婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね

文字の大きさ
130 / 131
聖女と隠者と聖獣

ミリアルドは帰らない 1

しおりを挟む
 さらなる追っ手が来る前にと隠れ家に三人と一匹は逃げ込んだ。
 逃げ込む前にレベッカが遠くになにかサインを送っていたことにナキは気がついたが、見なかったふりをする。そのサインを送ったと思しき相手はレベッカが気がつく前にナキに合図を送っていた。拝まれたので、ごめん、というところだろうか。
 知っていたのに黙っていたのか、本当に気がついてなかったのかは半々くらいだろうか。

 隠れ家に入ったレベッカは興味深げにあたりを見回していた。彼女くらいになると庶民の家の中というものは見たこともないかもしれない。

「まあ、とりあえずはお茶の用意するよ。俺、空腹で死にそう」

 朝は二日酔いで、昼も軽く済ませた結果である。
 すぐに外に出るわけもないのだからある程度は時間があるだろう。ナキはキッチンへ足を向ける。

「お姫様、わかってると思うけど変なことしたら即外に放り投げるから。クリス様も見張っててよ」

 白猫にナキはそう言っておいた。
 おそらく、ミリアはレベッカに強く出ることはないだろう。姉のようなという表現がナキにそう思わせた。ナキの場合には従姉で、時々しか会わないのだが謎の強者感があったのだ。小柄な可愛い系のはずだったが。実弟はあの姉はやばいと言っていたのでまちがいないだろう。

「わかっておる。
 お主の旦那もあれだのぅ。野生に生きている」

「……そうですが、身内以外に言われるとなんかもやもやしますね」

「いや、我の言葉を理解していたのでもしや猫かもしれぬ」

「違うんじゃないかしら」

 なにか妙な展開になっているが、ナキはその場を去ることにした。なんだそれとツッコミたくなる。
 ナキは冷蔵庫の在庫を確認する。しばらく帰らないつもりで日持ちのしないものは処分済みだ。ほとんど空っぽの中から目についた四角型で四連のチーズを一つ剥いて口に放る。
 ふと何かの気配を感じて入口へナキは視線を向けるが、誰もいないように見えた。よく見ればドレスのすそがちらりと見えた。

 なにしてるんだろう? ナキは首をかしげるが声はかけなかった。
 ナキは未練がましく冷蔵庫の中を確認したが、諦めてレトルトの籠からスープを選ぶ。冷凍庫に眠っていたパンを取り出し、温めている間にお湯を沸かす。
 その間、入口の気配はそのままで、中に入ってくるでもない。

「……ミリアは何食べる?」

「き、気がついて」

「気がつかないほうがどうかしてるよ」

 ミリアは恥ずかしかったのか顔を赤くしていた。そして、すぐに気を取り直したのかキッチンに入ってくる。

「お茶の準備、手伝うわ」

「ありがとう」

 しばし、お茶の用意をする音だけが響いた。

「ミリアルドってなんだったのかしら」

 ぽつりとミリアはつぶやいた。

「常に誰かの代わりだったみたい。
 私を私として、誰か必要としたのかしら」

 ナキはそれを否定しようとして、やめた。ナキが知っているのは、地下牢で助けを求めたミリアからだ。それ以前のミリアルドを知っているとはいいがたい。
 ミリアは、ミリアルドとしての自分の話をしている。

「少なくともルー皇女はミリアルドお姉さまが必要だったようだし、リンも主として認めてるみたいだから全部が全部というわけじゃないと思うよ」

「そうね。ルー様は、確かにそう」

 ナキはさらりと無視されたリンが、少々かわいそうな気がした。思い返せばリンは危ない橋を渡っている。
 ミリアルドのことを誰にも正しく伝えないというのは、背任にあたりそうだ。ミリアルドとの全面的な争いを避けたという立場もあるのであろうが、ナキ一人に出来ることはたかが知れている。
 物量で押されるとさすがにまずいからという考えが既におかしいのだが、ナキにその自覚はあまりない。

「陛下は、どうお考えだったのでしょうね」

 ナキは一度も姿を見たことがない。それどころか話題にも上がらない。そんな国王がいてもいいのだろうかと思うくらいに存在感がなかった。
 誰が悪いってという話をするとジュリアの次くらいに有罪とナキは思っているのだが。

「会いに行く?」

「どうやって?」

「幽霊を用意して、口パクで」

 ナキは首をかしげるミリアに耳元でこそこそと思いついた作戦を話す。

「出来るの?」

「貸しがあるのだから来させる。ミリアも危険じゃない。
 それから、このまま抱きしめていい?」

「はい?」

 無茶な話の展開だとはナキも思うが、同意を得たということでと抱き寄せる。いきなりのことで慌てているミリアを少しだけ抑え込んだ。

「昔のことは俺は知らない。
 だけど、ミリアは俺に必要だから忘れないで」

 ナキはその言葉が重たいとは知っていたが、重しの一つでもつけなければミリアルドに戻って二度と帰ってこないような気がしている。
 昔手に入らなかったものを今差し出されて受け取るかどうかはミリア次第だが、それでも不安にはなってくる。人の好いとミリアはナキに言うけれど、本当にお人よしだったのはミリアのほうだろう。
 今までの経緯をたどって、未だに断罪したいと言いださないのだから。それを望むなら、手を貸すくらいなんともないのに。

「……わかったわ。だからその」

「んー。かわいい。癒される。頑張ったかいがあるってもんだよね」

 突き詰めて考えていくとやばいほうにねじ曲がりそうでナキは触感のほうに意識を向けた。それはそれで別のまずいことがあるのだが、暗黒面に落ちるよりはましに感じる。
 もっともミリアはどう思うかは別であるが。

「ちょ、ちょっとその急すぎっ」

 ミリアは腕を突っ張ってナキを引き離しにかかるが元々の力の差は超えられない。

「もうちょっと堪能させて。
 ……あれ、もしかしてものすごく怖いとか」

「別に、死ぬほど恥ずかしいだけよ」

 離すことを諦めたのかミリアは拗ねたような口調でナキの腕の中におさまっている。

「……てことはあれか、あれに反応するのか……。前途多難」

 今と以前の違いというとそこに下心があったかどうかである。つまりは欲望をぶつけられるとダメだということに他ならない。
 あれってなに? と不審そうに言うミリアにごにょごにょと言いわけして、ナキは抱擁をほどいた。

 見ればやかんが苦情を申し述べるように蓋をカタカタ言わせている。
 ミリアはお茶を入れ、焼き菓子をいくつか出していく。ものすごく無表情で、でも顔色は赤いという矛盾がその心情を表しているようだった。
 ナキはとりあえず温めていたパンにかぶりついて、火傷した。やはりどこか動揺している。

「ミリアってなんでそんないい匂いするの?」

 思わず呟いた言葉にミリアは勢いよく振り返った。

「ナキは、薬草みたいな匂いがするわよ」

 そう返されてナキは絶句した。言ってやったと言わんばかりのミリアはも可愛いなと思いながらもじわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
 ナキは匂いに言及するのはもうやめようと固く誓った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

処理中です...