その先の景色を僕は知らない

マン太

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23.マカルー

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「拓人、あれ」
「あ…」
 空気は限りなく薄い。
 なんせ富士山と同等かそれより高い場所を平気で歩くのだ。それも延々と。
 高山病に悩まされながらも、拓人は千尋と共に来た。
 途中の村でここまで来るのは断念しようかと提案したが、暫く休みを入れれば行けると、拓人は諦めなかった。
 立ちどまると、幾人かのポーターが先を行く。あと少しでキャンプ地だ。
 長期間となるトレッキングに、ポーターは付きもので。地の利を知り尽くした頼もしいポーター数名と、ガイドが先行する。
 ごろごろとした岩に足をかけ、千尋は拓人の肩を支え一緒に先を見つめた。
「あれが…」
「マカル―」
 拓人の後を取って続けた。
 それは思い描いていた想像をはるかに超え、かなりの威圧感、荘厳さを備えてそこにそびえていた。
 四角垂の頂上に日が当たり、白く輝いて見える。

 父さんがいる場所。

 拓人はそっと千尋の手を握ると。
「よかった。千尋と来られて…。ありがとな。千尋」
「それ。俺のセリフ」
 手袋越し、しっかりと拓人の手を握り締め、目前に迫る岩稜に目をむける。
 薄い空気も、厳しい寒さも、その時ばかりは全て忘れひたすら眺めた。
 何もかも忘れ、ただ迫る迫力に身をゆだねる。岩と雪をかぶった岩稜と青い空。他には何もない。
 けれど、それだけで十分だった。
 心の中でそっと拓人を父に紹介したのは──拓人には内緒にしておいた。もしかしたら、拓人も自己紹介をしてたかもしれないが。
「行こう」
 拓人が軽く手を引いた。ポーターが遠くで呼んでいる。早くキャンプについて休みたいのだ。
「ん」
 もう少し見て居たかったけれど、先に拓人を休ませたい。
 まだ数日、ここへ滞在する予定だ。ここまで来れば急ぐ必要は何もない。念願のこのトレッキングを味わう時間はまだ十分ある。
 この険しい道をひとりではなく、拓人と来られたことに感謝しかなかった。
 一人で見上げる岩稜も、それはそれで良かったのかもしれないが、やはり、誰かと共有できたのは嬉しい。
 いつか行きたいと思った時、それは思い浮かばなかったのだ。
「千尋?」
 何時までも来ない千尋に拓人が振り返る。
 
 タクト。
 
 それは拍子、または指揮をとること。

 拓人は俺の人生の拍子をとり、または指揮をとる。そうして、俺の世界に様々な彩を与えて行く──。

「今行く」

 大好きだ。拓人。
 この先も、ずっと一緒に──。
 

ー了ー
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