婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね

文字の大きさ
29 / 131
恋人(偽)と一匹

二人の答え合わせ 3

しおりを挟む
「どいつもこいつも、人をいいように使うことしか考えてない」

 ふふっとミリアは笑った。軽く語ったつもりだったが、振り返ればそうでもなかった。
 彼女は心底、怒っていたのだ。心を問うこともなく、望む答えだけを求められては人形のようではないか。
 隙と機会があれば嫌がらせの一つや二つしてやりたい。
 その意味では、皇子へは痛烈な嫌がらせだっただろう。トラウマを刻むが良い。元婚約者についてはミリアがなにをするでもなく、坂道を転げ落ちるように、状況が悪化していくだろう。

 なお、国にも国民にも、別に思う所はない。何事もなく穏やかに過ごしていただきたいとは思う。

「そっか」

 軽い声にミリアは我に返った。そう、今、一人ではないのだ。
 恐る恐る、視線を向ければ、机に頬杖をついたナキが見えた。その柔らかな笑みが意味するところが全くわからない。

「ミリアルドは、とっても頑張ったから、馬鹿にされたみたいで嫌だったんだ」

 労るような声に、ミリアは言葉を失った。
 足りないと言われる事があっても、頑張ったなんて言われた事はない。ぽろりと涙がこぼれた。

「え。あ、ちょっ」

「見ないで」

「はい」

 叱られた子供みたいにしゅんとした声だった。見ないでとうつむいたから、ミリアにはその表情はわからない。困惑や焦りのようなものだけは感じた。
 そこに苛立ちのようなものがなくてミリアは心底ほっとした。

 ミリアは誰かの前で泣いたことはほとんどない。それは彼女にとってはなんの役にも立たなかったから。
 どれほど泣いても、訴えても、母の痕跡は消され無かったものにされた。手に持っていた大事なものほど、無残にうち捨てられた。
 泣いても無駄なのだと。誰の心も動かしはしないと思っていた。

「その、ミリアは、よく頑張りました」

 大きな手が、ためらいがちにミリアの頭を撫でた。子供を褒めるようなそれはぎこちなくて、温かかった。
 それは今まで会った誰とも違うこと。ナキはそこまでなにか考えてはいないだろう。慰めなければという焦りだけを感じる。

 それでもミリアの中で特別だと、刻まれてしまった。

 言わず、秘めておくだけならば許してもらいたい。誰に言うわけでもないのだ。いいわけじみたことをひっそり考える。

 零れる涙はそんなに多くなかった。
 目元をぬぐい、顔をあげた。

 ほっとしたような表情のナキと視線があって。

「むっ。お邪魔だったかのぅ」

 のんびりとした声が、足下から聞こえた。

「ち、ちがっ! っていうか、扉叩くって教えただろっ!」

 慌てたように手が離れた。それは長い時間では無かったが、短くもなかった。
 ミリアは視線を下に下ろせば白猫がいた。いつものように顔を洗っている。ずっとここにいましたよといった風情なのが、心臓に悪い。
 いつからいたのだろうか。

「ちょっと頭突きのつもりが通り抜けた」

「……だから半物質生物は嫌なんだ……」

 がたりと椅子が軋んだ音を立てて、彼が立ち上がっていたらしいことに気がついた。座ったままでは確かに手は届かない。
 白猫を速やかに捕獲して、目線まで持ち上げている。猫はクビの後ろを掴むらしいと知識では知っていたが、そうするんだなと現実逃避ぎみミリアは思った。

 どこから見てたのだろうか。
 見られて困るようないかがわしいことはしていないが、していないけどっ! 頭を抱えたくなるような羞恥心はどこから湧いてくるのだろうか。

「では、時間を潰してくるから、続きをどうぞ」

 ぷらーんとぶら下がった猫が悟りきったような声でそう告げるとミリアはなんだか、死にたくなってきた。
 恥ずかしくて死ぬ、などと言うものが存在するとは思わなかった。

 なお、即、白猫はポイ捨てされた。意に介さずしゅたっと着地するあたりちゃんと猫である。

「本気でやめてくれ。ああ、もうっ」

「その、慰めてくれてありがとう」

 ミリアがそう言えば、眉をぎゅっと寄せられた。不機嫌そうな表情とは裏腹に耳まで赤い。おそらく照れている。

「別に。ちょっと、頭冷やしてくる。あー、ダメだ」

 少しふらついたような足取りでナキは部屋の外へ出て行った。廊下でなにかにぶつかったような音が聞こえて、ミリアは扉の向こうを確認するか悩んだ。
 おそらく、見られたくはないだろう、と判断して白猫に視線を向けた。

「……大丈夫かしら?」

「ダメであろうな。なにか進展でもしたのかの?」

「皇女様がお見合いですって」

「いや、そっちではなく」

「王国の方はどうだったの?」

 ミリアはとぼけた振りを押し通す。その件は話したくない。
 白猫は何とも言えない表情でミリアを見上げ、小さく頭を横に振った。

「……ナキが戻ってから話しをしよう。我も急いで戻ったのでな。少々疲れた」

 ミリアのベッドの上に飛び乗って丸まった。言われてみれば、少し毛皮に艶がないような気もする。
 考えても見ればたった数日で、国境から王都まで往復したのだ。早馬は別として通常あり得ない移動速度だ。
 ミリアはそっとしておくことにする。食事の後片付けを少しして、残された椅子をどうしようかと考えた。
 今、隣の部屋に行くのは気まずい。夕方に顔を会わせるときには、少し落ち着いているだろうからそのときに、と先送りにした。

「私はそろそろ、仕事あるからお留守番よろしくね」

 白猫は半分だけ目を開けてにゃあと鳴いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

処理中です...