Innocent World

マン太

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第四章 動乱

第二十一話 それぞれの思い

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―カルドの一日―

 フォンセの元から戻ってきてから。
 なんだか、ソアレが妙に艶めいて見える。
 いや正確に言えば、俺が気を利かせて先に宿へと帰ってきて次の日からだ。
 ふとした仕草や表情にやたらドキドキしてしまう何かがある。
「なんだよ? カルド」
「え? っていや、なんでも…」
「なんか、焦ってんのな? どうかしたのか?」
「どうって、別に──いや、は別に何でもないんだけどさ…」
 宿の近くの食堂で朝食を取り終えて、一息ついていた時だった。
 隣に座るソアレはただ水を飲んでいただけなのに、妙にその口元や喉ぼとけの辺りから色気が漂っている気がして。つい目が離せなくなってしまったのだ。

 なんか、けだるげっていうのかな? なんだろう。ドキドキする──。

「どうした、カルド?」
 ソアレの水をつぎ足しにきたアステールが顔を出した。手に水差しを持ち、ソアレの空になったグラスに水を足す。
 そのアステールが傍に立った瞬間、ソアレの空気が変わった。見つめる眼差しが互いに優しい。
 俺といるときには絶対ない、甘い空気だ。最年少とは言え、色恋沙汰は聞くのも見るのも結構好きだ。

 ああ! これって──。

「いったいどうした?」
 アステールが流石に不審に思って眉根を寄せる。

 これって、あれだ。
 兄貴が彼女を家に連れ込んで、次の日の朝、やりとりしてる時の、あれと同じ──。

「な、ななんでもないって! あはっ! 今日もいい天気だね! いい旅日和だなっ!」
「…お前、熱でもあんのか?」
 ソアレがその手を伸ばし、額に触れてきた。ひたりとヒンヤリした白い手が当てられ、どきまぎとする。

 ソアレに、触れられてる。いや、正確にはアステールに触れられたソアレに──。

 と、そこでソアレの首筋に見てはいけないものを発見してしまった。

 もう、これは。…確定だ。

「カルド、少し宿で休んだ方がいい。出発は遅らせよう」
 アステールがヴェントに声をかけに行こうとしたのを慌てて止める。
「いいいいって! これは、ちゃんと、原因わかってるから! 大丈夫」

 ああもう。俺ってなんでこう言う事には聡いんだろう?

「ホントかよ。無理すんなよ? 車の座席、俺の隣にすればいい。俺なら幅とらないし、お前が横になるくらい開けられる──」
「いい、いいって! そんなのっ、アステールに悪い──」
「なんでアステに?」
 きょとんとしたソアレに、俺はとりあえず丁重にその申し出を断る。そして幾分苦笑気味のアステールに目を向け。
「俺! ぜったい、応援するから! うん。邪魔なんかさせない。うちの兄貴にだって、ね?」
 鼻息も荒くそう口にして、その場を後にした。


「あいつ。どうしたってんだ?」
 まったく理解できないソアレに、あらかた察しのついたアステールは苦笑を浮かべると。
「…いや。どうもしないさ。ただ、気を使ってくれただけだ」
 と、そこで、アステールはソアレの首筋にあらぬ痕を見つけ、これのせいか、と嘆息し。
「ソアレ、宿に帰ったら首を隠せる服に着替えよう」
「なんで?」
 するとアステールは声を潜めて。
「…首筋に痕が」
「ええ!?」
 それが何を意味するのか即理解し、瞬時に赤くなるソアレに、アステールは。
「ヴェントに見られてもいいが、あいつはカルドと違って遠慮がないからな? 見つかればうるさくてかなわない。だから着替えだ」
「…了解」
 思わず両手で首を押さえるソアレにアステールは笑った。

+++

―ヴェントの思い―

 その日、移動の準備があるため早目に起きた。
 時刻は六時。早朝の域をでないが、きっとアステールも起きてくる頃だろう。
 昨晩互いにそうしようと決めていた。なるべく早く、王都ルークスに近づきたい。出発を朝食後にしたのもその為だ。
 まだ隣のベッドで眠るカルドを置いて部屋の外に出た。廊下はまだ薄暗い。ソアレ達の使う部屋は二つ飛ばした角の部屋だ。
 アステールがいるかと、ロビーに出たが姿は見えない。取りあえず、昨晩街で買い足した物資を預けて置いたフロントから受け取り、車へと運んだ。
 こういった作業はお手のものだった。
 重い荷物を絶妙のバランスで、ジープの上へ積み上げていく。それでもそこまで一人でするのに、一時間はかかった。後はホロをかけて紐で固定するだけだ。
 その段になって、アステールが急いだ様子ですまなそうに顔を出した。
「すまない。寝過ごした…」
 時刻は七時過ぎ。確かに時間に厳しい彼にしては珍しい。直ぐにアステールは荷台にロープを巻くのを手伝う。
「珍しいな? 久しぶりにソアレとゆっくりしたってか?」
 向かいで作業を手伝い始めたアステールに、からかい半分でそう声をかけたのだが。
「ああ…」
 答えるアステールの頬が、幾分赤らんだのを見逃さない。ヴェントは一旦手を休めると。
「…とうとう手を出したか?」
 ニヤリと笑い、見返せば。
「お前には関係ない」
 プイと顔を背ける。
「何言ってんだよ? 俺たちの『王』だぜ? 横からかっ拐われて黙ってる分けにはいかねぇだろ」
 勿論、これも本気ではない。
 しかし、アステールは真に受けたのか。
「わかっている…。ソアレが何者でどう言った未来が待っていのか…。だが、今はそれを考慮するつもりはない」

 今は──ね。

 ヴェントは嘆息すると。
「別に、今だけじゃなくってもいいだろ? 選択肢は一つじゃねぇ。それに、ソアレの気持ちもあるだろ?」
「…ソアレの他に、王になれるものはいない。自ずと道は決まっている」
「じゃあ、時期が来たらソアレを放り出すつもりか? 無責任じゃねぇのかよ」
「責任は取る。…ソアレには相応の女性を添わせ、跡継ぎも生んでもらう。それは王としての責務だ」
 ヴェントはその言葉に目を見開くと。
「…マジかよ。っとに、石頭だな? ソアレの気持ちは無視か?」
「王国の安定と比べれば、どちらが大切か分かるはずだ…」
 淡々と口にするが、口を開けば開くほど、その表情は苦痛を堪えたものとなる。ヴェントは腕組みすると。
「お前…、本音は別にあるんだろ?」
「…これが本音だ」
 そう言うと、さっさとロープを荷台へ縛り付け終え、話しは終わったとばかり、その場から立ち去る。

 『今は』ではなく。

 これからも──の間違いじゃねぇのかよ。

 ヴェントはソアレの幸せを願う。
 レーゲンには王として接していたが、ソアレは気の置けない弟の様なものだ。今は王としての役割を押し付けているが、正直レーゲンの様な姿を求めている訳ではない。
 もし、この戦いが終わって、ソアレが別の思いを持つならそれはそれでいいのだと思う。

 俺だったら、全てが無事終わったなら、ソアレを連れて、とっとと逃げちまうがな。

 ヴェントは車のフロントに背を預け、アステールが去っていった方を暫く眺めていた。

+++

―ブリエとグランツ―

「なあ、ブリエ。王子の事、本気か?」
 宿泊先の宿に到着後、車からの荷おろしを手伝いながら、先ほどまでの車内でのやり取りを指してそう口にすれば。
「…失礼ですが、グランツ隊長。本気とはなんでしょうか? 私はいつも本当の事しか口にしておりません」
「…だな」
 グランツは天を仰ぎ肩を落とすと、ため息を吐き出し。
「お前、年は…?」
「普通、女性にそれを聞くのは失礼極まりないことですが、上司として聞くのであれば、二十六歳と申しあげておきます」
「そうか…。王子は十八か。お前とは八つ違いか」
「…!」
 そこで突然、ブリエの頬がボッと赤くなった。
「…ブリエ?」
「い、いいいえ。何でも──」
 と、グランツはニヤリと笑い。
「あれか?…お前も、王子との年の差を考えた事があるのか? それはあれか。やっぱり付き合ったらとか想像──」
 バシッとその頬にブリエの鋭い平手が飛んだ。
「!?」
「はっ!? あ、いえっ。今そこに蜂が止まるかとっ」
 まさか平手が飛んでくると思ってはいなかったグランツは頬を押さえたまま半ば呆然として。
「ああ、蜂じゃ仕方ねぇな…」
「私はこれで! 宿は仲間の所で取りますのでっ。ではっ」
 ギクシャクと、足早に立ち去るブリエに。
「マジ…だったか」
 グランツは王子のお妃候補のリストの隅に、新たな名を書き加えた。

+++

―ソアレの思い―

 宿のベッドの上でまだ微睡んでいると、アステールが出発の準備を終えて戻ってきた。
 その表情が、どこか打ち沈んでいるのが、気にかかる。
「アステ、どうかしたのか?」
「…いや。それより、そろそろ起きる時間だ。身体は…だるくないか?」
 アステールはそう言ってソアレを気遣って来る。ソアレはベッドから上半身を起こし、傍らに立ったアステールを見上げると、その手を取って。
「アステ…。話したくないなら聞かねぇけど。あんまり、思い詰めるなよ? これからもっと大変な状況になるんだし。…出来れば、アステには笑っていて欲しい──」
 アステールは息を詰めるようにして、こちらを見つめている。
「…ってのは、俺の勝手な思いだけど。でも、本当にそう思ってる。アステは自分の気持ち、普段から結構抑えてるだろ? そう言う立場だから仕方ないけどさ、俺の前ではそう言うの、いらないから…」
 長く骨張った指先を、優しく撫でていく。
 昨晩、その手が自分の身体を辿ったのだと思うと、気恥ずかしさと共に、ゾクリとしたものが背筋を走る。
 
 なんか、あんま、触んないほうがいいか?

 そうして頬を赤らめていれば。
「…ソアレには敵わないな」
 そう言って、アステールは相好を崩す。それを見ると、こちらも胸の内が明るくなった。
「やっぱ、笑ってる方がいいって」
 握っていたアステールの手を引くと、そのままソアレの上に覆い被さる様にして、倒れ込んで来る。
 アステールの目は笑んでいた。その目を見つめながら。
「アステール、好きだ…」
 腕を首筋に伸ばして抱きつく。

 この先、アステール以外にこんな思いを抱く相手はいない。
 何があっても、守り抜く。

 俺の──アステール。

 次に降りてきたキスを、ソアレは夢見心地で受け入れた。
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