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冒険者と侍女と白猫
一日目
しおりを挟む一日目は平和だった。後にミリアは回想することになる。
天気はほどほどに良かった。
町長はあきらかにほっとした顔で、皇女を送り出している。計らずも数日逗留された心労は計り知れない。
最初に皇女の相手をしていたのは町長の妻らしく、ミリアが接待役を代わってくれることを大変感謝していた。彼女は何事もなく、この数日を乗り切ったことを涙ぐんで喜んでいる。
帰りにも逗留されるのではないか、ということは言わない方が良さそうだ。ミリアは困り顔でそれを眺めているだけに止めた。
帰りにも付いてくるなんて保証はないし、それまで逗留する気もない。
まずは、面倒な男をやり過ごすことだ。
幸い、侍女というものに対して嫌悪すら持っているらしく皇子は視界にすら入れていない。街灯の下、という格言も嘘ではないらしい。
目立つ皇女の側が一番目立たないとは思ってもみなかった。
女性の護衛たちはあわせて六人ほどだった。傭兵が2人に冒険者が4人。それぞれ、いつもは別のパーティなどに所属しているらしく面識はあるが親しくはないらしい。
ルー皇女や皇子を刺激しないようになのか大人しい、あるいは年相応の落ち着きを払ったものを選んでいたようだ。表面上はとても和やかではあった。
彼女たちは皇女用の馬車の周りで待っている。残りの人員とは広場のような場所で合流するらしい。基本的に徒歩と同程度の速度での旅となるそうだ。
ミリアはルー皇女と馬車に同乗することになっていた。守り役の男も一緒に乗るようだ。
「私は馬でもよいのですが」
「老体は労る主義なの」
「ならば、留守番が良かったですな」
先に乗り込んだ2人はそんなことを言い合っている。ユークリッドと名乗った守り役の男はかつて皇帝のもとで護衛をし、現在は隠居のようなものでルー皇女に付いている、らしい。生まれた時からの付き合いで、もし嫁ぐ場合でも同行する事がきまっているそうだ。
ユーリというのも皇女のみが呼ぶ愛称で小さい頃、ちゃんと名を呼べずにどうにかつなげた結果らしい。腹心というより、家族に近いなにかなのだろう。
馬車の中から視線を外しミリアはあたりを見回した。白猫の姿が見えないがどうしたのだろうか。
乗り遅れても困りはしないだろうが、忽然と猫が現れたときにいいわけに困る。
「どうしたの? ミリー」
馬車の中から聞こえた皇女のぎこちない声がけにミリアは目を伏せて、申しわけございません、としおらしく答えた。
侍女相手に丁寧に話されるのは困ると守り役と同程度の扱いを求めたのだが、やはりぎこちない。
守り役であるユークリッドもミリアについてはどう扱っていいのか困るという態度が見え隠れしていた。同行する時点で事情は説明されているし、白猫の正体についても伝えてある。それにあわせて迂闊なことをすれば、西方のお方にどう報告するかもわからぬなぁと釘差しをしていた。
心底嫌そうな顔をされたのが印象的だった。
どこにいったのかしら。
ミリアが出かける前には確かにいた。しかし、戻った時にはいなかった。確か、ナキとは顔を合わせなくても良いとか言っていたようだが、他に行きそうな場所もない。
ミリアは白猫の捕獲は諦めてしずしずと馬車に乗り込み皇女の隣りに座る。
「クリス様が不在なのですけど、ご存じですか?」
「普通にお話いただいても? なにか、居心地悪いのです。人のないところだけでも」
「……いいけれど、ルー様も気をつけてね」
「うん。相棒がやらかしそうだから付いていると言っていたわ」
「え? わかったわ。ありがとう」
ミリアは首をかしげた。それならば一緒に行けば良かっただろうに。それにナキはなにか問題を起こしそうな気はしない。なんとなく、乗り切ってしまいそうな感じがした。
がたりと馬車が揺れる。皇女が乗るものだけあって最上級のものなのだろう。思ったよりは振動も少ない。
馬車での長期の移動はなにかと腰や尻にくるものだ。休憩時間に体を動かさないとすぐにあちこち痛くなる。
「広場で合流して、そのまま町の外へという話よね」
「ええ。兄様もさっさと帰ればいいのに」
「……ルー様」
「だってそうでしょう? 皆が気を使ってぴりぴりして良い事なんてないもの」
ユークリッドに窘めるように名を呼ばれ、ふて腐れたような表情の彼女は年相応にも見える。
さらに小言が始まる前にがたりと馬車は止まった。町長の家から広場までもそんなに距離はない。合流場所が別なのは、適度な広さが無かったからだ。
馬車の戸が叩かれ、ミリアは思わずユークリッドを見た。開けるべきか否か判断がつかない。それは事前に予定にないことだ。
彼は布で隠された窓の外をちらと見て、ため息をついた。
「面倒ですな」
そう一言、言い置いて彼は戸を開けて外に出る。
「姫の機嫌を損ねたくなければ去れ」
とりつく島もない。ユークリッドの冷ややかな言葉は、ルー皇女への対応とは異なる。威圧的とさえ言えるものにミリアは意外と思った。
柔らかく受け流す方だと思っていたが、外での振る舞いは少々違うようだ。
「我々は使いなのでご容赦願いたい。ご武運を」
「同じく、幸運の星が降り注ぎますように」
「しかと伝える」
そんなやりとりがミリアの耳にも聞こえてる。
なに? と戸の外を見たがるルー皇女を押さえながらミリアも外の様子をうかがう。
半分は開いた戸の向こう側に見えたのは武装した男たち。ユークリッドが相手をしているのは、武装はしていないがいかついと表現してもよい男が2人。
冒険者ギルド、傭兵ギルドのそこそこ偉い人といったところだろうか。これも挨拶しないという選択が出来なかったようだ。さすがにギルド長ではなさそうだとミリアは当たりをつける。
この町の冒険者ギルドのギルド長はかなり大柄と聞いていたし、強面らしい。外の2人はまだ愛嬌がある。
「わぁ。かっこいいい」
「姫様」
ミリアを少し押しのけてルー皇女も外を見ていた。
「だって、冒険者も傭兵も物語でしか知らないもの。
ユーリ、頼りにしてるって伝えて」
楽しげな声は外にも聞こえただろう。こちらに背を向けていいるユークリッドは嫌な顔をしていそうだなとミリアは思う。彼はルー皇女に深窓のご令嬢のように振る舞って欲しいようだ。中身をどうにかしろという話ではなく、外面の話として。
自分たちから破談にするならよいが、相手から断られるのはどうしても避けたいらしい。そのためには猫くらい被っていろという考えだろう。
ミリアはその点についてはすこしばかり、後ろめたい。いつだったか、夫候補の少年たちにルー皇女について聞かれたことがあった。元気で闊達、はっきり意見を言う少女だと伝えてある。
そのときには外交上の付き合いしかないと思っていたのだから仕方ない。
憶えていないとよいのだが。ミリアはそう思う。彼らの好みは落ち着いた大人の女性らしい。
「貴殿らの働きに期待していると仰せだ」
聞こえていてもそのまま伝えるわけにはいかないのが、この面倒な立場である。
外の2人にユークリッドは言葉を取り繕って伝えたが、ミリアには笑いをかみ殺し損ねたような表情が見えた。
その彼らからの返答はなく、大げさに礼を返しただけだった。
ユークリッドは大きなため息をついて、馬車の中に戻ってきた。
「ルー様。ダメですよっ!」
「はぁい。……それで、兄様は?」
後半は声を潜めて問う。
ユークリッドはゆっくり首を横に振る。
「遠くに見えましたが、苛立ってお待ちのようですね。挨拶はしますか?」
「こういう茶番はお嫌いでしょうからね。
むこうから来ないなら、そのまま出立でしょう。大人しくしているわ。ガエウィの子息が死にそうな顔色しているし、なにかあったら恨まれるのは私だもの」
「そうですなぁ。ねぎらいでもかけますか?」
「卒倒するわよ。ユーリから感謝しているとかなんとかとりなしておいて」
「承りました」
ミリアは黙って聞いていたのだが、ユークリッドの前職は王の護衛、現在は皇女のお守り役となればかなりの圧力を感じるのではないだろうか。
たとえそれがねぎらいで悪意なくとも。
本来は侍女がそれとなく仲介したりするものではある。その任をミリアが負うことは不自然なので放置するが、可哀想にと同情する。
皇女に無茶をさせないようにしようとひっそり心に決める。
しかし、皇女より先にミリアが問題の種になるのだがこの時は誰も知らなかった。
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