Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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3.救出劇

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「うわ! っと、すみません!」

 飛び込んだ拍子に、すぐそこに立っていた男の服へ酒をぶちまける。赤いワインが血の様に散った。樽の口をわざと緩めておいたのだ。

「なんだ! お前は──」

 ワインをかけられた男が怒鳴る。

「す、すみません! 父ちゃんに言われてお酒を売りに来たんですが、入れ物が無いようで…。どうせなら、こっちで直接飲んでもらえればと…」

 酒樽を抱えたまま、しおしおと小さくなって見せた。部屋はそう広くない。十歩も歩けば壁にぶち当たる。
 中には成人男性が五人。皆、着ているもののどこかにそろいのしるしがあった。赤地に黒で描かれたクマがガバッと口を開いたマーク。このマークには見覚えがあった。マッドベアーズとかなんとか言ったはずだ。ださ。
 テロリストの中にもグループがいくつかあって、この連中は確か平和を取り戻す為、悪漢ラファガの息子セルサスを抹殺するとかなんとか言っている一派で。特に柄の悪い連中だ。
 言っていることは威勢が良かったが、実際やっていることは最低で。根城にした村や町にはびこり、そこで悪行を重ねている連中だ。こんな奴らのマークに使われたクマもいい迷惑だ。
 その男らの足元、中央の床に横たわるセルサスの姿があった。上着をはぎ取られ、シャツの胸元が破れかけたその上に、髭面男が跨がっている。こいつがリーダー格か。
 スラックスのボタンとチャックが外れかけているのが危険度を示していた。薄紫の瞳はこちらに向けられているが、視点が定まらない。いつもオールバックに整えている銀色の前髪が乱れ、乱暴にされたのが伺える。

 この野郎。この野郎。この野郎──。

 俺たちのセルサス様になんて無体を。ゴゴゴッと背後に炎が立ち昇る。
 カッと頭に血がのぼる思いがしたが、ここで暴れては元も子もない。それをなんとか押さえこみ。

「あ、あのう…。どうせなら、先に飲みませんか? お兄さんたち、お時間はあるのでしょう?」

 しなを作る。きもいぞ。俺。

「あ! このガキ! 勝手にそっちに入りやがって!」

 キッチンにいた小太り男が、ようやく見つけた空壜を手に、キッチンに引き戻そうと俺の首根っこを掴んだが、セルサスの元から立ち上がった髭面男は、俺を上から下まで見やった後。

「──いや、いい。どうせ後で飲もうと思ってたところだ。…飲みながらやってもいいしな」

 髭面男はセルサスを見おろしニヤニヤ笑った。周囲の男たちからは笑い声と同意の声があがる。
 そんなやり取りに小太りの男は首をふって、俺にコップをあるだけ手渡すと、またキッチンに戻って行こうとした。そんな男の袖をついと引くと。

「ああ、お兄さん。あなたもどうぞ」

 そう言って、今渡されたばかりのコップになみなみとワインを注ぐ。

「お、わりぃな」

 小躍りしそうな笑みを浮かべ、小太り男はコップを手にキッチンへと消えていった。皆にもささっとコップを手渡すと。

「とにかく、飲んでください! それで、お金を払ってくれれば、俺は消えるんで…」

 急いで注いで回る。男たちのコップにも次々と零れんばかりにワインが揺れた。

「これは、親父の自慢の酒なんです。ここでは一番の出来だって」

「ほう。どれ──」 

 先ほどセルサスに手を出そうとしていた髭面男が、一番先にコップに口をつけた。一口飲んで目の色を変える。

「確かに。おい、お前、帰らずに暫く相手をしろ。──どうせ帰ったってろくに飯も食えねぇんだろ? 俺が面倒みてやる…」

 にやりと嫌な笑みを浮かべてみせた。下心ありありだ。

 ち。今度はガキに手を出すって寸法か。こいつ、見境ねぇな。

 ワインが上手いのは当たり前だ。近くの売店で、一等高い酒を購入して、入れ替えたのだ。それに、ちょっと細工もした。
 俺は髭面男の意図を知ると、わざと着物の裾から太腿辺りを露にし。

「えっ! で、でも、俺、そう言うの初めてで──」

「いいじゃねぇか。こ汚いガキでも、役には立てるってもんだ。俺は優しいぜ?」

 どっと笑い声があがる。言いながら髭面男の目は俺の露になった腿に確実に釘付けになっていた。てか、ちょっと鍛えてるのがバレそうだが、それも普段運動していると言えばなんとでもなるか。
 男は椅子に座ると、酒を煽り俺を片腕に引き寄せ抱いた。ヒゲモジャの腕が腰に絡まる。

 うげっ、こんなひげ親父。嫌だ。うぐぐ。でもここは──。

 視界の端に眉を顰めるセルサスの顔が見えた。何が起ころうとしているのかは今の会話で十分わかる。俺への心配と男への嫌悪の顔だ。俺はそんなセルサスを見て奮起した。

 なんとしても、セルサス様を助け出す!

 サポーターズを甘く見るな!



「お前、こうしてると、結構いい体してんじゃねぇか。ガキの割には──色っぽいな…」

「え? そ、そんな、初めてですぅ。そんなこと言われたのぉ」

 いや、ほんと。色っぽいって。初めてだっての。こいつ、もう酔ってんのか?

「無駄な肉がねぇな…。食ってない割には、いいつき方だ」

 男の手が無遠慮に腿や尻、腰をまさぐる。

 いい加減にしやがれ! 

 と怒りマークをひっそり額に隠しつつも。

「ん…っ。そんな、触り方──」

「お? いいか?」

 男の鼻の下が伸びる。ほうほう。本当に伸びるって、こういう事を言うのか。

 ワザとらしく反応して見せると、図に乗った男が覆いかぶさるように抱きついてきた。俺は近くにあったテーブルに乗り上げる形になる。

 うげ! や、やめろ! どこさわってんだ! この下衆やろう!

 しかし、あとちょっとだ。
 あと、ちょっと。髭面が首筋に触れてくる感触が気色悪い。太くごつごつした手が俺の腿を抱え上げようとしたところで。

「?」

 男が突然、目をこすりだした。そうして、幾度か瞬きを繰り返す。

「どうしたんです? もう終わりですかい?」

 同じく酒を飲んでいた部下が声をかけてきた。リーダー格の男の手が止まったことで、じれたらしい。
 と、その男の隣にいた男が、コップを突然取り落とした。ガチャンとガラスの割れた派手な音がする。そして、その場へどっと倒れこんだのだ。

「? どうしたお前──」

 と、言う間に、その声をかけた男もコップを手にしたまま、前のめりに倒れこむ。
 そのままドミノの如く見る間に次々と倒れこみ、気がつけば残るはリーダー格の髭面男のみとなった。

「なんだ? お前ら──」

「ふん。調子に乗りすぎだ!」 

 俺は両手で髭面をぐいと押しのけ、その胸元を足で蹴り上げると腕から逃れ、セルサスと男の間に立った。腰に手をあてビシッと髭面男へ指を差し向けると。

「ここにはじきに、帝国軍が来る。──お前らは即、拘束だ!」

「なに?!」

 髭面は俺に向かって飛びかかろうとしたが、足元がおぼつかずそこへ横転する。

「く、くそう…。ガキの癖に何を!」

 男は何度も目をこすり、眠気を振り払おうとしているが、それは無理だと分かっていた。
 なんせ、致死量とまではいかないまでも、それに近い量の睡眠薬をワインに混ぜ込んだのだ。俺たち下級兵でも、そう言った類の薬は貸与されている。いざという時の為だ。
 それが今だ。髭面男は直に動けなくなるだろう。が、男は尺取り虫のごとく足掻き、あまつさえ俺の足首を掴もうとした。

「お前は大人しくしとけっての!」

 男の後頭部に蹴りを入れて、昏倒させる。
 素足で良かったな。いつものブーツだったら流血ものだ。

 これで良し。

 俺は直ぐにセルサスに向き直ると、半身を起こしていたセルサスの傍に片膝をつき。

「セルサス様、今のうちです。俺が目の代わりになりますから。──さあ」

 セルサスの着衣の乱れを整え、腕を取って肩に回させる。

「ああ…。ありがとう。君は──隊員か?」

「そうです。セトと言います。第六十部隊所属セト・アキバ一等兵です。ま、名前なんて忘れていただいてかまいませんが、一応。不審者ではないことをお伝えしておきます。──では急ぎましょう」

「──わかった」

 俺はセルサスを支え立ち上がると、そっと勝手口から裏の庭へと回り、民家を後にしたのだ。キッチンではイビキをかいて小太り男が眠りこけていた。



 民家の裏は山へと続いていた。その山を越えた先にある平原で、迎えに来た軍と落ち合う予定だ。
 民家へ乗り込む前、今身を隠している藪の中へ脱いだ制服を隠してあった。あとで服を貸してくれた少年らは、ここへ貸した服を取りに来る手はずになっている。
 急いで元の制服へと着替えブーツも履くと、セルサスには用意しておいた黒の衣装に着替えさせた。流石に白のスーツでは暗闇の中、見つけて下さいと言っているようなものだ。
 これは少年らの父親のものを買わせてもらったのだ。着古しているが、この方が目立たなくていい。ここの村人が着る長衣だ。子ども用と違って膝くらいの丈で、下はラフな緩いパンツスタイル。
 靴は流石に裸足やサンダルはきつい。きちんとブーツを用意した。こちらは酒を買った時に購入した中古。だが、ものはいい。
 しかも、セルサスのサイズにピッタリだったのだ。ちなみにセルサスのスリーサイズ及び身長、手足のサイズに至るまで、サポーターの間では周知の事実だ。
 セルサスの着用していたスーツも靴も、もったいないが、少年らに払い下げる事になる。──てか、俺が欲しい。
 着替えに渡した衣装は黒地、いい塩梅で敵の目から姿を隠してくれるだろう。
 俺はセルサスが脱いだものを用意していた古びた布で包み、更に革袋につめると藪の中に隠し振り返った。

「どうですか? サイズは──」

 セルサスは目も見えていないのに、渡した服を間違いなく身に着けていた。どうやらまったく見えていないわけではないらしい。

 てか、ちょっと──いや。だいぶ、カッコいい…。

 異国風の黒い長衣に銀色の髪、紫の瞳はやたら映えて見えた。

 いつも白だけれど黒もいいよなぁ…。

 つい見惚れる。

「セト?」

 声が途切れたのを不審に思ったのか、セルサスが声をかけてきた。

「あ? ええっと、サイズはあってますね。ちょっと寒いですが暫く我慢してください」

 ちなみに、セルサスは防弾素材のアンダーシャツを身に着けていた。もともと着ていたものだ。俺は防寒対策も兼ねて、さらに自分のつけていた防弾チョッキも着用させる。

 これでよし!

 しかし、セルサスは訝しげに。

「セト…。これを私が身につければ君はどうなる?」

「大丈夫です。俺も防弾素材のシャツは着てますから。それに、俺の方が厚着ですし。そいつはは防寒にもなります!──っと、あとは…」

 俺は自分の胸元に目を向けた。
 首から下げた麻ひもの先には素朴な木彫りの木片が揺れている。お守りだ。
 白い木肌を五センチほどの大きさの長方形に整え、表は木の葉、裏には文字が彫り込まれている。木の葉はこの樹の葉の形で、文字は精霊の名前だ。いまだに、鼻を寄せるといい薫りがする。
 これは祖母が軍に入隊すると知って、わざわざ近くの精霊を祀る社から取り寄せてくれたものだ。
 自然崇拝の地域で、その地方では有名な精霊のものだった。聖域に生える朽ちた霊木を削って作ったものだが、かなり霊験あらたかで、これを持っていたお陰で何度も命を救われたのだ。
 森に潜んでいたテロリストに突然襲われた際も、なぜかテロリストの銃が暴発して、その間に大急ぎで逃げて助かった。
 地雷が設置されていた時もそう。一歩、踏み出そうとしたその先にテロリストの戦車が現れた。慌てて足を引っ込め引き返せば、追いかけてきた戦車が、さっき一歩踏み出そうとした所へ通りかかり自分たちの仕掛けた地雷で爆発したのだ。
 運がいいだけだ、そう人は言う。けれど、俺はこのお守りのおかげだとずっと信じているのだ。
 俺はそれを首から外すと、

「装備の最後に、これどうぞ──」

「…なんだ?」

 セルサスはそれが見えないため、首をかしげて見せる。その素振りが存外、幼く見えかわいかった。

「祖母がくれたお守りです」

 そう言って、否応なしにそれをセルサスのすらりとした首筋に結び直した。若干背伸びが必要なのが悔しい。

「実は…かなり効くんです。どんな危険も避けていくんです! 俺は──そう信じています」

「そうか…」

 どこか不思議そうな顔をして見せ、白い指先でそれに触れていたが、嫌そうではない。
 まあ、内心は分からないが。それでもいい。とにかく、これの効き目は俺で実証済みだ。

「しかし、これは君がつけていた方がいいんじゃないのか? せっかくお祖母さんが贈ってくれた物だろう?」

「いいんです。それでセルサス様が助かるなら! ──とは言っても本当に気休めですけど…」

 さて。俺は気合を入れ直すと。

「このまま、林を抜けて山に向かいます。俺の位置情報は、追尾システムで位置情報を本体に送っているので、安心してください。えーと、落ち合う場所はこの山の向こうになります。平原が続くのでそこにヘリが到着予定です」

 山側の藪へ入ろうとしたところで、アジト周辺が騒がしくなった。どうやら逃げたのが他の仲間にバレたらしい。騒ぐ声がここまで聞こえてくる。
 すぐにトラックのエンジンがかかり、民家から人が運び出されていくのが見えた。眠りこけている連中を運び出しているのだろう。

 ふんふん。逃げる気か?

 そう思い、茂みに身を潜め様子を伺っていれば、すべての人が運び出され暫くしたあと、突然、民家が爆発したのだ。空気がビリビリとその振動を伝えてくる。
 そして、冒頭に戻るのだった。

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