カーマン・ライン

マン太

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第1章 出会い

3

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 辺りは暗闇に包まれ、星明かりだけが頼りだった。
 一歩滑走路を外れれば、岩が転がり低木が生い茂る。知らなければ少しくらいつまずくだろうに、アレクは一度も躓くようなことも、何か物に当たることもなく、器用にそれらを避けて後をついてきた。
 ソルは会話の糸口を探る。

「あれは…戦闘機、ですよね?」

「そうだ。だが、まだまだ試作品だ…。ああいった類を修理したことは?」

「初めてです。でも、父がそういった仕事をしていたので少しは…」

「それは設計か? 整備士か?」

「設計です。たぶん…。子どもだったんではっきりとは覚えてないんですけど…」

「そうか。私もある程度は分かるが、そこまで詳しくはない。知っているなら助かる」

 分かるというのは嘘ではなかった。
 確かに実際の戦闘機に触れるのは初めてだが、父の資料でなら五万と目にしてきた。
 ただ、当時からはだいぶ変化しているだろうから、そこはアレクを頼った方がいいだろう。

 それでも基本は同じはず。

 戦闘機に触れられる。それを思って心が浮き立つ自分がいた。偶然にもそんな機会を得られるとは。
 ガタガタの道を行くと、漸く小屋が見えてきた。薄っぺらいトタンの壁と屋根のそれは所々つぎはぎされていて、改めてアレクにはそぐわないと思ったが。

 他に眠れる場所もないしな。

 この周辺に手ごろなモーテルはない。観光地でもないここで宿泊するなどありえないからだ。明日以降は、工場長の自宅にでも行ってもらうしかない。
 軋むドアを開け、アレクを招く。
 室内はコンクリで打たれた床に、粗末なパイプベッド、小さな木製のテーブルとイスが二脚。手前に簡易キッチンと、その奥にシャワートイレが設置されていた。

「何処でも好きな場所に座ってください」

 急いで所々に散らかっていた雑誌や開きっぱなしだった端末を避け、アレクの座れそうな場所を確保する。
 掃除洗濯や整理整頓は好きな方だが、一旦、没頭するとそれらを忘れてしまうのが悪い癖で。今回もそのままになっていた。

「端末以外、何もないのだな…」

 アレクは腕を組んで部屋を眺める。気にしないと言ったアレクもさすがに驚いたらしい。
 宇宙船や戦闘機関連の雑誌や本、端末以外に確かにこれといって目立つものは置いていない。
 唯一あるのが古びたクローゼットくらいだ。これも工場長の家で使わなくなったものを譲ってもらったもので。
 ただ、端末だけは最新のものを備えていた。

「趣味が他にないんで…」

 ケトルに水を入れお湯を沸かす。
 アレクは少し考えてから、一番手直にあったイスに腰かけた。木製のイスがぎしりと音を立てる。
 古びた室内にアレクの存在はかなり浮いていた。まるでそこだけ切って貼り付けた画像のよう。

「ラハティさん、誰かに連絡は?」

「ああ。部下には大丈夫だと連絡を入れてある。機体が直るまでこの惑星で休むと伝えた」

「ここ、何もないですよ? せめて隣の街まで行けば少しは…」

 遊興施設もある。
 ここには何も見るべきものも、人を癒やす為の施設もなかった。
 小さなオアシス沿いに僅かばかりの緑はあるが、あとはただ砂漠が広がるのみ。田舎というより僻地だ。こんな都会慣れした風情のアレクに我慢できるのかと思うが。

「君がいるだろう? いい話相手になってくれそうだ」

 そう言うと、アレクは口元に優雅な笑みを浮かべて見せた。
 それだけなのに、なぜか頬が上気する。まだまだ子どものソルにでさえ、威力のある微笑みだった。

「俺は…。そんな相手になるほどじゃ…」

「君は幾つになる?」

 ソルは湧いたお湯を、紅茶を放り込んだポットに注ぐ。茶葉がお湯の中で揺らめいた。

「十五歳です…。戦災で孤児になって十歳まで孤児院にいました。そのあと働きにでて、今はここに…」

「そうか…。私は十九歳だ。君から見れば、大人に見えるだろうが、まだまだ子ども扱いでね。しかし、君は孤児だったのか。巻き込まれる前はどこに?」

「エリア7にあったスペースコロニーです…。そこで帝国と連合軍の戦火に巻き込まれ父を亡くしました」

「母親は?」

「俺の小さい頃に病気で亡くなりました。産まれて直ぐだったんで記憶にないですが…」

「そうか…。色々不躾に聞いて済まなかったな」

「いいえ」

 アレクの前に紅茶の入ったカップを置く。高価な茶葉ではない。大した味はしないだろうが、白湯よりはマシだろう。

「ありがとう」

 それでも熱いそれは冷えた体にあっていたのか、嬉しそうに口にする。

「あの…何か食べましたか?」

「いや。すぐに引き返すつもりだったから何も。戦闘機にも積んではいない。二時間ほどで帰る予定だったからな」

 アレクはカップを一旦置くと、軽いため息をつく。ソルは恐る恐ると言った具合に口を開いた。

「簡単なものしかないですが、食べますか? パンとスープくらいですけど…」

「いいのか? 君の食料だろう?」

「また焼けばいいんで。スープも残り物ですけど、良かったら…」

 その言葉にアレクが小首をかしげて見せた。

「自分で焼いたのか? スープも?」

「えっと、その、パンは機械に放り込んでおくだけなんで…。スープもたいして手間はかかってなくて」

 パンは自分で焼いていた。
 といっても、廃棄されていたパン焼き器を拾ってきて自分で直したものだ。それはコードが切れただけだったのですぐに直ったのだ。買ってくるよりずっと安い。
 冷凍庫に突っ込んでいた食パンをニ切れ取り出すと、軽く常温に戻してからコンロに乗せた網の上で軽く焼く。
 香ばしい薫りが部屋に漂った。トースターはあるが、こっちの方が焼け過ぎず、丁度いい。スープは明日の朝用に残していた分だが、また作ればいいだけだ。
 それをカップによそう。使い古したアルミの皿に焼けたパンを乗せ、テーブルに置くと、続けてスープも置いた。柔らかな香りが辺りを包む。
 料理は孤児院にいた時に覚えた。当番制で作っていたが、いつしか上手い者が作る様になり。ソルの腕前は中の上くらい。時々失敗しては、孤児院の子たちに非難を受けたのは今では笑い話だ。
 このスープは良く作っていたもので。
 鳥の骨から出汁をとって、野菜を突っ込む。それだけだが、良く出た出汁は身体にしみいる様に美味しい。
 しかし、そんな貧しい食事がこの男の口に合うのか。ソルは恐る恐るキッチンから男の様子を眺めた。
 アレクは先にカップを口に持っていくとそっと口をつけた。大して野菜も入っていない。粗末な飲み物に違いないのだが。
 ひと口飲んでから顔を上げた。

「…これは。美味しい。君が作ったのか?」

「はい。鳥ガラはほとんどただで手に入るんで。それを放り込んであとはただ煮込むだけなんです…」

「そうか」

 アレクは感心したように、目を瞠ると嬉しそうに二口目に口をつけた。その後、切り分けたパンをひと口放り込むと。

「パンも小麦の味がきちんとする…」

「小麦はここで良くとれるんで、安く手に入るんです。でも、それ以上メニューは増えることがなくて…。多分、ここで過ごすなら毎日それになりますけど…」

 さすがに飽きるだろう。メニューを増やす為、明日、仕事終わりに市場へ寄った方が良さそうだった。しかし、アレクは。

「別に私はここへ余暇を過ごす為にきた訳じゃない。これで充分過ぎる程だ。きちんとその分の報酬も支払おう」

「そ、そんなっ。俺のはいいですよ! きっと、工場長ががっぽり貰うだろうから…」

 金持ちと見れば途端に修理代を釣り上げるのだ。取れるものから取って何が悪いとは良く口にするが。
 アレクは笑むと。

「ふん。それに見合った修理をしてもらえるなら、その工場長にも払うがな。私は君に依頼したんだ。君に払いたい」

「お、俺に?!」

 アレクはちらと部屋の端末に目を向けると。

「先ほど目に入ったが、君はかなり特殊な情報も調べている様だな? 戦闘機の設計図もあった…。そんなものが描けるとは普通ではないだろう?」

「あれは…。父が、そういった仕事をしていた影響で見様見真似で…」

「君はまだ十五才だろう? いったい何時父君にそれを教わったんだ?」

 アレクは興味津々と言ったところだ。ソルは正直にすべてを話す。

「…その、父と過ごしたのは六歳くらいまでで。遊びの延長で戦闘機を設計したり、戦艦の構造を調べたり…。なんか色々。凄く楽しかった…。本当は、パイロットになりたくて。でも…無理なんです」

 そう言って肩をすくめると、アレクは不思議そうな顔になる。

「どうしてだ?」

 ソルはなるべくあっけらかんとした口調になる様努めると。

「必要な学歴がないんです。それを取るためのお金もない。…だから諦めました。こうして辺境の工場での修理も楽しいですし、悪くないって思ってるんで」

「そうか…。色々聞いて済まなかった」

 簡素な食事は話しているうちに終わってしまっていた。皿やカップを下げながら。

「あの、シャワー使いますか? 普段、夜は水しかでないんですけど、設定を変えれば出るんで」

「いつもは水で済ませているのか?」

 驚いた様に聞き返してくる。
 それは驚くだろう。部屋にいてもこの寒さなのだ。使わないなど考えられないだろう。
 しかし、厳しく言いつけられているため、命令は無視は出来ない。もし勝手にお湯を使えばその分、給料から天引きされるのが落ちだ。
 けれど、今回はそれでもいいと思った。流石に客人に水のシャワーは薦められない。

「工場長が夜はお湯の使用禁止にしているので…」

「それはなかなか難儀だな…。私がお湯を使ってもいいのか?」

「大丈夫です。訳を言えば分かってもらえると思うんで。着替えは…俺ので良ければ。洗濯はちゃんとしてあります」

 確かオーバーサイズのスウェットの上下があったはず。余りに寒いときはそれを一番上に着ていたのだ。それならアレクにもなんとか合いそうだった。

「何から何まですまないな。これでもかなり冷や汗をかいてしまってね」

 それは謙遜だと思った。あれ程の腕を持つのに、冷や汗などかくはずがない。
 ソルはタオルを手渡すと、キッチン脇のドアを開けた。大人一人はいればいっぱいいっぱいのユニットバスがある。着替えは外のキッチン脇でするしかないのだが。

「俺、ちょっと外に出てきます…」

 バスタオルをテーブルに置くと、なんとなく着替えを見てはいけない気がして、視線を逸らすと外へと出た。
 アレクが背後で笑った気がしたが、気のせいかもしれない。
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