カーマン・ライン

マン太

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第5章 波乱

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 既にかなりの数の敵を撃ち落としていた。
 一人で対応するには手加減などしていられなかったが、狙った箇所を誤る事はない。
 攻撃不能となった戦闘機が、一機、また一機と後退していく。

『──ソル、あと数分で旗艦が到着します。到着次第、帰還してください』

「了解。ユラナス」

 通信が終わり、帰艦しようとしたソルの前に編隊を組んだ敵機が現れた。
 その動きは不審なもので。
 こちらが攻撃しようとすれば直ぐに機体を翻し逃げる。かと言って離脱する訳ではなく、こちらが再び帰艦しようとすれば、それを阻む様に躍り出た。振り切ろうにも執拗に追ってくる。
 撃墜しようとはしないのだ。明らかに帰艦を邪魔しようとしているのが伺える。

 何を考えている?

 と、突然、アレクの乗る艦が進行方向を変更した。機体が下方へ進んでいる。
 それを見てすぐにユラナスへ交信した。

「ユラナス、何があったんですか?」

『…いえ。なにか──障害が生じてこちらの入力を受け付けなくなりました。進行経路が勝手に変更されたのです…』

 冷静な声だが、どこか焦りも感じられる。嫌な予感がした。

「すぐに戻ります! 俺に対応させて下さい」

『…分かりました。お願いします』

 しかし、ソルが帰艦しようとすると、先程と同じ、それを阻止するように敵機が攻撃を仕掛けてきた。

 理由は、これか──。

 戦闘機含め、どんな機体でも構造は知り尽くしている。実際、設計からプログラムまで全て携わっているのだ。
 自分が艦に戻れば、急な進路変更にも修正が効くかも知れない。
 それをわかって、帰艦を阻んでいるのだ。

 と言うことは、この進路変更も──こいつらの所為…?
 でも、どうやって変えさせたのか──。

 直接、プログラムしたとしか考えられない。そんな事をできるのは内部の、しかもごく一部の者に限られている。
 それに、この機体に乗るのが自分だと知っている者は──。

 まさか──。

 しかし、彼しか知らない。

 でも、どうしてだ? どうして──。

 とりとめのない思考が頭の中を駆け巡る。
 その間にもしつこい敵を何とか振り切り、不意を突いて攻撃し一機ずつ削って行く。
 そうしていれば、巡洋艦のエンジンがふかされた。出力を上げたのだ。

 ワープするつもりか? 

 そうなっては追いつくことができない。

 アレク──!

 なおも攻撃してくる敵機を無視して、無理やり帰還しようとすれば、敵機が矢のような攻撃を浴びせかけてきた。どうしても、帰艦させたくないらしい。

「くっ…!」

 それをまるで曲技飛行のようにかわす。
 二、三発、ビームが翼や腹を掠め火花が上がったが構ってはいられない。
 巡洋艦の周囲に青白い電流が廻り始める。シールドを張るつもりだ。そうなれば帰艦は叶わない。

 間に合ってくれ…っ!

 煙を吐き出しながら艦のゲートに突っ込んだと同時、ワープした。
 その数秒あと、アルバ達が乗る旗艦が到着したが、闇が広がるばかりで、そこにアレクを乗せた艦を見出す事は出来なかった。

+++

 ゲートに滑り込むや否や、機体から飛び降り、アレクのいるであろうブリッジへと向かった。
 すでに機体はかなりの損傷を受け、これ以上、飛行するのは乗るのは厳しい状態だった。良くももったものだと思う。
 入港したポートに人影はなかった。ブリッジへと向かう通路にも。

 何が起こっているのか──。

 明らかに異変を感じる。

「アレク! ユラナス!」

 ブリッジに到着すれば、その中央、提督専用のシートへゆったりと構えたアレクがスーツ姿のまま座っていた。着替えなかったらしい。
 とりあえずホッと息はつくが、安堵するにはまだ早い。
 ユラナスはその先にあるコンソールパネルを士官と共に操作している。
 ソルの声に視線だけ向けて来た。

「ワープ前に乗り込めたのですね…」

「ユラナス。現状は?」

 泰然としたアレクにチラと視線を向けた後、ユラナスの方へ向かった。肩越しにコンソールパネルを覗き込む。

「駄目です…。こちらのパスワードを一つも受付ません。アレクのものでも。これは元々先に組まれたあったプログラムの様ですね…」

 先にプログラムを──。

 やはり、思い当たるのは一人だけ。
 先程からその名前が頭に浮かんだまま消えない。
 ソルが出撃したのを知っていたのも彼だけだ。その情報を敵が知っていたという事は、彼が敵と通じていることを意味する。
 ソルは瞑目したのち─それも僅かな間だが─アレクを見据えると。

「アレク。あなたにお願いしたい事がある…」

「なんだ?」

「敵機は俺がここへ来るのを阻止してきた。俺と分かっての攻撃だった…。撃墜が目的じゃない。俺をここへ来させたくなかったんだ…。理由は──この計画の邪魔になるからだ」

「計画? それは──これが敵の策略だと」

 ユラナスが眉間に皺を寄せる。ソルは頷くと。

「人為的なミスではこんな事は起きません…。俺がここへ来ることは、たったひとりしか知らない。ここまで出来るのも彼しかいないんだ。…ゼストスに、連絡を…」

 アレクは顎に手をあてると。

「面白い事が起こるものだな…」

 そう口にした。

「兎に角、話しを聞いてみてくれ。…俺の勘違いならいいんだ」

「ソル。君がそう思うなら、多分間違いはないだろう。…しかし、信用の置けるものを見つけ出すのは至難の技だな」

 遠くを見ながら呟くアレクの横顔を見つめると。

「あなたが身近に置くものへの判断は、間違っていない。ユラナスも俺もあなたを裏切りはしない。今回はきっと、何か事情があったんだ…」

 長年の付き合いであるアレクを裏切る程の何か。

「そうだな…。君を選んだ事を間違えたとは思っていない」

 アレクは意味ありげにソルに視線を向ける。
 思わず頬が熱くなって、気恥ずかしくなったソルは視線を逸らすと、ユラナスの傍らから別のモニターに目を向けた。
 そこには航路が表示されている。急な進路変更の行き先が気になった。

「この艦は何処に向かっているんですか?」

 ソルの問にユラナスは画面を見たまま淡々と答える。

「予測経路ではこの先にある惑星アウローラに向かっています。分厚いガスに覆われた星で、通常、航行は不可能ですが、不定期にその星を覆うガスが晴れる事があります。その時だけ降下は可能ですが、ガスに覆われれば星からの脱出は不可能になります。今は晴れた状態が続いていますから着陸は可能ですが、直ぐにガスに覆われる可能性がありとても危険な星です。過去人が降り立った記録もありません」

「ガスに…。狙いはそこですね」

 ソルの言葉にユラナスは小さく頷くと。

「これが敵の計画ならそうなります…。そこへ降下すれば、運が悪ければ次の晴れまで閉じ込められます。その晴れが、一時間後なのか、数年先なのか、今の所分析は不可能です。砂とガスばかりの惑星でとじこめられれば、生きていることは不可能でしょう」

「アレクを…そこへ落とす…」

「他にここへ向かわせる意図がありません」

「直ぐにこの艦から脱出を──!」

 そう言って、アレクを振り返れば。

「ワープする直前に、プログラムにより強制的にシールドが張られた。お陰で外側は勿論、内側からも脱出が不可能だ。ワープすると分かった時点でクルーの殆どは脱出させてある。…ザインもな」

「何故、一番に出なかった?」

 ソルは何処か他人事の様なアレクに強い眼差しを向ける。しかし、アレクは笑むと。

「クルーより先に逃げ出すのは性にあわない。今までもずっとそうしてきたからな?」

 そうだった。
 以前、傭兵部隊だった頃も、先陣を切って敵の群れへ飛び込み、退却時はその後方に付いた。腕がいいからと言う理由ばかりではないはず。

「…それに、君が守ると言ったからな? 私に何かあれば必ず君はここへやって来る。その時、私が逃げ出していたのでは格好がつかないだろう?」

「馬鹿な事を…。俺はあなたがいないとわかれば胸を撫で下ろした。あなたは皆に必要とされている。生きなければならないんだ!」

 しかしアレクはそんなソルを面白がるように見返すと。

「私の価値は私が決める。最後まで君といられるなら本望だ」

「話にならない…」

 首を振るとユラナスに目を向けた。

「もう、元を切るしかありません…。先にシールドを解除します。惑星到着までどれ位と?」

「一時間もないでしょう。出来ますか?」

「やって見ます…。残っているクルー達はいつでも脱出出来る様にゲートに待機させておいて下さい。解除したらすぐ脱出です。アレクも──」

 座るアレクに視線を向けたが、先程と表情は変わらない。

「私は君と一緒でなければ出ない」

「こんな時に…。本当に面倒なひとだな?」

「褒め言葉として受け取っておく」

 ソルは小さく嘆息したあと、ユラナスを振り返り。

「コアエンジンの電源を一旦落とします。最低限の電力は残されますが、コアを強制的に落とすせいで、復旧後細部の設定システムが機能しなくなる可能性が高いです。プログラムもこれでリセット出来る筈ですが、航行に関しては全て手動になります。俺はエンジン復旧に回ります。ユラナス、操縦を頼めますか?」

「勿論。これくらいわけありません。──ただ、このプログラムを組んだものならそれも見込んでいるかと…」

「そうなんです。きっと何かはある…。それ込みでも一度エンジンは止めます。覚悟して下さい」

「分かりました」

 ユラナスは直ぐに残っているクルー全員へ退避命令を出す。

「アレクはここでユラナスと──」

「いや。一緒に行こう」

 アレクは素早く座っていたシートから身体を起こすと、ブリッジを出ようとする。

「…アレク?」

「君一人では手に余るだろう? 何かあった時、もう一人いたほうがいい」

「けど…」

「迷う時間はない。行くぞ」

 あなたはここでユラナスといるべきだ。

 そう言いたかったのに、有無を言わさぬアレクの態度に押され、ブリッジを後にする。
 去り際、ユラナスが心配気な視線を向けてきたのが視界の端に映った。

 心配は当たり前だ。
 
 確かに一人で対応出来ない事態も起こりうるだろう。誰かがいてくれれば心強い。
 けれど、それがアレクである必要はない。出来る事ならユラナスと共にいて、緊急時にはすぐに脱出を図れるように待機していて欲しかった。
 ユラナスのいるブリッジの方が脱出には素早く対応できる。隣にある艦長室が不測の事態に備えて切り離され、脱出用のシャトルになるよう設計されているからだ。
 ソルが向かうのは艦の最深部分。何かあっても脱出するのに手間取る。しかもエンジン部分に近い。何かが起こればひとたまりもないのだ。

 分かっていてついてくるのだろう。

 ソルは唇を噛みしめる。
 アレクの思いが嬉しい分、こういった時にはそれが枷となる。

「アレク、コアエンジンを切れば一時的に動力が停止する。すぐに復旧させるが、何が起こるかわからない。充分用心しておいてくれ」

「分かった。君の指示に従おう」

 アレクは笑みを浮かべる。
 緊急事態だというのに、アレクはまったく動じた気配がない。

 いや、いままでもそうだ。

 早々アレクが取り乱したことなどなかったはず。

「分かった…」

 ソルは急いで最深部へと向かった。
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