カーマン・ライン

マン太

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第1章 出会い

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 その日も一日、アレクと共に戦闘機に張り付いていた。そのお陰で故障個所の見当がつき、修理のめどが立つ。
 朝アレクに伝えた通り、あと一週間程度あればなんとかなりそうだった。
 午後の日差しの中、ソルは額の汗を拭い機体に手をかけながら、

「アレク、少し特殊な部品が必要だから、それを取り寄せるのに時間がかかるけど、それさえつければ何とかなると思う。この出力が安定していなかったからエンジンに上手く力が伝わっていなかったんだ。この回路を見直してプログラムを組み直せば、上手く行くと思う」

「そうか。確かになんとかなりそうだな? 君がいてくれて助かった。後でうちの整備士にも報告してくれるか? 私からより君からの方が伝わりやすいだろう。通信はここのを使ってくれ。直通だ」

「分かった。部品の発注が終わったらすぐに連絡する」

 しかし、ふと顔をあげ。

「…でも十五のガキが言う事を帝国の整備士が信用するかな? 俺みたいな子どもより、あなたからの方が安心するんじゃ──」

「そんなことはない。皆、気楽な連中だ。私の部隊は傭兵ばかりだからな? 帝国の正規兵ではない」

「傭兵…?」

「工場長には帝国軍だと伝えたが、今は仮にそこへ所属しているだけだ。私が部隊長となって率いている。年齢も身分も性差も関係ない。荒っぽいものも多いが、見た目や口調だけで、中身はちゃんとしたものばかり集めている。君をバカにするような輩はいないさ」

「ふうん…」

 そうだったのか。

 てっきり帝国の軍部で肩で風を切って歩いているのかと思った。アレクがそうしていても、何も不思議ではない。
 それが傭兵部隊だったとは。

「その目は信用していないな? いいさ。実際に話してみるといい」

 アレクはソルの肩を軽く叩き、口元に笑みを浮かべて見せた。


 その後、戦闘機に装備された通信機器でアレクの部隊の整備士と話した。
 アレクの言った通り、確かにソルの幼い声音を聞いても、邪険な対応をしたりバカにしたりはしない。
 初めこそおや? という感じだったが、修理の話になるとそれも無くなり、いつの間にか互いにあれこれ聞きあっていた。
 相手をしてくれたのは帝国軍所属であり、アレクの傭兵部隊時代からの部下である男で、名前をゼストスと言った。
 やさしい声音だ。きっと普段も穏やかな人物なのだろう。

「なるほど。じゃあ、ここは触らない方がいいですね──はい、じゃあこっちを先に──」

 そんなやり取りを傍らで腕を組んで機体に背を預け、聞くともなしに聞いているアレクがいた。
 日中はサングラスをかけているため、どんな表情をしているのか分かりにくいが、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
 通信を終え、今の話の結果をアレクに報告した後。

「君は…ここにずっといるつもりか?」

 サングラスを胸元にしまうと、おもむろに口を開いた。ソルはきょとんとしたあと、直ぐに視線を落とし。

「他に行く当てもないし。今はここで満足しているから…」

 アレクにも話した途方もない夢は、叶うことはないのだ。
 だったら、この仕事でも十分満足できると思っていた。
 中立地帯のここならば、戦争に巻き込まれる心配もない。いつまで居られるかは分からないが、また同じ職種に就けるかは分からなかった。
 今は職を変えようとは考えてはいない。

「そうか…」

 アレクは思案顔になる。
 それを不思議に思いつつも今後の日程を告げた。

「四、五日で部品が届くから、それをつけたら試運転してみる予定だ。…俺が操縦しても?」

「勿論だ。しかし、君は初めてだろう? 私の操縦を見てからの方がいいだろう。一緒に乗ればいい」

 この戦闘機は二人乗りだった。前後に配置されている。もちろん一人でも操縦はできるようだったが。

「でも、何かあったら…」

「何かはない。君と私の部隊の整備士とで見ているんだ」

「…わかった。でもいつでも脱出できるようにしておく」

「用心深いな? 私は大丈夫だと思っているが──」

 何か思案するように視線を揺らしたあと、そう口にした。

 どうしてそう思うんだろう?

 確かに修理の知識や技術はある事は理解出来ただろうが、操縦の腕がどうかは全く分からないはず。

「できる限り、安全に操縦するよ」

 アレクはそれに肩をすくめ笑みで答えたのみだった。

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