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二人と一匹
秘密は誰にでもある
しおりを挟む「聞いているかい」
「拝聴しておりますです」
ナキは厨房でなぜか居住まいを正して、料理長という名のおば、お姉様の前にいた。
朝食が終わりたての現状、なぜ、睨め付けられているのか全くわからない。今日もおいしい雑穀パンとスープで、特別冷遇されていた気もしない。
なんならスープの肉片が多いくらいで贔屓されてることを実感したくらいだ。
彼女の怒りを感じてか厨房にいた料理人や手伝いがこそこそと逃亡し、ついに残ったのは2人きりであった。
「おまえの連れの毛むくじゃらはどうしたんだい?」
「え、気まぐれに散歩ですよ。だいたい、食堂にも厨房にも寄せるべからず、といったのはそちらじゃないですか」
「当たり前だよ。あんなのにうろちょろされては気が散る」
なお、彼女はとても動物好きだ。外では相棒にでれでれしていたことをナキは知っている。指摘はしないが。
だから、これはなにか意図があると大人しく拝聴している次第だ。それとも相棒はへまやらかしたんだろうか。彼女の逆鱗に触れるようななにか。
いや、でも、お腹出して媚びてたから、それはないと思う。ナキが内心首をひねっていると料理長がずいっと寄ってきた。
「……洗濯場から猫の毛が出ると苦情が出ている」
小さな声で、それを告げられた。
「へ? え? ご、ごめんなさい? そんなとこなんで行ったかな……?」
猫というより野生動物の常として水に濡れるのはお断りなのだ。もっともあれは猫ではないので、獣臭もないし、汚れもしないが、なぜか抜け毛だけする。
季節の変わり目などあまりにも抜けるので、毛玉を入れてお守りとして売ろうかと魔が差したこともあるくらいだ。
「……客人から」
ばれてら。
ナキは冷や汗が背中を伝うのを感じた。昨日の今日で、ばれてる。
「伝えられるなら、伝えて欲しい。今日からは、食事をとらないように。なにか、差し入れを用意する」
「……は?」
「鈍い男だね。あの毛玉にもおやつを用意してやろうと言う話だよ。話は終わりだよ、唐変木」
えーと思いながらもナキは厨房から追い出された。
つまり、料理長は彼女の存在を知っている。確かに食事などの管理も料理長の管轄だろう。黙ってひとり分は増やせない。もし、秘密であっても一回や二回で済むものでもないのだから、気がつくだろう。
それにそれなりの待遇をしていれば、洗濯物くらい出てくる。通常の洗濯ものならいざ知らず、この砦に似つかわしくない若い女の服が出てくればそりゃあ怪しむだろう。
いつの世も女の噂話は神速だ。相棒など、砦に来て一時間後にはちやほやされていたのだから。
つまり、彼女たちはワケありの女性の存在をかぎつけている。そして、兵士たちはそれに気がついていない。そもそも彼女の存在を知っているのがどれほどいるのか不明である。極秘扱いなのは間違いない。少なくとも砦の外にいることは知られたくないのだろう。
あんな場所に隠しておくくらいなのだから。
ナキには全く理解できない行動原理である。
本人の話によればこうなった理由は求婚を断ったからと言うことらしい。それだけで、こうなるとはあまり思えない。他にも何かあるのだろう。初対面の人間にぺらぺら話したりしないだろう。
理由、詳細は不明ながら、彼女はどこかからやってきて牢獄の中に居る。
「いったいどこから?」
砦に入った馬車の噂をナキは思い出してみた。
既に閉じた東門を開けさせて馬車はきた。
「……あ」
そっちは隣国だ。簡単過ぎる答えに拍子抜けするほどだった。ここから先は国境で、ご令嬢なんているわけがない。
理由はともかく他国のご令嬢をさらってくる、なんて、事件である。身分があっても非難されるべき事柄だろう。いや、身分が高い方がよりこき下ろされるに違いない。
その上で、牢獄に閉じ込めると。
「やっべぇやつじゃん」
思わず、口をついて出た。
国内の貴族間でやらかしても非難の的になるのだから、もう少し外装整えるべきだ。
これが表沙汰になると彼女の身分にもよるが国家間での話し合いになるだろう。場合により多少の小競り合いくらいは覚悟がいる。下手をすると、好戦的な帝国が打って出る理由にされかねない。
ただの痴情のもつれなんてことばではどうにもならない。
いやいやいや、きっと気のせい、間違い間違い。
ナキは頭を小さく振って、そう思い込む事した。きっと、彼女以外が納得済なのだろう。そうに違いない。
女性の部屋を覗くというのはさすがにと思ったので、ナキは彼女の姿を知らない。白い荒れていない指先だけが知っているもの。家事労働など知らないような美しい手はこの世界ではお目にかかったことがない。
あれは本物のお嬢様だとナキが気がつくには十分だ。
相棒がなんだか気に入ったらしいのは正直参った。
あれは美人が好きだ。それも、気が強そうな人が、自分でとろりと溶けて子供みたいに笑うのが一等好き。
牢屋の中身はおそらく極上の美女である。それも気丈で、気の強い。
そんな彼女が、現状に甘んじているであろうか?
困ったなぁ。
そう思い悩みながら昨日と同じ場所まで歩いてきた。今日は隙間だけがぽっかりと空いている。
今は、雨など降っていないが雨が降ったら流れ込みそうだなとふと思う。地面より少々上とは言っても拳一つ分くらいの気休めだ。
すきま風というよりも豪快な風も吹き込みそうだし、何より色々な虫やら小動物も入り込みそうだ。
正しく、牢獄である。
どうせなら上の上等な部屋に入れて置けばよいのに。隠すにしても頭が悪い。
「こんにちは」
ナキはその隙間の側に座ってからそっと呼びかける。
返答はすぐにはなかった。
「にゃ」
「おまえのせいで即効ばれたから。服毛だらけにすんな」
「にゃあ!?」
ナキは頭だけを出してきた白猫の首根っこを掴み引きずり出す。
ぷらんと吊される相棒は不満顔だ。
「彼女は?」
「にゃ!」
「朝は食べた?」
「うにゃ」
「ああ、朝が弱い人種……。僕が苦手な人たちだ。お昼はまだ来てないかな。じゃ、ちょっと呼んできて」
「うにゅ」
了解! と言った風に白猫は隙間から下へと身を躍らせる。隙間よりも、相棒の方が実は大きいのだがあのあたりどうしているのだろうかと微妙に気に掛かる。
少しも汚れない白い毛が隙間に引っかかっている。抜け毛の季節を感じた。
「おはよう」
寝ぼけたような声が、ひどくかわいい気がした。無防備なあくびが一つ。相棒はすっかり彼女を骨抜きにしたらしい。
「おはよう。今日からしばらく、食事はしない方がいいと厨房からの忠告。なんか、入れられてるのかも」
「……そう。でも、なぜ、厨房から?」
「見てないかもしれないけど、この砦にも女性はいるよ。洗濯婦とか、料理人とかは女性ばかりだね。掃除なんかも男に任せてられないとばかりに兵士も追い立てられてる」
中からくすくす笑う声が聞こえてきた。想像してみたのだろうか。あれはやられると情けない気分になる。しかし、自分の母親ほどの女性には色々言いづらいらしい。それも片付いていないとか部屋を汚しているとかそんな理由で叱られるという。
しかも秘蔵コレクションまで発見されるにいたってはトラウマものだろう。
「君がいることには気がついている。それもワケありで、閉じ込められていることも。
たぶん、不利になることはないと思う」
彼女たちなりにきな臭さを感じているのだろう。真っ当なことをしていないと。
「でも、困ったわ。お水をいただきたいのだけど」
「うーん。水ねぇ」
ナキは、小さく呟いた。
「疾く来たれ」
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