31 / 36
30.古の誓い
しおりを挟む
ニテンスは人の言う時間で言うと、数千年前に生を受けたエルフだった。
当時、まだ年若いニテンスはひとつの恋をした。相手は級友。彼はエルフの王の息子、第二王子だった。
しかし、その王子は外の世界で人間の娘と出会い恋に落ちる。そして、エルフとしての生を捨てて、その娘とともに同じ時間を生きたのだ。
その子孫が、セルサス王国、国王ネムスになる。そして、森のエルフの王グリューエンは彼の甥にあたった。
それでもニテンスは彼を愛し、人の世界に入るその日、彼の子孫を守ると約束した。それは、ニテンスが勝手に彼に誓ったこと。
けれど、彼は嬉しそうに笑って。
『それなら安泰だ』と。
いまでもその笑顔を覚えている。
まるでエルフらしくない、太陽の様に快活な人だった。だから、惹かれたのだ。自分にないものを持つ彼に。
エルフの里を去ると決まって。一度だけ、せがんでキスをしてもらったことがある。これはニテンスと彼との間の秘密だ。若気の至り。
でも、後悔はない。ニテンスはそれだけで彼を心から愛せた。それはとても幸せな事だったのだ。
そして、ニテンスは彼に誓った通り、歳を重ねたエルフが辿る道ではなく、ここに残り子孫である彼らをそっと見守っていた。
そんな中、グリューエンからスウェルの事を頼まれたのだ。
スウェルは彼の人に少し似ていた。エルフらしからぬエルフ。けれど、少々移り気で、彼と違って繊細ではあったが。
ニテンスは快く引き受けた。それは、自分だけにしか出来ない使命だったからだ。
そして、スウェルはタイドに出会った。
ニテンスは、幼いタイドを目にした時、何かを感じた。
古の時が蘇る様な──。
タイドに託された短剣を見た時、その思いに合点がいった。彼がセルサス王国スプレンドーレ家の血縁者と知ったからだ。
彼らとの出会いに、なんとも不思議な縁を感じる。彼の人は再びニテンスの元へ戻ってきたのだ。
そして、家族となって暮らしだす。
ニテンスにとって、二人とも大事な存在だった。
あの時の様に、『彼』を失くしたくはない。まだ、『彼ら』はここにいるのだから。
なんとしても止めなければ──。
タイドは命を落としたというが、まだ分からない。ニテンスにはある予測があったのだ。
間違いがなければ、スウェルが記憶を奪ったあの時。
タイドはすでにエルフとしての生を受けていたのだと。
✢✢✢
「酷いことに…」
ニテンスは光の渦が見える場所まで近づくと、途中で落ち合ったグリューエンと共にその様を見つめた。
グリューエンもこの異変に気づき、直ぐにフンベルへ駆けつけたのだ。
森だったその場所は、目に付くもの全てが破壊され跡形もない。岩は砕かれ木々は根こそぎ切り刻まれていた。荒野と化している。
そして、その元凶の光の刃は更に範囲を広げ、城壁まで迫ろうとしていた。
「…行くか?」
グリューエンは傍らに立つニテンスを振り返った。ニテンスはただじっと光の渦を見つめている。
「はい。とうに決めております」
「ニテンス…。私は誰も失いたくはない。スウェルもそなたも…」
するとニテンスは片眉をつり上げて見せ。
「そのつもりはございません。私には勝機が見えておりますから」
「そうか…。私の予知夢は当たった事になるが。引き離した所でこうなる運命ではあったのだな…」
グリューエンはそう言って、光の渦の中心にいるであろう、スウェルに目を向ける。ニテンスはそれを受けて、心なしか背筋を正す様にすると。
「グリューエン様。愛する者同士であれば、きっと越えられる壁なのです。あの二人ならきっと…。それでは行ってきます」
「ニテンス。頼んだ」
「グリューエン様、後をよろしくお願いいたします」
そう言うと、ニテンスは自らも光を纏い、躊躇わずその刃の中へと歩を進めていった。
✢✢✢
誰かが呼んでいる──。
いや、泣いているのだ。
この声は知っている。必死で俺の名前を呼んで。
案外、涙もろい。それにすぐにうろたえて。でも、驚くほど強くて。
俺だけの──エルフの王。
「…?」
目を覚ますと、光の中にいた。抱かれる様に包み込まれている。
やはり──誰かが呼んでいた。
「──ド!」
ああ、この声は。
「ニ、テン…ス?」
声がかすれる。
と、俺を包んでいた光が不意に揺れた。まるで驚いたかのようにびくりと揺れて。
『タ―…ド…?』
光の塊がこちらを見下ろす。人の形をなしていないのに、そう思えた。
そう。俺はタイドだ。呼ぶのは──。
「…スウェル…?」
光の塊が震えた。
そのままブルブルと震え続け、最後にはパァンと、弾けるような音が辺りに響いて。
余りの音に俺は咄嗟にその塊に抱きつく。
「──タイド…っ!」
抱きついていたはずの塊に、逆に抱きしめられた。
それは徐々に人の形を成して行く。銀糸がさらりと頬を撫でた。
これは──。
「なんだ…。スウェル、だったの?」
光の塊の正体は。
クスリと笑って見せると、
「──!」
スウェルはその翡翠の瞳に涙を湛え、抱きしめて、そうして口づけてきた。
確かな温もりをそこから感じる。
スウェルは確かにそこにいた。
✢✢✢
はじめ、何が起こったのか分からなかった。
目の前には、いつの間にかニテンスがいて。
所々、血を流しそれでも必死にこちらに声をかけてくる。
なぜ、そこに彼がいるのか分からない。誰もここには入って来られないはず。
なのになぜ。
──いや、以前も同じことがあった。
オークを倒したあの後、収まらない力に途方にくれていた俺を止めたのだ。あれは、今思えばニテンスだった。
彼はなぜ、そんなマネができる?
と、誰かが耳元で笑った。
『彼にしかできない。私に誓ったんだ。彼は特別だ…』
春風のような囁き。けれど、それはすぐにニテンスの声にかき消され。
「スウェル様っ! タイドを! 彼を見なさい…っ!」
必死の形相でそう叫ぶ。ニテンスらしからぬ様相だ。
だめだ。ニテンス。タイドはもう死んでいる。生きてなどいないんだ──。
「見なさい! スウェル! タイドは生きている!」
その声に身体が思わず揺れた。
ゆっくりと腕の中のものが動いた気配に、眉をしかめる。
彼は確かにこと切れていたのに。
なぜ?
しかし、見下ろせば、彼はこちらを見上げていた。夢ではない。
「スウェル…?」
深い森の色をした瞳を潤ませ、確かにそう呼んだ。そうして笑って見せる。
ああ、彼は──生きている…。
彼に思いの丈を込めたキスをして。
気がつけば、無残な姿を晒す荒野の中に、タイドを抱きしめ蹲っていた。
傍らには血だらけのニテンスを従えて。
✢✢✢
周囲には生き物も、人工物も、何も残っていない。巨大な岩さえ切り裂かれ、粉々に砕けていた。それは丘全体にひろがり、城の裾まで広がっている。
スウェルはタイドを抱きしめたままじっとしていた。
オークに襲われたあの日、タイドを助けた時と同じだ。抱きしめて必死に温もりを感じた。
「スウェル…?」
タイドは、あの時と同じ瞳でこちらを見上げてくる。深い緑の瞳。
「…タイド。俺は君が──死んだと思った…。確かに息をしていなかったんだ…。悲しくて、悲しくて…。タイドを奪ったこの世界が憎かった。全てを呪ったんだ…」
「スウェル…。もう、大丈夫。俺は生きてる…」
タイドがスウェルの頬に指先を滑らす。スウェルはその手を握り締めると。
「ニテンス…。何が起こった?」
振り返らずに問う。背後に立つニテンスは、ただそんな二人を見つめながら。
「タイドは…思うに、すでにエルフとして生きていたのです。あの時…あなたがタイドの記憶を封じた日にあなたの伴侶となった。あなた程の力があれば可能です。…王グリューエンと同等──いえ。それ以上。だから、タイドは生命を保つ事が出来たのです。人間のままだったら、生きてはいなかった。エルフの生命力が救ったのです」
「お前は──いったい…」
「私のことはいいのです。それより、この惨状。王ネムスに詫びねば。民を危険にさらしたのですから」
まったく、そう言って以前と変わらずニテンスはため息をついたが。
「その必要はない」
その声にスウェルが顔をあげれば、視線の先に王ネムスの姿があった。傍らにグリューエンもいる。
「これは、エルフの仕業ではない。反逆者が起こした爆発によってこのようになったのだ。下手に真実を語り、民に不安を与えることはない。エルフと人とは共存していかねば。それでいかがか?」
傍らのグリューエンを振り返る。エルフの王は笑むと。
「助かります。王の御心のままに…」
それからグリューエンはスウェルとタイドに目をむけ。
「そなたらは暫く自宅で謹慎だ。ニテンス、後を頼む」
それはグリューエンからの、赦しの言葉だった。暗にタイドがエルフの里へ戻る事を許可したと言う事。
「…はい」
ニテンスは答える。
すると、グリューエンはネムスと二人、城へと戻って行った。遠巻きにベルノやクルメン、フォーティスの姿も見える。皆、心配していたはず。無事な姿にホッとした事だろう。
去って行く二人を見送るニテンスを、スウェルはじっと見つめる。
「お前はどうして──いや。なんでもない。聞かない方がいいだろう。お互いの為にも」
「そうしていただけると助かります。私もこのままがいいのです」
「もの好きだな…」
そう言って、それまでずっと抱きかかえていたタイドを地面に下ろすと、身に着けていたローブをまとわせてから立ち上がる。
タイドの着ていたものは流石に再生はしないのだ。すっかり背中側が破け、素肌が露になっていた。こんなあられもない姿、他の誰かに見せらるものではない。
「ニテンスが、どうかしたのか?」
問うタイドに、その頬を撫で優しく笑いかけると。
「いいや、何も…。しかし、ニテンス、酷い傷だ。直ぐに治そう」
「時間が経てば治りますが──」
「俺のせいだ。治させてくれ」
「ありがとうございます…」
ニテンスは平素と変わらない様に見えたが、顔色は蒼くやつれて見えた。光の刃に晒されたのだ。相当の力を使ったはず。
ニテンスが何者であるのか、薄々気付きはしたが、それは口にはしなかった。なにより、ニテンスがそれを望んでいないのだ。それ以上追及するつもりはなかった。
スウェルは手を翳し、癒しの光で傷を治す。身体につけられた傷は、あっという間に消えてなくなった。
「──これでよし。さあ、家に帰ろう」
そう言って、タイドの背中に手を添える。タイドは少しはにかんだ様子を見せると。
「うん…」
そう言って、スウェルの左手に自分の右手を絡ませてきた。スウェルは笑みを浮かべると、その手を握り返す。
そうして、ニテンスを従え、そこを後にした。遠くでマレとアンバルの嘶く声が聞こえた。
当時、まだ年若いニテンスはひとつの恋をした。相手は級友。彼はエルフの王の息子、第二王子だった。
しかし、その王子は外の世界で人間の娘と出会い恋に落ちる。そして、エルフとしての生を捨てて、その娘とともに同じ時間を生きたのだ。
その子孫が、セルサス王国、国王ネムスになる。そして、森のエルフの王グリューエンは彼の甥にあたった。
それでもニテンスは彼を愛し、人の世界に入るその日、彼の子孫を守ると約束した。それは、ニテンスが勝手に彼に誓ったこと。
けれど、彼は嬉しそうに笑って。
『それなら安泰だ』と。
いまでもその笑顔を覚えている。
まるでエルフらしくない、太陽の様に快活な人だった。だから、惹かれたのだ。自分にないものを持つ彼に。
エルフの里を去ると決まって。一度だけ、せがんでキスをしてもらったことがある。これはニテンスと彼との間の秘密だ。若気の至り。
でも、後悔はない。ニテンスはそれだけで彼を心から愛せた。それはとても幸せな事だったのだ。
そして、ニテンスは彼に誓った通り、歳を重ねたエルフが辿る道ではなく、ここに残り子孫である彼らをそっと見守っていた。
そんな中、グリューエンからスウェルの事を頼まれたのだ。
スウェルは彼の人に少し似ていた。エルフらしからぬエルフ。けれど、少々移り気で、彼と違って繊細ではあったが。
ニテンスは快く引き受けた。それは、自分だけにしか出来ない使命だったからだ。
そして、スウェルはタイドに出会った。
ニテンスは、幼いタイドを目にした時、何かを感じた。
古の時が蘇る様な──。
タイドに託された短剣を見た時、その思いに合点がいった。彼がセルサス王国スプレンドーレ家の血縁者と知ったからだ。
彼らとの出会いに、なんとも不思議な縁を感じる。彼の人は再びニテンスの元へ戻ってきたのだ。
そして、家族となって暮らしだす。
ニテンスにとって、二人とも大事な存在だった。
あの時の様に、『彼』を失くしたくはない。まだ、『彼ら』はここにいるのだから。
なんとしても止めなければ──。
タイドは命を落としたというが、まだ分からない。ニテンスにはある予測があったのだ。
間違いがなければ、スウェルが記憶を奪ったあの時。
タイドはすでにエルフとしての生を受けていたのだと。
✢✢✢
「酷いことに…」
ニテンスは光の渦が見える場所まで近づくと、途中で落ち合ったグリューエンと共にその様を見つめた。
グリューエンもこの異変に気づき、直ぐにフンベルへ駆けつけたのだ。
森だったその場所は、目に付くもの全てが破壊され跡形もない。岩は砕かれ木々は根こそぎ切り刻まれていた。荒野と化している。
そして、その元凶の光の刃は更に範囲を広げ、城壁まで迫ろうとしていた。
「…行くか?」
グリューエンは傍らに立つニテンスを振り返った。ニテンスはただじっと光の渦を見つめている。
「はい。とうに決めております」
「ニテンス…。私は誰も失いたくはない。スウェルもそなたも…」
するとニテンスは片眉をつり上げて見せ。
「そのつもりはございません。私には勝機が見えておりますから」
「そうか…。私の予知夢は当たった事になるが。引き離した所でこうなる運命ではあったのだな…」
グリューエンはそう言って、光の渦の中心にいるであろう、スウェルに目を向ける。ニテンスはそれを受けて、心なしか背筋を正す様にすると。
「グリューエン様。愛する者同士であれば、きっと越えられる壁なのです。あの二人ならきっと…。それでは行ってきます」
「ニテンス。頼んだ」
「グリューエン様、後をよろしくお願いいたします」
そう言うと、ニテンスは自らも光を纏い、躊躇わずその刃の中へと歩を進めていった。
✢✢✢
誰かが呼んでいる──。
いや、泣いているのだ。
この声は知っている。必死で俺の名前を呼んで。
案外、涙もろい。それにすぐにうろたえて。でも、驚くほど強くて。
俺だけの──エルフの王。
「…?」
目を覚ますと、光の中にいた。抱かれる様に包み込まれている。
やはり──誰かが呼んでいた。
「──ド!」
ああ、この声は。
「ニ、テン…ス?」
声がかすれる。
と、俺を包んでいた光が不意に揺れた。まるで驚いたかのようにびくりと揺れて。
『タ―…ド…?』
光の塊がこちらを見下ろす。人の形をなしていないのに、そう思えた。
そう。俺はタイドだ。呼ぶのは──。
「…スウェル…?」
光の塊が震えた。
そのままブルブルと震え続け、最後にはパァンと、弾けるような音が辺りに響いて。
余りの音に俺は咄嗟にその塊に抱きつく。
「──タイド…っ!」
抱きついていたはずの塊に、逆に抱きしめられた。
それは徐々に人の形を成して行く。銀糸がさらりと頬を撫でた。
これは──。
「なんだ…。スウェル、だったの?」
光の塊の正体は。
クスリと笑って見せると、
「──!」
スウェルはその翡翠の瞳に涙を湛え、抱きしめて、そうして口づけてきた。
確かな温もりをそこから感じる。
スウェルは確かにそこにいた。
✢✢✢
はじめ、何が起こったのか分からなかった。
目の前には、いつの間にかニテンスがいて。
所々、血を流しそれでも必死にこちらに声をかけてくる。
なぜ、そこに彼がいるのか分からない。誰もここには入って来られないはず。
なのになぜ。
──いや、以前も同じことがあった。
オークを倒したあの後、収まらない力に途方にくれていた俺を止めたのだ。あれは、今思えばニテンスだった。
彼はなぜ、そんなマネができる?
と、誰かが耳元で笑った。
『彼にしかできない。私に誓ったんだ。彼は特別だ…』
春風のような囁き。けれど、それはすぐにニテンスの声にかき消され。
「スウェル様っ! タイドを! 彼を見なさい…っ!」
必死の形相でそう叫ぶ。ニテンスらしからぬ様相だ。
だめだ。ニテンス。タイドはもう死んでいる。生きてなどいないんだ──。
「見なさい! スウェル! タイドは生きている!」
その声に身体が思わず揺れた。
ゆっくりと腕の中のものが動いた気配に、眉をしかめる。
彼は確かにこと切れていたのに。
なぜ?
しかし、見下ろせば、彼はこちらを見上げていた。夢ではない。
「スウェル…?」
深い森の色をした瞳を潤ませ、確かにそう呼んだ。そうして笑って見せる。
ああ、彼は──生きている…。
彼に思いの丈を込めたキスをして。
気がつけば、無残な姿を晒す荒野の中に、タイドを抱きしめ蹲っていた。
傍らには血だらけのニテンスを従えて。
✢✢✢
周囲には生き物も、人工物も、何も残っていない。巨大な岩さえ切り裂かれ、粉々に砕けていた。それは丘全体にひろがり、城の裾まで広がっている。
スウェルはタイドを抱きしめたままじっとしていた。
オークに襲われたあの日、タイドを助けた時と同じだ。抱きしめて必死に温もりを感じた。
「スウェル…?」
タイドは、あの時と同じ瞳でこちらを見上げてくる。深い緑の瞳。
「…タイド。俺は君が──死んだと思った…。確かに息をしていなかったんだ…。悲しくて、悲しくて…。タイドを奪ったこの世界が憎かった。全てを呪ったんだ…」
「スウェル…。もう、大丈夫。俺は生きてる…」
タイドがスウェルの頬に指先を滑らす。スウェルはその手を握り締めると。
「ニテンス…。何が起こった?」
振り返らずに問う。背後に立つニテンスは、ただそんな二人を見つめながら。
「タイドは…思うに、すでにエルフとして生きていたのです。あの時…あなたがタイドの記憶を封じた日にあなたの伴侶となった。あなた程の力があれば可能です。…王グリューエンと同等──いえ。それ以上。だから、タイドは生命を保つ事が出来たのです。人間のままだったら、生きてはいなかった。エルフの生命力が救ったのです」
「お前は──いったい…」
「私のことはいいのです。それより、この惨状。王ネムスに詫びねば。民を危険にさらしたのですから」
まったく、そう言って以前と変わらずニテンスはため息をついたが。
「その必要はない」
その声にスウェルが顔をあげれば、視線の先に王ネムスの姿があった。傍らにグリューエンもいる。
「これは、エルフの仕業ではない。反逆者が起こした爆発によってこのようになったのだ。下手に真実を語り、民に不安を与えることはない。エルフと人とは共存していかねば。それでいかがか?」
傍らのグリューエンを振り返る。エルフの王は笑むと。
「助かります。王の御心のままに…」
それからグリューエンはスウェルとタイドに目をむけ。
「そなたらは暫く自宅で謹慎だ。ニテンス、後を頼む」
それはグリューエンからの、赦しの言葉だった。暗にタイドがエルフの里へ戻る事を許可したと言う事。
「…はい」
ニテンスは答える。
すると、グリューエンはネムスと二人、城へと戻って行った。遠巻きにベルノやクルメン、フォーティスの姿も見える。皆、心配していたはず。無事な姿にホッとした事だろう。
去って行く二人を見送るニテンスを、スウェルはじっと見つめる。
「お前はどうして──いや。なんでもない。聞かない方がいいだろう。お互いの為にも」
「そうしていただけると助かります。私もこのままがいいのです」
「もの好きだな…」
そう言って、それまでずっと抱きかかえていたタイドを地面に下ろすと、身に着けていたローブをまとわせてから立ち上がる。
タイドの着ていたものは流石に再生はしないのだ。すっかり背中側が破け、素肌が露になっていた。こんなあられもない姿、他の誰かに見せらるものではない。
「ニテンスが、どうかしたのか?」
問うタイドに、その頬を撫で優しく笑いかけると。
「いいや、何も…。しかし、ニテンス、酷い傷だ。直ぐに治そう」
「時間が経てば治りますが──」
「俺のせいだ。治させてくれ」
「ありがとうございます…」
ニテンスは平素と変わらない様に見えたが、顔色は蒼くやつれて見えた。光の刃に晒されたのだ。相当の力を使ったはず。
ニテンスが何者であるのか、薄々気付きはしたが、それは口にはしなかった。なにより、ニテンスがそれを望んでいないのだ。それ以上追及するつもりはなかった。
スウェルは手を翳し、癒しの光で傷を治す。身体につけられた傷は、あっという間に消えてなくなった。
「──これでよし。さあ、家に帰ろう」
そう言って、タイドの背中に手を添える。タイドは少しはにかんだ様子を見せると。
「うん…」
そう言って、スウェルの左手に自分の右手を絡ませてきた。スウェルは笑みを浮かべると、その手を握り返す。
そうして、ニテンスを従え、そこを後にした。遠くでマレとアンバルの嘶く声が聞こえた。
12
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる