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31.帰るべき場所
しおりを挟む数年ぶりの我が家だ。
スウェルが心配で、飛び出して以来。あの時は気持ちばかりが逸って。早くスウェルのもとに行きたいと、そればかりだった。
遠い昔の話しの様。
館の側まで来ると、兎に角休息を、とニテンスは提案してきた。タイドは傷が癒えたばかり。スウェルもかなりの体力気力を消耗しているはず。
タイドはここまで乗ってきた馬のマレから降りると、その首筋を撫で休む様に伝えた。すると同じく、スウェルを降ろし自由になった愛馬アンバルとともに何処かへ姿を消す。
ニテンスは気をきかせたのか、先に家へと戻って行った。暫く放っておいた家の様子が気になるらしい。
館まで、森の中を散策しながらスウェルと共に歩けば、
「館に戻る前に、少し…話さないか?」
スウェルが提案してきた。
時刻は昼を過ぎた頃。緑の葉を茂らす木々の間から差し込む日の光が頬に当たり温かい。
「うん…」
スウェルが差し出してきた手を握る。触れた途端、指先が絡まり引き寄せられた。
スウェルの白い上衣はすっかり擦り切れ、薄汚れてしまっていた。タイドも似たようなもの。なんせ、スウェルのローブがなければ裸に近いのだ。
スウェルの体温が近くなる。高鳴る胸を押さえながら、そんなスウェルを見上げた。
翡翠色の瞳はどこか熱を含んでいるようにも見える。
「君は…すでに私の伴侶になっていたんだな…」
白い指先が頬を滑った。その心地よさを感じながら、
「みたいだ。確かにあの時、俺はスウェルの申し出を受けたんだ。そうなっていてもおかしくない…」
それに、キスも、それ以上の事も──した。
はじめてスウェルを受け入れたのだ。
あのあと、記憶を封印したから何も覚えてはいなかったけれど。
でも、やはりどこかでその時の記憶が残っていて、事あるごとに悲しみが溢れていた。
あれは──やはり、覚えていたのだと思う。
「…タイド。キスしても?」
「今更、許可なんて──」
すると、ぐいと腰を引かれそのまま抱きすくめられる。
「キスだけで終わりそうにない。だから──」
カアッと顔が熱くなった。スウェルの言わんとしている事は分かる。
「…ここで?」
「ああ。今すぐ」
気がつけば、スウェルお気に入りの場所に来ていた。
周囲を白い幹の木々が囲み、そこだけ広間のように空間が空いてる。近くには小川が流れていて、暑い時期はそこで良くスウェルは足を冷やしながら本を読んでいた。足元にはふかふかとした苔と草が覆っている。
記憶を封じられても、覚えていた場所。
「いいよ…」
そう言って、自分からもスウェルをきゅっと抱き締める。ふっと頭上で笑った気配がした。
長身のスウェルはそれまで少し屈む様にタイドを抱きしめていたのだが、身体を起こしそこへ片膝を着くと。
「改めて伝えよう。私は──タイドを共に生きる伴侶として迎えたい。…受けてくれるか?」
「…もちろん。俺にはスウェルだけだ。スウェルがずっと傍にいてくれれば、それでいい…。それだけでいいんだ。俺と共に生きて。スウェル」
すると、スウェルの顔に笑みが浮かぶ。
今までにないくらい、嬉しそうな、満面の笑みだ。
「ありがとう。私だけの──タイド…」
そうして、キスとともに身に着けていたローブが落とされ、スウェルの腕の中、二度と忘れることのない記憶を、その熱を、身体に刻んでいった。
✢✢✢
「タイド…、目を開けてくれないか」
汗に濡れた前髪をかき上げ、額にキスを落とす。タイドはゆっくりと目を開けた。
眉間には皺がよるが、それは苦痛からもたらされるものではないと分かっている。
「ん──…つっ、ス、ウェル…、もう──っ」
限界を示す様に、その身体が震える。
愛おしい、タイド。
「もう少し…付き合ってくれ…」
「っ…?!」
スウェルの律動に合わせる様に、タイドの身体もまた揺れる。もう、無理だと訴えているのに、それを受け入れられない。
どうにも止まらないのだ。
二度とタイドを腕に抱くことは無いと思っていた。タイドは見知らぬ相手を抱き、また抱きしめられるのだろうと。
けれど、こうして自分の元に帰って来た。
しかも、既にタイドとは伴侶となっていたのだ。確かにあの時、自分はタイドに誓い、タイドもまた誓った。
エルフの王の前で。
ニテンスが言うには、自分にはそれに匹敵する力があるのだと言う。だが、そんな事はどうでもいい。
ただタイドと伴侶になれた、その力があった事に感謝するだけだった。でなければ、タイドはここにいなかったのだから。とっくにスウェルの手の届かない場所へ、旅立っていた事だろう。
「あっ…、ん、ん…!」
「もう、少し──」
頬に両の手を添えながら、額から頬、唇にキスをして、また緑の瞳を見つめる。
タイドは何とか苦心して、目を開いていようと努力するが、何かの瞬間に堪えきれず、目を閉じてしまう。
もう、限界か──。
今後、タイドが目の前からいなくなる事はないと言うのに、全てが惜しくて無理をさせた。これ以上、付き合わせれば、タイドが保たないだろう。
「タイド、もう──いいよ…」
「っ…、ん…あぁ…っ!」
タイドがぎゅっと抱きついて、自身を解放した。スウェルも合わせる様に熱を解放する。
荒い呼吸。まだ敏感に震える身体。自分を抱きしめるタイドの腕。
同じく背を掻き抱き、タイドの香りを胸いっぱいに吸い込む。
もう、手放さない。
「タイド。愛している…」
その言葉に、僅かに目を開けたタイドは、
「…ん。スウェル…。好き。大好き、だ…っ」
スウェルの頬を両の手で挟み、キスをしてくる。
く…っ、可愛過ぎる…。
キスに応えながら、もう一度だけ、そう心の中で呟いて、タイドを抱きしめた。
✢✢✢
腕の中にタイドがいる。
これで終わりではないのだ。これからもずっと、タイドと共にいられる。この熱もずっと感じることができる。
「スウェル…、寝ても、いい?」
「ああ、いいとも…」
額にキスを落としたのと同時、腕の中のタイドは目を閉じて眠りについた。
日差しはまだ暖かい。誰もこの時を邪魔しない。時折、鳥がさえずり、頬を風が撫でていくだけ。遠くで鹿の鳴く声が聞こえた。
ローブで裸のままのタイドの身体を包むとその上から抱きしめる。
昔を思い出した。
あの時も、タイドは裸のまま産着の布にくるまれ、木の下にいた。
すっかり身体は大きくなったが、あの頃と同じ状況に笑ってしまう。
あの時はまるで羽毛のように軽かったのに、今では確かな重みがある。ここまで健やかない成長してくれたことに感謝しかなかった。
あの時は、タイドとこんな風になるとは思いもしなかったな。
手放すことばかり考えていて。
それでも、面倒を見るうちに情が湧き、それがいつしかただの情ではないことに気が付いた。それでも、タイドとこんな関係を築けるとは思っていなかったのだ。
けれど、タイドはずっと自分だけを思っていてくれた。それは、はじめて見たものを親と思う刷り込みとも似ていたのかもしれない。
だが、成長すれば他に目をむけるのが普通だ。親であるスウェルはそれを見守ることしかできないはずだった。
抱きしめたタイドの首筋に頬を埋める。
あの頃と同じ。
日向と甘い香りがした。
もう、誰にも渡さない。永遠に──。私だけのタイド──。
もう一度、そっと眠るタイドの唇に優しいキスを落とした。
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