森のエルフと養い子

マン太

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13.出会い

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 薄暗い森の中には、オークや魔狼のつんざく様な咆哮が響く。聞くにもおぞましい声だ。
 しかし、怯んでいる場合ではない。
 タイドも弓をつがえ、遠方から次々とオークや魔狼を射貫いていく。
 木々が生い茂る中、矢を放つのはかなりの技術が必要だ。しかし、タイドは弓を特に得手としていたため、この程度の森なら枝葉などないのも同然で。
 と、的確に狙う矢の出所を見つけ出したオークが、舶刀はくとうを手にこちらに駆けてきた。もう、マレには乗ってはいられない。

「マレ、離れてろ!」

 マレから飛び降り、腰に帯びていた剣を抜くと、タイドは向かってくるオークの首に向けて斬りかかった。

「っ…!」

 ずぶりと重い手ごたえ。首からどす黒い体液が飛び出す。それで、オークは絶命した。
 その様を見たオークが激怒し、怒りをあらわに襲い掛かってくる。それを次から次へと切り倒した。

「ふ…っ!」

 額に汗が浮く。
 自分はまだそれほど腕力はない。的確に急所を狙わねば、相手を倒せなかった。
 間違って身体に付き立てれば、剣を持っていかれてしまう。首や額の真ん中だけを狙い斬りつけていく。
 周囲にはほかのエルフもいたが、皆、似たような状態で、互いに助け合うことは難しい。緊張も相まって息が上がって来る。

 どうにか、ひとりで切り抜けないと。

 そうして切り結びつつ奥へと進めば、今まさにオークに斬りかかられようとしている人物がいた。
 茂みにうずくまり、なんとか攻撃を逃れようと剣を翳していたが、利き腕を怪我した様で、構えがなっていない。あれでは防ぐことは出来ないだろう。
 オークが奇声と共に、舶刀を振り上げる。

 危ない──!

「伏せてっ!」
 
 タイドの声にビクリと身体を揺らした人物は、咄嗟に身体を沈めた。
 タイドは先に手にしていた短剣を、オークの首筋目掛け素早く投げつける。過たず首に刺さったそれは、オークを一息で絶命させた。
 
「大丈夫か? 立てるか?」

 ホッと息をつくと、剣を手にその人物に近づく。
 その男の周りには、兵士が数人倒れていた。皆、この人物を守ろうとしたのが見て取れる。身に着けたマントには見たことのある縫い取りがあった。二匹の竜が絡み合う紋章。

 セルサス王国の兵か?

 それがなぜこんな所にいるのか。
 魔狼が一匹、こちらに気づき飛びかかってきた。

 しつこい──!

 それを素早く剣で斬り捨てる。
 それが済むと、ようやく一段落ついた。
 タイドは先に倒したオークに刺さったままの短剣を首から引き抜き、血を振って落とすと鞘に戻した。

「──ありがとう…」

 背後で弱々しい声が聞こえた。だが凛とした張りはある。

「立てそうか? すぐにでもここを離れないと、次が来る」

「ああ…。立てるだろう。すまない…」

 タイドは周囲に目を配りながら、暗がりの茂みに座り込む人物に近づいた。

「この先に、エルフの隊がある。そこまで出れば安心だ。行こう──」

 立ち上がるのに手を貸す。と、月明かりにその姿が晒された。
 見ればそこには自分と同じほどの背丈の、エルフと見紛うばかりの青年がいた。
 綺羅びやかな鎧に身を包み、金糸に深い緑の瞳。肌の色は白く、すっと鼻梁の整った美しい顔立ち。エルフと言われても納得しただろう。
 一瞬、気を取られたが、今はその時ではない。すぐに剣を構えなおすと、青年を背後へと庇った。

「俺の傍を離れないで。切り抜ける。──マレ!」

 呼ぶと、白馬が駆けて来た。

「さあ、乗って!」

 痛めた右腕を庇いつつ、タイドに助けられながら青年は何とかマレに乗った。続いてタイドも飛び乗ると。

「さあ、マレ。行くぞ!」

 ひと声いななき、マレはエルフとオークが入り乱れる戦場を駆け抜けた。
 途中、エルフの加勢も忘れない。
 馬上から剣をふるい、襲ってくるオークを片っ端から切り付け、何とかそこを抜けた。
 粗方のオークらは討ち取られ、その場は治まりつつある。これなら、加勢は必要なさそうだった。
 タイドはひと息つくと、城へと向かった。

✢✢✢

「お前…、タイドか?」

 皆の状況を見て回っていたエルフの隊長が、その存在にようやく気づく。マレから青年を下ろした所だった。タイミングが悪い。
 隊長の顔は驚きから険しいものへと変化した。
 行事があるごとにスウェルに付いて回っているのだ。ある程度、上の者ならタイドの顔は見知っていた。
 何よりエルフに交じる人間と言う点で注目されてもいる。知らぬものを探す方が難しい。
 それに加え、王グリューエンから人との交わりを禁じられていることも周知の事。隊長の表情が険しくなるのも頷ける。

「そうです…。勝手に隊に入り申し訳ありません。処罰は覚悟しています…。が、先にこちらの方を診ていただけますか? 右腕に怪我を負っています」

「…わかった。タイドはそこで待つように。さあ、あなたはこちらへ──」

 そう言い、青年を案内しかけた隊長の表情に、驚きの色が浮かんだ。

「あなたは──ベルノ王子?」

「え…」

 タイドは驚いて青年を振り返る。呼ばれた青年は、蒼白い顔に薄っすら笑みを浮かべると、

「…そうだ。良く分かったね?」

 慌てて隊長は居住まいを正すと。

「エルフの中で、セルサス王国、現国王ネムス様の第一王子、ベルノ樣を知らぬものはおりません」

「それは光栄だな。すまないが、手当てが済んだら王都まで送って欲しい」

「かしこまりました」

 隊長は恭しく頭を垂れると、すぐにベルノを救護所へと導いた。

 あれが──。

 去って行くその背を見つめる。
 もしかしたら、自分が住まうはずだった国の王子。スウェルからセルサス王国には王子が一人いると聞いていた。

 美しい人だな…。

 先ほど、暗い森の中で見た時より、こうして篝火に照らし出されると、更にその輝くばかりの容姿が強調されて見えた。
 ふと、彼ならエルフの里にいても、きっと浮くことはなかっただろうと思えた。あの容姿だ。きっと違和感なく受け入れられたに違いない。

 比べたって、仕方ない。

 タイドは軽く頭を振った後、愛馬のマレの装備を解いていった。
 自分が何者か知られてしまえば、このままここへ留まる事は出来ないだろう。
 
 スウェルが無事だといいけれど。

 すっかり夜は更け、辺りをシンした空気が辺りを包みこんでいる。
 ここまで来て、側に行かれないのが悔やまれた。結局、スウェルの為に何一つ役に立ちはしなかったのだから。
 タイドは深いため息をひとつついた。

✢✢✢

「タイド、すまないが、私と共に王都に向かってくれないか」

 陣の外れで馬のマレを休ませ、その側で佇んでいれば、怪我の手当てを終えた王子ベルノからそう声を掛けられた。
 周囲は戦の準備でエルフ等が忙しそうに行き交っている。時折、怪我を負ったものも運び込まれ、辺りは騒然としていた。
 ベルノの右腕には包帯が巻かれ、肩から吊られている。暫く動かすことはできないだろう。
 オークの穢れた刃で裂かれた傷は、通常であれば高熱を発し、数週間は寝込む。
 だがエルフの秘薬を使ったため、その影響は少なく、治りは早いはずだった。それでも、エルフと違って人には直ぐに薬が効かないらしい。
 スウェルが、大きな怪我や病気には注意しなくてはならないと、いつも口を酸っぱくして言っていた。
 ベルノも同様で、すっかり手当は済んだ様子だが、顔色はまだ冴えない。
 ただ、それは怪我の所為ばかりとは言えないのだろう。聞けば、ベルノの周囲で亡くなっていたもの達は、皆、王子と年の近い若者ばかりで、中には幼馴染もいたらしい。
 大切な友人を亡くしたのだ。落ち込むのももっともな事だった。

「俺が…ですか?」

 ベルノの言葉に、思わず聞き返していた。
 すでに隊長には自身の身元は知られている。処遇について問うため、王グリューエンの元へ伝令が飛ばされただろうし、スウェルにも伝令が飛ばされただろう。

 きっと、このままエルフの里に帰らされる…。

 処罰はその後だ。そう思っていたのだが。
 ベルノは頷くと、

「そうだ。君は腕がたつ。それを私の前で証明してみせた。私が無事にここまで辿りつけたのも、君の力があってこそ。タイド、そう呼ばれていたな? どうか私に力を貸してもらえないだろうか」

「それは──惜しみませんが…。ただ、事情があって…。俺はきっとこのままエルフの里に戻る事になります。他にもっと腕のたつものも、信用の置けるものもおります。王子の傍には他のものが──」

「タイドがいい。君の腕に感服したんだ。道中、殆どのオークを一発で仕留めた。先ほどの戦闘で、大切な友等を亡くした…。信頼のおけるものを近くに置きたいのだ」

「けれど…」

 自分の一存では決められなかった。しかし、ベルノは更に続けた。

「それに君とは気が合いそうだ。戻るなどと言わず、一緒に来て欲しい。私からもエルフの隊長に進言する。了承を得られれば、来てくれるか? 君の力が必要なんだ」

 ここまで言われて、断るわけにはいかない。

「隊長が、いいというなら…」

 タイドは迷いつつも、ベルノの提案を受け入れた。
 それに、ベルノについて行けば、城に行ける。もしかしたら、そこでスウェルの為に役立てることがあるかもしれない。

「よかった! 早速この足で行ってくる。必ず了承を得るから、そこで待っていてくれ」

 ベルノは弾む様な足取りでそこを後にした。
 王子のたっての願いなら、隊長も聞かないわけにはいかないだろう。あとは王グリューエンがどう判断するかだ。

 当分はこちらにいられそうだけど、それもいつまでか…。

 本当は兵の一人として、最後まで誰にも知られず、そっとスウェルの傍にいるつもりだった。

 なのに、まさかこんなことになるなんて。

 禁じられていた人との接触をしてしまったのだ。なんらかの処罰はあるはず。
 悪ければ、エルフの里を追い出されてしまうかもしれない。そうなれば、スウェルの元にはいられなくなる。
 今更ながら、自分の行動の軽率さを反省した。
 たが、スウェルの役に立ちたかった思いに偽りはない。後先など考えていられなかった。

「スウェル…」

 この先も、ずっと一緒にいられるんだろうか。

 不安な思いだけが、心の内を占めた。

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