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恋人(偽)と一匹

強制依頼

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「なんで俺、連れて来られたわけ?」

「死なばもろとも?」

「ふざけんな」

 ナキはリンと小声で言い合っていた。
 現在、冒険者ギルドの会議室に彼らはいる。ナキは借り部屋の建物を出たところで、リンと顔を会わせた。
 なんでもギルドからの呼び出しだと呼びに来たと本人は言っていた。しかし、実体は、受付で不思議そうな顔をされるということで気がついた。
 そのまま逃げようとすれば、ちょうどいいと連行されて今に至る。

 完全に巻き込まれた。

 こんなに早くも強制依頼がやってくるなんて思ってもみなかった。室内を見渡せば砦で真面目にやっていた奴らがちらほら見える。
 ギルドの評価をここで知ることになろうとは……。
 ナキはため息をつくしかない。信頼、というのは得難いが、なにを押しつけても良いというわけではないだろう。
 皆が浮かない顔になるのは仕方ない。

 この部屋には半数ほどの女性がいる。砦には男のみの募集だったので、顔を知っているくらいだった。
 警護対象が女性になれば、近くにいるのは彼女たちの仕事になるのだろう。緊張した面持ちから、げんなりとした表情を隠さないものまでいる。
 プレッシャーを感じるなと言う方が難しい。

「美人な恋人いるんだからよそ見は良くないんじゃないか?」

「そーゆーのじゃないよ。依頼内容だけあって、多いなと思ってさ」

「そうだな。ソロっていうよりパーティメンバー引き抜いたって感じ」

 個人で動く女冒険者は少数だ。魔法使いや治療術師の後衛か、会計や雑用担当などが多いためである。ナキは今のところ前線を支えるタイプには会ったことがない。

「男だらけでむさいよりまし」

 近くの別の冒険者も会話に加わってくる。親しくはないが、この町に長く逗留していると顔を知っている相手は増えた。国境を越えられない仲間のような連帯感があるのかいつもより皆が気安い。
 いつもはむっつりと黙っているようなものさえ、話し相手を求めているようなところがある。

「砦の時は男臭くて嫌だった。クリス様はなぜあんなに良い匂いがしてたんだか。って、戻ってきた?」

「戻ってきた。猫にどこでなにしてたか聞いても仕方ないけどな」

「猫だもんな」

 猫である。一応、聖獣様なのだが行動そのものは猫である。ナキは何とも言えない表情になるのは仕方ない。
 時々、本当にこれって聖獣なの? とナキも思う。

 元々の姿は凛々しく格好いいのだが、通常が通常だけに笑いを堪えるのが大変であったりもする。

「え? 猫いるの?」

 その話を聞きとがめたのか、少し遠くの席に座っていた女冒険者が身を乗り出して聞いてきた。

「いるけど、今回は連れてかないよ」

「そうじゃなくて、そう。あんたが、ナキね。確かにちょっと異国風」

 ナキは首をかしげた。となりでちょいちょいとリンがつついてくる。

「顔は知られてないみたいだけど、猫連れ冒険者の噂は結構聞く。変なヤツ的に」

「……そー」

「クリス様だっけ? ふかふかなんでしょ?」

「そうそう。今は彼女が預かってんだろ」

「なぜ知ってる」

「そりゃ、あんな連れ歩いてたらわかるだろ。ここ今、暇すぎて、些細な噂でも即、だ」

 確かに娯楽はない。歓楽街というのは長期でいるような場所ではないだろう。一時的には出せるかも知れないが、長くとなると金銭的な問題がある。
 揉めたり鬱屈したりもするだろう。

「ふぅん? その彼女置いてくの?」

「連れてはいけないね。冒険者でも傭兵でもないから」

「ここに残すのも危なそうだけど」

 クリス様がいればだいたい大丈夫だと思うが、なにかやり過ぎて目立たないか不安にもなってくる。

「浮かない顔にもなるか」

「……わかってるなら巻き込むな」

 そういうことにしておくが、本当は別で。これに加わるのは嫌だが、ちょっと離れるのはいいもしれないとは思う。
 実のところあまり部屋にも戻りたくない。夕方には顔を会わせなければいけないのがさらに憂鬱だ。

 ミリアの弱っているところに付け込んで、俺の、と言うのも実は簡単なのではないだろうかと思い始めたからだ。中々の誘惑である。
 ミリアの想定以上に異性慣れしてない初々しい反応が一々、刺さる。ああ、ダメだ、これ。と絶望する。
 どうして、いずれ王妃になろうという人が、こんなにも男慣れしてないのか。そんなの簡単にいなすだろうとか思っていたあの頃の自分に見込みの甘さを訴えたい。
 この数日、ナキは頭を抱えたい気持ちだった。元婚約者、なにしてたんだ。と肩を揺さぶってやりたい。

 多少自立するまでの手伝い、というのは無理な気がしてきた。だからといって連れ歩けもせず、ナキがどこかに定住するのも難しい。
 異質なものは、都会に隠れた方が良いが、ミリアは都会では見つかってしまうかもしれない。

 どうにかするにはどこかに隠居するとかなんかしないと無理なのではないだろうか。

 実際はどこかでお別れする事にはなるだろう。相棒がついていけば、何とかなると思う。たぶん。
 ナキには今ですらしばらくの間、引きずる自信がある。

 黙り込んだナキをよそにリンと女冒険者はひそひそと話をしている。なにやら楽しげで少しばかり腹が立つ。

「そこ、静かにしろ」

 そんな話をだらだらとしていれば、いつの間にか来ていたギルド長に叱責される。相変わらずの迫力だ。

「へぇい」

「はぁい」

 ナキとリンはお互いにおまえのせいだと視線で語る。
 ギルド長に目をつけられたいわけではない。出来れば穏便に逃走したい。

 もちろん、無理だった。

 想像通りに皇女様の護衛任務だった。
 出立は四日後、国境を越えるまで一日、越えてから二日で相手側の国境の町につく。
 その場に留まるか、帝国側に戻ってくるかは任意でよい。
 報酬は金貨二十枚。

 なお、金貨一枚は普通に暮らして一ヶ月、豪遊すると半月は持たないかもしれない。これを十五枚分、一年いないに稼げるかが冒険者やっていけるボーダーラインでもあった。20代半ばでもこれを下回るならやめた方がいいと言われる。消耗品などはともかく装備品の修理などにはそれなりに金がかかる。

 高すぎる報酬にうげぇと悲鳴が上がる。ヤバイ仕事じゃねぇか、ふざけんなもどこからか聞こえた。
 相場を考えるといくらなんだって三日で金貨二十枚はおかしすぎる。半分の十枚くらいならまだ、納得がいく範囲だったなとナキは思う。危険手当ならあり得なくもない金額だからだ。

「残念ながら国からの強制依頼なので断れない。皆の健闘を祈る。
 なお、先払いで金貨十枚支給される。十分に備えるように」

 そう言ってギルド長は部屋の外へとでていった。
 前払い分で借金チャラになるな、とぼんやり考えた。質入れしていた槍も戻ってくるのは良かったのかなんなのか。
 使う機会がないと良いとは思う。

「……実務的な話は私の方からいたします」

 ナキも受付でよく見かけた女性が淡々と引き継いだ。

 強制依頼であり、断ることは出来ないこと。死んだ場合、残りのパーティメンバーになにか残すか、親族がいるならそちらに送金するかなど契約書に盛り込んであること。
 現時点では、襲われるという事前情報はないが、油断は禁物であること。
 向こう側に入った時の方が危ない。
 等々。

 何かあったらおまえらが死ね、というヤツだ。葬式のような沈黙が室内を満たす。

「なにか質問は?」

「軍的ななにかはついてないので?」

「極秘でもないのですが、目立つようにもしたくないそうです。念のためと追加されたと思えば良いとお達しですが、そのまま受け取るのはどうかと思いまして注意喚起です。
 金額も金額です」

「相手の国からは来ないんですか?」

「国境を越えて最初の町に迎えは来ているそうです。越えずにいるのは政治的な配慮かなんかじゃないですか。
 女性には別の注意点がありますので残ってください。以上です」

 これ以上聞くなよという圧力さえ感じてか質問は無かった。バラバラに席を立って部屋を出て行く。

「今日はこれからどうすんの? なんか飲んでく?」

「いや、そろそろ仕事。絶対雑用として雇ったつもりでいる」

「そうか。じゃ、またな」

「またな」

 リンとはギルドの前で別れた。

「さて、どうしたものかな」

 ナキは呟く。
 その頃、ミリアも無理を言われているとは想像もしていなかった。
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