森のエルフと養い子

マン太

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15.策

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「スウェル! どうして連れて行ってくれないの?」

 案内された先の部屋。掴みかからんばかりの勢いのタイドに、スウェルは大きく息を吐き出した後。

「その前にだ。どうして里をでた? …王からの言葉は覚えているだろう?」

「分かってる…。分かってるけど、スウェルの危機になにかしてくて…」

「俺は大丈夫だ。オークどもにやられはしない。手紙にも書いたろ? 心配するお前の気持ちは分かるが──」

「わかってない! わかってないよ…っ! 俺はもう、子どもじゃないんだ。大人しく待っていることなんて出来ない! だって──もし、スウェルに何かあったらと思うと…」

 そう言って、視線を床へと落とす。

「タイド…」

 スウェルは、俯くタイドの頬に手を添え起こした。
 高揚したタイドの頬は赤らんでいる。目は潤んで今にも泣き出しそうだ。いつも、何かを堪える時にこの表情になる。

 大切な、存在。

 だからこそ、今はなんと言おうと、ここにいてもらわねばならない。
 自分についていくと言う事は、死に近づくことでもある。オークは疲れを知らない。非情で凶暴だ。まだそれに慣れていないタイドを、連れていくことなどできない。
 それに、状況は王子を守った時の比ではないのだ。一瞬でも気を緩めれば、あっという間にやられてしまうだろう。
 奴らは倒した敵を喰ってしまう。それも半ば遊び半分にだ。彼らが立ち去ったあとの惨状は目も当てられなかった。
 もしまかり間違えば、タイドにもそんな事が起こりかねない。そんな無残な目に遭わせるわけにはいかなかった。

「…今は、ここにいて欲しい。そうしてくれれば、俺は心置きなく奴らをぶった切ることができる。もし、タイドが戦場にいるとなれば、気が気でない。そちらが気になって集中できないだろう。この戦いを成功に導くためにも、ここで王子とともに待っていて欲しい」

「スウェル…。俺じゃ頼りない? 戦いに集中できないほど、弱い存在なの? 俺、ずっとスウェルの役に立ちたくて、その隣にいても恥ずかしくないよう鍛えてきた…。スウェルから見れば全然だろうけど。それでも、指導してくれた先生たちには、スウェルのお蔭もあって、上達したって言われてる。稽古をつけてくれるニテンスにだって…。王子だって守ったよ? でも、傍には置いてくれないの? 俺だってスウェルを守りたい!」

「タイド…。違うんだ。俺は君が──」

 必死なタイドに、スウェルはその顎に手をかけ上向かせた。
 深い緑の瞳が涙で潤む。
 自分を守りたいと告げるタイドが、ただ愛おしくて。吸い寄せられるように、その唇へ顔を近づけたが。

「スウェル様! またオークの群れが!」

 扉の向こうでエルフの兵の必死な声がした。それで、現実に引き戻される。
 スウェルはくっと唇を噛みしめた後。

「分かった! すぐに出る。──タイド」

 そうして、目の前のタイドの二の腕をしっかり掴み、向き合うと。

「この戦いが無事に終わったら、必ず話す。その約束だったろ?」

「スウェル…。俺──」

 タイドは何かを口にしようとしたが、黙り込んでしまう。スウェルは名残惜し気に、その額にキスを落とすと。

「…だから、俺を信じて、ここで待っていてくれ」

「わかった…」

 その言葉に漸くスウェルは笑みをこぼすと。

「いい子だ。私の──タイド」

 私だけの──。

 最後にぎゅっと抱きしめると、後ろ髪を十分引かれながら、無理やり腕を引き離し、その場を後にした。

✢✢✢

 ああ! なんだってこんな時に。忌々しいオークどもめ! 

 部屋を退出したスウェルは、出立準備の為、廊下を急ぐ。
 王グリューエンは、タイドの戦闘への参加を許したが、言い付けに背いた事を許しはしないだろう。
 だが、確かにもうタイドは幼い子供ではないのだ。自分の意思で全てを決められる。いくら言い聞かせても、自分の思うように動くだろう。その力も十分あった。
 もう少し、注意をして置くべきだった。──しかし。

 俺を守りたいか──。

 いつからそんなことを思っていたのか。守る側だとずっと思っていたのに。
 だいたい、皆、守るより守られる方を選択するだろう。スウェルがそれなり強いことは知られている──それなりどころではないのだが、あえて自分でそれを認めてはいなかった。剣の力による物が大きいと思っているのだ──スウェルに守りたいと言われれば、喜んでそうされるだろう。

 しかし、タイドは違うのだな。

 大切なものを守りたい。それだけなのだろう。

 成長したのだな。タイドも。

 オムツをあて、自分の後をついて回ったあの頃とはもう違うのだ。
 今後、タイドにどんな命が下りようとも、一切、離れるつもりはなかった。
 
 何があろうと、ついて行くまでだ。

 決意を新たにしたスウェルだった。

✢✢✢

 その数時間前。
 討伐にでていた際、脇に小川が流れる深い谷の間、オークがあふれ出てくる洞窟を見つけたのは、斥候に出たエルフだった。
 案内のままついていくと、すり鉢状になった最深部、薄暗い洞穴の穴から確かオークが続々と飛び出してくる。それはまるで、近隣に潜むオークどもを全て集めたかのような勢いだ。

 まったく。これじゃあ、きりがないはずだ。

 スウェルは肩をすくめた。
 洞窟の出入口は見つかりにくくするためか、落ちる滝の陰になっており、シダや苔で覆われていた。一度に出てこられるのは数匹。だが、それが列をなし、続々と這いだしてくる。

 洞窟内も似た様なものだろうな。

 出てくるのは比較的小柄なオークたちだ。大きなものは山を迂回し、違う道筋を辿ってきていた。数が多いのは、小柄なオークの方。

 ここを叩けば暫く治まるだろうが…。

 本来なら元を絶つべきだ。だが、まだ場所は特定されていない。まるでこの山から湧き出て来る様だ。
 しかし、いくらオークと言えども、岩から生まれてくるはずがない。どこかに拠点があるはずだった。
 この山脈を越えた向こうへ斥候も送っていた。それも直に帰ってくるはず。そうなれば、このオークを指揮するものの居所もはっきりするだろう。
 だが、今はそれを探している間はない。兎に角、国王ネムスが引き連れた兵とともに戻るまでは、持ちこたえねばならないのだ。

「ここを叩く」

「この数です。我々だけでは…」

 部下のエルフは流石に無理だと難色を示すが。

「穴を埋めてやるさ」

「しかし、入口を塞ぐとなると、かなりの労力が…」

 奴らを倒しながら、大きな岩や石を置き、入口を塞ぐ。そんな時間も労力もなかった。
 しかし、スウェルはニッと人の悪い笑みを浮かべると。

「岩や石、土だけが塞ぐ方法じゃない」
 
 オーク等が溢れ出る谷間を、腕を組んで見下ろした。

✢✢✢

 そうして、数時間後。
 スウェルは陣から一度王都に戻り、タイドに会い、城にいるよう約束を取り付けたあと、再び戻ってきた。道中、また現れたオークの群れを蹴散らして。
 だが、戻った先は洞穴の上部にある崖の上だった。その横を小さな小川が、細々と谷に向かって流れ落ちている。

「向こう岸へ兵を待機させました」

 部下のエルフが告げると、

「そうか。なら、やるか…」

 小川の傍らに立ったスウェルは、他のエルフに安全な場所まで下がる様に言うと、小川のせせらぎに指先を浸した。
 スウェルが口の中で何事か唱えると、徐々に水かさが増していく。
 初めは細い糸のようだった滝が、段々と太さを増し、大きな流れへと変わった。
 それまで滝を隠れ蓑にしていたオークたちも、流石にその滝の変化に気づき慌てだす。
 しかし、洞窟から出るまでは何が起きているのか分からない。
 滝の流れに驚き、出口で立ち止まったオークの上に、次のオークが飛び出してくる。
 たちまちそこは大混乱となった。
 結果、立ち止まるオークと飛び出すオークとの間で争いが始まった。

「っとに。バカな奴らだ…」

 その間にもどんどんと水かさは増し、まるで大河の流れのようになった。濁流が崖を落ち、慌てふためくオークたちを飲み込んでいく。
 しかも、そこはすり鉢状の谷あいのため、あっという間に水かさが増し、滝つぼが出来上がりつつあった。もう少しで、オークの穴は水の中に沈むだろう。
 スウェルは既に大河となった川から離れ、安全な場所からその様子を眺めていたが。

「よし。当分、このままだ。一気に薄汚いオークどもを洗い流してやる。上手く逃れた奴らも逃すな! 行くぞ!」

 そこでようやくスウェルは飛び出し、逃げのびたオークらを、部下とともに切り捨てていった。
 逃げ延びた数は少ない。蹴散らすのはあっという間の事だった。

✢✢✢

 一晩も経てば、すっかり洞窟の穴は滝つぼの底となっていた。
 満々と流れ落ちる流れはその後、オークを一匹たりとも逃がさなかった。これでこの一帯の穴は塞がれた。当分は他の道を探すしかないだろう。
 スウェルとエルフの兵は逃げ延びようとしたオークらを一匹残らず討ち果たした。
 スウェルは最後の一匹を斬り捨てると、部下を振り返り。

「城の様子はどうだ?」

「は。なんとか持ちこたえた様子です」

「そうか…。ここはもういいだろう。だが見張りは怠るな。ここに限らず、周囲に斥候をおけ。他の者は一旦、城に帰還する」

「分りました」

 これでようやく、タイドに会える…。

 スウェルは、今は満々と水を湛える谷を見下ろした後、その場を後にした。



 しかし、その谷の反対側、森に身を潜めるものがいた。

『あいつだ…。あいつが…俺の父を、弟を殺した!』

 オーク独特の言葉を、人が理解することは難しい。
 エルフはかろうじて判別ができたが、それも捕らえたオークを尋問するときに分ればいいくらいで、完璧に理解しようとするものはいなかった。
 だいたい、尋問したところで、悪態をつくばかりでろくに会話など成り立たないのだ。オークの言葉など理解する必要がなかった。
 だが、今もし、この言葉を聞いていたなら、その危機をもう少し早く察知することができただろう。

『奴に復讐を!』

 薄暗い茂みに身を潜めたオークは、怒りに身を震わせる。
 他のオークより抜きんでて筋骨流々としていた。身体には無数の傷跡があり、右腕はない。左目の上にも無惨な切り傷があり、つぶれていた。
 だが残された右目はギラギラと強い光を放ち、立ち去る銀色の髪を持つエルフに注がれていた。

『復讐を!』

 エルフ達が去った後、一匹のオークが咆える様に、もう一度叫んだ。

    
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