不運な令嬢は伯爵家次男に溺愛される。

ユナタカ

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アラン1

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-----苛立ちに任せて妹を突き飛ばした日のことを今でもよく夢にみる。


両親を同時に亡くし、うちに引き取られた可愛くて、けれど可哀想な女の子。
屋敷の誰もが彼女に気を遣い、彼女が快適に過ごせるように考えていた。
優しく声をかけ、遊びや読書、演劇に園芸、興味の持てそうなものには何でも誘った。

新しい屋敷で冷遇されるならまだしも、こんなにも受け入れているのに。
こんなにもみなが気を遣い、優しくしているのに。
いつまでもいつまでも悲しそうにしているのが気に食わなかった。
だからと言って突き飛ばすだなんて、紳士のすべき事では到底なかったけれど。
あの当時の俺は視野が狭くて、優しさを蔑ろにされていることに腹が立って何も見えていなかった。


突き飛ばした手に伝わる反動が、自分が彼女に向けた力の強さをつきつける。

---もう、やめろ。
この思いが届かないことを知っていても、アランは目の前の自分へと手を伸ばした。


追い討ちをかけるように冷たい言葉を吐き捨てる少年を、ただ見つめ続ける。



『なんでお前だけが不幸って顔してんだよ。自分だけが、可哀そうだとでも思ってるのか?いい加減にしろよ。』



ぱっと上げた顔に浮かぶのは驚きと悲しみだったように思う。
いつも、よく泣いているせいか赤い目元。
潤んでみえるその目に、また泣くのかと辟易して眺めている少年の視線についに耐えきれなかったのかキャロラインが俯く。
漏れ聞こえる嗚咽と、呆れてため息をつく少年をアランの手に力が入る。


---なぜ、気づけなかった。優しくし続けることができなかったのか。
後悔と苛立ちが胸を占める。



小さな2人の横を通り、キャロラインの後ろへと回る、
その小さな身体が大きく傾いでゆくのを、アランは受け止めるように手を開く。
その手を通り抜けて、彼女が地へ落ちるのをそれでもいつもこの手を伸ばすことをやめることができない。


唯一彼女を助けられるはずの少年が遅れて伸ばした手も、やはり届くことはなかった。



夢はそれからの日々を早送りで流していく。
過ぎ去っていく遠い日をアランはただ景色の一部となって、眺め続けた。

倒れた彼女を見舞うこともできずウロウロと部屋を彷徨い、父に部屋に呼ばれ諭された日。
はじめて知らされた彼女の境遇に、自分にとっての普通と当然を押し付けていたことに気がついた。

目覚めた彼女を見舞い、はじめて笑みを見せてくれた日。
あの日の全てをにしようとする彼女の配慮と変化に自分が何をしてしまったのかを知って恐怖した。

それでも少しずつ元気に、明るくなっていく彼女は屋敷でも人気者になってゆく。
アランを含めた、家族全員とうちとけ、友人も少しずつできた。
兄として慕ってくれるようになった彼女に会いに、稽古の合間や学業の合間に家へと帰るアランが、帰り際に立ち寄った花屋で買った花を差し出すと見せた笑顔。


寮に入り、学校生活を送る彼女と離れて過ごした日々。
数日置きの手紙のやりとりだけが2人を繋いでいた。
綺麗な字で綴られる文字に、兄として誇るよりも先に胸をしめたのは---どうか完璧な淑女になどならないでくれ。という自分勝手で、幼く情けない気持ちだった。

アランお兄さま。とはじめて呼ばれた日を覚えている。
はじめて見せたぎこちない笑みも、淑女然とした艶やかな笑みも。
サプライズに驚いた顔、素朴な贈り物に照れて染める頬。
過干渉と怒ったフリをしては、こちらを心配そうにうかがう様子も。
アランの全てに刻まれている。

その訳も、
兄さまと呼ぶ声が夢だと言うのにやけに鮮明に耳に響いた。




移ろう季節の中に、たくさんの笑顔が浮かんでは消えていった。







---今でも後悔している。

彼女をひどく傷つけたこと。
隠していた痛みに寄り添おうとしなかったこと。

なにより
彼女を明確にに位置付けてしまったあの日の行動を。





移りゆく日の中、彼女にした贈り物や共有した思い出がうつっては流れていく。
繰り返される日々にアランは苦笑した。








「贖罪を繋がりにしようとしても手に入らないよ。」



いつの日か、父に諭された言葉が響く。


その言葉に導かれるように、ぼんやりと眺めていたアランの意識が引き戻される。


ちょうど夢はあの日にきていた。

父に呼び出された理由がわからないことはそう多くはなかった。
大抵はその前にいるし、その事を自覚もしているから。
でもその日は分からなくて、青年になったアランは困惑のまま執務室の扉をノックした。



「だいぶ、気にかけているようだね。」

部屋を入ったアランと、後ろ手に閉まる扉を確認してから父が唐突に口を開いた。
誰をとは明言しないまでも、それが何を指すのかアランには分かっていた。

なぜか後ろめたいような、責められたような気持ちになってなんとも言えない表情を浮かべる息子に父が笑った。


「別に、責めてるわけじゃないよ。ただね、今日はひとつ。大人の私から君に教えてあげられることがあると思ってね。」



父の話は要約するとこうだった。

キャロラインは、彼女は変わったのだと。
今までのあり得た美しい過去に縋るより、これからの未来のために生きるようになった。
アランがいくら彼女を傷つけ、変えてしまったと後悔しても変わってしまったものは元には戻らない。
あの時傷つけたから…その言葉を縁に彼女に縋ろうとするのは無理だ。と



ーー縋る。



その言葉を、その意味を理解するべく、青年は何度も反芻しては噛み締めた。
その時の気持ちを、考えていた事をアランもまた思い出していた。


---傷つけたせいで、変わってしまった彼女に。いまさら好きだなんて言えるわけがない。


---彼女の側に誰かが立つのなら強く、優しく、賢く、なにより彼女を俺より想う奴でなければ認められない。


---俺はただ、兄として。彼女が本当に幸せになれるように…。



ウソだ。

こんな想いが、兄としてであってたまるか。





そうか。

だから、俺は縋っていたのか。
兄として、けれど誰よりも側にいるためにはを理由にするしかないから。

それはなんて、狡く醜いことか。


「わかった。ありがとう…父さん。」


息子の目に宿る強い光に、微笑んだ父が夢に溶けて消えていった。




***


「終わりにしてくれ。」


アランは空を見つめて呟く。


「俺は、会いに行きたいんだ。現実の彼女に。」


空間がゆっくりと暗くなっていく。
その闇に身を委ねて、アランもまた目を閉じた。
きっともうすぐ大切な妹で、最愛の彼女に会えると信じて。
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