カーマン・ライン

マン太

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第4章 別離

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 その日の仕事を終え、自室に戻り熱いシャワーを浴びたあと、今回集められた能力者のデータを確認した。
 年に数回ある能力者の選別試験が数日後にあるのだ。能力ありと思われる若者が各部隊から集められ、試験に受かった者は教育を受け能力者としての道を進む。
 ただ、即戦力になるものは今まで出たことはない。
 僅かでも片鱗があるものを見つけ出し、彼らに戦闘時の心構えから特殊な操縦の仕方まで指導をして、僅かな能力が伸びるよう鍛えていくのがソルのもう一つの役目だった。

「これは…」

 タオルで髪を拭きながら資料を覗き込んだ。ディスプレイに一人の青年が浮かび上がる。
 データの中にひとり目を引く者がいたのだ。それは能力だけでなく見た目も。
 十人いればその十人が一度は振り返るようなそんな美貌。金糸に薄い緑の目を持つ美しい青年だった。
 だが、それよりもソルの記憶に引っかかるものがある。ひと目その画像を見た時。

「セス…?」

 懐かしいその名を口にしていた。
 それは孤児院で一番の親友だった少年の名。
 大人しく控えめで。金糸にグリーンの瞳。幼いまでも人の心を惹きつけるそんな容貌をもった少年。その面影が見て取れた。
 まさかと思い、経歴を目で追う。出自を見れば養子となっていた。
 セレステ・ヴァイスマン。年齢二十一才。

 やはり、セスだ。

 セレステと名乗っていたのは覚えている。姓は養子先のものだろう。いつもセスといつも呼んでいて。

 彼が生きてここにいる。

 幼い頃の記憶が蘇り、胸が湧きたつのが抑えられなかった。

+++

 最終試験後の顔合わせ。ソルは指導官として上官とともに同席した。
 その彼が今、目の前にいる。
 幼い頃の面影を残しつつも容貌は大人び身長も伸び、ソルとは十センチ近く差があった。
 最終試験に残ったのはこのセレステと、あと二名。即戦力になりそうなのはセスのみだった。他の二人含め、今後候補生として指導していく予定だ。
 能力者の指導官として現れたソルに、目を見開いたのはセレステも同じ。

「…ソル?」

 互いに自己紹介し握手の手を伸ばした時、セレステが名前を呼んだ。
 ソルは少しはにかんだ笑みを浮かべると。

「やっぱり、セスだな。資料を見て驚いた。それに、嬉しかった。こんな所で会えるとは。とりあえず、また後で話そう」

「…うん!」

 その後、今後の予定の説明が終わり、ようやく話せる時間ができた。
 ソルは自らセレステに寄っていく。昔と違って見上げる形になったのが時間を感じさせた。

「久しぶりだな? セス。…元気そうで良かった」

「ああ。ソルも! 嬉しい! ここで会えるとは…。ねぇ、ゆっくり話す時間はある?」

「夕食後に会おうか。ラウンジはずっと空いてる。そこに二十一時過ぎに。いいか?」

 宇宙に人類が出るようになってからも、時間は二十四時間を区切りとしていた。指標となる時間はそれぞれの首都がおかれている場所となっている。

「勿論。ソル…」

 呼ばれて顔を上げると、セレステがしなやかな腕を伸ばし抱きついてきた。
 フワリと温もりに包まれる。人に抱きしめられたのはいつ振りだろうか。
 その行為に流石に周囲の者も驚いたようで、振り返ってその様子を眺めるものもいる。
 しかし、セレステは腕を解こうとしなかった。

「…ソル。会いたかった」

「俺もだ。忘れたことはなかった」

 躊躇いつつも、同じく腕を廻し抱きしめ返すと、一瞬、セレステの身体がピクリと揺れた。
 しかしそれも直ぐに緩むと、ソルの首筋に顔をうずめ、小さく名前を呼んで来る。

「…ソル」

 あの時と、同じだ。

 幼い頃、身体を寄せ合って眠った日々。
 そうしてしばらく抱き合った後、

「そろそろ行った方がいい。また後で」

 腕を緩め、顔を見上げる。セレステは少し寂し気に笑んだ後。

「分かった…。ラウンジで」

 名残惜しげに去っていくセレステの背を眺めていれば、その様子を偶然目にしたゼストスが声をかけてきた。

「随分と美人な子と知り合いなんだね? あの子は能力者だろ?」

「ああ。今回の募集で集められたうちの一人だ。彼とあと二人残ったけど、後はやや数値が高い程度。彼は──セスは、俺が孤児院にいた時の親友だったんだ。十歳の時に別れて以来、会ってなくて…。こんな所で会えるとは思っていなかったよ」

「君はずいぶんと美人に縁があるようだね? ザインがいなくて良かった。いたら妬いてうるさかっただろうな?」

 確かにここにザインがいればひと悶着あったかもしれない。だが、彼ははるか離れた旗艦にいる。
 そこにはアレクも入っていた。ここで自分が誰と会おうが、彼の耳に入る事はないだろう。

「だろうな。でもここにはいない…。誰も何も言わないさ」

 ゼストスは少し声音の落ちたソルに何かを察したのか、それ以上その会話は続けず。

「まあ、これで少しはソルの周りも賑やかになるな? さて、仕事にもどるとするか…。ザインの奴、俺の調整には端から文句つけるんだから。っとに、たまったもんじゃないって」

 アルバはそう言って笑うとまた仕事に戻って行った。

 そう。誰も何も言わないだろう。

 そろそろアレクからの通信が入る頃だろうか。
 時折、ニュース画像で見かけるアレクはすっかり出立ちも上級士官のそれに代わり、黒と銀を基調とした制服が、さらにその美貌を引き立てていた。
 その後、自らが戦闘機に搭乗することは滅多になくなった。
 連合が解散し、戦闘の機会が失われた所為もあるが、噂では合うパートナーが見つからないらしい。
 もっぱら旗艦にて指示を出す側に回っている。それが正しい姿だろう。傍らにはいつもユラナスが控えていた。

「アレク…」

 ふと立ち止まって窓の外に広がる闇を見つめる。
 アレクは以前、自分と生きるため、自由になる為、帝国を滅ぼすのだと口にした。
 あの言葉がまだ生きているのなら。

 いつか、あの時に戻ることができるのだろうか──。

 星の光の向こうに、アレクの姿を求めた。
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