森のエルフと養い子

マン太

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30.古の誓い

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 ニテンスは人の言う時間で言うと、数千年前に生を受けたエルフだった。
 当時、まだ年若いニテンスはひとつの恋をした。相手は級友。彼はエルフの王の息子、第二王子だった。
 しかし、その王子は外の世界で人間の娘と出会い恋に落ちる。そして、エルフとしての生を捨てて、その娘とともに同じ時間を生きたのだ。
 その子孫が、セルサス王国、国王ネムスになる。そして、森のエルフの王グリューエンは彼の甥にあたった。
 それでもニテンスは彼を愛し、人の世界に入るその日、彼の子孫を守ると約束した。それは、ニテンスが勝手に彼に誓ったこと。
 けれど、彼は嬉しそうに笑って。

 『それなら安泰だ』と。

 いまでもその笑顔を覚えている。
 まるでエルフらしくない、太陽の様に快活な人だった。だから、惹かれたのだ。自分にないものを持つ彼に。
 エルフの里を去ると決まって。一度だけ、せがんでキスをしてもらったことがある。これはニテンスと彼との間の秘密だ。若気の至り。
 でも、後悔はない。ニテンスはそれだけで彼を心から愛せた。それはとても幸せな事だったのだ。
 そして、ニテンスは彼に誓った通り、歳を重ねたエルフが辿る道ではなく、ここに残り子孫である彼らをそっと見守っていた。 
 そんな中、グリューエンからスウェルの事を頼まれたのだ。
 スウェルは彼の人に少し似ていた。エルフらしからぬエルフ。けれど、少々移り気で、彼と違って繊細ではあったが。
 ニテンスは快く引き受けた。それは、自分だけにしか出来ない使命だったからだ。
 そして、スウェルはタイドに出会った。
 ニテンスは、幼いタイドを目にした時、何かを感じた。

 いにしえの時が蘇る様な──。

 タイドに託された短剣を見た時、その思いに合点がいった。彼がセルサス王国スプレンドーレ家の血縁者と知ったからだ。
 彼らとの出会いに、なんとも不思議な縁を感じる。彼の人は再びニテンスの元へ戻ってきたのだ。
 そして、家族となって暮らしだす。
 ニテンスにとって、二人とも大事な存在だった。
 あの時の様に、『彼』を失くしたくはない。まだ、『彼ら』はここにいるのだから。

 なんとしても止めなければ──。

 タイドは命を落としたというが、まだ分からない。ニテンスにはある予測があったのだ。
 間違いがなければ、スウェルが記憶を奪ったあの時。
 タイドはすでにエルフとしての生を受けていたのだと。

✢✢✢


「酷いことに…」

 ニテンスは光の渦が見える場所まで近づくと、途中で落ち合ったグリューエンと共にその様を見つめた。
 グリューエンもこの異変に気づき、直ぐにフンベルへ駆けつけたのだ。
 森だったその場所は、目に付くもの全てが破壊され跡形もない。岩は砕かれ木々は根こそぎ切り刻まれていた。荒野と化している。
 そして、その元凶の光の刃は更に範囲を広げ、城壁まで迫ろうとしていた。

「…行くか?」

 グリューエンは傍らに立つニテンスを振り返った。ニテンスはただじっと光の渦を見つめている。

「はい。とうに決めております」

「ニテンス…。私は誰も失いたくはない。スウェルもそなたも…」

 するとニテンスは片眉をつり上げて見せ。

「そのつもりはございません。私には勝機が見えておりますから」

「そうか…。私の予知夢は当たった事になるが。引き離した所でこうなる運命ではあったのだな…」

 グリューエンはそう言って、光の渦の中心にいるであろう、スウェルに目を向ける。ニテンスはそれを受けて、心なしか背筋を正す様にすると。

「グリューエン様。愛する者同士であれば、きっと越えられる壁なのです。あの二人ならきっと…。それでは行ってきます」

「ニテンス。頼んだ」

「グリューエン様、後をよろしくお願いいたします」

 そう言うと、ニテンスは自らも光を纏い、躊躇わずその刃の中へと歩を進めていった。

✢✢✢

 誰かが呼んでいる──。

 いや、泣いているのだ。
 この声は知っている。必死で俺の名前を呼んで。
 案外、涙もろい。それにすぐにうろたえて。でも、驚くほど強くて。

 俺だけの──エルフの王。

「…?」

 目を覚ますと、光の中にいた。抱かれる様に包み込まれている。
 やはり──誰かが呼んでいた。

「──ド!」

 ああ、この声は。

「ニ、テン…ス?」

 声がかすれる。
 と、俺を包んでいた光が不意に揺れた。まるで驚いたかのようにびくりと揺れて。

『タ―…ド…?』

 光の塊がこちらを見下ろす。人の形をなしていないのに、そう思えた。

 そう。俺はタイドだ。呼ぶのは──。

「…スウェル…?」

 光の塊が震えた。
 そのままブルブルと震え続け、最後にはパァンと、弾けるような音が辺りに響いて。
 余りの音に俺は咄嗟にその塊に抱きつく。

「──タイド…っ!」

 抱きついていたはずの塊に、逆に抱きしめられた。
 それは徐々に人の形を成して行く。銀糸がさらりと頬を撫でた。

 これは──。

「なんだ…。スウェル、だったの?」

 光の塊の正体は。

 クスリと笑って見せると、

「──!」

 スウェルはその翡翠の瞳に涙を湛え、抱きしめて、そうして口づけてきた。
 確かな温もりをそこから感じる。

 スウェルは確かにそこにいた。

✢✢✢

 はじめ、何が起こったのか分からなかった。
 目の前には、いつの間にかニテンスがいて。
 所々、血を流しそれでも必死にこちらに声をかけてくる。
 なぜ、そこに彼がいるのか分からない。誰もここには入って来られないはず。

 なのになぜ。

 ──いや、以前も同じことがあった。
 オークを倒したあの後、収まらない力に途方にくれていた俺を止めたのだ。あれは、今思えばニテンスだった。

 彼はなぜ、そんなマネができる?

 と、誰かが耳元で笑った。

『彼にしかできない。私に誓ったんだ。彼は特別だ…』

 春風のような囁き。けれど、それはすぐにニテンスの声にかき消され。

「スウェル様っ! タイドを! 彼を見なさい…っ!」

 必死の形相でそう叫ぶ。ニテンスらしからぬ様相だ。

 だめだ。ニテンス。タイドはもう死んでいる。生きてなどいないんだ──。

「見なさい! スウェル! タイドは生きている!」

 その声に身体が思わず揺れた。
 ゆっくりと腕の中のものが動いた気配に、眉をしかめる。
 彼は確かにこと切れていたのに。

 なぜ?

 しかし、見下ろせば、彼はこちらを見上げていた。夢ではない。

「スウェル…?」

 深い森の色をした瞳を潤ませ、確かにそう呼んだ。そうして笑って見せる。

 ああ、彼は──生きている…。

 彼に思いの丈を込めたキスをして。
 気がつけば、無残な姿を晒す荒野の中に、タイドを抱きしめ蹲っていた。
 傍らには血だらけのニテンスを従えて。

✢✢✢

 周囲には生き物も、人工物も、何も残っていない。巨大な岩さえ切り裂かれ、粉々に砕けていた。それは丘全体にひろがり、城の裾まで広がっている。
 スウェルはタイドを抱きしめたままじっとしていた。
 オークに襲われたあの日、タイドを助けた時と同じだ。抱きしめて必死に温もりを感じた。

「スウェル…?」

 タイドは、あの時と同じ瞳でこちらを見上げてくる。深い緑の瞳。

「…タイド。俺は君が──死んだと思った…。確かに息をしていなかったんだ…。悲しくて、悲しくて…。タイドを奪ったこの世界が憎かった。全てを呪ったんだ…」

「スウェル…。もう、大丈夫。俺は生きてる…」

 タイドがスウェルの頬に指先を滑らす。スウェルはその手を握り締めると。

「ニテンス…。何が起こった?」

 振り返らずに問う。背後に立つニテンスは、ただそんな二人を見つめながら。

「タイドは…思うに、すでにエルフとして生きていたのです。あの時…あなたがタイドの記憶を封じた日にあなたの伴侶となった。あなた程の力があれば可能です。…王グリューエンと同等──いえ。それ以上。だから、タイドは生命を保つ事が出来たのです。人間のままだったら、生きてはいなかった。エルフの生命力が救ったのです」

「お前は──いったい…」

「私のことはいいのです。それより、この惨状。王ネムスに詫びねば。民を危険にさらしたのですから」

 まったく、そう言って以前と変わらずニテンスはため息をついたが。

「その必要はない」

 その声にスウェルが顔をあげれば、視線の先に王ネムスの姿があった。傍らにグリューエンもいる。

「これは、エルフの仕業ではない。反逆者が起こした爆発によってこのようになったのだ。下手に真実を語り、民に不安を与えることはない。エルフと人とは共存していかねば。それでいかがか?」

 傍らのグリューエンを振り返る。エルフの王は笑むと。

「助かります。王の御心のままに…」

 それからグリューエンはスウェルとタイドに目をむけ。

「そなたらは暫く自宅で謹慎だ。ニテンス、後を頼む」

 それはグリューエンからの、赦しの言葉だった。暗にタイドがエルフの里へ戻る事を許可したと言う事。

「…はい」

 ニテンスは答える。
 すると、グリューエンはネムスと二人、城へと戻って行った。遠巻きにベルノやクルメン、フォーティスの姿も見える。皆、心配していたはず。無事な姿にホッとした事だろう。
 去って行く二人を見送るニテンスを、スウェルはじっと見つめる。

「お前はどうして──いや。なんでもない。聞かない方がいいだろう。お互いの為にも」

「そうしていただけると助かります。私もこのままがいいのです」

「もの好きだな…」

 そう言って、それまでずっと抱きかかえていたタイドを地面に下ろすと、身に着けていたローブをまとわせてから立ち上がる。
 タイドの着ていたものは流石に再生はしないのだ。すっかり背中側が破け、素肌が露になっていた。こんなあられもない姿、他の誰かに見せらるものではない。

「ニテンスが、どうかしたのか?」

 問うタイドに、その頬を撫で優しく笑いかけると。

「いいや、何も…。しかし、ニテンス、酷い傷だ。直ぐに治そう」

「時間が経てば治りますが──」

「俺のせいだ。治させてくれ」

「ありがとうございます…」

 ニテンスは平素と変わらない様に見えたが、顔色は蒼くやつれて見えた。光の刃に晒されたのだ。相当の力を使ったはず。
 ニテンスが何者であるのか、薄々気付きはしたが、それは口にはしなかった。なにより、ニテンスがそれを望んでいないのだ。それ以上追及するつもりはなかった。
 スウェルは手を翳し、癒しの光で傷を治す。身体につけられた傷は、あっという間に消えてなくなった。

「──これでよし。さあ、家に帰ろう」

 そう言って、タイドの背中に手を添える。タイドは少しはにかんだ様子を見せると。

「うん…」

 そう言って、スウェルの左手に自分の右手を絡ませてきた。スウェルは笑みを浮かべると、その手を握り返す。
 そうして、ニテンスを従え、そこを後にした。遠くでマレとアンバルの嘶く声が聞こえた。


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