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恋人(偽)と一匹
二人の答え合わせ 1
しおりを挟むミリアの今日の手伝い先は、雑貨屋で計算の間違いがないか確認して欲しいと言うことだった。1週分の売り上げを確認していくのはものの値段を知るにはちょうどいい。それに少しでも稼ぐのは楽しかった。
ミリアはそれを貯めて、ナキにきっちり借りた分を返そうと思っている。ただ、どのくらいかかるかというと全く予測もつかない。もうちょっと慣れたら、別の仕事も考えてはいる。
目立たないようにとナキにも白猫にも言われていたので、そのうちに、ではあるのだが。
まず、町の暮らしになれること。それが課題だ。
「終わりました」
ミリアは確認結果を店主に伝えに行く。
「おや。早かったね。今日はもうあがるかい? ちょっと店番とかしてみる? それならお昼出すけど」
そろそろ、昼食だ。
ミリアは小さく音を立てるお腹をさすった。朝あまり食べられないので、途中で空腹になる。
少し懐かしい感じがするのが意外だった。小さい頃は、いつもお腹が空いていた。それが普通で……。
「お言葉に甘えて……」
「ミリーいる~?」
表から声が聞こえてきた。
ミリアは思わず外へ視線を向けた。入り口に茶色の髪が見える。ミリアを見つけると小さく手を振った。
「おや、旦那さんが迎えにきたよ」
「え? い、いやですね。ま、まだそんなんじゃありませんっ!」
ミリアは頬が熱くなるのを自覚する。慌てて否定しても店主ににやにや笑われるだけだった。微笑ましいものをみるような視線も少しばかりいたたまれない。
恋人の振り、というのは、こんなにも言われるものなのだろうか?
ミリアの乏しすぎる経験では推し量れない。今まで読んだ恋愛本などの知識によればもっとこう、そっとしておいてくれるものと思っていたのだが。
「まだ、ね。ほら、行っておいで。店番は今度お願いしようかね」
「では、来週またきますねっ!」
ぺこりと頭を下げてからミリアは足早にその場を去った。
「どうしたの?」
「早く終わったから、一緒にゴハンとかどうかなって」
ナキを見れば、少し不自然に視線を逸らされた。先ほどの言葉が聞こえたらしい。照れたようにちょっとだけ頬が赤かった。
「そ、そう。珍しいのね」
昼に迎えに来ることは珍しい。なにかあったのだろうとは思うのだが。
なんだか気まずい。ミリアは店主を恨みそうになる。後ろを振り返れば、良い笑顔の店主が見えた。どう対応するのが正解か全くわからず、曖昧な表情のままに店を出ることにした。
ナキも少し困ってはいるようだ。
恋人な風であるが、偽物、である。間合いというものがあるのだ。
少しそのまま、道を歩く。おそらくは部屋へ戻ることになると思うのだが。ミリアが見上げれば、少しして気がついたようだった。
「招集の中身が、ちょっとね。どちらかの部屋で話したいんだけど、大丈夫?」
伺うような視線にミリアは首をかしげる。そう言えば、お互いの部屋に入ったことはない。部屋と言ってもベッドと机、椅子、クローゼットのようなものくらいしかない。おそらくどの部屋も同じだろう。
現在、逗留している貸部屋は長期滞在用の宿屋みたいなものと言っていた。貸部屋と宿屋の違うところは管理人が常駐している。小さな台所と食堂があるが、食事は出てこない。洗濯は自分でするか、外に頼むかになるそうだ。
宿屋の場合には食事の有無の選択ができるし、サービスで洗濯までしてくれるところもあるらしい。
「どちらでも良いわよ。中身一緒でしょ?」
「……そーだね。じゃ、椅子持ってそっちの部屋に行こうか。昼食は勝手に決めちゃったけど、いいかな」
「ありがとう。じゃ、どこかで飲み物、買わないと」
「そうだね」
それきり、会話が途絶えてしまう。この数日、目立ってきたこと。なにか話をと思うのだが、なにを話して良いのか思いつかない。
クリス様がいた頃はどうしていたのだろうか。ほんの数日前のことが遠いことのようだ。
妙な緊張感と気まずさをない交ぜにした時間。ミリアが隣をそっとみれば、見下ろされる視線をぶつかる。
「なに?」
「へ? どうしようかなって」
「なにを?」
「うーん。あとで」
ナキに曖昧に誤魔化されたような気がする。ミリアは、そう、と小さく呟いた。
二人が借りているそれぞれの部屋の前でナキと別れて、ミリアはふと気がついた。話をすると言うのは、密室で2人で、と言うことではないだろうか?
おそらく、他人には聞かれたくない話だ。この階には四室ある。ミリアの部屋は角部屋だ。ナキ側の隣室は昼間は真面目に働きに出るタイプの傭兵らしい。なんどか顔を会わせたことはあるが、礼儀ただしい感じの女性である。おそらく今日も仕事にでていないだろう。
つまり、どちらの部屋で話しても聞かれる心配はないと言うことだ。なお、残り一つの部屋の住人は夜の仕事をしているといるらしく会ったことはない。
ナキが微妙な反応だった理由にミリアは今更気がついた。ミリアは異性と話をするときには、礼儀として扉を開けておく、もしくは別のものが常に同席していた。その前提は覆る。
そう言えば、一度も、この部屋に入ってきたことは無かったように思う。もちろん、相手の部屋に行ったこともない。
扉を叩く音にミリアはびくっとした。平常心、と心で唱えながら、扉を開ける。
微妙に緊張したような面持ちのナキがそこにいた。想定通りではあるが、もう少しいつもの調子でいて欲しかった。
「えっと、おじゃまします?」
「どうぞ」
ぎこちなく、ミリアも招き入れる。ばたりと後ろ手に扉を閉めて、やってしまったとなぜか思った。
設定上、恋人なのだし、別に見られてもおかしくはないだろう。
設定上。というものがくせ者だとしても、今はそうするしかない。それを外すと今度は、どういう関係になるのか全くわからなくなる。なにを思っているのか不明なのが、一番の不安要素だ。
いっそ、体目的、とか言われた方がわかりやすくて良いかもしれないとミリアは遠い目をする。なお、それは一番最初に除外した。彼女を王国に連れて行って報奨金でも得たい、というわけでもない。
本当に、そこでミリアが困っていたから、死んでしまいそうだから、そんな理由だったりしそうで困る。
ナキは持ち込んだ椅子をどこに置いたものか悩んでいるようだった。結局、机の側に置いたようだ。
ミリアの部屋の椅子の対面になる。机一つ分が近いのか遠いのか判断に困る。向かい合うというのは少々恥ずかしい気もしてきた。
「お腹すいたね」
ミリアのちょっとした葛藤を知らず、ナキはがさごそと紙袋から昼食を出す。三つほど、葉にくるまれたものが出てくる。
葉に包まれた中身は、薄焼きのパンに具材を挟んだものだろう。屋台ではよく見かける。包まれている葉によって少々風味が違うらしい。
「食べながら話すって、行儀悪いって怒る?」
「怒らないわよ。私もお腹すいたし、話も聞きたいわ」
「良かった」
ナキは笑って、ミリアに一つ渡す。
ありがとうともにょもにょと返してしまったのは、屈託のないその笑顔に弱いせいだ。陰謀渦巻く王宮ではあまりお目にかからないものだ。だから、ちょっとキュンとしたのはそのせいである。
ミリアは葉のつつみを解くのに気が逸れている振りをした。
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