推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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いつまで

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 最近の王都は天候が悪い。
 降り出しそうで降らない重い雲は冬が近づいている証拠だ。短い雨の日が続き、いつしか雪が降り出す。

 いつもなら雪も降らないような地域に移動している頃だ。どこかに留まるようなことは今まであまりしなかった。どこへも馴染まないような気がして。
 1人でいたいわけでもないが、誰かと一緒に居たかった、と言う気もしなかった。

 雪遊びとか楽しいですよ。ふと少し困ったような声を思い出す。
 楽しいことをするために、いまちょっと我慢する。軽く言っていたが、ちょっとどころではないのではないだろうか。思ったより、問題は多い。幸い、こちらに来た事情やその後の対応などの聞き取りは魔導協会で済ませたとして新たになにか聞かれることはないだろう。
 こうなるなら、もう少し色々聞いておきたかったと今更思う。

 やはり、雪が降る前には帰りたいとディレイは思う。ユウリにつきあってどこか行くのは春以降にしたい。
 ユウリは渋い顔をするだろうが、冬に旅をするのは愚行だ。それでも言い出したらきかないのだろう。

 そのときは断ってやろうとディレイは思っていた。冬の間は、ゆっくりすると決めている。ユウリがここぞとばかりにあれこれやらせてくるから、それくらいいいだろう。
 それにはフィラセントばかりかローゼも少しばかり驚いていたようだったが。

 ユウリと仲が良いかと言えば、ディレイは断固として否と答える。付き合いがある方が、ディレイにとっては面倒だ。
 ユウリと仲良くなりたいものは山ほどいる。嫉妬じみた感情を向けられることはなくもない。

 今まではそれほど気にしていないつもりだった。しかし、少しばかり疲れてきているのも確かだ。
 家に帰りたいと思う日が来るとは思わなかった。

 家でなくともアリカがいれば、癒される。
 数倍面倒ごとが増えても手放すなどあり得ない。

 ディレイはため息をついた。いったいいつになったら来るのか。
 契約上、あまりに長くあの場所を離れていることはできない。現状も代理を立てて、一時的に対処している。これの対処については魔導協会も困ってはいるようだ。こうなるとは誰も予想しておらず、指定期間内の契約終了項目が設定されていないかった。
 基本的には隠居先なのだ。

 契約解除は少なくとも満一年という見解がでている。一年ごとの契約自動更新という記述はあったらしいので。
 そうだとすればここにいる限界はあと半月程度だろう。

「いつまで、待てばいいんだか」

 思わず零れた言葉に顔をしかめた。
 場合により、アリカを置いて戻る羽目になる。どう考えても落ち着くはずがない。迂闊、というよりは、危機感が違う気がする。
 よほど彼女のいた世界は安全で、色々なものが保証されていたのだろう。

 油断したら利用されるということがまだピンと来ていない。いいように使われないように気をつけているだろうが、それでも心配にはなる。

 一人でも大丈夫と言い張りそうなところが、より問題だ。リリーや他の誰かがついていても甘えることすらせずにいてしまうのではないかと。

 もっともだからといってディレイに甘えてくることもないのだが。
 手を拒まれたような気さえしたが、たぶん、違う。彼女は甘えるようなことが、助けてもらおうということが苦手だ。

 そのせいか甘やかそうとすると警戒してくる。大丈夫かなと少しばかり疑いのまなざしを向けていることを自覚していない。
 甘えても大丈夫、とはまだ思えてもらえていないということに少しばかり痛みも覚える。

 それを言えば、そんなことないと否定するだろうと想像出来た。
 曖昧なままにした関係の影響があるとは思う。恋人では、なかったのだからそこまで甘えるのもと思うだろう。とり続けていた距離を縮めるのは少し難しい。

 妙に心地良かった日々のツケを今頃払うことになるとは思わなかった。少しずつ慣れさせていくしかないのだろう。
 なにか野生動物を懐かせるようだと言えば怒るだろうか。

 早く会いたい気もするし、こんな場所には来てはいけないと言いたくもある。多くに望まれるだろうが、全て手遅れと思えば多少愉快な気もした。

 今は、来訪者の噂で持ちきりだ。どこから流れたのか似顔絵も出回っていた。
 いつか、魔導協会で書いてもらったものと似ているので、魔導協会から流したのだろうが。
 その似顔絵はつんと澄ました顔で、笑うなんてあり得ないと言いたげだった。

 絵描きが寄越した走り書きのほうが実際の彼女に似ている。かわいいそれが出回る必要もないかと思い直す。
 彼女の慌てたような表情がかかれたそれを思い出して口元に笑みが浮かぶ。

 ディレイは思い出したようにコートの内ポケットに入れていた煙草を取り出す。ここはどこもかしこも人が多くて隠れてなにかをするには向いていない。
 だいたいは嫌な顔をする種類の煙草だけに一応、吸う場所は気を使っている。不要な揉め事は避けたい。

 ユウリもアリカも別に嫌な顔はしなかったなと思いだした。アリカはむしろ好んでいるようなところもある。

 その煙は少し落ち着かせてくれる。王都ではまだ売っている場所があった。在庫限りと言われたので、それなりの数を予約しておいたがいい加減、他の方法を考えるべきだ。
 苛立つようなことや落ち着かなくなるようなことから離れれば良いと思うが、どちらも不可能である。

 王城というのは愉快な場所ではない。少なくとも魔導師には居心地はよくない。防衛を頼っている癖に王家は魔導師に対して冷淡ですらある。
 あるいは、そう思わせておきたいということなのかもしれない。
 仲が悪いならば、防衛のための魔導具など用意しないだろうし、いざと言うときになにかしたりしないだろうと思わせておくために。

「……あ、いました。ちょっと臭いつくから吸うのやめてくださいって」

 半分も減らないうちに、見知った顔が現れた。
 フィラセントの煙を払うような手つきに少しいらっとする。

「知るか。一々絡まれるのは疲れる」

「わかりますけどね。それも少し良くなるはずですよ」

「……本当に、役に立つのか?」

「ま、あなたが、何かするよりは角が立たないでしょう」

 ディレイはため息をついた。
 今日はいつもと同じだが、そろそろ別人になる必要が出てくる。ユウリに魔導師が護衛としてつくのはやはり良くないと言われているようだった。
 だから、ディレイは王都のどこかに滞在していることにしている。時々、王城に呼ばれる程度ということになっている。実際は、王城内に部屋をもらっていた。

 これから先はユウリが仮で用意した立場をそのまま使うことになっている。本人がいつか使うつもりで用意していた仮の姿らしい。経歴も色んな根回しも済んでいるいつでも使える偽の人物。
 名前だけは少々変えた。似てもいない名ではとっさの時に反応できないであろうと。

 名はあるけれど、貧乏な貴族家の三男で今回のごたごたで家に呼び戻された魔銃使い、という設定。

 貴族にありがちなくすんだ銀髪は元の髪とは全く似ていない。良くできたもので、地毛の印象も誤魔化している。ただし、まっすぐで肩で切りそろえてあってとても邪魔だ。
 目元の印象を変えようと眼鏡でもしようかと思えば、眼鏡が増えるからやめてと謎の制止をされた。
 おかげで前髪も長く、鬱陶しい。

 それにどこから調達してきたのか近衛の制服を用意され、支給されている魔銃を持てば印象はかなり変わる。
 設定上、笑わない生真面目なと言われた。生真面目な人間が実家を飛び出して、魔銃使いになるだろうかと思いもする。だが、なにやら変な設定をされるのも嫌で黙っていた。

「それで何の用だ?」

「日程が決まりました。数日中には着くそうです。滞在先はやはりキュリア公爵家の別邸になりました。基本的に男子禁制、どうしても必要な場合は既婚のみ。護衛ですら男は家に入れないそうですよ」

「ローゼは了承するのか?」

「ふて腐れてますよ。ユウリが頼み込んでいるところが、より気に入らないようで。
 あなたからも口添えしてください。後衛ばかりで、前衛が誰もいないんじゃ少しも持ちません」

「俺の話を聞くとは思えないが、一応言っておく」

 魔導師2人におおよそ戦闘に無縁なシスター一人。役立つ気がしない。あるいは、過剰防衛でどこか破壊するに違いない。ディレイの予想ではリリーが派手に撃退して、実家の威光でなかったことにさせるだろう。あちこちに牽制出来てお得とすら思いそうだ。
 フィラセントは肩をすくめた。

「ユウリがどうしてもと言うから意地張ってるだけで、ほんとは折れたいはずなのでちょっとつきあってあげてください。
 最近、別の件でも怒らせたばかりでユウリはしょげてますからそちらも出来れば」

「嫌だ」

「まあ、自業自得なので放置でもいいですけどね。では、よろしく」

「わざわざ悪かった」

「いいえ。機嫌が直って良かった。最近ぴりぴりしてたから、怖がってる人もいましてね。
 本当に、大事なんですね」

「……うるさい」

「そんなわかりやすいから、ユウリにすらからかわれるんですよ。いやあ楽しみですね。ディレイがこんなになっちゃうような彼女」

「見るな」

「ほら、それ。俺の、みたいな。前もこんなことがあったよう、な?」

「は?」

「いや、なにかをとても可愛がってませんでした? なんか、かわいいもの」

 頬に手をあてるのはフィラセントがなにか考え込んでいるときの癖だ。ただし、それは何かを思い出すときは滅多にしない。記憶力に自信があるという彼にしては珍しい。

「うーん、なんでしょうね。頭痛くなってきました。煙のせいでしょうかね? ま、よろしくお願いしますよ」

「さっさと帰れ」

 フィラセントは笑いを堪えるような表情のままに立ち去って行った。

「……思い出せない、ね」

 ユウリもなにか思い出せないと最近ぼやいていた気がした。そのときに動く死体だの骨だのと言われたが、ディレイの記憶にはない。死体が勝手に動くことは基本的にないものだ。動いた場合には魔導具や魔法で動かされている。
 死体を動かすのは禁忌に近い。動物については曖昧なままなので、使役している魔導師が一部いる。だいたいは骨の状態で行使しているが。

 ユウリは人の形のと言っていた。それを見れば、ディレイでもさすがに魔導協会に報告くらいしただろう。そんなことをしたこともない。そもそも死体が動く異常事態は普通忘れられないものだ。
 なにか、そんな夢をみたような気もするが、夢は夢である。

 ただ、全く関係なさそうなことを思い出した。柔らかいなにかを撫でたような触感だけ思い出した。ディレイは動物を飼った記憶はない。むしろ避けられる傾向にあった。
 なにを撫でたのだろうと思い出そうとすればするほどに、つかみ所のない記憶に困惑したのはつい最近の話だ。

 ユウリはそれを不審に思っていたようだった。
 みんな、その間のことを憶えてないっておかしいよね、と。ここからここまでの日付のと詳しく言われたが、そこまで詳細な記憶は持ち合わせていない。
 記録を残したがる者ならば憶えているかもしれないが、あいにくディレイはそういう記録はつけない。

 なにかあった。それをディレイはあまり思い出したくない気がしていた。少しばかり、辛い事だったような気がしている。

 それを思い出すよりも、周りに不審に思われない程度で接触を図る方法について検討したほうがマシな気がした。
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