。
 当日、まったく、予想外の結果が待っているとは想定してなかったのである。


「……腹立つくらい可愛いわね」

 当日、グレースの前に現れたのはフィデルではなかった。

『お嬢様も素敵ですよ』

 輝く笑顔のミラは控えめながら上質とわかるドレスを身にまとっている。
 グレースと色違いだった。昔、舞台衣装として製作依頼を受けて試作していたもので三着ほど色違いであったらしい。舞台衣装だったので、おかしな機能もついている。
 大きな花からリボンを抜くとしたのスカート部分が外れる。乗馬服でとても活動的になれるだろう。

 そんなものを使わないで済むならいいが、とちらりとも一人の連れを見上げた。
 着慣れない服なのか首元をしきりに気にしているクリスがいた。ミラの大きさをごまかすためにはもっと巨大な男をという謎理論で連れてこられたらしい。確かにミラが普通のご令嬢サイズに見える。グレースは小柄で華奢なように見えなくもない。
 いつもよりも、きれいではあるように思えた。ただ、周囲がほめ過ぎてグレースは疑心暗鬼になってしまう。
 父が、母さんに似てるとショックを受けていたのもなんだか腑に落ちない。この場合のかあさんはグレースの祖母である。

 深く考えても今更何も変わらないかとグレースは気を取り直した。

「行きましょう」

 いざ、夜会という名の戦場へ。
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