Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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2.追跡

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 まるで漫画の様な出来事だ。けれど、これは実際に起こったことで。
 トラックはそれから休憩を入れつつ、街を抜け荒野を八時間ほどひた走った。俺はトラックが止まる度、一時地面におりて休憩をいれる。
 訓練で死ぬかと思うようなハードな経験を山ほどしてきたが、こんな訓練はしたことがなかった。ただ、懸垂で静止する訓練は受けていた。お陰で足をかける場所さえあれば、なんとか落ちずにいられたのだ。
 これには、自身の体重の軽さも役立った。俺は他の隊員と比べると、小柄な部類に入る。それでいつも、人より劣っていたのだが、今回はそれが優位に働いたのだ。小柄で良かったと思った瞬間でもある。
 少々、用を足すときが苦労した──どう苦労したかは詳しく聞かないで欲しい。俺にも羞恥心はある──くらい。そして、ようやくトラックは止まった。
 車体が揺れ、どかどかと人が降りる足音がする。これは休憩などではない。続いて、『気をつけろ!』と怒声が飛び、何か重いものをおろした気配。声はしない。でも微かにガソリンの匂いに混じって、嗅いだ覚えのある香りがしたのだ。

 これはっ!

 それはセルサスご愛用の香水の香り。

「やっぱり、セルサス様が乗せられていたんだ…」

 俺はまさにひとりごちた。なぜ、香りを知っているのか。
 もちろん、サポーターズクラブでその情報は出回ってはいた。だが、セルサス独自の配合らしく、使用している香水のブランド名は分かっても、具体的な成分の配合まで知られていなかったのだ。
 しかし、俺は偶然、それを知る機会に恵まれる。軍の訓練をセルサスが視察に訪れたのだ。
 その日、俺の所属していた部隊はセルサス総帥を迎えるとあって、大いに奮起していた。
 セルサスの訪問にあたって、どうやら見栄えを気にしてか、それなりに見目のいいのを出迎えの為に整列した前列に並べた。その中に、運良く加わることができたのだ。
 しかし、それは俺の見栄えが良かったからではなく。友人は天使と見紛うばかりの美貌の持ち主だったのだが──隊の中でも大人気。よく、諍いが起きていた──そいつがその日に限って腹を壊したのだ。(断じて俺の差し金ではないと記しておこう)
 それで、背格好の似ていた俺が選ばれた。
 周りを美形で揃えた中に、少しくらい平凡が混ざっても、美形の威光の陰に薄まって見える。
 確かに俺はその美形らの間に挟まれ、確実に影は薄まっていた。もとい、消えかかっていただろう。
 その前を到着したセルサスが颯爽と通り抜けたのだ。その時が最初で最後、間近でセルサスを見られた機会で。その際、つけていた香水の香りをかいだのだ。

 いいにおい──。

 思わず鼻先をクンクンと去っていく方向に向けてしまい、後で上官に叱責された。
 鼻はいいほうだ。記憶力もそれなりに。俺はそれらを総動員して必死に忘れまいとし、寮に帰りつくまでとどめることに見事成功した。
 そして、すでに収集してあった、セルサス御用達の香水ブランドの製品を、あれやこれやと混ぜ、なんとかもどきを作る事に成功したのだった。
 けれど、それを口外することはなく。ひとりひそかに一日の疲れを癒すときに使っていた。
 それをかぐと、直ぐ隣にセルサスがいるような気がして…。いや。変態ではない。断じて言おう。俺は一ファンとして、セルサスを応援しているだけに過ぎないのだ。邪な思いなど一切ない──はず。
 トラックの動きが止まり、人の気配が消えてから漸く俺は外へと這いだした。そして、トラックから、近くの民家風の建物へと抱えられて連れ去られるセルサスを見たのだ。
 白いスーツに白皙の美貌。意識がないらしく、だらりと腕が垂れていた。

 ああ、乱暴に扱うな! 

 セルサスは乱暴なのが苦手なのに。
 サポーターの中ではそう思われている。か弱く繊細なセルサス様──だと。
 俺は直ぐに腕時計型の通信機で軍へ居場所を発信した。俺以外、誰もこのことを知らない。急いで軍へ知らせて救援を呼ぶべきだ。
 しかし、大人しく救援を待っていては、その間にセルサスに何が起こるかわからない。それに奴らの手にあるうちは、こちらも手を出せないのだ。

 なんとかして、助け出せないだろうか。

 俺は必死に考える。と、そこへ近所に住むらしい、子どもらが籠を手にほてほてと民家に近寄ろうとした。
 見張りに立っていた男が、それを見咎め制止し、何事か話している。そうして、男は子どもらから何かを買ったようだった。
 どうやら物売りらしい。男は今買ったであろう、リンゴらしきものを齧りだしている。案外、のんびりしていると思った。

 しかし、これは使えるな…。

 俺はそっと民家を離れ、去っていく子どもたちのあとを追った。



 そうして、しばらくのち、俺はすっかり地元の子どもと化して、民家の前に立った。
 子どもたちにそれ相応の金を払い、彼らの衣服と商売道具を借りたのだ。籠の中には、奴らがきっと好きだろうと思われる酒が入っている。
 ただし、これは樽になっていて、瓶かコップに小分けしなければならなかった。とすれば、建物の中へ入って移し替えの作業をするしかないだろう。中へ侵入する絶好の機会だ。

 なんとしても、これを使って中に入ってやる…。

 入ればこちらのものだった。


「おい、今度はなんだ?」

 警備の男はすっかり警戒を解いている様子。俺は籠をわざと重そうにかかえながら──本当はこの程度、子犬を抱える程度の重さに等しい──しおしおとした顔を作り。

「父ちゃんが、酒も売って来いって。これ、売らないと晩飯がもらえないんだ…」

 しょぼんとする。頭には茶けたターバン。身体は薄汚れたくるぶしまである長衣を纏っている。下履きはなくパンツのみなのがスースーして落ち着かない。
 本当は防弾チョッキの類を装備していたのだが、そんなものをつけていては直ぐにばれてしまう。仕方なく防弾素材のアンダーシャツまでも外してきたのだ。
 顔も土で汚していた。いかにも貧しい家の子だ。ちなみに、ここでも俺の小柄案件は発揮される。どう見ても成人近い青年には見えない。十代半ばのガキンちょだ。心底、成長しなかった自分を褒めたたえた。

「ち、しょうがねぇなぁ…。樽で売ってんのか? 仕方ねぇ。──おい!」

 そう言って、民家の勝手口に向かって怒鳴った。

「酒だってさ。なんか適当な入れ物ねぇか?」

「酒か! 丁度切れそうで困ってたんだ。おい、こっちこい!」

 勝手口が開き、少し小太りの、いかにも料理好きそうな男が顔を見せた。

「はい…」

 俺はひょこひょこと裸足でそちらに向かう。足の裏には小石や小枝、岩が刺さった。流石に痛かったが、先ほどの子どもたちも裸足で。まさか上等なブーツなど履いていられない。変装の為には致し方なかった。
 おどおどしながら中へと入る。裸電球の点るそこは薄暗く、狭いキッチンとなっていた。男は棚を漁って適当な入れ物を探している。
 俺は勝手口とは異なる、中へと通じるドアに目を向けた。そちらからは何事か話している声が聞こえてきている。すぐ隣が部屋となっているのだ。
 そっと戸口によって耳をそばだてる。聞こえるのは野太い声と、静かな声音。

 この声は──。

 思わずごくりと唾を飲み込む。ドアの向こうにセルサスがいるのだ。



「──いいから大人しくしている事だ。やれ」

「何をする気だ?」

「手足を拘束するだけじゃ危なっかしくてな。少し大人しくしてもらう」

「…それは?」

「なに、少しの間、視界がぼやけるだけだ。成分は麻薬だが、強くはねぇ。視神経だけに効く奴だ」

「それの効果はいつか消えるのか?」

「まあ、いままで失敗したことはねぇな。そのまま見えなくなった奴も稀に居たが──押さえろ。暴れるなよ? 注射針が折れて入ったら厄介だからな」

「っ──! やめろ!」

「ふん。そう言われて止めると思うか? あんたには大人しくしてもらわねぇとな。このまま一生、大人しくしてやってもいいんだが、それは俺がやることじゃねぇ。ボスが蹴りをつける。あんたはここからまたヘリで移動だ。二度と帰れるとは思うな。──あんたの父親にはずいぶん苦しめられた。その償いをあんたが担ってもらわなきゃな」

「…濡れ衣だ」

「ふん、悪い奴はみんなそう言うさ。──そら、そいつは即効性だ。これでどこにも逃げられねぇ。──しかし、綺麗な顔してんな? 男とは思えん…。どうだ? 俺と楽しんでみるか? 経験はある…」

 げひた笑いが起こった。

「ここであんたが俺たちの慰み者にでもなれば、少しはお前の父親に殺された奴らも浮かばれるかもしれねぇな!」

 どっと笑いが起こった。はやし立てる声もあがる。セルサスの落ち着いた声音が聞こえた。

「──お前たちは誤解している。俺はずっと父の行いに反対してきた。だが、そのおかげで国の外へ放逐された…。今回、父親の死により呼び戻されたが、奴ら父の部下たちの言うことを聞こうとは思っていない。俺を解放すれば、それを証明してみせよう」

「ふん、命乞いか? だったらもっとましな命請いをしてみせな──」

「よせ!」

 人と人が争う音がした。何かが破ける音もする。
 もう、黙ってはいられない。俺は酒樽を抱えたまま、その部屋へと飛び込んだ。

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