森のエルフと養い子

マン太

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27.再会

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 そして、次の日。
 王の承諾を無事得たタイドは、ベルノの身代わりとして城に残ることになった。
 表向きはフォーティス将軍の遠征に帯同したことになっている。
 同じような年恰好の者をタイドに仕立て、将軍とともに出立させて見せたのだ。鎧を身に着け兜をかぶればそうとは知れない。その間、ひっそりと城内に潜みこの時を待った。
 そして、今に至る。

 タイドはベルノの自室の窓から、暗闇の広がる外を眺めた。

 ベルノはもう、エルフの館についた頃だろうか──。

 王ネムスはその後、夕方には出立した。後に続く様にベルノもエルフの兵と共に城を後にする。
 ひとり守られるのをベルノは最後までよしとしなかった。けれど、危機が迫る中、そうも言ってはいられない。
 この国の存亡がかかっているのだ。例え、王ネムスが倒れたとしても、ベルノがいればまた立て直せる。

 ベルノはきっといい王になるはずだ。

 彼を守ることは、この国の民を守ることにもつながる。今は属するこの世界を守ることが、タイドにとって一番の優先事項だった。
 過去にも守りたい何かがあった気がするのだが、それを思いだせない今、全力で今なす事に注力する。

「王子、出立のお時間です」

「今行く」

 従者の呼び出しに、声音を少し優しいものに変えて、タイドは答えた。
 
✢✢✢

 スウェルは急な王グリューエンからの呼び出しに、王の館へと向かっていた。

 タイドの動きが気にはなるが──。

 王の命に背く訳には行かない。仕方なく、そのまま鳥の目を使い、タイドの様子を追っていた。今はまだフンベルの城内にいる様だった。
 人々はフォーティス将軍と共に出立したと思っているらしいが、スウェルの目は誤魔化せない。

 直ぐに用を済ませて、城に向かおう。

 セルサス国内の動きは慌ただしかった。王ネムスが出陣するらしい。フォーティス将軍が反旗を翻したためだ。それを治める為に城を出る。城内はかなり警備が手薄になっているだろう。
 城に残るのは王子ベルノに、王妃達。大臣クルメンも残る。そこにどうして、タイドが隠れるように残るのか。

 何かある──。
 
 スウェルはまだセルサス王国の不穏な動きについて知らなかった。
 館に到着すると、直ぐにグリューエンのもとへ向かう。王の執務室には先客がいた。タイドと良く背格好の似た青年。

「ベルノ…王子?」

 スウェルの呟きに振り返った青年は、金糸の間に見える緑の瞳をこちらに向けて来た。
 タイドと同じ瞳。まさしく、ベルノ王子だった。

「スウェル、こちらはベルノ王子。王ネムスの依頼で城内の騒ぎが治まるまでここで匿う。お前は王子の警護についてもらう」

「っ! 待って下さい。俺は──!」

「城内の事は万事、王ネムスが準備を整えている。お前が出ていく必要はない」

「しかし──っ!」

「安易に人の世界に関わってはならない。余計な手出しは人の世を狂わす事につながる」

 エルフの力は人間を凌駕する。確かに、安易にその力を人々の戦で使えば、人はいつしかエルフに頼る事ばかり考える様になるだろう。
 結果、人間の世界のバランスが崩れる。人の世に関わるのは、必要最低限にしなければならない。

 でも──。

 タイドに危機が訪れる気がしてならない。
 グリューエンはひとつ息をつくと、

「スウェル。お前が何を心配しているかは分かっている。だが、『彼』は既に人の世で生きる選択をした。お前の役割は見守る事だろう。──承知しているはずだ」

「……」

 スウェルはギリと下唇を噛む。
 今直ぐにでも、駆けつけたい所なのに。

「スウェル様…」

 ベルノが小さくも、凛とした声を響かせた。

「今、城内では、セルサスを脅かそうとする者たちを排除するための作戦が決行されています。フォーティス将軍も王ネムスも、それぞれ王都を離れた様に見せていますが、実際は城からそう遠くない所で控えております。兵も多数の者を城内へ潜ませております。何か起きれば直ぐに対処できるはずです…。ですから──」

「分かりました…」

 ベルノの必死の説明に、スウェルは視線を落とし軽く頭を振ると。

「…ベルノ王子の警護につきます」

「それでいい」

 グリューエンは静かな口調でそう告げた。


 スウェルはベルノに付き従い、館の一室まで帯同した。
 部屋に着くと、スウェルはベルノを振り返り。

「セルサス国内の争いが治まるまで、ここで警護に付かせていただきます。治まれば速やかに使者が遣わされ、再び、城内へお戻りいただく予定です──」

 先ほど配下の者から受けた詳細をそのまま告げるが、

「スウェル様」

 途中でベルノが遮った。何ごとかと顔をむければ。

「私は、今『エルフ』としてここにいます。『私』は、城内で危険な任務に就こうとしています…。全て、私を守るため…」

「ベルノ王子…?」

 すると、ベルノはスウェルのもとへ駆け寄って、その二の腕を掴むと必死な様子で。

「『私』を──いえ、タイドをお守り下さいっ! 彼は自分を犠牲にする事を厭わない。危ういのです…! もし何かあったらと思うと……」

「……っ」

「どうか、タイドをお願いいたします!」

 スウェルの心は、それで決まった。

✢✢✢

「『ベルノ王子』、こちらです」

 大臣クルメンにを先頭に、寺院へと向かう。
 城壁内ではあったが、寺院は外れにあり、城外にも抜け出せる通路があった。
 寺院へと続く道は草が生い茂り、木々の色も濃い。大臣、ベルノ王子とづつき、王妃らはその後に続く。
 道幅は狭く、人ひとりが通れるほど。緩やかな坂になったそこには石段が続いていたが、かなり年月を経た石で、所々欠けてもいた。
 城外内ともに、目立たぬよう、民の中に紛れさせ兵を潜ませていた。
 エスカと繋がりのあった元騎士団長、ドローマが指揮した兵が城下町各所に潜伏し、集結しつつあると情報を得ていたためだ。
 もとより、フォーティス将軍は遠征には出ていない。タイドと同じく、潜んだ敵の目をくらませる為に、自身の身代わりを仕立て、実際は途中で引き返し、落ち合った王ネムスと共に、こちらも城外で今か今かと待ち構えていたのだ。

 どこで仕掛けてくるのか──。

 タイドは先をいく大臣クルメンの小柄な背中に目を向けつつ、周囲に目を配った。
 出立前、何も知らないリオが一緒に歩きたがって困った。そうなれば自分がタイドだとばれてしまうし、なにより、もし何かがあれば巻き込まれる可能性がある。

「リオ、私と一緒に。ベルノ王子の邪魔をしてはなりません」

 近づこうとしたリオに困っていれば、エスカが呼び寄せた。

「はーい…」

 仕方なくリオは傍を歩くのをあきらめて、母親のもとに戻って行った。
 ほっとはしたが、油断はできない。エスカも首謀者のひとりなのだ。何か行動を起こすはず。
 と、城下街の方で爆発音が鳴り響いた。次いで上空に花火が打ち上げられる。夜空に季節外れの光りの欠片が散った。

「なんだ?」

 大臣クルメンが足を止めた、その時。

「あぶない!」

 クルメンの背後で光るものを目にしたタイドは、すぐにその身体に飛びつき地面に転がる様にして伏せた。

「ぐっ!」

 避けきれずにいた衛兵の肩に矢が突き刺さる。

「みな、固まるな! 散れ!」

 タイドは声を張り上げると、クルメンを半ば引きずる様にして茂みの中に身を隠す。
 衛兵らも習って皆散ったが、逃げ遅れたものには容赦なく矢が降り注いだ。

「ぐあっ!」

 兵士が次々と倒れる。季節外れの花火。

 あれが、合図か──。

「タイド様! 私はいいですからっ」

 押し倒されたクルメンが腕の下でもがくが。

「しっ! 声を潜めて。俺が飛び出すから、あなたはすぐにリオを連れて城に!」

 視線の先では、母エスカと離ればなれになり、衛兵に守られ身を隠そうとするリオがいた。

「しかし、タイド様。あなたは──?」

「目的は『ベルノ』だ。今は兎に角城へ! 王や将軍と合流を!」

「タイド様!」

 なおも引き留めようとしたクルメンを置いて、茂みから飛び出すと注意を引くために声を上げた。

「私はここだ! 姿をみせろ! 卑怯者!」

 フードを目深にかぶったまま、腰に帯びた剣をすらりと抜く。
 矢の攻撃はなかったが、代わりに木々の陰からのそりと姿を現したもの達がいた。
 風体は民のそれに変わりないが、手にした剣はよく鍛えられたそれだ。身のこなしからも、ただものではないのがうかがえる。
 目の端に、クルメンがリオのもとへ走るのが映った。エスカの姿は見えない。
 クルメンの行動に気づいた男らの一人がすぐにそれを追おうとしたが、そのゆく手へ立ち塞がる。

「私が相手だ。ここから先は誰も行かせない──」

✢✢✢

「はっ! ぬくぬく育った王子様に何ができる! お前の力量など、大したことないのは分かっている!」

 中の一人がそう吐き捨てると、剣を振りかざしてきた。それを、剣で受けて流す。
 きちんと決められた型。見た目とは違い、訓練された剣術に、すぐになに者か知れた。

「お前──もしかして、ケイオスの元騎士か?」

「ほう。ばれて居たか。だとしたら? 王子様にも覚えていただけていたとは嬉しい限りだ!」

 再び振りかざされた剣を、剣で受ける。
 ガツン! と金属同士のぶつかる重い音が響いた。それを思いきり押しやり、間合いを取る。

「バカな事は止めろ! 今更、こんなことを起こした所で、なにになる?」

「俺はドローマ。全て復讐さ! 俺たちの国を滅ぼした復讐だ! こんな国など、滅んでしまえ!」

 ドローマは斬りこんできた。
 それを剣でかわし、次に別方向から斬りこんできた男の剣を避け、横腹を蹴りつける。倒れた男が背後にいた男を巻き添えにした。
 ドローマは思案顔になる。

「戦い慣れしてるな? 聞いていた話とは違う──」

「その情報が間違っていたんだな!」

 言うと、今度はタイドから斬りかかった。

「っ!」

 剣で受けたドローマの額に汗が浮かぶ。
 タイドは力で押し切るつもりはない。ぐっとドローマを押した後身体を翻し、相手が体勢を立て直す前に再び斬りかかった。

「くっ!」

 避けきれなかったドローマの剣を握る右腕に、赤い血がほとばしる。
 タイドはこの男にだけ向けて剣をふるった。
 周囲の者はタイドの速さについて行けず、間合いがつかめずそこで見ている事しかできない。
 なぜ、タイドがドローマだけを狙うのか、それはこの男が件の騎士団長だと感じたからだ。
 他のものもケイオス王国の騎士団の生きのこりだとすれば、結束が強いだろう彼らが、その団長を置いてその場を去ることなどないはず。
 それはこの国に来て知った事だった。
 騎士団の者は皆、上官に忠実で重い信頼を置いていた。それはケイオスでも同じだろう。今ここで彼を押さえられれば、全て事がすむ。

 ここでやりあう間は、手練れの部下は他には目を向けないはず。

 クルメン達が逃げる時間が作れるはずだ。
 残念だが、クルメンには剣術の腕を期待はできない。衛兵の負担を軽くするためにも、ここで食い止めることは重要だった。

 それに、こいつらの目的は王子を抹殺することだ。

 ここで自分がベルノである限り、他に目を向けないはず。
 数度切り結ぶうち、フードが肩へと落ちた。金に抜いた髪が風に揺れる。と、誰かが驚きの声を漏らした。ああとか、そんな声だ。

「…あなた──! タイド?」

 エスカの声だ。どうやら物陰に潜んで見ていたらしい。

「タイドだと?! ベルノ王子ではないのか?」

 ドローマが怒鳴る。タイドは再び男に斬りかかり、避けきれなかったドローマは更に腕に斬り傷を作った。

「王子には変わりない。どちらもやるつもりでいたんだろう?」

 切っ先をドローマに向ける。

「そうだが──。くそっ! 面倒なことに…!」

 ドローマはどうやらタイドの腕を知っているらしい。

「ベルノはすでに森のエルフの王の元で匿われている。手出しはできない。お前達の計略は既にバレている! 城内には王ネムスやフォーティス将軍の兵が討伐に出ている。逃げ道はない。王は寛大だ。ここで手を引けば、命まではとらないだろう。──剣を収めろ!」

 タイドは周囲に向けてもそれを口にした。
 無駄な争いは避けたかったのだ。せっかく生き残ったと言うのに、復讐の為だけに生きるなど、そんな寂しい人生で終わらせたくはない。

「ふ…。ここまでか」

 ドローマはそれでも不敵に笑って見せたが。

「タイド!」

 そこへ若い娘の声が響いた。リオの声だ。
 騒ぎを聞きつけ戻ってきたのだろう。

 今、来ては危ない──。

 一瞬、気を緩めたのをドローマは見逃さなかった。

「隙ありだ…っ!」 

 お返しとばかりに、ドローマは剣を振りかざし、タイドの剣を持つ右肩を斬りつけていた。

「っ!」

 気を取られた為避けきれず。刃が肩にずぶと食い込む。リオの叫ぶ声が聞こえた。
 今まで感じたことのない衝撃が肩に、身体に走った。鮮血が辺りに飛び散る。体中の血管がドクリドクリと波打ちだした。
 過去にここまでの傷を負ったことはない。腕の力が抜け、剣は手から滑り落ちた。
 これでは防ぐことができない。歯をくい縛った。

「…もう、剣は握れんだろう?」

 ドローマは剣を肩から抜くと更に振りかぶった。その鋭い切っ先を見つめる。

 俺は──ここで終わるのか?

 けれど、ここでは終われない、そう強く思った。

 俺には会わなければならない人がいる。それが誰なのかわからない。

 けれど──。

「せめて、お前を道づれにしてやるっ!」

 首目掛けてドローマの剣が横なぎに振り下ろされるが──。

「そこまでだ!」

 ガツン! と、鈍い金属同士のぶつかり合う音がした。

「……?」

 恐る恐る目を開けば、首筋、寸での所で、ドローマの刃は防がれていた。
 タイドの首を鋭い刃から守ったのは。

「これ以上はやらせない。今すぐ剣を置け。置かないならここでお前を串刺しにする。本当は有無を言わさず切り捨てたい所だが…。──さあ、どうする!」

 美しい銀糸が風になびく。すらりとした立ち姿。広い背中。

 あ──…。

 タイドを庇うように前に立ち塞がったのは、長身のエルフだった。
 
 誰だ? けれど、俺は…知ってる──。

 いつかと同じように、勝手に頬を涙が滑り落ちていった。幾筋もとめどなく。

「タイド様!」

 クルメンの声がした。リオを追ってきたのだろう。

「ああ、酷いけがを! すぐに手当を──」

 エルフの男は、ドローマを睨みつけたまま振り返らずに。

「寺院の方が近い! そっちへ連れていけ! 俺もすぐ向かう!」

「ああ?! あなたは──スウェル殿では? よ、よろしくお願いします! お前たち、すぐに運べ!」

 スウェル…?

 顔を見たかった。
 タイドは必死に立ち上がろうと身体を動かしたが、自由にならなかった。そのうちに意識が遠のいていく。

 俺は──あなたを、知っている…。

「止血を! さあ、こちらに──」

 クルメンのその声を最後に、タイドは意識を手放していた。

✢✢✢

 怯えるリオをクルメンが引き連れ、タイドは寺院に向けて運ばれて行った。
 スウェルはその後、エルフの王の館を飛び出し、まっすぐフンベルの城へと向かった。
 そこで、すっかり城内を鎮圧した、王ネムスとフォーティス将軍とに出会い。事の次第を全て聞き、ひと足先にタイドの下へと向かったのだ。
 ドローマは剣を構えたまま、スウェルを黙って見つめていたが、敵う相手ではないと判断したのか。

「…怒りに満ちたエルフには万が一でも勝機は見いだせんな…。剣を置こう。みな、従え!」

 その声にドローマの部下は互いに顔を見合わせた後、渋々といった具合にそれぞれの獲物を地面へと置いた。
 ドローマも手にしていた剣を地面におく。

「…素直だな?」

 スウェルはそれでも剣を構えたまま、男から目を離さない。

「俺も無駄死にはしなくない…。王子の一人も殺せないなら、意味がない。ほら、捕まえるがいい」

 ドローマは不敵に笑ったまま、そう口にした。すると、すぐにセルサスの衛兵が男らを取り囲み捕縛していく。衛兵は、そこにただ力なくたたずんでいたエスカも捕縛しようとしたが。

「ああ、彼女はそのまま。これはネムス王からの命でね。リオの前でそんな姿を見せたくはないとの事だ。ただ、逃げないよう監視を怠るなと。この先の寺院に、他の仲間ともども捕らえておくようにと言われた。後ほど王自ら話しを聞きに来るとのことだ。頼んだよ?」

「は!」

 すぐにエスカの周囲を兵が取り囲む。エスカは抵抗もせず、促されるまま、また坂道を上がりだした。
 スウェルは大きくため息を吐き出した後、剣を収め。

「俺としては、お前だけは許したくなかったが──。王命だ。仕方あるまい…」

 すっかり捕縛され自由を奪われたドローマは、スウェルを睨みつけた。

「あんたは、タイド王子の知り合いなのか?」

「知り合い…ね」

 スウェルは肩をすくめて見せた。と、その会話を聞いていたエスカがふと足をとめ。

「…あなた、いつか会ったエルフの王子スウェルでしょう? タイドはすっかりあなたを忘れてしまったようだけれど…」

 スウェルは苦笑を浮かべると。

「ま、それには色々あったのです…。さて、俺は王や将軍が来るまで、寺院にてあなた方の監視役をさせていただきますよ。じゃあ後は頼んだ──」

 そう言って、後を衛兵に頼むと、もう用はないとばかり、飛ぶ様に寺院へと向かった。

✢✢✢

 寺院の一室には血の匂いが充満していた。タイドの出血が止まらないのだ。
 衛生兵もいたが、流石にここまで深い傷は手の施しようがない。止血の為に傷口を押さえることしかできなかった。

「ああ、顔色がどんどんと──。脈ももう殆どないぞ! どうにかならんのかっ!?」

「は、止血はしておりますが、何しろ斬られた場所が…。太い血管を傷つけたようで、こればかりはなんとも…」

 衛生兵も肩を落とす。既にタイドの脈は無いに等しかった。

「タイド! しっかりして!」

 ついてきたリオが傍に寄ろうとするのを、クルメンが引き留めた。

「リオ様はあちらの部屋でお休みください! ここは私らにまかせて──」

「いや! ここでタイドについてる!」

 そんな騒ぎの中、息を切らせたスウェルが姿を見せた。それに気付いたリオが、あっと声を上げる。

「あなた──前に見たことがある…?」

「リオ。覚えていたんだね? いや、今、思いだしたのか…。会ったのはかなり昔だからね。さて、今はタイドの容態を診るのが先だ」

 寺院の粗末なベッドに横たえられたタイドの意識はなく、顔色は蒼白で呼吸もろくになかった。あと少しでそれも止まるだろう。白いシーツはぐっしょりと赤い血で染まっていた。
 しかし、スウェルは慌てず、その傷口に手をあてると顔を覗き込み。

「タイド…。私の──タイド。君をこんな所で死なせはしない…」

 そう囁き、額に口づけた。
 すると、それまでなかった吐息が口から漏れる。暫くして僅かにその頬に赤みがさした。肩の傷口に当てた手からは白い光がこぼれ、覆っている。
 気が付けばすっかりその傷が塞がっていた。

「おお! なんとしたことか──!」

 クルメンが驚きの表情を浮かべた。リオもきょとんとしてその様子を見つめている。

「…反応が早い。普通、人間であればもっと、時間がかかるのだが──まあ、いい。これでもう大丈夫だ」

 一瞬、訝し気に眉をひそめたものの、スウェルはもう一度、額にキスを落とし、そっと身体を離した。

 これ以上はタイドに関わってはいけない…。

「これでタイド王子は大丈夫だ。数日も休めばすっかり回復するだろう。俺はこれで──」

 そう言って、背を向け立ち去ろうとした時。

「…スウェル…?」

 その声にはっとして、スウェルは銀糸を揺らし振り返った。
 ベッドの上には目覚めたタイドがこちらを見上げている。深い緑の瞳がじっと見つめていた。

 意識を取り戻すのに、数日はかかるはずなのに──。

 この瞳を再び、こうして見つめることができる日が来るとは。

 ──いや、しかし。その前に。

「…どうして──俺の名を…?」

 タイドは身体を起こすと、くすりと笑う。

「今、一度心臓が止まったからじゃないのか? 一度死んだからスウェルのまじないが切れたんだ…」

「……」

「スウェル…良かった。また、あなたに会えた。俺の、スウェル。──そうだろ?」

「──!」

 スウェルはカッと顔を赤くした。
 そんな二人の様子に、察した大臣はコホンと一つ、咳払いをすると。

「リオ様。今はここをお二人だけに。お話はあとで。タイド様には休息が必要です」

「…うん。わかったわ。スウェル、タイド。また後で」

「ああ。リオあとで」

 タイドの言葉にリオは大きくうなずき、大臣や衛生兵とともに部屋を出ていった。
 残ったスウェルはすっかり固まったまま。

「…解けた、のか?」

「みたいだ。全部、思いだした…。悲しい別れも。あの時の事も…」

「!!」

 スウェルの顔は更に赤くなる。

「あっ、あの時は──その、あれで最後と思ったからだな…っ」

「なんだよ。やり逃げ? 酷いな…。やっぱりスウェルは噂通りだったんだ…」

「なに?! 断じてやり逃げなど! 俺がどんな思いであの時、君を抱いたと思っている──」

 そこではたとじっとこちらを静かな眼差しで見つめる瞳に気が付く。タイドはゆっくりとした口調になると。

「…俺は、あの時のスウェルの声を、全てを覚えてる。俺を──生涯の伴侶にするって。愛するのは俺だけだって…。あれは、偽り?」

 こちらを見上げてくる。

 ああ、これは──もう。

 スウェルはベッドの傍らにすとんと腰を下ろすと、手を伸ばし、タイドの頬に触れた。

 深い緑の瞳。美しい、タイド。私だけのもの──。

「偽りなんかじゃない…。君は俺の全てだ。タイド。こうなった以上、俺は君を手放すことができない。…応じてくれるか?」

 すると、タイドは思いを巡らすように視線を床に落とした後、再びスウェルに向け。

「あの時、俺はエルフの王グリューエン様に言われたんだ。このまま俺がスウェルと一緒にいると、スウェルに危機が訪れるって…」

「なんだ、それは──」

 初耳だった。

「グリューエン様は、予知夢を見たと。スウェルが俺の所為で狂った夢を…。断片的だったからそれが現実になるかは分からない、どうするかは俺の自由だって。それで──」

「俺と別れる選択をしたのか?」

「そうだよ…。だって、スウェルには幸せでいて欲しかったから。狂って欲しくなかったから…。だから、俺は──離れたんだ…」

 辛そうに顔を伏せる。
 スウェルはふっと笑むと、その顎に手をあて、顔を起こさせた。

「もう、俺はタイドに狂ってた…」

「スウェル…」

 そうじゃないと、頬を染めながらもいさめてくるが。スウェルは笑って見せると。

「分かってる…。しかし、この先タイドといることで何かが起こるとしても、タイドと離れて暮らすこと以上に辛いことはない。君といるためなら、どんな事だろうと乗り越えて見せる。君を──正式に私の伴侶として迎えたい。…好きで堪らないんだ…。離れている以上に辛いことなどない。どうか、私だけのタイドでいて欲しい…」

 そう言って、頬に手を添えたまま、唇にキスを落とす。柔らかく、触れるだけのキスだ。

 君にこうして触れるだけで、俺は浮足立つ。

 まるで少年の頃に戻ったようだ。胸が高鳴り、気持ちが高揚する。今までのどんな恋もこの気持ちには及ばない。

 大切な、私のタイド──。

 すると、タイドはスウェルの首筋に腕を回し抱きついて来た。ふわりと甘い懐かしい香りがする。

「スウェル…。俺はもう、応じてる。前にも言ったろ? たとえ、あなたを狂わすと言われても──もう、離れたくない。愛してるんだ。とても──」

「タイド…」

「答えはあの時と同じ、『勿論』だ。俺の──スウェル!」

 ぎゅっと更に抱きついてくる。その背を強く抱き返し。タイドがこの腕に戻ってきたことを実感した。

 私だけの──。

 一時、エルフの里に戻った気がした。

 そうこうしていれば、遠慮がちに扉をノックするものがいた。大臣のクルメンだ。

「えーあー、お取り込み中、大変失礼ではありますが、王がお見えになられました…。城下の争いも治まったようで。ベルノ王子、フォーティス将軍もおそろいです。タイド王子、スウェル様共にお出ましを」

 コホンとわざとらしく咳をして見せた。スウェルはタイドと顔を見合わせると、ふっと笑んで。

「…わかった。すぐに行こう。タイド、歩けるか? 無理なら俺が抱えていくが」

「ん。大丈夫…っと!」

 ベッドから降り、床に足を付こうとして思わずよろめいた。それをすかさずスウェルは抱きとめ。

「やはり抱えていこう。大怪我をしたばかりだ。王も承知して下さるだろう」

「ありがとう…。スウェル」

 そうして、スウェルはタイドを腕に抱きかかえると、部屋を出た。

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