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10.ダルバート
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公園でランチをとり──これは途中で仕入れたパン屋の総菜パンで済ます──下山する。
今度は行きとは違い、バスで下って街まで出た。
千尋いわく、これはカトマンズの乗り合いバスで、街はカトマンズの街だと言う。ごちゃごちゃした所はそう見えるらしい。空気が良くないのも似ているとか。
バスを降りて二人で歩き出す。街の商店街の散策だ。
途中、アジア雑貨を置いた店や、地元の八百屋、古本屋にスポーツ用品店、古道具屋や駄菓子屋まで、様々な店に立ち寄っては冷やかす。
途中、お肉屋さんの牛肉コロッケや、一本ずつ焼いた天然ものの鯛焼を頬張ったりもした。
「千尋、ネパールに行ったことあるの?」
立て看板や、自転車、ダンボールに山と積まれ、道にはみ出した商品を避けながら歩いていく。千尋は少し遠くを見るようにして。
「小学三年の頃。一度行ったよ。父親に連れられてカトマンズ周辺。なんで行ったのか分かんないけど。沢山のバイクと土ぼこりと、ごちゃっとした街並みを覚えてる。人が沢山いて、街が活き活きしてた気がする…」
「そうか、行ったことあるんだ。今も変らないかな?」
「多分、変わってないと思う。とりあえず、拓人は体力つけないと。一日、八時間近く歩いてもへこたれない体力」
「う…っ、八時間…。それって結構だね?」
「そ。それも普通の道じゃない。舗装なんてされてない道だ。さっきも言ったけど岩場でごつごつ、ごろごろ。──前言撤回?」
千尋が笑って見返してくる。俺は頬を膨らませると。
「俺はそんな情けない奴じゃない。やると決めたらやる。朝か夕方、走ろっかな?」
陸上部に所属していたくらいだ。走るのは苦じゃなかった。
「いいんじゃないの。俺も朝、走ってる」
「何キロくらい?」
「ん…。何キロだろう? 十キロは行ってない…。そんなに走ってない」
いや、十キロは凄いだろう。
「それで、キックボクシングもしてるんでしょ? すごいな…」
「キックボクシングは週に二、三回。遊び程度だよ。今度見に来る?」
「いいの?」
「うん。いいよ。付き合いだしたら連れていくって言ってある」
「へっ?!」
「オーナーも俺のこと知ってるから。これも真砂さんの紹介。真砂さんの知り合いだから」
「…へぇ」
真砂さん。きっと、俺の知らない千尋の人生には『真砂さん』の存在が大きく関わっているのだろう。
それはそうだろうな。
眞砂の事を口にする度、表情が和らぐ事からも窺える。
自分が一番、辛い時期を支えてもらい、共に乗り越えてきたのだ。異性同性を気にしない千尋は、きっと強く惹かれただろう。
分かっていても、嫉妬や羨望が生まれる。
千尋は律に言われるまでもなく、いい奴で。
千尋と付き合いだして、数か月。その間にだんだんと千尋のひと隣が見えてきた。
繊細な心の持ち主で、人の心の機微に敏感で。強引な所もあるけれど、無理強いはしない。楽しむことが上手で大好きで。
なにより、千尋はとても自由だった。
好きなものは好きと言って隠さない。ひと目がどうとか、世間体とか。そのあたりも気にしない。人がどう思うかではなく、要は自分がどうしたいか、らしい。
そんな千尋だから、真砂を好きになった時、それを隠すことはしなかったのだろう。
まっすぐ思いを伝え。実ることはなかったのだろうけれど。
今、自分が千尋に好かれているのは十分わかっている。
分かっているけど。
なんとなく眞砂には敵わないなと思ってしまう。俺はそれほど、千尋の人生の影響を与えてはいないだろうから。
それも、これからなんだ。
眞砂には追いつけないけれど、今後の付き合い方次第で、繋がりが深まるようになれるかもしれない。
その後もあちこち歩き回り、気が付けば日が傾きかけていた。
海沿いを少し歩いた後、街中に戻って細い路地を行く。その頃にはすっかり日が落ちていた。
「ダルバート、食べよ。美味しい店、あるんだ。カトマンズ出身の人が作ってる」
「ダルバート…?」
「ネパールの定食。カレーみたいな奴。行こう。最後の締めくくり」
そう言って手を引くと歩き出す。
千尋は歩き出すと結構なスピードを出す。普段、歩きなれていない俺は初めのうちはほとんど引きずられるようにしてそのあとに続いていた。
今は少しは慣れたからそこまでにはならないけど。
いつの間にか歩くとき、千尋は俺の手を引くのが当たり前になっていて。
しっかり握られたそれはいつも目的地につくまでほとんど離されることがない。これも慣れたうちの一つだ。
初めのうちは気恥ずかしくて。ちらちらとみてくる人もいる。
けれど、歩くのに必死だった俺は、そのうちその視線も気にならなくなり。
この手を離したら、きっと千尋は先に行ってしまう、そんな気もして。
だから引かれるまま歩いた。
到着した店はかなり年期の入った店構え。
小さな喫茶店みたいな構えだけれど、看板にはネパールの国旗と『家庭料理ナマステ』なる文字が踊っていた。
ガラス戸越し、ちょっと見える店内は薄暗く、中が見通せない。ひとりだったら、きっと入れないだろう。
ドアを押し開くとカランと鐘がなって来店を店主に知らせる。
それでカウンター内で準備していた店主が顔を上げた。肌の色や彫の深さ、目の大きさで外国人だと知れる。
「ああ、久しぶり。ヒロ」
「久しぶり。ラジブ。でも、先週来ただろ?」
「私にとって、久しぶり。ヒロは毎日来て欲しい」
「相変わらず、熱烈な歓迎だな。こっちは拓人」
「こんにちは…」
「お! かわいい子だね。恋人?」
「そう、恋人。できたてほやほや」
「ちょ、千尋…」
「だってそうだろ? 拓人は俺の恋人だって、皆に自慢したいんだ」
じっと見つめられれば、否とは言えない。
「…わかった」
そうは言っても人に公にするのは抵抗もある。
律くらいなら平気だけど。
千尋の様に全てオープンするのは慣れていないのだ。
俺は覚悟を決めて、千尋が勧めた奥のテーブル席に着くと、ラジブと呼ばれた青年を恐る恐る見返す。
ラジブはニコニコと笑んでこちらを見ていた。
「おお、照れてるのかわいいね? 千尋はかわいいこ好きね。前に連れてきた女の子もかわいかった──」
「ラジブ。それは友だち。余計な事は言わない」
千尋の声が幾分鋭くなる。
「おお、こわい。ヒロ、怒ると怖いね。で、いつものでいい?」
「うん。拓人、辛いの平気?」
「大丈夫」
俺の答えに、じゃあ同じのよろしく、そう言ってオーダーを終わらせると、テーブル席に着いた。俺は少しからかうつもりで、
「前にも女の子、連れてきたことあるんだ?」
「…友だち。一度だけ連れてきた。けど、もう次はなかった」
「ふーん。どうして?」
俺はテーブルに肘をつくと、目の前の千尋を見つめる。どこか罰が悪そうにした千尋は、運ばれてきたグラスの水をひと口飲むと。
「辛いのも、香辛料も苦手だって。次はファストフードがいいってさ。それっきり」
「まあ、ありがちか…」
どんな子だったのだろう?
きっとラジブの言う通り、かわいい子だったんだろうな。
俺の考えを見透かした訳でもないのに、千尋は説明を付け加える。
「別に好きじゃなかったけど、職場の先輩の妹で。頼まれて仕方なく、夕飯だけここに食べに来た。その後も何度か誘われたけど、全部断った」
「それで、先輩はなんて?」
「ただのミーハーだから、気にするな。振ってくれていい、そう言われてた。だから、それで終わった」
「うーん。彼女は千尋を好だったんだろうなぁ…」
でなければ、何度も誘わないだろう。
「でも、『俺』を見てたわけじゃない。勝手に作り上げた理想の俺だ。そんなの押し付けられても、俺は俺だから。変われない…」
「なんか、千尋らしいな。それ」
すると、千尋はテーブルについてた俺の手首を掴むと。
「拓人だけだ。俺に付き合ってくれたの。何も言わずに、ただ一緒になって楽しんでくれた。そういう奴、初めてだった」
キョトンとした後、頬が急激に熱くなった。俺は照れつつも。
「千尋と付き合うのには想像力が必要だもんな。千尋が見てるもの、俺も見たかったから。実際、楽しいし。本当にそこにいった気分になれるもん」
「…拓人、キスしたい」
「まった! 今はだめだって! 流石にここは──」
はっと視線を感じてカウンターを見ると、店主のラジブがニコニコしながらこちらを見ていた。
「はい、出来たよ。千尋、取りに来て」
小さい店で、一人で切り盛りしているらしく、常連だと上げ下げは自分で、ということになるらしい。千尋はムスッとしつつ。
「出来てたなら早く言えよ」
「だって、邪魔したら悪いでしょ? 千尋、デレデレだね?」
「変な日本語覚えんなっての。ほら、拓人」
「ありがと」
大きな銀の皿の上に、様々なおかずが乗り、その中央にご飯が盛られていた。おかずはそのまま更に置かれているのもあれば、小さな銀の器に入っているものもあった。
「わあ、沢山…」
「適当にかけたり、混ぜたり、好きな様に食べていいから」
「了解。じゃあ、いただきます──」
と手を合わせれば千尋とばちりと目があった。
「なに?」
「…手を合わせる奴、小学校以来、初めて見た」
「え? やらない?」
「やらない。てか、俺の友達でやる奴いなかった」
「拓人、お行儀いいね。千尋も見習おうね」
「…ラジブ。うるさい」
二人のやり取りを和やかに眺めつつ、出された食事に手を付ける。野菜の炒めたのは──辛くない。あ、でもこの隣の赤いの、スープ? 違うな。これは辛いかも。でも美味しい。こっちの絶対カレーは…うん、辛い。辛いけど──美味しい。チキン入ってるのかな? あ、こっちは豆だ。美味しい。辛くない。
ご飯の周りに置かれた野菜いためやカレーをちょこっとずつ食べて味を見ていく。なかなか楽しい食事だ。
そうしていれば、ふと視線を感じて顔を上げた。千尋がじっとこちらを見つめている。
「なに?」
「うん。楽しそうだなって」
千尋は慣れた手つきで先ほどまでご飯にカレーを少し混ぜ食べていたはずだったのに、いつの間にかこちらに目を向けていた。
「うん。だって楽しいよ。これ。色々食べられるし、味も変わるし」
「良かった…」
ぽつりとそう呟くと、千尋もまた食べ始めた。その表情は心底嬉しそうだった。
今度は行きとは違い、バスで下って街まで出た。
千尋いわく、これはカトマンズの乗り合いバスで、街はカトマンズの街だと言う。ごちゃごちゃした所はそう見えるらしい。空気が良くないのも似ているとか。
バスを降りて二人で歩き出す。街の商店街の散策だ。
途中、アジア雑貨を置いた店や、地元の八百屋、古本屋にスポーツ用品店、古道具屋や駄菓子屋まで、様々な店に立ち寄っては冷やかす。
途中、お肉屋さんの牛肉コロッケや、一本ずつ焼いた天然ものの鯛焼を頬張ったりもした。
「千尋、ネパールに行ったことあるの?」
立て看板や、自転車、ダンボールに山と積まれ、道にはみ出した商品を避けながら歩いていく。千尋は少し遠くを見るようにして。
「小学三年の頃。一度行ったよ。父親に連れられてカトマンズ周辺。なんで行ったのか分かんないけど。沢山のバイクと土ぼこりと、ごちゃっとした街並みを覚えてる。人が沢山いて、街が活き活きしてた気がする…」
「そうか、行ったことあるんだ。今も変らないかな?」
「多分、変わってないと思う。とりあえず、拓人は体力つけないと。一日、八時間近く歩いてもへこたれない体力」
「う…っ、八時間…。それって結構だね?」
「そ。それも普通の道じゃない。舗装なんてされてない道だ。さっきも言ったけど岩場でごつごつ、ごろごろ。──前言撤回?」
千尋が笑って見返してくる。俺は頬を膨らませると。
「俺はそんな情けない奴じゃない。やると決めたらやる。朝か夕方、走ろっかな?」
陸上部に所属していたくらいだ。走るのは苦じゃなかった。
「いいんじゃないの。俺も朝、走ってる」
「何キロくらい?」
「ん…。何キロだろう? 十キロは行ってない…。そんなに走ってない」
いや、十キロは凄いだろう。
「それで、キックボクシングもしてるんでしょ? すごいな…」
「キックボクシングは週に二、三回。遊び程度だよ。今度見に来る?」
「いいの?」
「うん。いいよ。付き合いだしたら連れていくって言ってある」
「へっ?!」
「オーナーも俺のこと知ってるから。これも真砂さんの紹介。真砂さんの知り合いだから」
「…へぇ」
真砂さん。きっと、俺の知らない千尋の人生には『真砂さん』の存在が大きく関わっているのだろう。
それはそうだろうな。
眞砂の事を口にする度、表情が和らぐ事からも窺える。
自分が一番、辛い時期を支えてもらい、共に乗り越えてきたのだ。異性同性を気にしない千尋は、きっと強く惹かれただろう。
分かっていても、嫉妬や羨望が生まれる。
千尋は律に言われるまでもなく、いい奴で。
千尋と付き合いだして、数か月。その間にだんだんと千尋のひと隣が見えてきた。
繊細な心の持ち主で、人の心の機微に敏感で。強引な所もあるけれど、無理強いはしない。楽しむことが上手で大好きで。
なにより、千尋はとても自由だった。
好きなものは好きと言って隠さない。ひと目がどうとか、世間体とか。そのあたりも気にしない。人がどう思うかではなく、要は自分がどうしたいか、らしい。
そんな千尋だから、真砂を好きになった時、それを隠すことはしなかったのだろう。
まっすぐ思いを伝え。実ることはなかったのだろうけれど。
今、自分が千尋に好かれているのは十分わかっている。
分かっているけど。
なんとなく眞砂には敵わないなと思ってしまう。俺はそれほど、千尋の人生の影響を与えてはいないだろうから。
それも、これからなんだ。
眞砂には追いつけないけれど、今後の付き合い方次第で、繋がりが深まるようになれるかもしれない。
その後もあちこち歩き回り、気が付けば日が傾きかけていた。
海沿いを少し歩いた後、街中に戻って細い路地を行く。その頃にはすっかり日が落ちていた。
「ダルバート、食べよ。美味しい店、あるんだ。カトマンズ出身の人が作ってる」
「ダルバート…?」
「ネパールの定食。カレーみたいな奴。行こう。最後の締めくくり」
そう言って手を引くと歩き出す。
千尋は歩き出すと結構なスピードを出す。普段、歩きなれていない俺は初めのうちはほとんど引きずられるようにしてそのあとに続いていた。
今は少しは慣れたからそこまでにはならないけど。
いつの間にか歩くとき、千尋は俺の手を引くのが当たり前になっていて。
しっかり握られたそれはいつも目的地につくまでほとんど離されることがない。これも慣れたうちの一つだ。
初めのうちは気恥ずかしくて。ちらちらとみてくる人もいる。
けれど、歩くのに必死だった俺は、そのうちその視線も気にならなくなり。
この手を離したら、きっと千尋は先に行ってしまう、そんな気もして。
だから引かれるまま歩いた。
到着した店はかなり年期の入った店構え。
小さな喫茶店みたいな構えだけれど、看板にはネパールの国旗と『家庭料理ナマステ』なる文字が踊っていた。
ガラス戸越し、ちょっと見える店内は薄暗く、中が見通せない。ひとりだったら、きっと入れないだろう。
ドアを押し開くとカランと鐘がなって来店を店主に知らせる。
それでカウンター内で準備していた店主が顔を上げた。肌の色や彫の深さ、目の大きさで外国人だと知れる。
「ああ、久しぶり。ヒロ」
「久しぶり。ラジブ。でも、先週来ただろ?」
「私にとって、久しぶり。ヒロは毎日来て欲しい」
「相変わらず、熱烈な歓迎だな。こっちは拓人」
「こんにちは…」
「お! かわいい子だね。恋人?」
「そう、恋人。できたてほやほや」
「ちょ、千尋…」
「だってそうだろ? 拓人は俺の恋人だって、皆に自慢したいんだ」
じっと見つめられれば、否とは言えない。
「…わかった」
そうは言っても人に公にするのは抵抗もある。
律くらいなら平気だけど。
千尋の様に全てオープンするのは慣れていないのだ。
俺は覚悟を決めて、千尋が勧めた奥のテーブル席に着くと、ラジブと呼ばれた青年を恐る恐る見返す。
ラジブはニコニコと笑んでこちらを見ていた。
「おお、照れてるのかわいいね? 千尋はかわいいこ好きね。前に連れてきた女の子もかわいかった──」
「ラジブ。それは友だち。余計な事は言わない」
千尋の声が幾分鋭くなる。
「おお、こわい。ヒロ、怒ると怖いね。で、いつものでいい?」
「うん。拓人、辛いの平気?」
「大丈夫」
俺の答えに、じゃあ同じのよろしく、そう言ってオーダーを終わらせると、テーブル席に着いた。俺は少しからかうつもりで、
「前にも女の子、連れてきたことあるんだ?」
「…友だち。一度だけ連れてきた。けど、もう次はなかった」
「ふーん。どうして?」
俺はテーブルに肘をつくと、目の前の千尋を見つめる。どこか罰が悪そうにした千尋は、運ばれてきたグラスの水をひと口飲むと。
「辛いのも、香辛料も苦手だって。次はファストフードがいいってさ。それっきり」
「まあ、ありがちか…」
どんな子だったのだろう?
きっとラジブの言う通り、かわいい子だったんだろうな。
俺の考えを見透かした訳でもないのに、千尋は説明を付け加える。
「別に好きじゃなかったけど、職場の先輩の妹で。頼まれて仕方なく、夕飯だけここに食べに来た。その後も何度か誘われたけど、全部断った」
「それで、先輩はなんて?」
「ただのミーハーだから、気にするな。振ってくれていい、そう言われてた。だから、それで終わった」
「うーん。彼女は千尋を好だったんだろうなぁ…」
でなければ、何度も誘わないだろう。
「でも、『俺』を見てたわけじゃない。勝手に作り上げた理想の俺だ。そんなの押し付けられても、俺は俺だから。変われない…」
「なんか、千尋らしいな。それ」
すると、千尋はテーブルについてた俺の手首を掴むと。
「拓人だけだ。俺に付き合ってくれたの。何も言わずに、ただ一緒になって楽しんでくれた。そういう奴、初めてだった」
キョトンとした後、頬が急激に熱くなった。俺は照れつつも。
「千尋と付き合うのには想像力が必要だもんな。千尋が見てるもの、俺も見たかったから。実際、楽しいし。本当にそこにいった気分になれるもん」
「…拓人、キスしたい」
「まった! 今はだめだって! 流石にここは──」
はっと視線を感じてカウンターを見ると、店主のラジブがニコニコしながらこちらを見ていた。
「はい、出来たよ。千尋、取りに来て」
小さい店で、一人で切り盛りしているらしく、常連だと上げ下げは自分で、ということになるらしい。千尋はムスッとしつつ。
「出来てたなら早く言えよ」
「だって、邪魔したら悪いでしょ? 千尋、デレデレだね?」
「変な日本語覚えんなっての。ほら、拓人」
「ありがと」
大きな銀の皿の上に、様々なおかずが乗り、その中央にご飯が盛られていた。おかずはそのまま更に置かれているのもあれば、小さな銀の器に入っているものもあった。
「わあ、沢山…」
「適当にかけたり、混ぜたり、好きな様に食べていいから」
「了解。じゃあ、いただきます──」
と手を合わせれば千尋とばちりと目があった。
「なに?」
「…手を合わせる奴、小学校以来、初めて見た」
「え? やらない?」
「やらない。てか、俺の友達でやる奴いなかった」
「拓人、お行儀いいね。千尋も見習おうね」
「…ラジブ。うるさい」
二人のやり取りを和やかに眺めつつ、出された食事に手を付ける。野菜の炒めたのは──辛くない。あ、でもこの隣の赤いの、スープ? 違うな。これは辛いかも。でも美味しい。こっちの絶対カレーは…うん、辛い。辛いけど──美味しい。チキン入ってるのかな? あ、こっちは豆だ。美味しい。辛くない。
ご飯の周りに置かれた野菜いためやカレーをちょこっとずつ食べて味を見ていく。なかなか楽しい食事だ。
そうしていれば、ふと視線を感じて顔を上げた。千尋がじっとこちらを見つめている。
「なに?」
「うん。楽しそうだなって」
千尋は慣れた手つきで先ほどまでご飯にカレーを少し混ぜ食べていたはずだったのに、いつの間にかこちらに目を向けていた。
「うん。だって楽しいよ。これ。色々食べられるし、味も変わるし」
「良かった…」
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