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恋人(偽)と一匹
二人の答え合わせ 3
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「どいつもこいつも、人をいいように使うことしか考えてない」
ふふっとミリアは笑った。軽く語ったつもりだったが、振り返ればそうでもなかった。
彼女は心底、怒っていたのだ。心を問うこともなく、望む答えだけを求められては人形のようではないか。
隙と機会があれば嫌がらせの一つや二つしてやりたい。
その意味では、皇子へは痛烈な嫌がらせだっただろう。トラウマを刻むが良い。元婚約者についてはミリアがなにをするでもなく、坂道を転げ落ちるように、状況が悪化していくだろう。
なお、国にも国民にも、別に思う所はない。何事もなく穏やかに過ごしていただきたいとは思う。
「そっか」
軽い声にミリアは我に返った。そう、今、一人ではないのだ。
恐る恐る、視線を向ければ、机に頬杖をついたナキが見えた。その柔らかな笑みが意味するところが全くわからない。
「ミリアルドは、とっても頑張ったから、馬鹿にされたみたいで嫌だったんだ」
労るような声に、ミリアは言葉を失った。
足りないと言われる事があっても、頑張ったなんて言われた事はない。ぽろりと涙がこぼれた。
「え。あ、ちょっ」
「見ないで」
「はい」
叱られた子供みたいにしゅんとした声だった。見ないでとうつむいたから、ミリアにはその表情はわからない。困惑や焦りのようなものだけは感じた。
そこに苛立ちのようなものがなくてミリアは心底ほっとした。
ミリアは誰かの前で泣いたことはほとんどない。それは彼女にとってはなんの役にも立たなかったから。
どれほど泣いても、訴えても、母の痕跡は消され無かったものにされた。手に持っていた大事なものほど、無残にうち捨てられた。
泣いても無駄なのだと。誰の心も動かしはしないと思っていた。
「その、ミリアは、よく頑張りました」
大きな手が、ためらいがちにミリアの頭を撫でた。子供を褒めるようなそれはぎこちなくて、温かかった。
それは今まで会った誰とも違うこと。ナキはそこまでなにか考えてはいないだろう。慰めなければという焦りだけを感じる。
それでもミリアの中で特別だと、刻まれてしまった。
言わず、秘めておくだけならば許してもらいたい。誰に言うわけでもないのだ。いいわけじみたことをひっそり考える。
零れる涙はそんなに多くなかった。
目元をぬぐい、顔をあげた。
ほっとしたような表情のナキと視線があって。
「むっ。お邪魔だったかのぅ」
のんびりとした声が、足下から聞こえた。
「ち、ちがっ! っていうか、扉叩くって教えただろっ!」
慌てたように手が離れた。それは長い時間では無かったが、短くもなかった。
ミリアは視線を下に下ろせば白猫がいた。いつものように顔を洗っている。ずっとここにいましたよといった風情なのが、心臓に悪い。
いつからいたのだろうか。
「ちょっと頭突きのつもりが通り抜けた」
「……だから半物質生物は嫌なんだ……」
がたりと椅子が軋んだ音を立てて、彼が立ち上がっていたらしいことに気がついた。座ったままでは確かに手は届かない。
白猫を速やかに捕獲して、目線まで持ち上げている。猫はクビの後ろを掴むらしいと知識では知っていたが、そうするんだなと現実逃避ぎみミリアは思った。
どこから見てたのだろうか。
見られて困るようないかがわしいことはしていないが、していないけどっ! 頭を抱えたくなるような羞恥心はどこから湧いてくるのだろうか。
「では、時間を潰してくるから、続きをどうぞ」
ぷらーんとぶら下がった猫が悟りきったような声でそう告げるとミリアはなんだか、死にたくなってきた。
恥ずかしくて死ぬ、などと言うものが存在するとは思わなかった。
なお、即、白猫はポイ捨てされた。意に介さずしゅたっと着地するあたりちゃんと猫である。
「本気でやめてくれ。ああ、もうっ」
「その、慰めてくれてありがとう」
ミリアがそう言えば、眉をぎゅっと寄せられた。不機嫌そうな表情とは裏腹に耳まで赤い。おそらく照れている。
「別に。ちょっと、頭冷やしてくる。あー、ダメだ」
少しふらついたような足取りでナキは部屋の外へ出て行った。廊下でなにかにぶつかったような音が聞こえて、ミリアは扉の向こうを確認するか悩んだ。
おそらく、見られたくはないだろう、と判断して白猫に視線を向けた。
「……大丈夫かしら?」
「ダメであろうな。なにか進展でもしたのかの?」
「皇女様がお見合いですって」
「いや、そっちではなく」
「王国の方はどうだったの?」
ミリアはとぼけた振りを押し通す。その件は話したくない。
白猫は何とも言えない表情でミリアを見上げ、小さく頭を横に振った。
「……ナキが戻ってから話しをしよう。我も急いで戻ったのでな。少々疲れた」
ミリアのベッドの上に飛び乗って丸まった。言われてみれば、少し毛皮に艶がないような気もする。
考えても見ればたった数日で、国境から王都まで往復したのだ。早馬は別として通常あり得ない移動速度だ。
ミリアはそっとしておくことにする。食事の後片付けを少しして、残された椅子をどうしようかと考えた。
今、隣の部屋に行くのは気まずい。夕方に顔を会わせるときには、少し落ち着いているだろうからそのときに、と先送りにした。
「私はそろそろ、仕事あるからお留守番よろしくね」
白猫は半分だけ目を開けてにゃあと鳴いた。
ふふっとミリアは笑った。軽く語ったつもりだったが、振り返ればそうでもなかった。
彼女は心底、怒っていたのだ。心を問うこともなく、望む答えだけを求められては人形のようではないか。
隙と機会があれば嫌がらせの一つや二つしてやりたい。
その意味では、皇子へは痛烈な嫌がらせだっただろう。トラウマを刻むが良い。元婚約者についてはミリアがなにをするでもなく、坂道を転げ落ちるように、状況が悪化していくだろう。
なお、国にも国民にも、別に思う所はない。何事もなく穏やかに過ごしていただきたいとは思う。
「そっか」
軽い声にミリアは我に返った。そう、今、一人ではないのだ。
恐る恐る、視線を向ければ、机に頬杖をついたナキが見えた。その柔らかな笑みが意味するところが全くわからない。
「ミリアルドは、とっても頑張ったから、馬鹿にされたみたいで嫌だったんだ」
労るような声に、ミリアは言葉を失った。
足りないと言われる事があっても、頑張ったなんて言われた事はない。ぽろりと涙がこぼれた。
「え。あ、ちょっ」
「見ないで」
「はい」
叱られた子供みたいにしゅんとした声だった。見ないでとうつむいたから、ミリアにはその表情はわからない。困惑や焦りのようなものだけは感じた。
そこに苛立ちのようなものがなくてミリアは心底ほっとした。
ミリアは誰かの前で泣いたことはほとんどない。それは彼女にとってはなんの役にも立たなかったから。
どれほど泣いても、訴えても、母の痕跡は消され無かったものにされた。手に持っていた大事なものほど、無残にうち捨てられた。
泣いても無駄なのだと。誰の心も動かしはしないと思っていた。
「その、ミリアは、よく頑張りました」
大きな手が、ためらいがちにミリアの頭を撫でた。子供を褒めるようなそれはぎこちなくて、温かかった。
それは今まで会った誰とも違うこと。ナキはそこまでなにか考えてはいないだろう。慰めなければという焦りだけを感じる。
それでもミリアの中で特別だと、刻まれてしまった。
言わず、秘めておくだけならば許してもらいたい。誰に言うわけでもないのだ。いいわけじみたことをひっそり考える。
零れる涙はそんなに多くなかった。
目元をぬぐい、顔をあげた。
ほっとしたような表情のナキと視線があって。
「むっ。お邪魔だったかのぅ」
のんびりとした声が、足下から聞こえた。
「ち、ちがっ! っていうか、扉叩くって教えただろっ!」
慌てたように手が離れた。それは長い時間では無かったが、短くもなかった。
ミリアは視線を下に下ろせば白猫がいた。いつものように顔を洗っている。ずっとここにいましたよといった風情なのが、心臓に悪い。
いつからいたのだろうか。
「ちょっと頭突きのつもりが通り抜けた」
「……だから半物質生物は嫌なんだ……」
がたりと椅子が軋んだ音を立てて、彼が立ち上がっていたらしいことに気がついた。座ったままでは確かに手は届かない。
白猫を速やかに捕獲して、目線まで持ち上げている。猫はクビの後ろを掴むらしいと知識では知っていたが、そうするんだなと現実逃避ぎみミリアは思った。
どこから見てたのだろうか。
見られて困るようないかがわしいことはしていないが、していないけどっ! 頭を抱えたくなるような羞恥心はどこから湧いてくるのだろうか。
「では、時間を潰してくるから、続きをどうぞ」
ぷらーんとぶら下がった猫が悟りきったような声でそう告げるとミリアはなんだか、死にたくなってきた。
恥ずかしくて死ぬ、などと言うものが存在するとは思わなかった。
なお、即、白猫はポイ捨てされた。意に介さずしゅたっと着地するあたりちゃんと猫である。
「本気でやめてくれ。ああ、もうっ」
「その、慰めてくれてありがとう」
ミリアがそう言えば、眉をぎゅっと寄せられた。不機嫌そうな表情とは裏腹に耳まで赤い。おそらく照れている。
「別に。ちょっと、頭冷やしてくる。あー、ダメだ」
少しふらついたような足取りでナキは部屋の外へ出て行った。廊下でなにかにぶつかったような音が聞こえて、ミリアは扉の向こうを確認するか悩んだ。
おそらく、見られたくはないだろう、と判断して白猫に視線を向けた。
「……大丈夫かしら?」
「ダメであろうな。なにか進展でもしたのかの?」
「皇女様がお見合いですって」
「いや、そっちではなく」
「王国の方はどうだったの?」
ミリアはとぼけた振りを押し通す。その件は話したくない。
白猫は何とも言えない表情でミリアを見上げ、小さく頭を横に振った。
「……ナキが戻ってから話しをしよう。我も急いで戻ったのでな。少々疲れた」
ミリアのベッドの上に飛び乗って丸まった。言われてみれば、少し毛皮に艶がないような気もする。
考えても見ればたった数日で、国境から王都まで往復したのだ。早馬は別として通常あり得ない移動速度だ。
ミリアはそっとしておくことにする。食事の後片付けを少しして、残された椅子をどうしようかと考えた。
今、隣の部屋に行くのは気まずい。夕方に顔を会わせるときには、少し落ち着いているだろうからそのときに、と先送りにした。
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