カーマン・ライン

マン太

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第1章 出会い

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 外はすっかり冷え切っていた。
 毛布も持たずに出てしまったため、寝巻き替わりの薄いトレーナーだけでは寒さが身に染みる。それでも我慢できない程ではなかった。
 星は降るように天空に瞬いている。見慣れていても、いつも心奪われる景色だ。そんな景色を眺めながら。

 なんだか、不思議なことになったな。

 掃き溜めに鶴とはこのことか。
 冴えた美貌のアレクは余りにこの部屋に似つかわしくない存在だった。
 金髪碧眼。まるでおとぎ話から出てきたようで。

 王子様みたいだな。

 タイミング良く思い出していた寓話の様で笑った。ガラスの靴を用意したほうがいいだろうか。

 そうこうしていれば、ドアの向こうでユニットバスのドアが閉まった音が聞こえた。もう小屋の中に戻っていいかとドアを開ける。
 中に入ると裸電球の向こう、すりガラスにアレクのすらりとした肢体が映って見えた。
 淡く映る姿はガラス越しでも均整が取れているのがよく分かる。例えるなら古代の芸術家が彫った神の彫像のようで──。

「っ!」 

 思わず見惚れていた自分に気が付き、慌てて顔をそむけた。

 どうかしてる。男に見惚れるなんて。
 
 そんな自分を振り払う様に、着替えを用意する為、クローゼットを探った。
 普段着ている服の奥、放り込んでいたものが見つかる。濃紺のスウェットの上下だ。
 以前、工場長の奥さんから貰った新品の大人用の下着も数枚あって、それも一緒にまとめる。

 明日、サイズを聞いて市場で買い足そう。

「着替え、テーブルに置いておきます!」

 少し声を張り上げて言うと、ああ、と磨りガラス越しにくぐもった声が返ってきた。
 一緒にバスタオルも置くと、再び外で待つことに決める。

 あんな綺麗な人なんだから、見惚れるのも仕方ないのかも知れない。

 先程の自分を振り返った。
 笑みを向けられただけでもドキリとするのに、裸体など刺激が強すぎる。
 
 次からは見ない様にしないと。

 何にしても規格外の存在だと思った。
 そうして膝を抱え戸口に座っている間に、うつらうつらとしていたらしい。開いたドアの音で目覚めた。

「ソル。こんな寒いところにいたのか? 中にいればいいものを…」

「あ…。いや、別にこれくらい、慣れてるんで…」

 咎める声に、目をこすりながら立ち上がってアレクとともに中に戻る。
 部屋の中はそれでも幾分暖かい。自分一人だからと、せっかくある薪ストーブも使わずに置物と化していたが、明日からは使った方がいいのかもしれない。

「すみません。明日はストーブ入れるんで…」

 薪さえろくに置いていないのだ。

「気にしない。ただ、確かに冷えるな…」

 用意したスウェットに着替えたアレクは、安物でも様になって見え、思わず流石だと思ってしまった。

「ベッド使ってください。さっき、シーツ類は取り替えたんで。ただ、毛布が薄くて…」

 先ほどから何度いたたまれない思いになった事か。
 ここへ人が泊ることなどまったく想定していなかったため、申し訳なさばかりが先に立つ。
 しかし、アレクは笑うと。

「そう、気にしなくていい。さっきも言ったが、ゲリラ部隊に所属していたこともある。野営など日常茶飯だった。屋根があるだけでもありがたいと思える。──ことに、私がベッドを使ったら君はどうするんだ?」

「俺は、その、床でも平気ですから…」

「床…」

 下は冷たいコンクリ―トだ。ただ、外に外壁に使う板があったはず。あれを敷けば直に寒さは伝わらないはずだ。
 しかしアレクはため息をつくと。

「ここまでしてくれた君をそんな目には合わせられない…。どうせなら一緒に寝よう。君なら小柄だから二人寝ても大丈夫だろう?」

「え…? あ、でもっ…」

 ソルは想定外の提案に慌てる。アレクは笑うと。

「大丈夫だ。子どもを襲う趣味はない。それに寒いしな…。寒さには慣れていないんだ。先ほどから少し寒気がしていてな。ここで風邪は引きたくない。どうだろう?」

「でも…」

 確かにソルは年齢以上に小柄で、狭いベッドでもなんとか落ちずに済むだろう。それに、暖を取るなら人とくっついた方が簡単なのも分かっている。
 幼い頃は、寒い孤児院のベッドで友人とくっつきあって良く眠っていた。けれど、相手はあのアレクだ。今までの常識に収まらない。
 躊躇っているのを恥じらっていると取ったのか。

「遠慮することはない。まして恥ずかしがることでもな。私の体調の為にも頼まれてくれないか?」

 そこまでアレクに言われ、首を横に振ることはできなかった。

「じゃあ、迷惑でなければ…」

 孤児院以来の人との触れ合いになる。
 すっかり寝支度を整えると、アレクは先にソルをベッドに入れ、そのあとに滑り込んできた。

「流石に正面同士は抵抗があるだろう? 向こうを向いてくれるか?」

「あ、はい…っ」

 ゴロリと反転して、アレクに背を向けると、しっかりと筋肉のついた腕がソルの腰に回ってきた。

「あ、あの…っ?!」

「ああ、暖かいな…」

 ふわりといい薫りが鼻先を掠める。浴室に置いた石鹸の匂いではなかった。
 背中にアレクの体温と鼓動を感じて思わず、自身の体温も上昇する。

 男同士なのに、何意識してんだ?

 気恥ずかしさが何よりも上回るが、子供のころを思い出し、懐かしくも感じる。
 久しぶりの人の温もりだった。

 人に抱きしめられるのはいつぶりだろう。

 その心地よさに、いつの間にか眠りに誘われていった。
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