Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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18.闘技場

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 会場に着くと、直ぐに施設を運営するオーナーが姿を現し、恭しくカラザを出迎えた。
 カラザはそれに手を上げて応えたのみで、直ぐに場内へと向かう。

「すごい…」

 鉄扉を押し開き中へと入ると、場内は熱気と怒号に包まれていた。
 闘技場はすり鉢状に作られていて、下段へ行くほど低く舞台に近くなる。その中心へ向かって皆、腕を振り上げ激を飛ばし、声を張り上げていた。俺が到着した場所は、丁度中ほど。

 あの中に、セルサス様が?

 人垣の所為でまったく様子を伺うことができない。特に俺は小柄の所為もあって、気をつけなければ踏みつぶされても可笑しくない状況だ。

 セルサス様!

 それでも、俺はその人垣を必死にかき分けようとしたが、それをカラザが肩を掴んで引き留めた。

「こっちだ」

 カラザは再び俺の腕を取って、人ごみに溢れる通路を進む。横にあった裏口を抜けて、エレベーターに乗り込むと、上階を目指した。目的の階に到着し、降りると更に進み錆びた鉄扉の前に行きつく。

「ここから先は、来賓用の席だ。こっちの方がよく見える。──行くぞ」

「ん…」

 頷く俺の後には、カラザの部下が続く。先ほどの黒髪の男ブラウもいた。それぞれ武器を手にしているのだが、誰も注意はしてこない。カラザが何者か分かっているのだろう。
 ドアを開けると、途端にものすごい歓声と怒号に包まれた。互いの声などろくに聞こえない。
 俺たち以外の人影はなかった。カラザはそのまま俺の背を押しやって、席の前へ立たせる。
 そこには簡単に断ち切ることなどできない鉄製の檻があった。それは円形となっていて、その内側の中央に求めるものの姿を見つける。

「──セルサス様!」

 俺はその格子に飛びついて声を張り上げるが、あっという間にかき消されてしまう。
 セルサスは今、かなりの巨漢な男と渡りあっていた。
 すらりとした体躯のセルサスに対し、男はずっしりとした重量をもっていて、ぜい肉ではなく筋肉で出来上がっているようだが、いかにも身体は重そうだった。
 セルサスの手には刃渡り三十センチほどのサバイバルナイフが握られている。対する男の手には鎌状になった斧の様な得物が握られていた。
 それを重量のある体躯に似合わず、機敏な動きで振りかざしている。セルサスは防戦一方だ。

 なんてこと──。

 俺は息をするのも忘れて、それを凝視した。

「銃を──銃をくれっ!」

 ここからなら、相手を撃つことができる。しかし、カラザは冷静な声音で。

「そんなことをすれば、ここへ怒りに駆られた連中が一気に押し寄せてくる。暴動が起こるぞ。相当の金が動くからな? みな必死だ。俺はこんな所で圧死したくない」

「けどっ! このままじゃ──」

 セルサスがやられてしまう。俺はカラザの胸元に飛びついた。

「今すぐにこれを止めてくれ! 頼む! セルサス様はこんな所で命を落としていい人じゃない! この国の将来の為に、生きなきゃならない人だ! こんなことで──」

 こんなことで失くせない──!

 するとカラザは面白がるような表情を浮かべ、場内へ目を向けた。

「手は回した。──が、その必要はないかも知れないな。これが、四戦目だ。見てみろ。お前の主はかなりやれる奴らしい…」

 え──?

 カラザに肩を掴まれ、無理やり前を向かされた。押し出されるようにして、再び見下ろしたそこには。

「──勝負あり!」

 どっと歓声が上がる。レフリーらしき男がセルサスの立つ側へ旗を振り上げた。
 見れば件の大男が地面に伏している。その身体の下からは血だまりが出来始めていた。脚や腕の腱も斬られている。致命傷は負わせていないらしいが、これでは立つことも、腕を振り上げることもできないだろう。
 対したセルサスは、自身の血と相手の返り血で真っ赤に染まっていた。
 上は件のロケットのついたネックレスの他、白いタンクトップのみ。下は軍の兵士が身につけるようなパンツを履いていた。それが血に染まっているのだ。
 よく見れば身体のあちこちに打撲の跡や切り傷もある。ここまで来るのに相当やりあったのだろう。崩れた髪も血でまだらに染まっていた。ナイフを右手に握り、肩で大きく息をついている。

 セルサス様…。

 俺は檻を掴み、見下ろすことしかできなかった。



「早く…、早く止めてくれ!」

「殺しはしないと、今、連絡を受けた。──まあ、見てろ」

「無理だ! 生かしておくはずがない! こんなこと──」

「なんだ。ここまで生き残った主を疑うのか? 奴は何者だ? ──俺たちと同じ匂いがする…」

「セルサス様はセルサス様だ! 他国に留学はしていたけれど、こんな危険に身を晒すようなことは──」

 そこではたと思いだす。

 もしかして、無茶の中にはこれも含まれているのか?

 留学中、何をしていたか具体的に聞いたことはない。こういった荒れた土地で危険に身を晒したことがあったのだろうか。
 いや。そもそもこのイムベルを知っていた可能性も高い。でなければ、あのように勝手知ったる様に路地を走ることなどできないはず。

「まさか──」

「なんだ? 思い当たる節でも?」

「…わからない。本人から…聞いたことはない…」

 カラザは俺の背後に立つと、同じ様に檻の淵に立ち、会場を見下ろした。そうして、俺の肩に手を置き、耳元へ口を寄せる。

「──奴が気付いたぞ」

「え…」

 その声に再度、場内を見下ろせば、確かにこちらに顔を向けているセルサスがいた。
 驚きに薄紫の目が瞠られ、直ぐにその目が細められる。それは俺の背後に向けられている様でもあり。

「──あいつに、勝ち抜いて欲しいか?」

「あ、当たり前だ! けど、その前にこのバカげた戦いを──!」

 言い終わらないうちにぐいと顎を取られ、その先の言葉を飲み込んだ。──いや、飲み込まれた、が正しいのかもしれない。
 カラザが俺にキスをしたからだ。

 なんでだ?!

 今までのどこにそんな流れがあった? 振りがあった? 俺はセルサスを助けたくて必死なのに、なんのバツゲームだ!? 

 大混乱だ。
 突然の凶行にカラザの胸元を叩こうとするが、逆に檻に手首を押し付けられ身動きが取れなくなる。
 まるで見せつけるように暫くそうしていたが、ふっと力を緩められ、手が自由になると、俺はすぐさまカラザを押しのけた。

「な、なにをすんだっ!」

 すぐに口元を手の甲で拭う。

「──ほら、奴のケツに火が付いた。何が何でも勝って俺に会おうとするさ」

 カラザはそう言って笑うと、なおも俺の腰辺りに腕を回し抱こうとする。俺は必死で抵抗した。

「ふ、ふざけるな! 俺に興味なんてないくせに!」

「ああ。興味はないが──奴の感情の動きには興味があるな…」

 ちらと見た会場内のセルサスはまるで燃えるような視線でこちらを見上げている。すべて見ていたのだろう。
 そうこうしている間にも、次の対戦相手が場内に入ってきた。先ほどよりも更に巨漢の男だ。
 手には鎖カマのついた得物を手にしている。その片側は棘のついた鉄球がついていた。殆ど筋肉の塊の様な身体で、顔半分を鉄の仮面で覆っていた。多分、そちら側の顔がかけているのだろう。

 あんなの──。

 どう対処しろというのか。
 俺は気が気ではない。カラザの腕が腰にまとわりつこうが関係なかった。檻の格子を握り締め、セルサスを見守る。

 セルサス様──!

 だが、意外に早く決着がついた。
 セルサスは幾度か巨漢の男の鎌をかわし、鉄球も避けると、男が振り上げた鎌が地面に突き刺さった所を踏みつけ、さらに動きを封じた。
 そうして必死に鎌を抜こうとする男の脚の腱を、先ほどと同じように斬って動きを封じてみせたのだ。まるで曲芸だ。痛みに男の咆哮があがる。
 男はやっとのことで鎌を抜くと、腕の力でそれをふるいセルサスを倒そうと試みた。
 まず鎌が襲い、次に鉄球が来る。が、機敏には動けない。セルサスに向けて飛ばしたつもりが、檻に絡まり動けなくなった所を、セルサスの手にしたナイフが腕の腱を切り裂き決着がついた。
 巨漢の男は腕を抱え込んだまま、どおっとその場へ倒れ込んだ。
 割れんばかりの歓声が上がる。場内が揺れる様だった。

「セルサス様…」

 旗はセルサスの勝利を伝える。セルサスは見事勝ち抜いたのだ。



「…セルサス様に、会いたい」

 俺は格子を握り締めたまま、こちらを見上げているセルサスから目を離さず、そう口にした。
 カラザは席に戻ると、どっかと座り懐から取り出した煙草を口に咥える。直ぐ様控えていた部下が火を着けた。カラザは紫煙をくゆらせながら。

「──場は設けた。騒ぎが治まるまで待て」

「嫌だ! 直ぐに会う! もう待てない!」

「おいおい──」

 止めようとしたカラザの脇を通り抜け、彼を護衛する男に肩から突っ込んだ。部下がよろめいた隙に手にしていた銃を取り上げ、鉄の扉を押し開こうとする。
 が、直ぐにカラザの部下に背後から銃口を突きつけられた。

「──銃を離せ。でないと、二度と会えないぞ」

 頭に冷たく固いものが押し付けられた。
 僅かに振り返れば、例の黒髪の男、ブラウだった。ブラウは手を緩める様子はない。するとさらに背後からカラザが、

「そいつはそう見えて気が短い。言う事を聞け。必ず会わせる。俺は奴と話したい。その為にお前を連れて来たんだからな? 会わせない理由がないだろう」

「……いやだ」

「きゅうにガキみたいになりやがって。いいから大人しくしてろ」

 カラザが煙草をくわえたまま、こちらに向かって歩み寄る。

「今すぐ会わせろ! でないと──」

 手にした銃を握り締め、持ち上げようとすれば、後頭部に押し付けられていた銃口が外された。
 今だとばかり、振り向こうとした瞬間、鳩尾に衝撃を受ける。

「っ──」

「悪いな…」

 意識を失う間際、カラザの済まなそうな声を耳にした気がした。

    
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