森のエルフと養い子

マン太

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26.謀反

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「大臣! 大変です! 将軍が反乱を起こしました!」

 執務室にいたクルメンのもとへ、配下の政務官が駆け込んで来る。

「なんだと!」

 クルメンはわざとらしくならない様、細心の注意を払って驚いて見せた。

「遠征先の街で、王都を奪還するため陣を敷いていると。タイド様を次期王にする算段の様です。どういたしましょう…!」

「あいつめ…。遠征とみせかけ、兵を集めていたか。兵の準備を整えよ! 王には私から報告する!」

「はっ!」

 クルメンは直ぐに王のもとへ報告に向かう。
 将軍フォーティスは自ら隊を率いて、遠征に出ていた。南東の街に不穏な動きがあると知らせがあり、第二王子、タイドも引き連れてその街へ向かったのだ。
 勿論、表向きには──だ。
 港町ラウルス。そこはフォーティスにはなじみの街らしく。幼い時分をそこで過ごしたのだという。
 海に面し港をもつ。規模はそこまで大きくは無いが、活気もあり交易も盛んで、人々の生活は豊かだった。
 今はセルサスの属国となっていたが、そのうち独立を目指すのでは──そんな噂もある街。
 そこで、将軍が第二王子タイドも引き連れ決起したのだ。タイドは人質ではなく、次期王として立てるつもりらしいと言うことだった。
 何度も言うが、表向きには、だ。

「──報告は以上になります。いかがいたしましょう? 既にいつでも出立できるよう、兵の準備は整えております」

 大臣クルメンは王に問うた。王は既に承知済だ。しかし、そんな素振りは露程も見せない。
 傍らにはベルノ、数段下った先に第二王妃ルノア、第三王妃エスカが控えていた。皆、表情は硬い。
 ネムスは暫し沈黙したのち、顎髭に手を当てながら。

「…分かった。鎮圧の為、兵を向かわせよう。私も出向く。将軍は生かしたまま捕らえよ。話しがしたい。タイド王子もだ。きっと事情があったのだろう…」

「分かりました。すぐに伝令を飛ばします」

 するとクルメンは、城の警備に残っていた大隊長に指示を飛ばした。隊長は小脇に兜を抱え、王に敬礼すると足早に退出する。
 ベルノは歯がゆそうな表情を浮かべていた。タイドらがそんな行動を起こすはずがないと信じているからだろう。
 第二王妃ルノアはすっかり震えあがり、傍らの侍女に支えられていた。
 しかし、第三王妃エスカは幼いリオを抱き寄せながらも、その眼差しに動揺は見られない。静かに事の成り行きを見守っているかのようだった。王は王妃達に向け。

「お前たちもいつでも城を出られる準備を整えて置け。もしここへ将軍が攻めて来るような事があれば、無事では済まない。城の裏手、森を越えた丘の上の寺院に身を寄せよ。手はずは整えておく。ビーテ」

「は! こちらに」

「王妃たちの面倒を見よ。リオ、案ずるな。お前たちに害は及ばない」

 その言葉に母のドレスの陰に隠れていたリオは、顔を見せ頷く。ネムスは笑みを浮かべると、大きく満足げに頷いて見せた。

「ベルノ、お前は王妃たちを警護し、一緒に寺院へ向かえ」

「私も王にご一緒いたします!」

「いいや。ダメだ。ベルノ、お前は何があろうとも生き延びる必要がある。残った民をまとめていく務めがあるのだ。どんな結果になろうとな。勿論、私は負けるつもりはない。しかし、何が起こるかは分からない。二人とも倒れては、後を引き継ぐものがいなくなる」

「しかし!」

「ベルノ。これは命令だ。王命に背くことは許されぬ。さあ、行け」

「……」

 ベルノはきゅっと手を握り締め、でかかった言葉を飲み込む。
 そんなやり取りを大臣クルメンはじっと見つめていた。
 確かに王の言う通り、二人倒れてはまずいのだ。それに、王妃らと共に寺院に同行してもらわねばならない。
 クルメンは声を上げた。

「王。わたくしが王子に付き添いましょう。いざとなったら、身を挺して王子をお守りいたします」

「そうか──。そうしてくれ。では皆準備に取り掛かれ」

「は!」

 家臣たちはみなかしづき、頭を垂れる。

「さあ、ベルノ様。こちらです」

「クルメン…。──わかった…」

 渋々、ベルノはクルメンに従った。
 第三王妃エスカはその背をじっと見つめていた。

✢✢✢

 廊下に出ると、クルメンはすぐにベルノを自室へと下がらせる。

「クルメン…。私はやはり──」

 部屋に入ろうと言う所で、ベルノは口を開くが。

「お話は中で。さあ…」

 そう言って、ベルノの背を半ば押す様にして中へと促す。誰にも入室させない様、部屋の外にはすぐに衛兵が控えた。
 クルメンは扉をしっかり閉ざしたのち、ふうっと息をひとつ吐きだし。

「こちらにお着換えを」

 そう言って、グレーがかったモスグリーンの衣装を差し出してきた。
 ローブとチュニック、パンツだ。それは見たこともない生地で織り上げられている。鎧ではない。
 幾ら戦いに向かわないとは言え、王妃達の護衛にこの衣装では不釣り合いだった。ベルノは怪訝な顔をする。

「これを? これは──」

「ベルノ、それは森のエルフの王が贈って下さった品物だ。是非着てくれ。きっと敵から身を守ってくれる」

 背後から聞こえた凛とした声に、ベルノは驚きの表情で振り返った。視線の先にいたのは──。

「タイド! 君は将軍と一緒にいたのでは? どうしてここに──」

 すっかり髪色を金に抜いたタイドがそこにいた。ベルノは駆け寄る。そんなベルノにタイドは笑って見せると。

「俺は『王子にとってかわる』んだ。さあ、それに着替えて」

「なにを言って!」

 ベルノはタイドの胸もとへ掴みかかる。そんなベルノにクルメンは冷静な声音で諭した。

「ベルノ様。これはこの城内に巣くう敵を洗い出すための策なのです」

「敵?」

「ベルノ様を事故に見せかけ、亡きものにしようとしたり、フォーティス将軍を裏切り者に仕立てようとしたり…。仕組んだ者がいるのです」

「そんな者が、城内に…?」

 ベルノの表情が硬くなる。

「そうです…。フォーティス将軍やタイドがここにいないとされている今、城内の警備は手薄にしております。もちろん、ベルノ様の周囲も。そこを敵が狙わないはずがありません。そこをわざと襲わせて、敵を捕らえるのです」

「わざと…。なら、タイドが代わりにならなくとも!」

 すると、今度はタイドがベルノの手を取って。

「俺の方がこういう事に慣れてる。万が一、ベルノに何かあったら、国が、民が困るだろう? ここは大人しく言う事を聞いてくれ」

「でもっ、君にだってなにかあったら──!」

 ベルノはその後に続けようとした言葉を飲み込んだ。タイドは構わず続ける。

「もう、時間がない。隠れて君を守るより、俺自身が囮となって敵をおびき寄せる方が手間が省ける。それに、もうこの計画は動き出している。王ネムスも、フォーティス将軍も、この国を守るために行動しているんだ。ベルノもそうすべきだ。そうだろ?」

 タイドの言葉にベルノは唇を噛みしめると渋々、承諾した。

「…わかった」

「ほら、これに着替えて──」

 用意してあったローブや衣服を差し出してきたタイドの二の腕を、ベルノは掴んだ。

「タイド! 無茶はしないで欲しい。危なかったらすぐに逃げてくれ」

 すると、驚いた表情を見せたものの、すぐに相好を崩し。

「大丈夫だ、ベルノ。ありがとう。無茶はしない」

「…でないと、…様に、顔向けできない」

 俯いたベルノは自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟いたが、

「なに?」

「いや…。なんでもない」

 ベルノは浮かない顔で首を振った後、タイドをじっと見つめた。

「君には…無事でいて欲しいんだ。幸せにならないと…」

「うん? 今でも俺は十分幸せだと思ってる。さあ、急いで」

「分かった…」

 そう答えると、傍らで気をもんでいたクルメンがほっとした表情を見せた。

「ベルノ様、こちらへ」

 そうして、ベルノはタイドに手伝ってもらいながら、身支度を整えた。
 着替え終わればすっかりベルノは年若いエルフにしか見えなかった。
 勿論、顔を隠せば──の話しだ。タイドと違って、ベルノは面が割れている。髪色も時間がなく変えてはいなかった。顔を晒せばすぐにバレてしまうだろう。
 タイドは最後の仕上げに、ローブの胸元を木の葉の形を模したブローチで留めながら。

「ベルノの顔は皆が知っている。なるべく俯いて、警護のものから離れないように」

「私はこれからどこに?」

 すると控えていたクルメンが、

「城内は危険です。森のエルフの館に潜みます。森のエルフ、グリューエン様がお力を貸してくださいました。目立たぬよう、森の入り口まで向かいます。すでにエルフの兵が待っています」

「わかった…。タイド」

 ベルノは一旦、俯いたあと顔を上げると、タイドを見つめその手を取る。

「どうか…、無事でいてくれ。くれぐれも無茶はしないと約束してくれるか?」

「ああ、勿論。──さあ、行って」

 タイドは笑顔で送り出す。ベルノは後ろ髪を引かれつつも、衛兵に伴われ部屋を出た。

✢✢✢

 それを見送った後、クルメンはタイドを振り返り。

「さて、私たちも準備が整いましたら、王妃らとともに寺院に向かいましょう。ベルノ様ではないですが、十分気をつけて下さいませ」

「わかった…。クルメン──」

 タイドは神妙な面持ちになると。

「はい? なんでしょう?」

「やはり…、リオは追放に?」

 すると、クルメンはどこか悲しそうな顔を見せながらも、

「致し方ないかと。ただ、十分な資金と環境とは整えよと、王からの仰せでした」

「そうか…。分かった」

 数日前。夜分遅く、ひと目につかぬよう、ひっそりとタイドの部屋を訪れた大臣クルメンとフォーティス将軍から、事の詳細について聞かされた。
 城内にいる密通者をあぶり出すため、相手が次の手に出やすいよう、隙を作ると。
 フォーティス将軍はタイドを伴い遠征に出てもらう。そこでタイドを次期王に推すと宣言し、謀反を起こすのだ。
 王はそれを治めるため、城を出ることになる。残された者たちは安全の為に城内の後方にある寺院に身を隠す手はずだった。
 残るのは大臣クルメンと王子ベルノ、王妃らのみ。手薄になればきっとそこで敵は行動を起こすだろうと考えたのだ。

「間者の目星はついておりますが、現場を押さえない限り、捕らえることはできません。従者や侍女を間者として使っている様ですが、奴らを捕まえて吐かせても、知らぬ存ぜぬと言われればそれまででしてな」

「いったい、それは誰なんだ? 早々捕らえることができないって…」

 下のものではないのは確かだ。
 証拠がなければ捕らえられない相手というのは、相応の身分のものでなければ、考えられない。間違えば、こちらが捕らえられてしまうほどの。
 そこでクルメンとフォーティスは視線を交わした後、

「第三王妃、エスカ様です…」

 クルメンが静かな声音で答える。予想していなかった名前だ。

「エスカ…様?」

「そうです。タイド様。ここしばらく、噂の出所を探っておりました。たどり着いたのがエスカ様です。その行動も監視しておりましたが、援助されている孤児院に行った際、どうやら男と会っている様で…」

「男と…?」

「その男は街の鍛冶師なのですが、出身はケイオス。かつて近隣にあった小国ですが、数年前にセルサスに戦いを挑み、破れた国です。男はそこの騎士団長でした。その男とエスカ様はお会いになっておりました」

「……」

 タイドは言葉をなくす。クルメンは肩をすくめて見せると。

「ここまで調べ上げるのに、随分と手間がかかりました。なんせ、ケイオスに関わるものは少なくてですな。男の事を知るものを探すのに、随分時間がかかりまして…」

「なぜ? どんな繋がりが…」

「…エスカ様も、そのケイオス出身なのです。前の夫は彼の国の騎士団に所属していたのです。戦で未亡人となり、途方に暮れていた所を、王妃の侍女となり、王妃亡きあと王に見初められ、迎え入れられました」

「エスカ様が通じていたとして…、セルサスに恨みをもっていると?」

「そうでしょうな。件の男と共謀し、セルサスを内から滅ぼそうと画策している…という所でしょう」

「王はなんと?」

「ネムス様は、全て承知され迎え入れました。ただ、今回のような行動に出るとは思っていなかったようで、ご心痛なご様子でした。エスカ様を捕らえても、無体な事はせず、話しをしたいとのことでした」

「リオは…?」

「確たる証拠をつかんだ際は、エスカ様とともに国外追放が妥当でしょうな」

「リオは、何も悪くはないのに…」

「仕方ありません。母親が裏切り者と知れ渡れば、子供とて容赦ありません。命を取られないだけましです」

 タイドは額に手をあて、深く息を吐き出した後、

「わかった…。けれど、ここに誰も置かないのは危険なのでは? フォーティス将軍は仕方ないにしても、ベルノに危険が及ぶ…」

「はい。それは危惧する所でありまして…。ただ、将軍とともに遠征に行くと見せかけ、大半はこちらに残しておく予定ではあります」

 タイドはふと、書棚のガラス戸に目を向けた。そこにはろうそくの炎に照らし出された自らの顔が映る。年格好はベルノとそう変わらなかった。

 それなら──。

「…俺が、ベルノの代わりをしよう」

「タイド?」

 それまで黙って話を聞いていたフォーティスが声を上げた。タイドはクルメンとフォーティスを交互に見た後。

「髪の色さえ変えれば、背格好も瞳の色も同じ。ちょっと見た位では気付かれない。それにフードをかぶっていればなおさら分からないだろう? 俺なら危険にも対処できる」

「タイド…。だが、危険だ。確かにベルノ様を守るにはいい手だが、代わりにお前が傷つくとになれば──」

「大丈夫だ。俺はそんなにやわじゃない。知っているだろう?」

「しかし──!」

 そんなタイドとフォーティスのやり取りに、クルメンは終止符を打つように。

「この件については、王にお伺いを立てましょう。許可が下りれば決定です。確かにエルフの元で育ったタイド様なら、多少の危険でも切り抜けることができるでしょう。いい案です…」

「ったく。お前もお人よしだな? 自分の命が惜しくはないのか?」

 フォーティスの言葉にタイドは、肩をすくませるようにして、少し笑みを浮かべると。

「元々、俺はここにいない人間だったんだ。ここへ置いて貰えた恩を返さないとね」

「タイド…」

 フォーティスは眉をひそめるが、クルメンは流石と褒め称え。

「その心意気、流石です。きっと王もお喜びになるでしょう」

「よろしく頼んだ」

「承知いたしました。今日はこれにて。また後日、結果をお伝えします」

 そう言って先にクルメンが部屋を後にした。来た時と同じ、ひと目につかない通路を使っての退出だ。
 それを見送った後、腕を組んでこちらを見つめるフォーティスを振り返る。

「なにか言いたそうだ」

「当たり前だ。何もお前が犠牲にならなくとも──」

「犠牲じゃない。皆が適材適所で出来ることをするだけの話だ。ベルノの剣術の腕は確かだけれど、戦いには慣れていない。咄嗟のことには対応できないと思う。それに比べて、俺はそう言ったことに長けている。互いを生かすための選択だ」

「タイド、どれ程危険か分かっているのか? 相手は何を仕掛けてくるかわからない。王や俺がいない間に、確実に命を奪おうとするだろう。万が一もあるというのに…」

 するとタイドは笑ってみせ。

「俺は楽天的なんだ。きっと上手く行くと思ってる。──ただ、本当にエスカ様が首謀者だとして、そうなった時のリオの行く末が心配で…」

「クルメンの言う通り、仕方ないだろう? エスカ様が捕らえられれば、ここに残った所で、肩身の狭い思いをするだけだ。一緒に追放が一番得策だろう」

「そうだけれど…」

 明るく陽気なリオが、どんな辛い目に遭うかと思うとやりきれなかった。幼い頃から兄妹のように過ごしてきたのだ。どうにかしたいと思うのは当たり前の心情でもあった。

 皆が笑顔で終われる結末はないんだろうか。

 タイドは唇を軽く噛む。
 フォーティスはそれを察したのか、タイドの肩をポンと軽く叩くと。

「色々考えた所で、どうにもならない。またその時に考えればいい。さあ、もう遅い。今はゆっくり休め」

「分かった…。そうするよ。ありがとう、フォーティス将軍」

「ああ、おやすみ」

 そう言うと、軽くタイドの額にキスを落としていった。

「フォーティス?!」

「…お休みの挨拶はするだろう?」

 そう言って悪びれなく笑うと、クシャリとタイドの前髪をかき上げ、クルメンと同じく、退出していった。
 タイドはキスされた額に手をあてる。

 昔、誰かにされた記憶がある…。

 ニテンスではない事は確かだった。
 フォーティスのように長身で。自分を包み込むような、そんな気配を持った人物だ。

 誰なんだろう?

 自身の思い込みなどではない。確かにそうだったと思えるのだ。思い出すと甘く切なくなるような。
 そこまで思い、現実に自身を引き戻す。

 今はその記憶を辿っている時ではない。目の前の現実に目を向けなければ。

 この国に関わる大事な局面なのだ。甘い記憶など探っている場合ではない。

 でも、この争いが治まったら──。

 この思いの出先を探ろうと思った。

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