婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね

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二人と一匹

殺害計画

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 ナキはざくりと切った赤毛を手にしていた。

「この人形に入れ込むと同じ形になるって話」

 この人形と出されたのはたたせても腰程度の高さしかないものだった。顔も髪もなく、人の形はしているが、起伏は全くない。性別を示すようなものもなかった。素材は柔らかいがゴムなどではないらしい。
 ナキが少々の無理をして異界から召喚したもの。使い捨てにするには恐ろしく高かった。貯金どころか借金が出来るくらい高かった。

 それでも彼女を連れ去って、ここを空っぽにしておくわけにはいかない。そんなの追ってくださいと言っているようなものだ。
 疑いようもなく、ミリアルドは葬りたい。

「ここら辺かな」

 胸のあたりに手にしたミリアの髪を押し込んでいく。粘土のように手が入り込み、気持ち悪いという顔でナキは押し込んでいる。
 全て押し込み、手を離せば大きく姿を変えていく。ミリアに似て。しかし、服は着ていない。
 ナキは慌てたように視線を逸らした。

「で、服着せたいんだけど。ど、どうしよう。み、見ちゃダメだよね?」

「……そうね。私がするから壁を見なさい」

「はい……。夢に見そう」

 ナキが思わず呟いた言葉は黙殺された。にゃあと白猫も隣に座って壁を見る。
 しばしの間がとてもきまずい。

「……できたわ」

「そ、そう。それでね。かわりにベッドにあげたいんだけど、抱き上げてもいい?」

 本人にそっくりの人形を抱き上げるのだからとナキは許可を求めた。
 少し振り返れば、彼女は微妙な顔で肯いた。同じ顔が二つそこにあるのはひどく奇妙で、ぞわりとするほどに異様だった。

 黙って人形のほうを抱え上げる。お姫様だっことも思ったのだが、人のようにというよりもののように扱ったほうが心穏やかな気がした。

「なにか生きているみたいに温かくて気持ち悪いわ。本当に人形?」

「という事らしいよ。僕もちょっと扱うの初めてだから」

 ナキとしては自我と意識はついておりません。よく似た形のモノですと注意書きがあったのを信じるしかない。
 これをいったいどうするつもりで普通の人は買うのだろうか。
 いや、そもそも普通の人は買わないだろう。

 ナキはミリアに詳細の説明は伏せた。それをするとどうやって入手したのかという話をしなければいけない。そこまで言う気はなかった。

 気持ち悪いといった言葉通りにミリアはそれを見ていた。小さく頭を振ってから彼女はナキに一つの小瓶を渡す。

「毒よ。これを飲めば、誰も触れないと思う。たぶん」

「そんなヤバイものなの?」

「白の接吻と言って、王族の女性が持つことが多いわ。保険みたいなもの。
 身を汚されるよりは、死を選ぶときに使うの。速やかに死んで、その身は毒になるからだれも触れないでしょう? 死んだあとも死体を嬲られるなんて、最悪」

「……そう」

 つまり、死んだあとですら触るなよっ! ということか。ナキはこれ以上、つっこむことをやめた。
 どれほど嫌われているのだろうか。

 ナキは人形の手の内にそれを握らせ、下準備はできた。この人形は高いだけあって、簡単なことならば遠隔操作で指示ができる。自立式はさらに高い上に、させることへの罪悪感が上乗せされそうなので除外した。

「じゃ、相棒、外で」

「うむ。不埒なまねをするでないぞ?」

「しません」

 ナキは呆れた顔でしっしっと白猫を追いやる。
 にゃあと猫は鳴いて外へと消えていった。

「さて、エスコート役には向かないかもしれないけど。お手をどうぞ」

 ナキが差し出した手をしばしミリアは眺めていた。それから、おずおずと重ねられた手は、思ったより冷たかった。

「じゃ、行こうか。ここから先は、無言でいること。そうでないと外に出れる保証はない」

「わかったわ」

 彼女は言いつけをきちんと守ってくれた。一部、腕にしがみつかれたのは、ナキにとっては役得ということにしておく。

 ナキは外に出る頃には別の意味での疲労をしていたのだが、彼女には知られていないと思いたい。

「で。この先は、クリス様にお任せ。はい、荷物。
 設定は、憶えたよね。多少不快かもしれないけど、僕が行けるまでそれで通して」

 裏門近くの草むらで、ナキはミリアと別れることにした。鍵は開いている。門の外にいるものは、少々眠ってもらった。
 これは白猫の仕業なのだが、彼女に言うこともないだろう。

「ありがとう。でも、この先は1人でも」

「さっさと売却されるから、僕の平穏のためにやめて。その後の身の振り方は相談に乗るよ。どこか良い雇用先とか修道院とか行くなら止めないけど」

「うむ。我が見張っているので、ナキはうまくやるように」

「はいはい。クリス様は例のヤツは?」

「我が演技力を見よというところだな」

 自信満々なところが逆にナキは心配になってきた。しかし、こればかりは他に頼めない。
 音もなく裏門が開き、その向こう側に先に白猫が進む。

「あの」

「なに?」

「屈んでくださる?」

「ん?」

 なにか秘密の話でもあるのかとナキは屈む。青い眼が少し、迷ったようで、少し心配になってきた。
 なに? と再びナキが聴こうとする前に、それは起こった。

「え」

「成功したら、ほ、他の場所にして上げてもよくってよ」

 頬を染めながら、そんな捨て台詞を残された。
 ナキは呆然とそれを見送ってしまった。

「え、ええ!?」

 頬に残る柔らかな感触。思わず手で触れて、はっと気がついた。
 慌てて扉を閉めて、再び鍵をかける。

 精神的に乱れると認識阻害系は途端に破綻する。さすがにここで色々ばれるのはまずい。見回りが終わったあとは速やかに部屋に戻っているはずなのだ。

「さぁて、明日、どうなるかな」

 そもそも明日くるのかね? 少々不安になったのも確かだ。


 予定通り来てくれて、良かった良かった。
 ナキは牢獄の中をうかがう。

 豪奢な金髪は皇帝の血縁の証らしい。ストレートの髪を肩で切りそろえてある。嫌味なくらい整った顔立ちから感情はあまり感じられない。おそらく、これが皇太子だろう。
 背後に面白くなさそうな顔のジャック(仮)が立っている。

「なんだ、この猫は」

「にゃ、にゃっ!」

 彼女の人形に近寄るなと言わんばかりに威嚇する白猫。
 ただし、その力の一部を譲渡したものでしかない。すぐに壊れる脆いもの。

「邪魔だ」

 白猫は軽く皇太子につまみ上げて放り出される。強い力ではないものの子猫には大変な力であった、と言う風ににゃうと鳴いてぐったりしていた。
 大根役者である。棒読みじゃないからいいけど、というレベルで。誰も見ていないのが幸いだ。
 ナキは吹き出しそうだった。さすがに上をみられるのはまずいのでどうにか飲み込んだが。

 それを見て彼女の人形の慌てて身を起こして、心配そうに白猫を見ている。遠隔操作をしているこちらのほうが、まだマシな気はする。
 皇太子を見据えてにらみつける。なにかいいわけをしているのは聞こえたが、ナキは詳細を聞く気はない。
 なんだかいらっとしそうだから。

 ナキはそれを無視して、人形の動きを操作する。
 笑って、それから。

「ごめんね」

 人形は指示通りに毒をあおった。その満足げな表情にナキは罪悪感を憶える。彼女ではないが、あまりにも似すぎて殺してしまったような気にさえなった。
 ある意味、器そのものを壊してしまったのではあるが。

 あまり見たくはないが、結果を確認しないのも困った事になるだろう。

 聞いていた効果通り、吐血と指先から毒に染まり紫色になっていく。一部はただれていくと言うが、少々効きすぎではないだろうか。
 白い骨が、見えてる。

 ……グロテスク。耐性があっても吐きそうになる。

 そこまでがあっという間だった。室内では、喚く声が聞こえたが意味をなしていない。
 声は遠くなり、バタリと閉じた扉の音だけがやけに大きく聞こえた。

「さて、さて。今後はどうなるかな」

 ナキは青い顔のままに室内に手を合わせた。ただの人形とは言え、良く似たものを犠牲にしたのはやっぱり罪悪感がある。

「成仏してください」

「うむ? あれはモノだから、祟ったりはしないぞ」

「クリス様もそのまま出てこないで。首が曲がってて、気持ち悪い」

 もちろん吐きそうな意味で。
 白猫はふむと呟いて姿を戻した。

「町について、宿を取ってナキを捜索中ということになっている。しかし、追いかけてきた恋人というのも情熱的じゃのぅ?」

「……女の一人旅なんて不審そのものじゃないか。あー、はいはい、下心ありますよ」

「正直でよろしい。不埒な真似はゆるさんが」

「じゃあ、よろしく。これで、あの猫どこと聞かれなくて済むでしょ」

「まあ、面白くはないがしかたあるまい。ではな。ヘマをするではないぞ。相棒」

「そっちこそ」

 ナキは偽物の毛皮をそっと撫でる。それは空気に溶けるように消えていった。
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