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28.赦し
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クルメンについて講堂に向かうと、ガランとした空間の中、祭壇前で王ネムスとエスカが相対していた。燭台に灯されたロウソクの光りが、二人の影を時折揺らす。
周囲にいるのは王の従者ビーテ、将軍フォーティス、王子ベルノだ。リオは別室にいるらしい。
皆、神妙な面持ちだ。
離れた場所には、セルサスの兵の監視の下、ケイオスの元騎士たちが一塊にされている。
「お前は私によく尽くしてくれた。今回の件、そなたが元ケイオスの騎士らと組んで、起こしたと聞いているが…。本当か?」
王の眼差しはそれでも穏やかで優しい。エスカは躊躇ったのち、口を開く。
「ええ、そうです…。あなたに仕えた日々はとても満ち足りて、楽しかった…。時に辛い過去を忘れさせては頂きましたが、やはり祖国を滅ぼされ、前夫を無残に殺された記憶は、わたくしに復讐の念を忘れさせませんでした…」
エスカはすくと顔を上げ、ネムスを見返すと。
「元騎士団長ドローマと出会い、彼と通じたのは事実です。…あなたの傍らで微笑みながら、陰では裏切っていたのです。私は処罰されて当然です。ただ、リオだけは…どうか、ご容赦を…」
「幼い子供に手をかけはせぬ。ましてリオは王家に迎えようともしていたのだ──」
言って、スウェルの腕に抱えらえたままのタイドに目を向けたが、それもすぐにエスカに戻されると。
「──それも今は無に帰したが。手になどかけぬ。今後も手厚い保護をしていく所存だ。それはお前に対してもだ。エスカ」
「王?」
エスカは耳を疑うように聞き返した。
「お前が現在と過去との間で煩悶していたのはよく理解している。間者と通じていると言いながら、ベルノを本気で殺そうとはしていなかったはずだ。いつもタイドが傍にいる時だけを狙っていた。…そうであろう?」
「っ! そ、それは──」
エスカは動揺を示した。いつもは美しく彩られた唇が、今はすっかり色をなくしている。
「それは、本気で殺そうとする者のすることではない。表でどう取り繕おうと、躊躇っていたのだ…。それは、ここで過ごした日々が少なからず影響していた証拠。──お前はあの男を慕っているのか?」
ネムスがさすのは捕らえられた元騎士団長、ドローマのことだった。ドローマは黙って事の成り行きを聞いている。エスカは首を小さく振ると。
「…いいえ。亡き夫が尊敬していた方。夫と同じように尊敬はいたしておりましたが、それだけ…。ただ、求められ応じたのは事実です。前夫の幻を…そこに見たかったのです…」
ネムスは一つ息をつくと。
「私はお前を愛している」
「え…?」
エスカは驚きに顔を上げた。
「私は強い者が好きらしい。それに少々癖のあるものたちがな? ベルノ以外は、私の周囲はそんな者ばかりが集まっている。お前もそのひとりだ。お前がケイオスの出身であり、亡き夫はその騎士だったことも承知済み。それでも、生きるために私を選んだそなたの強さに惚れたのだ。──幸いなことに、今回は大惨事とはならずに済んだ。お前が今後心を入れ替え、私に尽くすというのであれば、今回のことは水に流そうと思っている。お前はどうなのだ?」
「でも…! わたくしは、あなたを裏切り、この国を亡ぼすことに手を貸したのですよ? …いくら無傷で済んだからと言って、許されることではありません。王がお許しになっても、皆が許すはずありません。どうか厳しい処罰を…!」
エスカはそう言って頭を垂れたが、コホンと咳払いをした大臣クルメンが、
「王がそこまでおっしゃるのです。受け入れてはいかがでしょうか? 幸いここには、私を含め、王の重臣のみしかおりません──」
と言いながら、スウェルに目を向け、それを見なかった事にすると、再び視線をエスカに向け。
「──皆、王と心を一つにしているものなれば、王の決定に異を唱えるものはございません。逆に応じないのでしたら、こちらにも考えがございます。なんせ、心酔する王の申し手を断り、処罰を望むのです。そちらこそ、大いなる反逆と言わざるを得ません。王の申し出をお断りになるのでしたら、王都中を反逆者として引きまわした上、半月はそのまま晒し、民衆に石つぶてをぶつけられる日々。リオ様とて無事にはすみませぬぞ? 一生、牢獄に繋がれ日の目をみない運命を辿ることに──」
「クルメン、その辺にしておけ…。エスカが怯えておる」
ネムスの静かな声に制されクルメンは我に返る。
「は!」
わざと大仰に頭を垂れて見せた。ネムスはエスカに向き直ると、
「クルメンが言うように、お前が受け入れられないと言うのであれば、処罰を下す。──これからも、その苦悩を抱えたまま、私の后として傍にいよ。逃げ出すことは許さない」
「王…」
ネムスは声を和らげると。
「正直なところ、第二王妃はうっかりものでな? 彼女だけでは心もとないのだ。その点、お前がいれば安心して城の奥を任せられる。どうか聞き入れてくれぬか?」
「…わかりました…」
エスカは視線を落とし、消え入りそうな声で答えた後、すっと顔をあげ。
「王のご厚意、一生忘れません。わたくしは今まで通り、セルサスの第三王妃として、王に仕えさせていただきます。…それが、わたくしの今回起こした事の贖罪になるとおっしゃるなら…」
ネムスはふっと表情を緩めると、エスカの肩に手を置き。
「では、そのように。──クルメン、聞いたか?」
「は! しかと聞きましてございます。皆のもの、今まで見聞きしたことは全て流せ。今後もエスカ様によくお仕えするように!」
「…御意。──ったく、クルメンも調子がいい」
フォーティスの呟きに、傍らのベルノがクスリと笑った。気づいたクルメンが、
「なに? 何か言ったか? フォーティス将軍」
「いいや。何も。あなたは立派な大臣ですよ。尊敬に値します」
「ふん、わかっておればいいのだ。分かっておれば…」
二人のやり取りを聞いていたスウェルは。
「これで、上手く収まったと言う事か。──後は…」
そう言って腕の中のタイドを見下ろした。
こちらも収めねばなるまい。
その間に、エスカは王の従者ビーテに伴われ別室へと向かった。そこの部屋でリオが待っているのだろう。
リオには今回の事態を何も説明はしていなかった。ただ、王を恨むものが起こした戦だとしか。そこに母が加担していたとは、誰も告げる者はいなかった。
✢✢✢
「スウェル殿」
ネムスがこちらに顔を向けた。
「はい」
いよいよ、自分たちの番だ。
ネムスの声に、スウェルは抱えていたタイドをそっと床に下ろしたが、手はしっかりとタイドの肩に置かれている。何を言われても離すつもりはないという意思の表れだ。
ネムスはその様子をしばし黙って見つめていたが。
「…四年前。私は森のエルフの王グリューエン殿に頼まれた。タイドをここに受け入れて欲しいと。私は実際迷っていたのだよ。君とタイドは固いきずなで結ばれていると感じていた。だから、息子と分かったからと言って、無暗に引き離していいものか…」
「そうですか…」
そこで、初めてネムスの苦悩を知った。スウェルはそんなネムスをジッと見つめる。
「しかし、グリューエン殿とタイドの間に話がつき、タイドはここに引き取られることになった。頼まれなくとも、タイドが望めばそうするつもりではあったが…。その後、タイドはなぜか君との記憶を失くしていた。ニテンスと言ったか…。君の従者が言うには、記憶を封じたという。ここで生きていくには必要のないものだからと。そして、私は王子としてタイドを受け入れた。だが──」
視線はスウェルの傍らに立つタイドに向けられる。
「タイドはやはり、スウェル殿の元にいるべきだろう。タイドには十分、尽くしてもらった。何度、ベルノの危機を救ってもらったか…。しかし、タイド。そなたは一度も私を父とは呼ばなかった。それは意識的にそうしていたのか?」
すると、タイドは澄んだ眼差しをネムスに向け、
「…俺には幼い頃から、ずっと自分を育ててくれた大切な人がいました。記憶を失くしても、それがどこかにあって…。だからどうしてもあなたを父と呼べなかった。どこか違うように感じて…。また、そう呼ぶのもどこかおこがましい気がしたのです。あなたをそう呼べるのは、ベルノただ一人かと。でも、尊敬する思いは変わりません」
「そうか…。良かった。嫌われているわけではなかったようだ。──スウェル殿」
微笑を浮かべたネムスは、スウェルへ向き直ると。
「ここまでタイドを育てたのはあなただ。タイドはもうあなたのもの。ずっと放っておいた私が言える事でもないが、これからもよろしく頼む」
「タイドは死んだと思われていたのです。仕方ありません。これからも、彼と共に生きていきます」
「ありがとう…」
ネムスは表情を引き締めると、身をひるがえし。
「さて、城に戻るとするか」
「は」
その言葉にクルメン、フォーティスが続く。
フォーティスは何も言わずに去っていった。傍らにスウェルがいるのだ。言う事は何もないのだろう。
しかし、ベルノはこちらに向かって駆け戻ってくると。
「タイド。そうは言っても、これからも顔は見せてくれるのだろう? …急にいなくなるのは寂しい」
タイドは俯くベルノの肩に手を置くと。
「会いに行く。もう、俺は自由だ。そうだろう? スウェル」
そう言ってスウェルを振り返る。
「ああ。父グリューエンも何も言わないさ。ベルノ様も会いにくればいい。いつでも歓迎する」
「いいのですか! やった! それなら私も安心だ。別れなくて済む」
と、去っていく王の一団の中から小さな影が飛び出した。リオだ。
「タイド! 私も会いに行く! きっと行くから!」
「お母さまと王の許可が下りたならいつでも。ベルノも一緒ならきっといいと言ってくれるよ」
「うん! きっと会いに行く。だから、タイドもきっと来てね? 約束ね!」
リオはタイドの手を取って握り締めると、ぶんぶんと振って見せた。
「さあ、もう戻ろう。リオ。タイドもまた後で。帰る前に城によってくれよ?」
「もちろん」
「じゃあ、またあとで」
リオを伴って、ベルノは王の後に続いて寺院を出ようとする。
スウェルはその背を見送りながら、これで漸く落ち着ける、そう思った矢先。
寺院の隅に一塊にまとめられていたケイオスの元騎士たちが突然、暴れ出したのだ。
皆、後ろ手に縛られているため、単に暴れただけではなにもできない。ただ、なだれ込む様に王たちの行く手に転がりでて、行く手を塞いだのだ。ネムスらは足止めを食う。
「お前ら! 大人しくしてろ!」
すぐに衛兵が押さえ引き戻すが、中から一人が飛び出し祭壇前へ駆け出した。どうやら、縄を切っていたらしい。
「お前!」
フォーティスが剣を抜き、追おうとするが、はたと何かに気づき、足を止めた。
そして、タイドの元へ戻ろうとしたベルノを引き留める。
「ベルノ王子! 行ってはなりません!」
「けど──!」
「みな、早く外へ!」
フォーティスは酷く焦った様子で、ベルノを突き飛ばすようにして外へと押し出した。
✢✢✢
「おまえら全員、ここでお終いだ!」
ひとり駆け出したのは元騎士団長、ドローマだった。
行き着いた祭壇前。その手には燭台が握られていた。足元にはむしろがかけられた積み荷が置かれている。隠しきれずに、木箱に詰められたそれが、一部露出していた。
あれは──。
タイドは目を瞠った。
ドローマの足元にあるのは、無数の爆薬だ。火が付けば、この寺院などひとたまりもない。
真っ先に気づいたフォーティスは、誰彼構わず外へと押し出した。
「皆! 外へ出て伏せろ! タイド! スウェル殿も!」
「タイド! 外へ──」
その声にスウェルが腕を掴もうとすると、それをすり抜け、タイドはドローマに駆け寄り飛びかかった。タイドの方が祭壇に近かったのだ。
「くっ…!」
冷たい石の床に押し倒され、燭台を取り落とす。
「バカな事は止めろ!」
タイドはドローマの襟元を掴み、抑え込もうとしたが、まだ上手く腕に力が入らず、ドローマの動きを拘束するまでは行かなかった。
「クソッ…!」
ドローマはぐいと腕を伸ばし、もう一方、近くに立っていた燭台の脚を掴んで引き倒した。派手な音を立て燭台が倒れ、むしろの端に火が移る。
乾いたむしろは、あっという間に燃え上がった。もう消すのは間に合わない。
このままじゃ──。
タイドは振り返り、
「スウェル! 逃げて──」
ドローマを離すと、直ぐに立ち上がって、向かいかけたスウェルを突き飛ばす。
「タイド──!」
次の瞬間、ドォン! と轟音と共に容赦ない熱波と衝撃が襲った。
周囲にいるのは王の従者ビーテ、将軍フォーティス、王子ベルノだ。リオは別室にいるらしい。
皆、神妙な面持ちだ。
離れた場所には、セルサスの兵の監視の下、ケイオスの元騎士たちが一塊にされている。
「お前は私によく尽くしてくれた。今回の件、そなたが元ケイオスの騎士らと組んで、起こしたと聞いているが…。本当か?」
王の眼差しはそれでも穏やかで優しい。エスカは躊躇ったのち、口を開く。
「ええ、そうです…。あなたに仕えた日々はとても満ち足りて、楽しかった…。時に辛い過去を忘れさせては頂きましたが、やはり祖国を滅ぼされ、前夫を無残に殺された記憶は、わたくしに復讐の念を忘れさせませんでした…」
エスカはすくと顔を上げ、ネムスを見返すと。
「元騎士団長ドローマと出会い、彼と通じたのは事実です。…あなたの傍らで微笑みながら、陰では裏切っていたのです。私は処罰されて当然です。ただ、リオだけは…どうか、ご容赦を…」
「幼い子供に手をかけはせぬ。ましてリオは王家に迎えようともしていたのだ──」
言って、スウェルの腕に抱えらえたままのタイドに目を向けたが、それもすぐにエスカに戻されると。
「──それも今は無に帰したが。手になどかけぬ。今後も手厚い保護をしていく所存だ。それはお前に対してもだ。エスカ」
「王?」
エスカは耳を疑うように聞き返した。
「お前が現在と過去との間で煩悶していたのはよく理解している。間者と通じていると言いながら、ベルノを本気で殺そうとはしていなかったはずだ。いつもタイドが傍にいる時だけを狙っていた。…そうであろう?」
「っ! そ、それは──」
エスカは動揺を示した。いつもは美しく彩られた唇が、今はすっかり色をなくしている。
「それは、本気で殺そうとする者のすることではない。表でどう取り繕おうと、躊躇っていたのだ…。それは、ここで過ごした日々が少なからず影響していた証拠。──お前はあの男を慕っているのか?」
ネムスがさすのは捕らえられた元騎士団長、ドローマのことだった。ドローマは黙って事の成り行きを聞いている。エスカは首を小さく振ると。
「…いいえ。亡き夫が尊敬していた方。夫と同じように尊敬はいたしておりましたが、それだけ…。ただ、求められ応じたのは事実です。前夫の幻を…そこに見たかったのです…」
ネムスは一つ息をつくと。
「私はお前を愛している」
「え…?」
エスカは驚きに顔を上げた。
「私は強い者が好きらしい。それに少々癖のあるものたちがな? ベルノ以外は、私の周囲はそんな者ばかりが集まっている。お前もそのひとりだ。お前がケイオスの出身であり、亡き夫はその騎士だったことも承知済み。それでも、生きるために私を選んだそなたの強さに惚れたのだ。──幸いなことに、今回は大惨事とはならずに済んだ。お前が今後心を入れ替え、私に尽くすというのであれば、今回のことは水に流そうと思っている。お前はどうなのだ?」
「でも…! わたくしは、あなたを裏切り、この国を亡ぼすことに手を貸したのですよ? …いくら無傷で済んだからと言って、許されることではありません。王がお許しになっても、皆が許すはずありません。どうか厳しい処罰を…!」
エスカはそう言って頭を垂れたが、コホンと咳払いをした大臣クルメンが、
「王がそこまでおっしゃるのです。受け入れてはいかがでしょうか? 幸いここには、私を含め、王の重臣のみしかおりません──」
と言いながら、スウェルに目を向け、それを見なかった事にすると、再び視線をエスカに向け。
「──皆、王と心を一つにしているものなれば、王の決定に異を唱えるものはございません。逆に応じないのでしたら、こちらにも考えがございます。なんせ、心酔する王の申し手を断り、処罰を望むのです。そちらこそ、大いなる反逆と言わざるを得ません。王の申し出をお断りになるのでしたら、王都中を反逆者として引きまわした上、半月はそのまま晒し、民衆に石つぶてをぶつけられる日々。リオ様とて無事にはすみませぬぞ? 一生、牢獄に繋がれ日の目をみない運命を辿ることに──」
「クルメン、その辺にしておけ…。エスカが怯えておる」
ネムスの静かな声に制されクルメンは我に返る。
「は!」
わざと大仰に頭を垂れて見せた。ネムスはエスカに向き直ると、
「クルメンが言うように、お前が受け入れられないと言うのであれば、処罰を下す。──これからも、その苦悩を抱えたまま、私の后として傍にいよ。逃げ出すことは許さない」
「王…」
ネムスは声を和らげると。
「正直なところ、第二王妃はうっかりものでな? 彼女だけでは心もとないのだ。その点、お前がいれば安心して城の奥を任せられる。どうか聞き入れてくれぬか?」
「…わかりました…」
エスカは視線を落とし、消え入りそうな声で答えた後、すっと顔をあげ。
「王のご厚意、一生忘れません。わたくしは今まで通り、セルサスの第三王妃として、王に仕えさせていただきます。…それが、わたくしの今回起こした事の贖罪になるとおっしゃるなら…」
ネムスはふっと表情を緩めると、エスカの肩に手を置き。
「では、そのように。──クルメン、聞いたか?」
「は! しかと聞きましてございます。皆のもの、今まで見聞きしたことは全て流せ。今後もエスカ様によくお仕えするように!」
「…御意。──ったく、クルメンも調子がいい」
フォーティスの呟きに、傍らのベルノがクスリと笑った。気づいたクルメンが、
「なに? 何か言ったか? フォーティス将軍」
「いいや。何も。あなたは立派な大臣ですよ。尊敬に値します」
「ふん、わかっておればいいのだ。分かっておれば…」
二人のやり取りを聞いていたスウェルは。
「これで、上手く収まったと言う事か。──後は…」
そう言って腕の中のタイドを見下ろした。
こちらも収めねばなるまい。
その間に、エスカは王の従者ビーテに伴われ別室へと向かった。そこの部屋でリオが待っているのだろう。
リオには今回の事態を何も説明はしていなかった。ただ、王を恨むものが起こした戦だとしか。そこに母が加担していたとは、誰も告げる者はいなかった。
✢✢✢
「スウェル殿」
ネムスがこちらに顔を向けた。
「はい」
いよいよ、自分たちの番だ。
ネムスの声に、スウェルは抱えていたタイドをそっと床に下ろしたが、手はしっかりとタイドの肩に置かれている。何を言われても離すつもりはないという意思の表れだ。
ネムスはその様子をしばし黙って見つめていたが。
「…四年前。私は森のエルフの王グリューエン殿に頼まれた。タイドをここに受け入れて欲しいと。私は実際迷っていたのだよ。君とタイドは固いきずなで結ばれていると感じていた。だから、息子と分かったからと言って、無暗に引き離していいものか…」
「そうですか…」
そこで、初めてネムスの苦悩を知った。スウェルはそんなネムスをジッと見つめる。
「しかし、グリューエン殿とタイドの間に話がつき、タイドはここに引き取られることになった。頼まれなくとも、タイドが望めばそうするつもりではあったが…。その後、タイドはなぜか君との記憶を失くしていた。ニテンスと言ったか…。君の従者が言うには、記憶を封じたという。ここで生きていくには必要のないものだからと。そして、私は王子としてタイドを受け入れた。だが──」
視線はスウェルの傍らに立つタイドに向けられる。
「タイドはやはり、スウェル殿の元にいるべきだろう。タイドには十分、尽くしてもらった。何度、ベルノの危機を救ってもらったか…。しかし、タイド。そなたは一度も私を父とは呼ばなかった。それは意識的にそうしていたのか?」
すると、タイドは澄んだ眼差しをネムスに向け、
「…俺には幼い頃から、ずっと自分を育ててくれた大切な人がいました。記憶を失くしても、それがどこかにあって…。だからどうしてもあなたを父と呼べなかった。どこか違うように感じて…。また、そう呼ぶのもどこかおこがましい気がしたのです。あなたをそう呼べるのは、ベルノただ一人かと。でも、尊敬する思いは変わりません」
「そうか…。良かった。嫌われているわけではなかったようだ。──スウェル殿」
微笑を浮かべたネムスは、スウェルへ向き直ると。
「ここまでタイドを育てたのはあなただ。タイドはもうあなたのもの。ずっと放っておいた私が言える事でもないが、これからもよろしく頼む」
「タイドは死んだと思われていたのです。仕方ありません。これからも、彼と共に生きていきます」
「ありがとう…」
ネムスは表情を引き締めると、身をひるがえし。
「さて、城に戻るとするか」
「は」
その言葉にクルメン、フォーティスが続く。
フォーティスは何も言わずに去っていった。傍らにスウェルがいるのだ。言う事は何もないのだろう。
しかし、ベルノはこちらに向かって駆け戻ってくると。
「タイド。そうは言っても、これからも顔は見せてくれるのだろう? …急にいなくなるのは寂しい」
タイドは俯くベルノの肩に手を置くと。
「会いに行く。もう、俺は自由だ。そうだろう? スウェル」
そう言ってスウェルを振り返る。
「ああ。父グリューエンも何も言わないさ。ベルノ様も会いにくればいい。いつでも歓迎する」
「いいのですか! やった! それなら私も安心だ。別れなくて済む」
と、去っていく王の一団の中から小さな影が飛び出した。リオだ。
「タイド! 私も会いに行く! きっと行くから!」
「お母さまと王の許可が下りたならいつでも。ベルノも一緒ならきっといいと言ってくれるよ」
「うん! きっと会いに行く。だから、タイドもきっと来てね? 約束ね!」
リオはタイドの手を取って握り締めると、ぶんぶんと振って見せた。
「さあ、もう戻ろう。リオ。タイドもまた後で。帰る前に城によってくれよ?」
「もちろん」
「じゃあ、またあとで」
リオを伴って、ベルノは王の後に続いて寺院を出ようとする。
スウェルはその背を見送りながら、これで漸く落ち着ける、そう思った矢先。
寺院の隅に一塊にまとめられていたケイオスの元騎士たちが突然、暴れ出したのだ。
皆、後ろ手に縛られているため、単に暴れただけではなにもできない。ただ、なだれ込む様に王たちの行く手に転がりでて、行く手を塞いだのだ。ネムスらは足止めを食う。
「お前ら! 大人しくしてろ!」
すぐに衛兵が押さえ引き戻すが、中から一人が飛び出し祭壇前へ駆け出した。どうやら、縄を切っていたらしい。
「お前!」
フォーティスが剣を抜き、追おうとするが、はたと何かに気づき、足を止めた。
そして、タイドの元へ戻ろうとしたベルノを引き留める。
「ベルノ王子! 行ってはなりません!」
「けど──!」
「みな、早く外へ!」
フォーティスは酷く焦った様子で、ベルノを突き飛ばすようにして外へと押し出した。
✢✢✢
「おまえら全員、ここでお終いだ!」
ひとり駆け出したのは元騎士団長、ドローマだった。
行き着いた祭壇前。その手には燭台が握られていた。足元にはむしろがかけられた積み荷が置かれている。隠しきれずに、木箱に詰められたそれが、一部露出していた。
あれは──。
タイドは目を瞠った。
ドローマの足元にあるのは、無数の爆薬だ。火が付けば、この寺院などひとたまりもない。
真っ先に気づいたフォーティスは、誰彼構わず外へと押し出した。
「皆! 外へ出て伏せろ! タイド! スウェル殿も!」
「タイド! 外へ──」
その声にスウェルが腕を掴もうとすると、それをすり抜け、タイドはドローマに駆け寄り飛びかかった。タイドの方が祭壇に近かったのだ。
「くっ…!」
冷たい石の床に押し倒され、燭台を取り落とす。
「バカな事は止めろ!」
タイドはドローマの襟元を掴み、抑え込もうとしたが、まだ上手く腕に力が入らず、ドローマの動きを拘束するまでは行かなかった。
「クソッ…!」
ドローマはぐいと腕を伸ばし、もう一方、近くに立っていた燭台の脚を掴んで引き倒した。派手な音を立て燭台が倒れ、むしろの端に火が移る。
乾いたむしろは、あっという間に燃え上がった。もう消すのは間に合わない。
このままじゃ──。
タイドは振り返り、
「スウェル! 逃げて──」
ドローマを離すと、直ぐに立ち上がって、向かいかけたスウェルを突き飛ばす。
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